( 278946 )  2025/03/30 05:59:37  
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide 

 

■政治家の票取りが目的で設けられた制度 

 

 年金3号(第3号被保険者)制度とは、 

 

 ・会社員もしくは公務員として厚生年金に加入している人の配偶者であること(男女どちらでも構いません) 

・年間収入130万円未満 

・20歳以上60歳未満であること 

 

 であれば、国民年金の保険料を納めずとも、老齢基礎年金を受け取る資格を得られる仕組みで、今から40年ほど前、1985年に導入されました。 

 

 当時は「夫が働き、妻が専業主婦として家庭を支える」という世帯が一般的だったため、専業主婦にも年金の受給資格を与えるために設けられました。 

 

 年金制度は昔から政治的に利用されてきましたが、年金3号も政治家の票取りが目的で設けられた制度です。当時は年金3号の該当者は今よりずっと多くいましたし、この時代、家事、子育て、介護などはすべて妻の仕事とされていましたから、「家事に追われ外で働けない妻に年金保険料まで負担させるのはどうか」という配慮もあったのでしょう。 

 

 この制度に対しては当初から「どうしてサラリーマンの妻は保険料を払わなくても年金がもらえるのに、自営業者の妻はダメなのか。不公平ではないか」という批判がありました。 

 

 これは国民年金と厚生年金の制度の違いから来るものです。 

 

 国民年金は夫も妻も個々に保険料を払う仕組みですが、会社員の配偶者の保険料は、厚生年金全体で負担しています。その分、夫が払う厚生年金の保険料は高くなっているので、夫が妻の分まで代わりに払っていると考えることができます。その意味では、必ずしも不公平とは言えません。 

 

 しかし若い世代では夫婦共働きで、夫も妻もそれぞれ年金に加入している人が増え、年金3号に該当する人はピーク時の1220万人(95年)と比べて約700万人(2023年)と約4割減少しています。その分、政治的な価値も落ち、政治家も年金3号に該当しない人たちからの「不公平」という批判の声に押される方向になっています。 

 

 日本商工会議所などの経済団体や連合などの労働団体も、年金3号制度の廃止を提案しています。その主な理由は「この制度が『年収の壁』を生み出し、パート労働者の就労調整を促す要因となっている」ということです。 

 

 年金3号制度の下では、年収130万円までは配偶者の社会保険でカバーされますが、年収がそれを超えるとパート先の厚生年金に加入するか自分で国民年金に入ることが必要になり、保険料がかかってきます。そこで収入を130万円未満にとどめようと、時間があるのに働くのをやめてしまう人が出ます。これが就労調整です。 

 

 ただ現在では130万円の前に106万円が大きな壁となっています。 

 

 これは「週20時間以上働き、月収が8万8000円以上ある人は、勤務先の厚生年金保険と健康保険に加入しなければならない」という、厚生労働省が16年に導入した規定によるものです。 

 

 当初は「従業員数501人以上の企業に勤めるパートタイム労働者」が対象でしたが、22年には「従業員101人以上」に拡大され、24年には「従業員51人以上」になりました。 

 

 この規定に引っかかると勤め先の厚生年金に強制加入となります。パートで働く女性の多くは、ご主人の給料だけでは足りないから自分も働いているのに、そこから保険料として年に15万円も差し引かれてしまうのです。 

 

 厚生労働省は「厚生年金の加入により将来の年金が増えます」と言っていますが、仮に10年間、年15万円の保険料を支払ったとしても、将来もらえる年金額は年5万円程度増えるにすぎません。60歳から年金を受けたとしても、90歳くらいまで長生きしなければ、元が取れない計算です。 

 

 「これでは取られ損だ」と感じる人が多いのは当然で、多くのパートタイマーがそれを避けるため、月20時間もしくは年106万円の壁を超えないよう、仕事を休んで就労調整しているのが実態です。これが「106万円の壁」です。厚生労働省は数年後には、この制度を個人事業所を含むすべての企業に勤めるパートタイマーにまで拡大しようとしています。そうなれば「年金3号による働き控え」は完全に「厚生年金強制加入による働き控え」に取って代わられることになります。 

