( 280776 )  2025/04/06 06:04:36  
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by Gettyimages 

 

米価の高騰が止まらない。 

 

農林水産省が毎週公表している全国のスーパーおよそ1000店でのコメの平均価格は、3月17~23日の1週間で、5キロ当たりの税込みで4197円と前の週より25円上昇した。これで12週連続の値上がりとなり、1年前の2倍を超えている。 

 

政府が備蓄米を放出すると言っても値上がりが止まらないのは、そもそも今コメが足りていないことを意味するが、その背景には“事実上の減反政策”の継続がある。農林水産省の統計によると、1970年に1253万トンだったコメの生産量は、50年後の2020年には776万トンにまで減少した。政府の発表では2018年にこの減反政策は廃止になったというが、その一方で飼料用米や麦などへの転作補助金はむしろ拡充されて主食用コメの供給は増えず、猛暑やインバウンドといった要因で一気に不足が表面化したのである。 

 

コメは自動車と違って、高ければ買わずに済むものではないので(商品の価格弾力性が低い)、たとえ少量でも不足が生じれば大きく値が上がるのは避けられない。常識的には普段から増産すれば良いだけのことだが、農林水産省はこれまで“事実上の減反政策”をやめようとしなかった。それは商品の価格弾力性が低い以上、供給が需要を上回ればコメ価格が下がり、下がらないように備蓄に回せば保管料がかかるからだ。 

 

しかし今は中国の軍備拡大が進む中、民主台湾に対する恫喝的な軍事演習も頻繁に行われ、「台湾有事」という言葉がニュースを賑わすご時世である。「台湾有事」がもし現実化した場合、日本の食糧安全保障は大丈夫なのだろうか。元農林水産省農村振興局次長で、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹の著書『食料安全保障の研究』によると、「シーレーンが破壊されるとアメリカからの食料は届かない。今、輸入が途絶すると、半年経ずに大多数の国民は餓死する」という(同著165ページ)。 

 

 

一方、「台湾有事」の当事者の片方になると見られる中国は、食糧安全保障についてどのように取り組んでいるのだろうか。 

 

日本の食料自給率がカロリーベースで約38%なのに対し、中国は少なくともコメ、小麦については長期にわたって95%以上を確保し、トウモロコシを含めても約90%、さらに従来輸入に頼ってきた大豆もこのところ国内生産の増加に懸命だ。そもそも中国は台湾有事があろうとなかろうと、食糧安全保障は政権の維持に直結する問題と考え、以前からひたすら「増産」と「自給率の向上」に邁進してきたのである。 

 

中国では最近毎年春節(旧正月)明けに「中央1号文件」というその年の重点政策についての文書が発表されているが、2004年以降は判で押したように「三農」(農業・農村・農民)対策が取り上げられている。今年の中央1号文件は「農村改革を一段と深化させ、郷村の全面振興を着実に推進することに関する中国共産党中央と国務院の意見」という題で発表されているが、冒頭から「目下、農業は再び豊作になり、農村が調和し安定している一方で、国際環境は複雑で厳しく、わが国の発展が直面する不確定で予測が難しい要素が増えている」と指摘し、国の食糧(中国語で糧食=コメ、小麦、とうもろこし、豆類、芋類を指す)安全保障を確実にするよう訴えている。少し長くなるが具体策については以下の通りだ。 

 

1.食糧などの重要農産物の供給保障能力を持続的に増強 

 

1-1.食糧・油糧作物の大面積での単位面積当たり収量向上行動を深く推し進める。食糧の作付面積を安定させ、単位当たりの生産量と品質の向上に重点を置き、食糧が安定的に豊作となるようにする。食糧の単位当たりの収量向上プログラムの実施規模を一段と拡大し、高収穫・高効率モデルの集成・普及に力を入れ、水・肥料一体化を推進し、大面積での増産を促進する。新ラウンドの1000億斤(5000万トン)の食糧生産能力向上任務の実行に力を入れる。多くの措置を講じて大豆の栽培拡大の成果を強固にし、アブラナ、落花生の栽培拡大の潜在力を掘り起こし、油茶などの木本油料の発展を支援する。(一部略) 

 

1-2.略 

 

1-3.農地の保護と質の向上を強化する。農地総量の管理・制御と「補充に応じた転用」を厳格にし、各種農地の転用・補充バランスの統一管理に組み入れ、省域内の年度耕地総量の動的バランスを確保する。補充農地の質の評価と検査基準を十全化する。大棚房(農業建設の名目で実際は非農業用向けに違法に耕地を占用すること)、不法占有農地の「湖を広げて景色を造る」(農地の観光地への転用)、耕地をむやみに占有して住宅を建設するなどの問題を持続的に取り締まり、農地破壊の違法行為を断固として抑える。(一部略)塩アルカリ土の総合利用の実験を着実に推進し、東北地方の黒色土エリアの浸食溝、南の地方の酸性化耕地の整備を強化する。荒廃地の再度の開墾・利用を類型別に推進する。(一部略) 

 

