( 276346 )  2025/03/20 05:59:29  
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コンテンツ大国・日本の致命的弱点とは?(出典:プレスリリースよりバード・スタジオ/集英社・東映アニメーション) 

 

 ドラゴンボールのテーマパークがサウジアラビアに生まれる。計画通りに進めば、2030年ごろまでに完成見込みだという。「どうしてサウジに?」と思う人も多いだろう。実際、「なんで日本にできなかったの?」などという声もネットでちらほら見る。東京ディズニーリゾートやユニバーサル・スタジオ・ジャパンをはじめ、テーマパークは国内に誕生するだけで大きくお金が動く一大産業だ。それだけにどうして日本のキャラクターのテーマパークが日本に誕生しなかったのか、疑問の声も大きいだろう。実はそこには「日本人に極端に足りないもの」が見えてくる。それは何か。 

 

 ドラゴンボールのテーマパークについては、「ドラゴンボール」の権利元の1つである集英社のホームページにて概要が紹介されている。 

 

 それによると、ドラゴンボールの場面が再現された7つのゾーンには30以上のアトラクションが建設予定で、アトラクションのうち5つは「世界初の体験」になる。また、中央に建設される神龍のジェットコースターは高度70メートルと、本気度の高さがうかがえる。 

 

 この建設の背景には、第一にサウジアラビア側の事情がある。 

 

 サウジアラビアは現在、国家を挙げて「サウジビジョン2030」という計画を進めている。ご存じの通り、同国は石油に依存した産業体質。しかし、天然資源だからどうしても不安定さが付きまとう。そんな体質を脱して産業の多角化を進めるのがこの計画の目標だ。 

 

 その中核を成す計画の1つが「キディヤ・シティ」という巨大なエンターテインメントシティの開発で、そのコンテンツの1つとしてドラゴンボールのテーマパークが作られる予定なのだ。 

 

 では、その中でもなぜ「ドラゴンボール」だったのか? 

 

 「サウジビジョン2030」を進めているのは、サウジアラビア皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏。新日家で、大のアニメ好きとしても知られている。加えて、サウジアラビア全体でも日本のアニメ人気は高く、世界的に人気を博しているドラゴンボールが選ばれた、というわけだろう。 

 

 このようにドラゴンボールパーク建設が実現に向かって動き出したのは、第一にサウジアラビア側からの熱烈なコールがあったからだ。 

 

 一方、このニュースを見たとき私が考えたのは、「なぜこの計画が日本で実現しなかったのか?」ということ。 

 

 もちろん、「企画としてあがって来なかったから」といってしまえばそれまでだが、実はこれを考えると日本のテーマパーク産業、およびコンテンツ産業、そして日本人の“弱点”が見える。それはなにか。 

 

 

 大前提として、日本がコンテンツ大国であることは間違いない。TITLEMAXが発表した2019年までのIPの累積収入額の世界ランキングでは、上位25位のうち10のIPが日本発のものだった。しかし、別のデータを見ると違う事実が見えてくる。 

 

 総務省が発表している令和6年版情報通信白書によれば、日本のコンテンツ産業の市場規模は12兆円程度。2024年段階で世界第3位の市場規模を持つが、注目したいのは成長率だ。 

 

 

 これは、各国の2011~21年におけるコンテンツ市場の成長率の変化をまとめたグラフで、右にいくほど成長率が高い。ひと目でわかる通り、日本の成長率は低い。近年圧倒的な成長率を持つ中国に市場規模でも抜かれてしまっている。 

 

 少なくともこのままの変化率では早晩、日本のコンテンツ市場の規模はどんどん低下していくかもしれないのだ。「クールジャパン」といった言葉がニュースをにぎわし、世界中で日本のマンガやアニメを好きだと公言する人々が多いイメージがある割には、それがお金になっていない。 

 

 日本は、コンテンツを「ビジネス」にすることが非常に苦手なのだ。それが、このテーマパーク化を逃した背景にある。 

 

 先ほど挙げたIPの累積収入額ランキングも、楽観的に見ることはできない。 

 

 

 ランキングを見ると、1位はポケモン、2位はハローキティだ。これらは海外展開もしているから、この順位も納得できる。驚くのは、6位。なんとアンパンマンがランクインしている。 

 

 アンパンマンは2015年に台湾で海外展開を始めたばかりにも関わらず、6位に食い込んでいる。逆にいえば、海外展開を積極的に行えばさらに上位に食い込めるポテンシャルがある。 

 

 ランキングの3位はくまのプーさんで4位はミッキーマウス、そして5位はスターウォーズ。それぞれ「アメリカのキャラクター」ではなく、もはや「地球みんなのキャラクター」のイメージがある。いかに日本のIPが国内だけで流通しているガラパゴス的な「宝の山」なのかがわかるだろう。 

