( 278131 ) 2025/03/27 05:24:18 0 00 元ネスレ日本社長の高岡浩三氏(現ケイアンドカンパニー代表取締役)
世間の大きな注目を集めたフジテレビ問題は、3月末がめどとされる第三者委員会の調査報告で一つの山場を迎えると見られる。フジテレビでのCM放映見送りを実施したスポンサー企業は、その後、どう対応するのか。視聴者の「テレビ離れ」が顕著な今、そもそもテレビCMにどんな価値があるのか。フリーライターの池田道大氏が、かつて看板商品「キットカット」のテレビCMを中止する決断を下した、元ネスレ日本社長の高岡浩三氏(ケイアンドカンパニー代表取締役)に聞いた。
* * * 中居正広氏の女性問題に端を発したフジテレビ問題。記者会見での不手際など初動を誤ったフジテレビが被ったダメージは大きく、同社によると、CM放映を中止した企業は1月末時点で300社以上に上った。2025年3月期の広告収入は、従来見通しから233億円減少すると予想されている。
注目されるのは今後のCMの行方だ。実業家の堀江貴文氏は自身のYouTube番組で「これまでテレビCMをやらないと売上が下がると思っていた企業がフジの不祥事をきっかけにCMをやめたら、売上が下がらず、コスパが良くなかった(と気づく)」と指摘し、企業のテレビ広告離れが進むと予言した。
そんな「企業のテレビCM離れ」を20年以上前に実現していたのが、元ネスレ日本社長の高岡浩三氏だ。世界最大の食品・飲料メーカーであるネスレの100%子会社であるネスレ日本のトップを2010年から10年間務めた高岡氏だが、社長就任前の2002年頃、人気商品「キットカット」のCM中止をマーケティング担当者として決断、後述するように新たなプロモーション戦略を打ち立てて大成功を収めた。
なぜ、キットカットのCMをやめようと思ったのか。高岡氏は「まず前提として、外資系企業の“利益に対する執着”を理解する必要があります」と語る。
「日本の会社は今でこそ、投じた資金がどれだけ利益を生み出したかを示すROIC(投下資本利益率)を重視するようになりましたが、外資系では僕がネスレ日本に入社した40年前から当たり前のように、投資に対するリターンを強く求められました。売上ではなく利益です。僕はそうした厳しい環境で鍛えられました」(高岡氏・以下同)
投じたお金がどれだけの利益を生み出すかをシビアに問われる環境で、悩みの種となったのがテレビCMだった。1980年代当時のネスレ日本は「ネスカフェゴールドブレンド」の“違いがわかる男”などのCMに年間400億円ほど使っていたが、それは大きな工場を丸ごと一つ作れる金額だったという。高岡氏がマーケティングを担当することになったキットカットも宮沢りえや一色紗英ら華やかな女性タレントをCMに起用し、毎年20億円以上の広告費を使っていた。
「それだけの巨額をつぎ込みながら、キットカットの利益率はわずか2〜3%ほどでした。これではどうしようもない。利益を重んじる本社から『何とかしろ』との指令があり、“20億円の広告費を一気にゼロにしたら利益が上がるだろうか……”と漠然と考えていました」
そんなある日、故・みのもんたさんが司会を務める番組がふと目に入った。そこで、白衣を身にまとった医師が、赤ワインに含まれるポリフェノールには血液をサラサラにする効果があると解説すると、赤ワインが飛ぶように売れた。
「“あっ、これだ!”と思いました」と高岡氏は振り返る。
「CMに何十億円投資しても売上も利益も変わらないのに、利害関係がない人が番組で商品を紹介したらバカ売れする。もう視聴者は、クライアントにとって良いことしか言わない広告なんて信じていないのだと思いました。ちょうどその頃、原書で読んだ『ブランドは広告で作れない』(アル・ライズ、ローラ・ライズ著)というマーケティングの本にも、“これからの時代はムダな広告費を使うよりPRを活用せよ”と書いてありました」
広告を凌駕するPRとは何か。高岡氏は「PRでは、口コミで伝わるニュースがカギになります」と語る。