1-4.農業科学技術力の協同難関突破を推進する。科学技術イノベーションによって先進的な生産要素の集積をリードし、現地の事情に応じて農業の新しい質の生産力を発展させる。(一部略)種子業振興行動を踏み込んで実施し、「南繁シリコンバレー」などの重大農業科学研究プラットフォームの役割を発揮させ、画期的な品種への取り組みを加速する。生物育種の産業化を引き続き推進する。農業機械設備の質の高い発展を促し、先進的かつ適用性の高い国産の農業機械設備などの研究開発・応用を加速し、老朽化した農業機械の廃棄・更新を推進する。スマート農業の発展を支持し、人工知能(AI)、データ、低空などの技術応用シナリオを開拓する。 

 

(以下略) 

 

以上の食糧安全保障政策をまとめて言うと、1)耕地の不法転用は厳しく取り締まり、作付け面積は減らさずに単収の増加を図る。2)大豆の栽培を拡大し、自給率を高める。3)塩アルカリ地など条件の悪い耕地も土壌改良に取り組み、土壌や気候面の悪条件に強い種子を開発する。4)AI、ビッグデータなどハイテクを最大限農業に取り入れる、といった取り組みになる。その根底にある思想は、「食糧生産の拡大」に尽きる。そして中国は実際、2018年以降毎年食糧生産は年6億5000万トン超えを記録し、2024年にはついに7億トンに達した。コメの価格維持のために事実上の減産を続け、コメの年間生産量が2017年の782万トンから2023年には716万トンにまで落ち込んだ日本とは大違いである。 

 

 

次に中国各地で行われている具体的な取り組みを見てみよう。 

 

中国中央テレビが毎日夜7時半すぎから約15分間放送している報道特集番組『焦点訪談』では、しばしば農業関係の話題が取り上げられる。1月19日放送分では、水稲の播種面積と生産量が全国一の湖南省で、生産量が多い品種、カドミウムの蓄積が少ない品種、含塩アルカリへの耐性がある品種の普及を推進するとともに、丘陵地、狭い土地に入りやすいトラクターを開発するなどして食糧確保に貢献したことを取材した。 

 

また河南省では、冬と春の端境期に、水利施設を完備した高規格農地の建設を推進し、同時に農産品加工に力を入れて全国のマントウの4分の1を製造するに至ったことを紹介した。 

 

2月22日放送分では農業新技術をテーマとし、冬に降水量が少なく冬小麦の生育状況にムラがあることが懸念された安徽省阜陽市阜南県で、県が招聘した農業サービス会社が、ドローンが自動で生育状況を識別し選択的な追肥ができるシステムを提案し、農家が半信半疑で試してみたところ、短時間で施肥が終わりコストは約3分の1に減ったことを取り上げた。 

 

また北京市通州区の種子産業団地では、新品種の開発期間を短縮するため、風・温度・光・水・酸素等を作物が最も成長しやすい環境に調節する「育苗加速器」プラットフォームを去年9月に開発し、この5カ月間の試験では作物の生育がとても良いことが示された。 

 

続く2月23日放送分では、湖南省郴州市安仁県で、育苗工場の全自動播種生産ラインが1トレイの苗を15秒で生産する現状や、海南省三亜市の国家南繁科研育苗基地で、午後7時から翌朝6時まで、センサーを通じてとうもろこしの性質、状態データを収集し、新品種開発期間が10年から4年に短縮された事例を紹介した。 

 

さらに2月28日には、生産物を全国に配送する宅配ネットワークの充実により、吉林省松原市の査干湖で毎年冬に1500トン取れる魚が、北京市・天津市・河北省はもちろん、今年からは新疆ウイグル自治区・内モンゴル自治区・広東省・広西チワン族自治区にまで宅配されるようになり、宅配業の営業店舗は全国に41万カ所以上整備されていることを伝え、生鮮食品の流通システムも充実していることを示した。 

 

このように中国は現在の緊迫化する国際情勢の中で、何が起きても国民を飢え死にさせない覚悟で農業振興にまい進しているのである。日本との落差の大きさに愕然とさせられる。 

 

 

もちろん、コメをいくら増産しても売り先がなければ話にならないのだが、先に紹介した『食料安全保障の研究』著者の山下一仁氏は、「減反をやめ、700万トンを国内で消費し、1000万トンを輸出してはどうだろうか」と提言している(同著326ページ)。シーレーンの遮断などによって食糧輸入が止まった際には、輸出分の1000万トンを国内で消費することで、食糧安全保障に役立てるという考えだ。 

 

もちろん、輸出するにはコメの生産コストを下げる必要があるのだが、山下氏は二種兼業農家が自ら耕作するのをやめて大規模農家に土地を貸し出す形で「農地の集積化」を進めれば、十分な輸出競争力が確保でき、減反と高米価による納税者・消費者の負担も大幅に軽減されると見ている。 

 

この「妙案」がなかなか実現しない理由は、二種兼業農家が耕作をやめると組合員が減りかねない農協と、農協の票に頼る政治家、そしてその構造に安住する農林水産省という「農政トライアングル」があるためと山下氏は嘆いているが、われわれ消費者も有事による飢え死にの恐れを想像したとき、日本農業がいまのままで本当に良いのか真剣に考えざるを得ないのではなかろうか。 

 

田 輝(ジャーナリスト・中国研究者) 

 

 

 
 

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