( 279166 ) 2025/03/31 04:59:43 0 00 日本の自動車産業に破壊的な影響を与える可能性があるBYDが製造・販売するPHEV「シールU」 Photo:JIJI
売上高でテスラを超えた中国の自動車メーカーBYDが、日本の自動車業界に与える影響は甚大です。すでに日産の売上高を追い抜き、ホンダ超えも視野に入った同社。トヨタの存在すら揺るがしかねない新勢力は「しょせん中国車だから大丈夫」と軽視できる相手ではありません。EVやPHVの覇権だけでなく、次世代モビリティの基盤となるSDV、自動運転、そして充電インフラまで…世界の先端を走るBYDの圧倒的な技術力に日本メーカーは太刀打ちできるのでしょうか。実現すれば、日本の自動車産業が吹っ飛びかねない「最悪のシナリオ」とは――。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
● トヨタが15万台、BYDは248万台… 脱炭素の本命・PHEVで歴然たる差
中国の自動車大手のBYDが3月24日に2024年12月期の決算を発表しました。売上高が前年比26%増の7770億元(約16兆700億円)で、ライバルであるアメリカのテスラの977億ドル(約14兆7000億円)を上回りました。純利益は前年比34%増の402億元(約8300億円)とこちらも好調ですが、テスラの71億ドル(約1兆600億円)にはまだ届いていません。
このニュース、日本経済に与える影響がとてつもなく大きいのにもかかわらず、あまり大きく報道されていないことが気になります。この3月期の日産自動車の売上予想12兆5000億円をBYDはすでに上回り、来年にはホンダ(今期売上予想21兆6000億円)超えも視野に入ってくる台頭ぶりなのにもかかわらず、財界はそれをあまり気にしていないように感じるのです。
この現象、1980年頃のアメリカ経済の日本車に対する塩対応に似ている気がします。「どうせ中国車だからたいした影響はない」と考えているとしたら、判断を誤るかもしれません。
この記事ではBYDがどのような存在なのか。そしてその成長が日本経済にどのような影響を与えるのか。日本のメディアがあまり報道したがらない不都合な真実をまとめてみたいと思います。
BYDの存在感を示す一番わかりやすい指標は世界での販売台数です。
BYDの昨年の販売台数は世界全体で427万台でした。台数ではホンダを超え世界第6位です。上にはトヨタ、VW、ヒョンデ、GM、ステランティスがいますが、そのステランティスも昨年最終四半期に台数で抜いた可能性があります。
BYDの突出している点は、その販売台数の大半が新エネ車だということです。しかし実はBYDのEVの販売台数は176万台と、2024年で比較すればテスラの179万台に届いていません。
では何が一番売れているのかというとBYDはプラグインハイブリッド車(PHEV)が248万台も売れているのです。トヨタの昨年のプラグインハイブリッド車の世界販売台数は約15万台(一般社団法人 日本自動車会議所)ですから、EV失速後の脱炭素の本命領域でもBYDは世界の大手自動車メーカーを圧倒している計算です。
もちろんトヨタは充電できない普通のタイプのハイブリッド車(HV)を年間約423万台(一般社団法人 日本自動車会議所)を全世界で販売していますから、まだ追走不能なまでに引き離されているわけではないとは思います。が、それにしてもこのBYDのガソリン車を含めた強さが西側諸国ではあまり報道されておらず、結果的にG7の間で危機感が醸成されていないことが気になります。
その象徴的な現象がEUにおける政策方針の転換です。脱炭素政策を強く打ち出しEVの推進を宣言していたにもかかわらずドイツ車の競争力が落ちてEU域内に中国のEVが出回るようになると、手のひらを返すようにガソリン車回帰のような政策を打ち出しました。
しかし、そのような政治的圧力を加えて他の中国車メーカーを抑え込んだとしても、BYDの成長だけは例外になりそうです。このままいくとEVだけでなくPHV車でも世界の主要自動車メーカーはBYDの価格性能に追いつくことができないかもしれない状況が生まれているからです。
