( 279026 )  2025/03/30 07:27:42  
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(坂本照/アフロ) 

 

 3月はメジャーリーグのドジャースとカブスが日本で開幕戦を含む2試合を行った。テレビ中継を食い入るように見ていた愛息子の和人くん(仮名)の姿を見て、河内優子さん(仮名)=30代=は「野球が好きでいてくれてよかった」と微笑ましい気持ちになった。 

 

 「私、もう無理」 

 

 約1年半前、優子さんの心は崩壊寸前だった。 

 

 和人くんが小学5年の秋、所属する地元の少年野球チームで、チーム内の人間関係に思い悩み、和人くんにチームをやめてもらうしかないところまで追い詰められた。 

 

 野球が大好きで小学1年から入部し、チームの主力として活躍していた和人くんも「ママがしんどいならやめる」と受け止めてくれた。苦しめられた“肩の荷”が下りた。 

 

 河内さん一家は夫婦共働きで、夫の誠さん(仮名)は、週末にも仕事が入ることが多かった。和人くんが入団した1年当時は、弟もまだ幼かった。 

 

 少年野球の練習や試合は原則、土日と祝日に組まれる。優子さんは入団に際し、野球をやりたいという和人くんの願いを叶えてあげたかったが、親が練習に参加できないことが不安だった。体験会でそのことを保護者の代表に伝えると、「来られるときに来てくれればいいですよ」と言われた。 

 

 だが、入団すると全く違った。まず、父親が練習に顔を出していないことに目を付けられた。それなのに、優子さんも仕事や弟の子守で来られない日が続いた。 

 

 優子さんは運転免許がなく、車でしか行けない場所での練習は物理的にも不可能だった。ある日、高学年の保護者から呼び止められた。 

 

 「練習に来る気、ないの?」 

 

 叱責されているような怖さを感じた。少年野球を続けることは難しいと思ったが、和人くんは楽しそうに野球をしていた。高額な用具もそろえたばかりだった。 

 

 優子さんは仕事をやりくりし、同級生の親に頼んで練習に向かう車に同乗させてもらい、週末のほとんどの時間を、練習の見学に費やした。 

 

 夏は一緒に連れて行った幼い弟が、炎天下で体調不良にならないかという不安も言い出せなかった。誠さんは少年野球経験者だったので「それぞれのチームの方針があるから仕方ない」と申し訳なさそうに話した。 

 

 

 そこにもう一つの問題が生じた。少年野球の監督、コーチは、子どもたちの親が担っていることが多い。監督は、近所に住む和人くんの幼なじみの父だった。和人くんがうまくなり、監督の子どもよりも実力差が開くにつれて、和人くんへの風当たりの強くなっていった。好プレーをほめることなく、ミスに足らないプレーにも大声で暴言を吐かれた。 

 

 「ご自分のお子さんと比べて、妬みもあったのかもしれません」 

 

 ある日、“事件”が起きた。和人くんが新調したグローブで練習に参加したとき、捕球でミスをした。新しいグローブの皮は硬く、まだ手に馴染んでいなかった。監督はここぞとばかりに、エラーをものすごい剣幕で責め立てた。和人くんは黙って帰宅してきたが、他の保護者から「あれは、さすがにないです」と連絡をもらった。 

 

 優子さんも我慢の限界だった。何とか円満に解決したいとチームの代表に直談判の相談をした。すると、そのことを監督に伝えたと連絡があった。 

 

 「これまで、ずっと我慢していきたのに……。まさか、本人の耳に入れるとは思いませんでした」 

 

 すべてが崩壊したような絶望感に襲われ、退団するしかなかった。 

 

 監督とはそれ以降、一度も顔を合わせていない。優子さんは、和人くんから野球を奪ってしまったことが申し訳なく、近所のチームへ移ることも考えたが、和人くんが頑なに拒んだ。 

 

 「他のチームに行ったら、前のチームから『裏切り者』と言われてしまう」 

 

 こうしたケースは珍しいことではない。 

 

 優子さんを悩ませたのは、典型的な少年野球のネガティブ要素とされる「保護者の労力負担」、「高額な費用負担」、「指導者による理不尽な指導」だ。 

 

 古くから地域に根ざして活動している少年野球チームは「特殊な世界」でもある。月謝を払って指導者に任せるのではなく、子どもたちの保護者が中心となって運営する「自治組織」だ。 

 

 父親らが中心となって監督やコーチを務め、母親は見学や練習場所の確保などの運営をみんなが無償でサポートする。この点が、スイミングスクールや英会話などの習い事とは決定的に違う。 

 

 昭和から平成、令和へと時代が移り変わり、核家族化が加速し、保護者の働き方が多様化した現在も、運営スタイルは大きくは変わらない。一部の保護者だけが指導や練習の見守りにいかないと、子どもを他の保護者に任せて自分たちは仕事や家事をしているとみなされる風潮がある。 

 

 練習に参加し、自分たちが労力を負担している保護者の立場からいえば、その通りかもしれない。一方で、週末に仕事や育児などを抱える家庭には大きな負担となる。歪みはやがて、保護者同士の人間関係のもつれという根深い問題を引き起こすリスクをはらむ。 

 

