( 276806 )  2025/03/22 04:43:36  
00

家事シェア研究家として活躍する三木さんが子どもを持って感じている大きな変化とは(撮影:尾形文繁) 

 

多様な角度から子どもを「産む・産まない」「持つ・持たない」論に迫る本連載。今回は子どもを持った男性に起きた心理的変化について聞いた。 

昨今、経済的理由や個人の自由を追求したいという考えから、結婚や子どもを持つことに対して消極的な若者が一定数いることがメディアなどで取り上げられているが、45歳の三木智有さんは、「経済的な負担が大変だから産まないでおこう、とは考えないほうがいい」と語る。 

 

■娘が育つ家庭で自分に対して驚いたこと 

 

 家事シェア研究家としてNPO法人tadaima! の代表を務める三木さんは、コミュニティスクールの理事長を務める2歳下の妻、小学校4年生の娘と都内で暮らす。 

 

 「親子3人でいると、一緒に出掛けてもご飯を食べても、単純に楽しいと思えます。子どもの面倒をみないといけない、と思うと生活も規則正しくなる点もよいなと思います。独身時代のように夜遅くまで働かなくなりましたし、飲み会もめったに行かなくなりました」 

 

 変化があったのは、生活面だけではない。娘が育つ過程で自分でも驚いたのが、「嘘偽りなく、自分の命より大事なものができた」という初めての感覚を得たこと。 

 

 「映画やドキュメンタリーなどで、子どもが病気や事故に遭うと、親が『代わってあげたい』と言うじゃないですか。現実そういうニュースに接した際、『親御さんは代われるものなら自分が100回死にたい、と思うだろうな』と感じる解像度がまるで違う」。仕事でしんどいときなど、「この子のためにもがんばろう」と思うことは、「割と日常的にあるかもしれない」。 

 

 さらに、「僕は東京都の西側にしか住みたくない人間だったんですが、娘のために3年間京都へ移住しました」と三木さん。どういうことか。 

 

 東京は通勤途中に預けられるなど、駅の近辺や都心でも保育園が充実しているが、そういう保育園には園庭がなかったり、繁華街にあったりする。娘が4歳を迎える頃、「娘が思い切り走り回れる、広々としたところに引っ越したい」と夫婦で移住の話が持ち上がった。 

 

 ルーツのある鳥取をはじめ各地を探し見つけたのが、京都の森の中にある幼稚園。子どものためになら、生き方や暮らし方も自然に変えてしまえる自分に驚いたという。 

 

 

 教育への関心が深い三木さん夫婦は、「京都で学校を設立しよう」と話し合っていたが、妻が以前インターンで働いたことがある都内のコミュニティ・スクールを引き継ぐことになり、東京へ戻ってきた。現在、娘は地元の小学校に籍を置きつつ、そのスクールに通っている。 

 

■“課題”として背負わされていた子づくり 

 

 三木さんは東京育ちだが、父は鳥取県出身。三木さんも、鳥取にいる祖父から後継ぎを期待されて育った。家事シェアを通して新しい家族の形を提案する三木さんだが、「直系の長男として将来は地元に帰る、と今でも思っています」と話す。 

 

 三木家の墓は地元の山の一角に約30墓も集まるほどで、「娘が1歳のときに祖父は亡くなったんですが、その前に墓を建て替えていました」と三木さん。「墓も維持するのも墓じまいをするのも、お金もかかるなど、いろいろ大変なので僕の代までで整理し、娘にはしがらみを引き継がせないつもりです」。 

 

 自身が欲しいと願う以前に、”課題”として背負わされていた子づくり。しかし、その毅然とした口調からも、三木さんが娘を大事に思う気持ちが伝わってくる。 

 

 三木さんが結婚したのは2010年で32歳、妻は30歳だった。妻から「子どもができにくい身体なんだ」と聞いていたこともあり、1〜2年後には不妊治療を始めた。 

 

 人工授精まで進んだものの、治療費が一桁増える体外受精まで進むのは難しかった。三木さんは現在のNPO法人を、妻は女性の就労支援を行う団体を立ち上げたばかりで、経済的に厳しかったからだ。 

 

■不妊治療で抱いた「違和感」 

 

 実際に治療を受けるのは、主に妻。三木さんも一緒に診察を受けたことがあるし、通院中も付き添いで病院にいたのに、なぜか医師は毎回、三木さんへの指示を妻に伝言する。 

 