BYDをお持ちでない方は家電の世界がどうなったのかを思い浮かべるといいかもしれません。大型テレビも、冷蔵庫も洗濯機も、いつの間にか中国メーカーによる中国製の製品が普通に日本国内で買われる時代になってきました。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私は経済評論家の仕事への投資のつもりでBYDを購入しました。評論家としての矜持があって、私は自動車に関してはすべてのメーカーと距離を置いています。基本はどこからもお金をもらわない立場で自由を確保しています。例外として3年ほど前にトヨタの労組の講演を受けたぐらいです。
それで私が昨年BYDを買ったとき、実は、30年ほど前に外車を購入したときのような経験をすると覚悟していました。そのときに乗っていたイギリス製の車はとにかく壊れやすかったのです。そのせいでただでさえ少ない休日に修理の手間がかかりました。当時の外車は品質では明らかに日本車より劣っていると市場全般で捉えられていたものです。
しかし、BYDを買ってみると品質面ではまったく不満を感じないのです。それはEVが電気製品だからなのか、BYDが例外的に優れているのかは私にはわかりませんが、中国製のテレビや洗濯機を買うのとストレスはまったく変わりません。これは仮説ですが、BYDと他の中国車メーカーを一緒にしないほうがいいと思います。そのようなことにいつ世界中の消費者が気づくのかが日本経済にとっては問題です。
● 日本メーカーを待ち受ける 「BYDによる支配」の現実味
そのうえでモビリティ業界の未来を考えると、さらに気になる問題があります。EVなのかPHVなのか、ないしは水素なのかといった「方式」の問題が、未来のモビリティ会社の競争には関係なくなってくるのかもしれないのです。それよりも重要度が増しているのが「SDV技術」と「自動運転技術」という別の競争軸です。
実はBYDは最近、先日の決算発表以上に注目を集めた2つの発表をしています。
1つは、最新鋭の運転支援システムである「天神之眼」を大半の車種に追加費用なしで装備するという発表です。
BYDはテスラと同じくSDV技術で世界の先頭を走っています。SDV技術とは簡単に言えば自動車のスマホ化というべき技術で、ソフトウェアをダウンロードすることで車の性能を向上させることができます。
「天神之眼」という最新のソフトウェアが仮に既存の車種にダウンロードされたとすれば、世界のBYD車が一斉にグレードアップすることになります。仮にという意味は、技術的には可能なのですが、国によっては政府から待ったがかかるだろうからすべてのBYDの性能が一斉に上がるわけではないという事情があります。しかしこういうことができるというのがSDV技術なのです。
この自動車のスマホ化技術ですが、ふたつの理由から既存の自動車メーカーは開発に苦戦しています。ひとつは従来型の乗用車は一台の車の中にコントロールユニットと呼ばれる半導体が20以上も入っていたことでした。これは従来の自動車開発が多数の部品メーカーが参加しながらすり合わせ技術を用いて行われてきた名残です。
それぞれの部品メーカーが自分の担当する部品に半導体を設置するのですが、結果的にたくさんあるうちのひとつの半導体のソフトを上書きすると他の半導体に影響を及ぼす可能性がでてしまうのです。ですから設計思想を変えてSDVを前提に新しい設計思想で開発しないと既存メーカーの車はSDV化できないのです。
もうひとつの理由は、サイバー攻撃やウィルスへの対応です。当然のことですが自動車を制御するソフトウェアが攻撃されてしまうととんでもない事故を引き起こす危険があります。自動車のSDV化にはそういったことが起きないようにするセキュリティ技術が必須です。
これは自動車メーカーにとっては新しい挑戦である一方で、スマホやパソコンなどIT技術を得意としてきた企業には手慣れた領域です。その差こそ新興企業がSDVでいまのところ先行する状況を生んでしまっているのです。
BYDの発表でもうひとつ興味深かったのが新型の充電システムです。これは5分間の充電で400kmの走行を可能にするという新技術です。今、世の中で使える充電設備で一番高速なのはテスラのスーパーチャージャーが15分間で最大275km、日本のチャデモが30分で最大125kmほど充電することができます。
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