( 277161 )  2025/03/23 06:57:12  
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「ニセコひらふ」地区のキッチンカーなど=1月 

 

(写真:47NEWS) 

 

外国人が行き交う「ニセコひらふ」地区=1月 

 

「ニセコひらふ」地区で営業するキッチンカー=1月 

 

(写真:47NEWS) 

 

「ニセコひらふ」地区のスキー場=1月 

 

倶知安町社会福祉協議会が入る建物=1月 

 

倶知安町社会福祉協議会のスタッフ=1月 

 

 1月8日、正午過ぎ。北国らしいどんよりとした曇り空の下、色鮮やかなウエアに身を包んだ大勢の訪日客が目抜き通りを行き交っていた。レストランに入る家族、キッチンカーの前でたむろする若者の集団、コンビニで大量の食材を買い込む女性―。観光客のような迷ったそぶりは誰ひとりとして見せない。ここが日本であることを忘れてしまうかのような光景が広がっていた。 

 

 北海道・ニセコ地域は、さらさらしたパウダースノーや滞在環境の良さでとりわけ外国人からの人気が高い。案内板の多くは英語で書かれ、外資系のホテルが立ち並ぶ。 

 

 山のにぎわいを横目に、麓の住民は吐き捨てるように言い放った。「あそこ(スキー場周辺)は植民地みたいなもの」。外国化が進むニセコの実態を現地で取材した。(共同通信・中尾聡一郎) 

▽コンビニに4万円の高級シャンパン、街は異次元の世界 

 

 訪日客でごった返す「ニセコひらふ」(北海道倶知安町)の一帯には、記者が確認する限り、日本人をターゲットにしたような店は一つも見当たらなかった。 

 

 値段の高さが目を引いたある飲食店の看板は、4730円のすしセットや9240円の刺し身定食、4万6200円の刺し身の盛り合わせといったメニューの全てが英語で紹介されていた。 

 

 コンビニのセイコーマートやローソンでも、おにぎりやパンの近くに数千円するイチゴのパックが雑然と置かれ、ペットボトル飲料のそばには4万円以上する高級シャンパン「ドン・ペリニヨン」が並んでいた。 

 冬季に限って営業するキッチンカーも品ぞろえは当然、外国人向け。牛肉のステーキをパンに挟んだサンドイッチは5千円、ラーメンは2千円、ツナの手巻き寿司は千円で売られていた。手頃な価格の商品を探すのは困難だ。1箱2万円のウニを扱う店の女性スタッフは「中国系の人がたまに買っていく」と話した。 

 

 すし店から出てきた訪日客に、価格の感想を聞いてみた。昼食に約1万円のすしを食べたというオーストラリア人の女性は「中価格帯だ」と言い切った。オーストラリアで生の魚を食べようとするともっとお金がかかるという。 

 

 中国人の男性は「安いとは思わない」と言った後、こう続けた。「欧州の観光地はもっと高い。それを考えると普通の値段だ」 

▽強気の価格、事業者側の言い分は 

 

 訪日客の金銭感覚につられ、事業者の価格設定も強気になっている。あるキッチンカーのスタッフは「安くすると、粗悪品と誤解されて売れなくなるリスクがあるんです」と解説してくれた。複数の事業者によると、独特の品ぞろえや価格帯は事業者間に流れるあうんの呼吸で形成されていくのだという。 

 

 ニセコエリアの北海道蘭越町で民泊を営む男性は、8万8000円だった宿泊料を今季は9万9000円へと10%超引き上げた。3月半ばまで予約が埋まっているという人気ぶりだが、価格を引き上げた理由は需給ではなく「円安」だと説明する。外貨ベースでは値上げ幅が縮まるため、訪日客にそれほど負担感を与えずアップできることが念頭にあり、男性は「周りの民泊もそろって値上げをしている」と明かす。 

 

 