 もちろん、全てのチームがそうではない。保護者同士が融通を利かせ、保護者の負担を減らしたり、卒団生が寄付していった用具を貸し出したりしてくれるチームもある。運営スタイルはチームによっても違い、学年が変わると雰囲気が一変することもある。 

 

 「チームが強くなってほしい」「子どもが楽しく野球がやれればそれでいい」「親の負担を減らしたい」「小学校の間くらい、子どものために親が時間を使うのは当たり前のことだ」 

 

 子どもに野球を通して成長や経験を求めるという思いは共通でも、どんなプロセスを大切にするかは家庭によって千差万別だ。チームの方針と合わなければ、子どもが退団するか、嫌な思いをしながら活動を続けるか、選択肢は限られる。 

 

 

 40代の父、山田公太さんも、少年野球と親の立ち位置に疑問を抱えてきた。 

 

 「僕は野球未経験です。基本的な技術の指導はできないので、自分の子どもの自主練習に付き合うことはありますが、人の子に教えるのはおこがましいと思っています。だけど、僕も野球は好きなので、子どもが野球をしている姿は見ていたいと思って、チームの練習には頻繁に見に行っていました。すると、『審判やってください』とか、『コーチになって一緒にやりましょう』とお願いをされる。これが一番のストレスでした」 

 

 公太さんは、積極的に監督やコーチを買って出る保護者を否定するつもりはなく、むしろ感謝をしている。 

 

 「子どもと一緒に野球がしたい、と思っている保護者にとっては、大変なこともあるけど、充実した週末だと思います。子どもたちの練習をサポートしてくれることにも、すごく感謝もしています。けれど、チームに入部することで全ての保護者が参加を半ば強制されることに問題があると思います」 

 

 公太さんは子どものとき、地元のソフトボールチームに入りたかった。しかし、母親が色々と理由をつけて入れてくれなかった。ミニバス(バスケットボールの小学生チーム)なら入っていいと言われ、ソフトを断念した苦い記憶がある。 

 

 なぜ、ソフトはダメだったのか。ずっと気になっていたことを、大人になってから打ち明けられた。 

 

 「ソフトも少年野球と同じで、親のコミュニティーが大変だと聞いていたから、やらせてあげられなかった。ごめんね」 

 

 公太さんが小学生時代だった昭和は、まだまだ専業主婦の家庭も多かった。それでも、当時から、すでに一部の保護者からは、少年野球を取り巻くコミュニティーの人間関係は敬遠されていたのだ。 

 

 当時の日本で、子どもが野球をやるなら、地元の少年野球チームしか選択肢はなかった。実際、多くの子どもたちが白球を追い、甲子園やプロ野球選手という夢を追いかけた。少年漫画も野球をテーマに扱う内容が多く、スポ根や熱血指導も青春の1ページを彩った。 

 

 しかし、時代は変わった。全日本軟式野球連盟によると、2024年度の小学生の学童軟式野球チーム数は8680で、15年前から約4割減っている。ピーク時の1980年度の2万8115と比較すると、約3割にまで落ち込んだ。 

 

 日本全体の少子化だけで片付けられず、関係者も「大谷選手の活躍で野球の関心が高まっているのは追い風ですが、保護者の方が、子どもを少年野球に入れることには二の足を踏むという話も耳にします」と、親を取り巻く環境が影響しているとみている。 

 

 

 公太さんはかつて、息子が所属するチームに“風穴”を開けようとしたことがある。監督とつながりのある県外の強豪チームとの試合を実現させようとしたのだ。 

 

 「同年代の強いチームとの対戦は刺激にもなるはず」 

 

 監督や他の保護者も賛同してくれた。しかし、父母会で提案すると、長くチームの世話役を務めてきた70代の代表から「そういう遠征は前例がない」と一蹴された。 

 

 あれだけ試合をやってみたいと盛り上がっていた監督や保護者も反論することなく、その代表の意思に従う雰囲気に絶望した。 

 

 以前から、バッティング練習に時間を割かないのに、試合で打てない子どもたちを叱るようなチームの方針への不満があった。 

 

 公太さんは覚悟を決めてメールを送った。 

 

 「試合数が少ない」 

 

 「保護者と指導者のコミュニケーション不足や指導方法に不満がある」 

 

 丁寧に説明したつもりだったが、代表からの返信はなかった。 

 

 「チームへの思いも冷めてしまい、子どもには申し訳なかったですが、練習から足が遠ざかりました」 

 

 もちろん、すべての少年野球チームがそうではない。代表がチーム運営を円滑に運べるようにサポートしたり、保護者同士の関係が良好だったりするチームも数多くある。中には、練習方法に工夫を凝らしたりし、その様子をSNSで積極的に発信しているチームもある。 

 

 公太さんは言う。 

 

 「いまの時代には、SNSを通じてたくさんの情報が発信されていて、その中から良いものを取り入れていけばいいと思うのですが、そういう意見をいうと、私の息子がいたチームでは、野球経験者ではない自分のような意見は聞き入れられず、『かき乱すな』という空気になってしまいました」 

 

 優子さんも「入ったチームや学年によって、方針や保護者の雰囲気、カラーも全く違います。『少年野球チームガチャ』です」と話す。                      

 

 

 
 

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