 

 言い換えれば、日本が豊富なIPをみすみす「腐らせている」状態にしてしまっているということだ。 

 

 ドラゴンボールも同様だ。権利元の1つであるバンダイナムコが発表したドラゴンボール関連の売り上げは、2025年3月期の第3四半期決算で前年同期比44.3%増の1,433億円。第3四半期だけでも過去最高である676億円を稼いでいて、他のIPと比べても伸びが顕著だという。 

 

 しかし、これでも先ほどのIPの累積収入額ランキングでは15位。世界中で人気があるならそのグッズやアニメ・ゲームソフト、さらにテーマパーク事業を通した認知度アップによる周辺効果によって、もっと稼げるのではないか。 

 

 その「稼ぐ」ときの1つの方法として「テーマパーク化」はおのずと選択肢に含まれるはず。ディズニーが「ディズニーランド」で莫大な利益を稼いでいるように、である。 

 

 さまざまな事情が重なった結果、サウジアラビアがいち早くドラゴンボールのテーマパークを作ることになった。もちろん、そのライセンスフィーは日本国内に支払われるし、それだけでも莫大なお金だ。ただ、事業主体はサウジアラビアにあるから、経済効果の多くがサウジアラビアに還元されることもまた事実。 

 

 意地悪く言えば「日本のIPを利用されてしまっている」状態なのである。 

 

 

 博報堂のビジネスデザインディレクターである谷口晋平氏は、こうした日本でのコンテンツ市場の伸び悩みについて、興味深い見解を述べている(note「47 なぜ日本はコンテンツビジネスが下手なのか」)。 

 

 ざっくりいえば、日本では1つのコンテンツを作る際に、極めて多くの組織が関わる仕組みになっていて、それが、迅速な意思決定を停滞させているのではないかというのだ。 

 

 顕著なのが、アニメーション。アニメーション映画で一般的に用いられる制作方式は「製作委員会方式」といわれ、企画・制作、その後のグッズ販売などに関わる事業者がお金を出し合って、その資金を元に作品が作られる。 

 

 

 他のコンテンツ市場でも同様で、日本においては、とにかく作品制作から流通までに関わる組織が多い。 

 

 ドラゴンボールでいえば原作漫画は集英社で、アニメは東映アニメーション、さらにゲームやグッズはバンダイナムコホールディングス…と権利が複雑になっている。 

 

 谷口氏は「製作委員会方式によって日本で制作されたコンテンツが、権利が複雑化しているために、海外への展開が難しくなる、といったことも起こるとも聞く」という。 

 

 作品に関わる組織が多すぎるために、ビジネス展開における迅速な合意形成ができないのだ。 

 

 それに比べ諸外国は、企画や制作、さらにグッズ販売や配信までを1つの会社で一気貫通して行うことが多い。 

 

 代表的なのがウォルト・ディズニー社。すべてを自社で行い、近年では「Disney+」などの配信プラットフォームまで自社展開している。だからこそ生み出されたIPのビジネスへの展開も早いし、それだけ資本が回る仕組みになっているのだ。 

 

 とても簡単に言えば、日本ではコンテンツをビジネス化する「リーダーシップの不在」が起きているわけだ。 

 

 「テーマパーク」の文脈で見たとき、そもそも日本ではテーマパークを作るために必要な「巨大な土地」を作り出すことも難しい。日本の土地は個々の土地所有者の権利が強く、一帯を再開発しようと思ってもすぐにはできない。日本の街並みを見たとき、さまざまの高さの建物がごちゃ混ぜになっていることがわかるが、こうした統一感の無さは制度上の理由によっている。 

 

 まさに、ここでも「リーダーシップの不在」が起きている。 

 

 その証拠に、東京ディズニーリゾートしかり、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンしかり国内にある大きなテーマパークはその多くが埋め立て地に誕生している。海を埋め立てることでしか巨大な土地は確保できなかったのだ。 

 

 サウジアラビアでドラゴンボールのテーマパークができる背景には、国王主導による国家政策という「強力なリーダーシップ」があることは見てきた通りだ。無論、そのようなリーダーシップが必ずしも良いとは限らない(独裁と表裏一体だからだ)。 

 

 ただ、日本のコンテンツ産業を見ていくと、その至る所に「リーダーシップの不在」という問題が浮かび上がってくることは確かで、それが「コンテンツのビジネス化の遅れ」を引き起こしていることが見えてくるのである。 

 

 ドラゴンボールパークがサウジアラビアに誕生することの背景には、こんな事情が隠れているのだ。 

 

執筆:都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家 谷頭 和希 

 

 

 
 

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