( 276636 )  2025/03/21 06:27:59  
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米国ではテスラ販売店への抗議活動、テスラそのものを拒否するよう呼びかける動きが高まっている(AFP=時事) 

 

 米ニューオーリンズのマルディグラといえば、ブラジル・リオのカーニバルと並んで世界で知られた謝肉祭のひとつだ。とくに、毎日のように行われるパレードは観光客にも人気で、観光客も一体となって興じる様子がSNSに現地から投稿されるのが常だった。ところが、今年はちょっと様子が違う。パレードにテスラのサイバートラックが通るたび見物客が盛大にブーイングし、パレードで配られるビーズを投げつけるなどしているのだ。テスラといえば、起業家でトランプ米大統領が設置した政府効率化省(DOGE)のトップを務めているイーロン・マスク氏がCEOをつとめる自動車メーカーだ。テスラの電気自動車は、世界の最先端で所持そのものがステータスになるほど米国の誇りとなっていたはずが、いったい何が起きているのか。ライターの宮添優氏が、成功者の証だったはずのテスラを手放す決意をした米国在住者に本音を聞いた。 

 

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「もう乗れないです。同僚は、通りに駐車していたら、ミラーを折られ、車体にスプレーで落書きまでされたんですよ」 

 

 こう話すのは、世界屈指のIT企業が集まることで知られる 米・西海岸、サンノゼ地区在住の日本人男性(40代)。コロナ禍直前、男性は電気自動車メーカー・テスラのSUVタイプ「モデルX」を購入した。アメリカでは富裕層を中心に人気だが、男性が購入した当時、まだ日本国内ではテスラ所有は珍しかった。日本人のテスラオーナーとして愛車の写真や動画をSNSにアップしたところ、日本人だけでなく、台湾や中国、韓国や東南アジアからも「かっこいい」「早く我々の国でも見たい」など称賛のコメントが相次ぎ、男性は「最高に気分が良かった、買ってよかった」としみじみ感じたと言う。 

 

 しかし現在、自慢の愛車「モデルX」は自宅ガレージに眠ったまま。男性と妻が日常的に使う車は、セカンドカーとして使っていた米国製の大型SUVである。ちなみに、完全なガソリン車であり、米国でもガソリン価格がかつてないほどの上昇を見せる中、家計にも重い負担がのしかかっているのだと頭を抱える。それでも「テスラには乗れない」と項を垂れる。 

 

 

 電気自動車がまだ少数派で、さらにテスラ車は希少な存在となっている日本国内では大々的に報じられる機会も少なく、また日本国民の関心も低いが、米国では、トランプ大統領に近しいイーロン・マスク氏の会社「テスラ」の自動車に対する、大規模な「不買運動」が拡大しているのだという。民放キー局の外報部に所属する記者が解説する。 

 

「マスク氏はDOGE(政府効率化省)を率いて数万とも言われる連邦政府職員をバッサリ切った、クビにしたんです。その手法があまりにも強引で、前週の業務報告がなければ辞職とみなす、と職員を脅したりしたと報じられると、市民の不満が爆発。米国内のテスラ販売店やテスラ用の充電ステーションが破壊されるなどしています。この行為をトランプ氏は”テロ行為である”と断定し、市民とトランプ大統領、マスク氏の対立はより鮮明化しています」(外報部記者) 

 

 実際、テスラ社の株価は3月に入り15%以上急落。コロナ禍を含むこの4年の間で最大の下げ幅になった。そんなわけで、慌てたであろうトランプ大統領は、マスコミを集めて「テスラの新車を購入した」とPR。その横には、満足そうな笑みを浮かべるマスク氏の姿もあったが、外報部記者は「逆効果では」と私見を述べる。 

 

「トランプ大統領やマスク氏は、不買運動は”極左”的な思考の持ち主によるもの、と断言しましたが、高額なテスラ製電気自動車を購入している客層はそもそも、リベラルな考え方の人も多い。米国内では”極右”とされるトランプ大統領と、強引な手法で政府職員を追いやるマスク氏の関係がより強化されれば、リベラル層がテスラに拒否反応を示すのは当たり前。今回、トランプ大統領がテスラの新車を購入したとことで、その拒否反応には拍車がかかるはず」(外報部記者) 

 

 日本国内の大手メディアもおもしろおかしく報じたが、米国国内では、テスラ車に貼る専用の、とあるステッカーが人気を博しているともいう。 

 

「(自分が乗っている)テスラは、マスク氏が今のように(極めて独善的に)なる以前に購入した車だ、と主張、というか、説明するようなステッカーが売れている、とは日本国内のキー局ニュースでも報じられました。現地ではさらに、テスラ車から”T”のロゴを取り払い、そこに米国企業であるフォード社やシボレー社、キャデラック社のロゴへ付け替えると言う動きまで出ているのです」(外報部記者) 

 

 前出、米国・サンノゼ在住の日本人男性も、米国人の妻に日本企業の「ホンダ」がアメリカで販売しているブランド「アキュラ」のロゴを渡されたという。 

 

「妻は冗談半分のようでしたが、笑っていられるような状態ではない。正直、このような政治状況が続くなら、テスラにはもう乗れない。反トランプ、反マスクの市民から攻撃までされる。市民分断の象徴のようになる恐れもあると感じます」(サンノゼ在住の日本人男性) 

 

 

 とはいえ、テスラ車は世界中で人気であり、まさに次世代の電気自動車の「代表格」だったのではなかったか。だから環境配慮に敏感なヨーロッパだけでなく、新し物好きな中国でもテスラは羨望の的だった。しかし、米国国内同様、海外でもテスラの売れ行きは落ち込んでいる。外報部記者が続ける。 

 

「ヨーロッパでも、米国国内同様に、トランプ大統領やマスク氏の象徴とも言えるテスラ車は敬遠されているとも聞きます。ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、ロシア側に肩入れしているとも捉えられかねないトランプ新政権の態度を注意深く見ているのです。さらに、電気自動車大国である中国でも、実はテスラが売れていない」(外報部記者) 

 

 中国に住む中国人、日本人に話を聞くと、確かに中国国内を走る電気自動車のほとんどが中国製であり、テスラ車は「昔憧れた」との声が聞こえてくる。比較的富裕層が多いとされる中国・広東省在住の商社勤務の日本人男性(50代)がいう。 

 

「別に中国の肩を持つわけではありませんよ。ただ、中国国内の電気自動車の方が最新だし、値段も安いんですね。テスラと同価格帯の中国製電気自動車は内装もより豪華。新し物好きな(中国の)国民性ですから、テスラなんか古臭い、という中国人の同僚もいました。私も中国製の電気自動車を買いましたが、テスラのように高額な車はいらないかなと思っています」(広東在住の日本人) 

 

 一方、いずれ人口規模で中国を追い抜くとみられているインドでは、テスラ車が歓迎されているという話も聞こえる。ただし、インドのタタ社などに代表される、激安インド製乗用車を購入する層が、金額がその数倍にはなるテスラ車に率先して乗り換えるとも思えない。ともなれば、テスラ車に未だある種の「憧れ」を抱き続けているであろう人々が今もいる国、例えば、日本や韓国がテスラの次の「行き先」になりうる。 

 

 日本国内から米国に輸出される鉄鋼製品などの重工業製品にも、高額な関税が課せられる見通しだと報じられている現在。まさかとは思うが、売れ残りのテスラ車が日本人に売りつけられる……ようなことがないよう祈るばかりだ。 

 

 

 
 

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