 

 

■「すべての女性をフルタイム勤務に」 

 

 私は現状で第3号被保険者制度を廃止することには反対です。 

 

 年金3号廃止論は「すべての女性をフルタイムで働かせたい」「できるだけ多くの保険料を納めさせたい」という経済団体と政府の思惑から出ています。安倍政権以来、政府は「すべての女性が輝く社会づくり」というスローガンを掲げていますが、そこには「女性をなるべく長時間働かせよう」という意図が見え隠れしています。 

 

 これは近年の定年延長の流れとも重なるものです。現在の日本は人手不足で、かつ労働人口が減少し続けているため、女性やシニアに労働の担い手を期待する傾向が強まっているのです。 

 

 さらに政府には、「働く女性すべてから厚生年金保険料を徴収しよう」という狙いもあります。 

 

 年金財政は今、非常に厳しい状況で、その主な原因は高齢者の増加にあります。高齢化はこの先さらに進み、年金財政が悪化していくことは確実です。 

 

 これに対し、政府は厚生年金への加入者を増やすことで保険料収入を増加させようとしています。少し前まではなかった「106万円の壁」も、こうした狙いが透けて見える仕組みです。 

 

 年金3号を廃止すれば、確かに保険料を納める女性が増え、年金財政は助かるでしょう。そうであれば「年金3号を廃止する代わりに、現行の厚生年金保険料を引き下げるべきではないか」という議論が出てもよいはずです。ところが、そうした声はまったく聞こえてきません。 

 

■廃止になれば年間20万円以上の負担が 

 

 年金3号は確かに「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という前提のもとにつくられた、古い制度です。しかしこの制度を廃止しても、現在の会社員家庭が豊かになるわけではありません。 

 

 サラリーマンの妻といってもさまざまな状況の人がいます。配偶者の年収が高いので、自分は働く必要がないという優雅な妻もいるでしょうが、生活はギリギリなのに子供の世話や親の介護、あるいはうつなど精神的・身体的な理由で、働きたいのに働けない人も少なくありません。この状態で年金3号を廃止したら、そうした人たちはどうなるのでしょうか。 

 

 年金3号を廃止した場合、働けない人も国民年金に加入することになり、年間20万円以上の新たな負担が発生します。 

 

 夫の収入が少なく子供が多く、家計がぎりぎりといった家庭では、この追加負担によって生活が成り立たなくなる恐れがあります。廃止するのなら、そうした苦しい家庭を対象に負担を免除する仕組みや補助金、新たな支援制度などを整備すべきです。 

 

 厚生労働省は25年の通常国会に提出を目指す年金制度改革の法案に、第3号被保険者制度の廃止を盛り込まない方針を決定しました。これは「制度を直ちに廃止すると多くの人々に不利益が生じる可能性があるため、本格的な議論を5年後の次回以降に持ち越す」という判断によるものです。結果、25年内に第3号被保険者制度が廃止されることはなくなりました。 

 

 5年後までに、切実に制度を必要とする人の受け皿づくりの検討もお願いしたいです。 

 

 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2025年1月31日号)の一部を再編集したものです。 

 

 

 

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荻原 博子(おぎわら・ひろこ) 

経済ジャーナリスト 

1954年、長野県生まれ。経済ジャーナリストとして新聞・雑誌などに執筆するほか、テレビ・ラジオのコメンテーターとして幅広く活躍。難しい経済と複雑なお金の仕組みを生活に即した身近な視点からわかりやすく解説することで定評がある。「中流以上でも破綻する危ない家計」に警鐘を鳴らした著書『隠れ貧困』(朝日新書)はベストセラーに。『知らないと一生バカを見る マイナカードの大問題』(宝島社新書)、『5キロ痩せたら100万円』『65歳からはお金の心配をやめなさい』(ともにPHP新書)、『年金だけで十分暮らせます』(PHP文庫)など著書多数。 

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経済ジャーナリスト 荻原 博子 

 

 

 
 

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