 ニセコエリアの蘭越町に約10年前に建てた別荘で冬場だけ暮らすという日本人の男性は近年の変質をこう語る。「スキー場の近くは異常な物価高。外国人専用といった異次元の世界で、そのマネーを目がけて日本人が群がっている」 

 

▽生活を浸食、住民「原発近い」 

 

 倶知安町によると、ニセコ町と蘭越町を合わせたニセコエリア3町の外国人宿泊客は2023年度に延べ約74万人に達した。比較可能な2006年度以降では過去最高で、10年前のおよそ2倍、新型コロナウイルス禍で客足が止まった2020年度と比べると35倍の規模に膨らんだ。 

 

 急激な変化は地元住民の生活を浸食し、弊害とも言えるような状況を生んでいた。 

 

 「ニセコひらふ」から北東方向に約5キロ。スキー場から車で約20分という距離にある倶知安町の中心部には、日が落ちると訪日客が次々と山から下りてくる。 

 

 スーパーでは、外国人とみられる集団が大量に食材を買い込んでいた。1パック4千円の「ズワイガニ」がお気に入りのようだったが、「サロマ和牛」のラベルが付いた牛肉も買い物かごにいくつか入れていた。スーパーの陳列棚には、冷凍の七面鳥や、一輪の花のようにきれいに折り重ねられた牛タンなど、明らかに外国人向けとみられる商品も複数あった。 

 

 スーパーのすぐそばの国道沿いの牛丼チェーン店に外国人男性が6人いた。タブレット端末を巧みに操り、慣れた手つきで注文を入れる。初めてではなさそうだった。 

 20年ほど倶知安町で暮らしているという男性は「飲み屋の値上がりがひどい」とこぼす。なじみの店が外国人向けにシフトしてしまい、1人5千円ほどだったコース料理が1万2千円へと一気に跳ね上がったという。「職場で忘年会を考えたが、昨年はあきらめました」と苦笑いしながら教えてくれた。 

 

 地元出身という女性に「外国人の存在をどう思うか」と尋ねると、「邪魔でしかない」とストレートな答えが返ってきた。さらに言葉をつないで「倶知安は泊原発が近いんです。そういうの、外国の人たちは分かっているんですかね」。記者には返す言葉がなかった。 

▽ベッドメーキングで時給2千円、介護事業者「勝てっこない」 

 

 他方、物価上昇や人手不足といった複数の要因が重なり、パートタイマーの時給は高騰する。ホテルや飲食店など外国人相手の商売ができる業界が高めの時給で働き手を募集する中で、割を食う形になった代表的な業界が介護だ。国が定める介護報酬が主な原資となるため、時給の設定には限度があるという。 

 

 

 倶知安町で訪問介護事業を営む町社会福祉協議会は2022年12月を最後に、ハローワークを通じた求人をやめた。 

 

 地域福祉課で課長を務める森敏弘さんは「時給を千円にして目立つように工夫してみたが、全く応募がない状況が続いた」と当時を振り返る。「スキー場がある山のホテルでは、誰にも会わないベッドメーキングで時給2千円。勝てっこない」と訴える。 

▽介護ヘルパー「仕事は楽しい」。けれど… 

 

 訪問介護や買い物代行といったサービスを受けている高齢者は2025年1月時点で約60人。勤続10年以上のベテランヘルパーが4人で対応していた。 

 

 雪深く、外国人が運転する車も多いため、冬場の訪問は危険と常に隣り合わせ。森さんは「責任感ややりがいで続けてもらっているが、全く持続可能ではない。病気で1人ダウンしたらたちまち崩れてしまう」と話す。 

 ヘルパーの斉藤俊子さんは「仕事は楽しい。お年寄りにとっては倶知安で暮らし続けるために必要なサービスで、責任感もある」との思いを明かしてくれた。 

 

 ただ人手不足で利用者の希望通りにサービスを提供することが難しくなっており、現状を考えれば「ここでは安心した老後を過ごすのは難しい」と感じているという。終始静かな口調だったが、言葉にはやり場のない怒りがにじんでいた。 

 

 

 
 

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