 「精子を取るとか、精子の動きを活発にするプラセンタのサプリを飲んでほしいとか。その場にいたんだから、僕を呼び出してくれればいいのに言わない。言い方に気をつけないと夫が嫌な思いをするかもしれない、と妻は注意されたみたいでした。腫れ物に触るような感覚がすごく嫌でした」 

 

 半年以上に及んだ治療期間、一番しんどかったのは、妊娠できなかった結果を聞くとき。「僕も疲弊しますし、妻は僕の何倍もしんどそうで、仕事を休むこともありました」。 

 

 

 治療の終わりは見えないが、「お金と時間と労力がかかる未来だけが見える」。三木さん夫婦は、人工授精でダメだったら1回だけ体外受精に挑戦するか、それともここで断念するか、その都度話し合う濃密な数カ月を過ごした。 

 

 最後の人工治療の結果は、仕事先で妻からのLINEで知った。「受精していると読んで、頭が真っ白になりました。『噓でしょ。マジで? 何で? ホントに?』のくり返し。妻も同じ調子で。僕は料理担当なのですが、その日は海鮮系のごちそうで品数をたくさん作った気がします」。 

 

 「僕ができるのは妻の健康管理と思っていた」という三木さん。妊娠中期、妻が鉄分不足になった際は、鉄分入りジュースを常備し、ひじき煮を作り、フライパンを鉄製に買い替えるなどした。 

 

 「いっぱいジュースを買ってきたのが、妻はうれしかったみたい。つわりの時期は酢のものしか妻は食べられなかったので、いまだに妻は酢のものを『わが家の味』と言います」 

 

■娘を抱いた瞬間に思ったこと 

 

 出産は助産院で、20時間ぐらいかかった。その間、三木さんは妻の背中をさすり汗を拭き、「痛いー!」と叫び続ける妻に「痛いな!」と共感したり、とかいがいしく尽くす。 

 

 ようやく生まれた娘を、最初に抱いたとき、「完全に親バカなんですが、娘の顔を見たとき『うちの子に限ってはサルっぽくない!』と思いました。今当時の写真を見ると、どう見てもおサルさんなんですが」と苦笑する。 

 

 ビッグローブが2023年2月に全国の18歳〜25歳の男女500人(回答数457)を対象に行った調査では、「将来結婚はしたいが、子どもはほしくない」「将来結婚もしたくないし、子どもも欲しくない」を合わせた割合が45.7%に上り大きな話題となった。 

 

 「将来、子どもが欲しくない」と回答した人たちにその理由を質問したところ、「お金の問題」(17.7%)、「お金以外の問題」(42.1%)、「両方」(40.2%)という結果に。お金以外の問題としては、「育てる自信がない」(52.3%)、「子どもが好きではない、子どもが苦手」(45.9%)、「自由がなくなる」(36.0%)といった理由が挙げられた。 

 

 この調査のほかにも、経済的な理由から子を持つことに躊躇する若者が少なくないことを示す調査は多数ある。こうした中、三木さんは「こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、お金は正直、枝葉末節の話だと思います」と話す。 

 

 

■「子どもが産まれると、価値基準の判断が変わる」 

 

 コミュニティー・スクールの学費は高く、「僕たちも決して余裕があるわけではありません。でも、子どもが生まれると、(パソコンなどの)基本ソフト(OS)がまるっと入れ替わるように、価値基準の判断がまったく変わるんです」と力説する。 

 

 「子どもが欲しくない、1人や2人でいるほうが幸せ、という人はそのままでいいと思いますが、経済的な負担が大変だから産まないでおこう、とは考えないほうがいい。どうにかしよう、という思考が駆動するようになりますから」 

 

 確かに、経験していないことを想像で考えても、それは現実ではない。人生は想定外の出来事だらけだ。恋に落ちることも結婚することも、予定通り順調、となっている人はあまりいなさそうだし、思いがけず結婚したという人もいる。仕事でも、天災や事故でも、「思っていたのと違う」経験をすることは多々ある。 

 

 産むかどうか、子どもを欲しいかどうかは、さまざまな事情を一度取り払い、冷静に自分自身と、そしてパートナーと向き合い、考える必要がある事柄なのかもしれない。 

 

阿古 真理 :作家・生活史研究家 

 

 

 
 

IMAGE