( 278921 ) 2025/03/30 05:27:32 0 00 写真・図版:プレジデントオンライン
「日本の年金は、なぜこうも心許ないのか……」。かつては日本企業に勤め、37年前に英国へ移住した作家が、世界の年金事情から、日本への提言をお届けする。
■あまりの少なさにはじめは嘘と思った
筆者は英国に約37年住んでおり、1年半ほど前から英国の国家年金(statepension)を受給している。年金の支給開始年齢は66歳で、年金保険料を35年間払っていれば、満額受給できる。2024年度の満額は、1万1502ポンドで、日本円に換算すると約220万8000円、月額で約18万4000円である。日本と違い、介護保険料を差し引かれることもない。
一方、日本の国民年金は、満額で月6万8000円という少なさである。87歳で亡くなった筆者の父は、北海道の農村の神主で、職業柄、年金は国民年金だけだった。存命中、いったいいくらもらっているのか訊いたところ、父が月額6万円台、母が4万〜5万円と言うので、あまりの少なさに、嘘をついているのかと疑ったほどだ。
しかし、自分が今、日本の公的年金の受給年齢に達し(筆者は日本の国民年金保険料も40年間払ったので受給資格がある)、実際の支給額を知って、父が嘘を言っていなかったことがわかった。
日本では、一定の規模がある会社や役所に勤めていた人なら、厚生年金をもらえるが、受給者数としては、公的年金受給者全体の半分弱で、国民年金(基礎年金)部分と合わせても受給月額は平均15万円弱である。
■働く必要がないので50代後半からリタイア
最近、日本に一時帰国すると、以前だと考えられないような高齢者が働いているのを見かけることが多い。やはり多くの日本人にとって、老後の生活は結構厳しいのかと考えさせられる。
英国の場合、報酬比例部分の多くは、企業・職域年金として受給することになり、平均的受給額は国家年金とほぼ同額である。したがって、夫婦共働きの家庭の場合、月額74万円程度を手にすることができる。働く必要がないので、だいたい皆50代後半から60代半ばでリタイアする。
英国は日本に比べればだいぶ恵まれているように思われるが、実は公的年金に限って見ると、先進国の中では少ないほうだ。
図表1は、欧州諸国のうち、公的年金支給額が多い20カ国である。英国は14位である。
1位はルクセンブルクで月額約100万円、2位がスペインで約52万円、3位がベルギーでスペインとほぼ同額である。必要生活費に対する公的年金額で見ると、ルクセンブルクが637%、スペインが452%、ベルギーが343%、英国が118%である。17位のチェコまで、老後の生活費は公的年金でまかなうことができる。
公的年金は国によって制度設計(積立方式か賦課方式か、国庫負担割合、受給対象者、受給資格、企業または職域年金、私的年金との兼ね合い等)が違っており、受給額だけで単純比較することはできない。保険料をとってみても、たとえば英国の場合、国家年金の保険料は日本と違って独立しておらず、健康保険料、雇用保険料などと一体になったナショナルインシュアランス(国民保険)として所得に応じて納める。
■なぜルクセンブルクは年金1位になれたのか
ヨーロッパでの公的年金額第1位のルクセンブルクの場合、個人の総年金収入(公的年金、企業・職域年金、私的年金等の合計)に占める公的年金の割合が約93%と高く、老後の収入の圧倒的部分を占める(日本は約85%)。財政方式は日本と同じ賦課方式(すなわち現役の就労者が払う保険料を高齢者の年金に充てる)で、受給対象はすべての就業者。
保険料率(収入に対する保険料の割合)は24%(被用者の場合、被保険者が8%、雇用主が8%、国が8%。自営業者の場合、被保険者が16%、国が8%)。受給資格は、10年間保険料を支払うことで得られ、最長払込期間は40年。支給開始年齢は65歳で、支給額は、40年払った人の場合、最低で月額2244ユーロ82セント、最高で1万392ユーロ67セント。
同国の公的年金が多い理由は、一人当たりのGDPが13万5321ドル(24年)で、世界一豊かな国であることと、保険料率が24%と高く、かつ報酬に比例していることだろう。なお同国は、外国人労働者(主として欧州の他の国々から)への依存度が高まっており、20年時点で、国内労働市場の44%を外国人が占める。その結果、年金受給者のうち、外国での職歴を有する者が57.6%おり、半数を超えている。こうした状況は、今後、外国人労働者への依存度を高めざるをえない日本にとっても参考になると思われる。
ヨーロッパで第2位のスペインは、ルクセンブルク同様、個人の総年金収入に対する公的年金の割合が約90%と高い。公的年金は強制加入で、財政方式は賦課方式(ただし受給年齢に達したが、生計維持手段がない人や、保険料の払込期間が15年に達しておらず、受給資格のない人のための無拠出型年金は国庫負担)。受給対象者は、受給年齢(66歳と6カ月)に達した国内の全合法的居住者で、保険料率は、医療保険も含め、被用者の場合、被保険者が4.7%、雇用者が23.6%である。
スペインの一人当たりのGDPは3万5789ドルで、世界第31位である(3万2859ドルで36位の日本より少し上)。右の通り、個人の保険料負担が少なく、雇用者のそれが大きい点が特徴で、企業収益を被用者のために吐き出させる制度になっていると言える。
ヨーロッパ第3位のベルギーは、個人の総年金収入に対する公的年金の割合が約97%で、ルクセンブルクやスペイン以上に、公的年金の果たす役割が大きい。被用者、自営業者ともに強制加入で、財政方式は賦課方式。受給開始年齢は65歳で、受給資格取得のための最低加入年数はないが、満額受給するためには、保険料払込期間が45年に達していることが必要。保険料率は、被用者が16.36%(被用者7.5%、雇用主8.86%)、自営業者が収入に応じて、14.16%または20.5%(最大4952ユーロ48セントのキャップあり)。