「広告代理店にPRを依頼すると有名タレントなどのセレブリティを起用したがるけど、PRの本質はニュースです。自分の胸にとどめておけず、人に伝えたいようなニュース性を持つ商品は、広告しなくても口コミで広まります。
しかも当時はブロードバンドが始まった時代で、アメーバブログなどで個人が発信を始めて、それまで口コミで伝わったことが何万倍ものスピードで拡散されるようになっていました。そんな時代にCMを闇雲に流してもいいのだろうかと疑問に感じて、キットカットのCMをやめることを決めました」
CMで大々的に視聴者に訴えることをやめたうえで、本社が求める利益をどう生み出すか。試行錯誤の末にたどり着いたのが、「受験生応援キャンペーン」だった。キットカットの発音が九州の方言「きっと勝つとぉ!(きっと勝つよ!)」に似ていることから、高岡氏らのチームは「商品をニュースで広める」ことを試みた。
「2003年1月、センター試験の最中に、確か東大と慶應大のキャンパス近くでサンプリングを実施したのですが、試験後にキャンパス内にあるごみ箱にキットカットの空箱がいっぱいあるのを見て、受験生がネット上で『何でこんなにキットカットがあるの?』と疑問をブログで発信したんですね。すると、知っている人が『それは九州の方言で〜』と教えた。こうした口コミがあっという間に広がりました。
このキャンペーンをCMでやっていたら視聴者がシラケてしまって成功しなかったはずです。受験のストレスから解放されたいという若い顧客の問題を見つけて、それに解決法を与えて、ニュースとして広めたことがキャンペーンの肝でした」
口コミの力でキットカットは受験生のお守りとして浸透し、受験生応援キャンペーンは大成功を収めた。キットカットの売上は5倍、利益は10倍になった。
2000年代初頭とは比べ物にならないほどネットが普及した現在、マーケティングにとってニュース性はますます重要になっていると高岡氏は言う。
「今の消費者は広告ではなくSNSの口コミを見て商品を選びます。だからこそ、人が人に伝えたいようなニュース性のある商品をクリエイティビティで作る必要があり、同時にネットの声をいかに拾うかが問われます。逆に言えば、本当にみんなが欲しいと思う商品やサービスであれば、あえて広告はしなくていい。それがインターネットの時代だと思います」
そんな時代だからこそ、「テレビCMをやめる」が企業にとっての選択肢となり得る。
「テレビCMはこれから世に出す新ブランドや新商品の認知度を高める効果はありますが、そのブランドや商品が定着して利益を生み出すヒット商品になるかはわかりません。しかも、例えばネスカフェやキットカットのような誰もが知っているブランドはCMの効果が少なく、コストパフォーマンスが非常に悪い。単なるイメージ広告だけ一生懸命やっていても、売上も利益も上がらないんです。
テレビCMは広告メディアのひとつとしてこれからも絶対に生き残ります。ただし、広告をやらないと商品が売れないという考え方は、時代遅れだと思います」
この先は、企業のテレビ広告離れが加速するかもしれない。今回のフジの問題は「テレビの終わりの始まり」ではなく、「テレビCMの終わりの始まり」であるかもしれないのだ。
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【プロフィール】 高岡浩三(たかおか・こうぞう)/1960年大阪府生まれ。1983年に神戸大学卒業後、ネスレ日本に入社。各種ブランドマネージャーを経て、ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット受験応援キャンペーン」を手がける。2005年、ネスレコンフェクショナリー社長。2010年、ネスレ日本副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」ビジネスモデルを構築。同年、社長兼CEOに就任し、2020年に退任。現在はケイアンドカンパニー社長として、企業のマーケティング、イノベーションをサポートしている。
取材・文/池田道大(フリーライター) 写真/横田紋子
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