ベルギーの一人当たりGDPは5万6129ドルで世界第15位。かなり裕福な国である。
英国は、公的年金の支給額ではヨーロッパで14位だが、総年金収入に占める非公的年金(企業・職域年金、私的年金等)の比重が50%と大きいのが特徴だ。法律では、被用者の給与の最低8%(被用者5%、雇用主3%)を、被用者個人の年金スキームに支払わなくてはならないことになっている。これは最低限で、筆者が英国の証券会社に勤務していたときは、給与の13%が個人の年金スキームに支払われていた。金融立国で、各種金融機関がひしめく英国らしく、民間活用型の制度になっている。
日本の公的年金は、支給額で見ても、所得代替率(必要生活費に対する年金の比率)で見ても、他の先進国からかなり見劣りする(所得代替率は、61.2%程度)。
■A評価のオランダは公的年金の比重が小さい
こうした状況になっているのは、以下のような理由によると考えられる。
①日本の公的年金は賦課方式だが、他の先進国以上の少子化・晩婚化・未婚化等により、11年以降毎年連続で人口が減少し、高齢者層を支える若年層が相当減少している。
②男性が81.09歳(世界第2位)、女性が87.14歳(世界第1位)という世界屈指の長寿国であるため、公的年金の支給期間が長く、支給負担が大きい。
③保険料率を引き上げることに労使ともに長年抵抗し、現在国民年金保険料は収入の多寡とは関係なく月額1万6980円で、厚生年金保険料は収入の18.3%(かつ上限あり)に留まっている。
④国民年金の給付額の半分は国庫が負担しているが、対GDP比約260%という世界的に突出した公的債務負担もあって財政が逼迫し、国庫負担に限界がある。
⑤年金積立金をグリーンピア(年金福祉事業団が全国各地につくった大規模保養施設)などの赤字事業に使ったり、04年に年金未納問題が発覚し、国民年金のCMから降板せざるをえなくなった女優、江角マキコが出演したCM制作に約6億2000万円の年金保険料を使ったり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が18年10〜12月期に14兆円の運用損を出すなど、運用の失敗で年金積立金を減らしたりしたこと。
米国の組織・人事関係のコンサルティング会社、マーサー(Mercer)と、投資専門家団体CFA協会は、各国の年金制度について毎年「グローバル年金指数ランキング」を発表している(図表3)。筆者は、公的年金に関しては、数字操作の余地が少ない支給額が、受給者にとっては意味合いが大きく、目安としても一番ストレートにわかりやすいと考え、本稿ではその点を中心に論じた。
これに対し、「グローバル年金指数ランキング」は、私的年金制度を含む各国の年金制度全体の総合評価で、性格が異なる。評価の観点は、①十分性(必要生活費のカバー度合い)、②持続性(現在の年金制度を今後も維持できる可能性)、③健全性(制度の健全性)の3つである。それにもとづき、A、B+、B、C+、C、Dという6段階に分け、総合点で順位を付けている。調査対象は48カ国で、世界人口の65%に相当する。
最新版(24年度)では、第1位は公的年金支給額が約23万9000円のオランダ、第2位は36万4000円のアイスランド、第3位が31万7000円のデンマーク、その他、Aランクの国として、イスラエルが第4位に入っている。これら4カ国は、十分性、持続性、健全性の3項目の平均が80点以上で、バランスがとれた優良な制度であると評価されている。
中でもオランダ、デンマーク、イスラエルは、個人の総年金収入に占める公的年金の比重が、それぞれ50%、55%、43%と小さく、非公的年金(企業・職域年金、私的年金等)の強さが評価された格好である。同様に、非公的年金の比重が大きい英国も、B評価で全体の11位と、点数が高い。
■中国やブラジルより日本の評価は低い
公的年金支給額でヨーロッパ1位のルクセンブルクは調査対象外、2位と3位のスペインとベルギーは、ともに持続性に難ありとされ、それぞれC+評価で26位、B評価で15位である。
日本はどうかというと、3項目とも40点台から60点台と低調(一番の問題は持続性で47.1点)で、評価は下から2番目のC、順位は48カ国中36位である。これは、中国、ブラジル、ボツワナより低い。
かつて02年に格付会社ムーディーズが、日本国債の格付けを従来のAa3(ダブルA3)からA2(シングルA2)に引き下げ、ボツワナやチリ以下になったとき、塩川正十郎財務大臣(当時)が「なんで援助国が被援助国より低い格付けにならんといかんのや⁉」と激怒し、同社幹部を衆議院財務金融委員会に呼んで問い詰めるという騒動に発展したことがある。年金の世界では、それと同じようなことが起きている。
人口減少により、将来、日本の公的年金額がますます減ることは避け難い事実である。国民としては、若いうちから公的年金に頼らない老後の備えをするしかない。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年1月31日号)の一部を再編集したものです。
---------- 黒木 亮(くろき・りょう) 経済小説家 1957年、北海道生まれ。ロンドン在住。早稲田大学法学部卒業後、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士号取得。銀行や証券会社、総合商社に23年あまり勤務後、2000年に『トップ・レフト』で作家デビュー。最新刊は『マネーモンスター』。 ----------
経済小説家 黒木 亮
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