( 280796 ) 2025/04/06 06:30:06 0 00 トランプ政権の関税政策によって世界経済は大きな試練に直面している(写真:AP/アフ)
トランプ政権が発表した相互関税が世界のマーケットを揺さぶっている。欧州も20%の相互関税を課されたが、日本の24%よりも低い上に、不透明感を高める米国から逃避したマネーの受け皿になっている。果たして、今回のトランプ関税は欧州にどんな影響を与えるのだろうか。(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
米国のドナルド・ドランプ大統領の傍若無人ぶりに歯止めがかからない。
トランプ大統領が4月3日に発表した「相互関税」は、市場の予想をはるかに上回る悪い内容だった。諸賢が指摘するように、これは米国経済そのものに強い痛みを強いる内容だ。ディールを好むトランプ大統領だが、今回投げた球はあまりにも高過ぎたと言わざるを得ない。とはいえ、そうした声にトランプ大統領は耳を傾けないだろう。
ホワイトハウスで会見した際、フリップを用いて意気揚々と説明するトランプ大統領の姿は、極めて奇異に映るものだった。10%のベース関税に加えて、追加の関税で最高税率(50%)を課された地域が、北米沿岸にあるフランスの海外領土「サンピエール島・ミクロン島」と、アフリカ南部の国「レソト」だったことも衝撃的を与えた。
日本には24%の相互関税が課される。トランプ大統領の就任早々、石破茂首相は米国を訪問し、相互関税の回避を要請したが、その甲斐もなく、最悪に近いかたちで相互関税が課されることになった。
24%の算定根拠も不明だが、米メディアのポリティコ(Politico)によれば、各国に対する貿易赤字額を輸入額で割った単純な計算の結果だという。
日本に対する友好的な発言から判断して、トランプ大統領は日本に配慮すると期待されたところだが、その夢は打ち砕かれた格好だ。
他方で、欧州連合(EU)には20%の相互関税が課される。ロシア=ウクライナ情勢を巡って関係が急速に冷え込んだ米国とEUだが、そのEUに対する税率は、結果的に日本よりも4%ポイント低いものとなった。
EUと日本との間の差がポリティコの言う算定結果に基づくものなのかどうかは定かではない。ただ、トランプ大統領は個別交渉を通じ、相互関税を引き下げる意向を示している。そこに対する期待もあるが、最終的に課される相互関税がどの程度になるかが全く見えず、不透明感が強すぎるため、グローバルなマーケットクラッシュが生じている。
ここで米国が抱える貿易赤字を国別に改めて確認したい。
■ 日本より貿易赤字が大きいドイツが20%で済んだ理由
国際通貨基金(IMF)が発表する「多国間貿易統計」によると、米国の貿易赤字は2023年時点で約1兆ドル(約145兆円)だった。最大の貿易赤字国は中国(2790億ドル)で、次いでメキシコ(1520億ドル)、ベトナム(1050億ドル)、ドイツ(830億ドル)が続く(図表1)。
日本(710億ドル)は5番目であり、さらにカナダ(680億ドル)、アイルランド(650億ドル)がランク入りする。上位10位に入るEUの国は、あとは10位のイタリア(440億ドル)だけだ。少なくとも二国間ベースでは、日本が抱える対米貿易黒字はドイツに劣るし、アイルランドやイタリアを合わせると半分以下ということになる。
【図表1 主要経済の対米貿易黒字ランキング(上位10傑、2023年)】
他方で、EU27カ国全体で考えると、2023年の対米貿易黒字(米国にとっては貿易赤字)は2070億ドルだった(図表2)。うちオランダなど8カ国は対米貿易赤字を抱えている。
【図表2 EU27カ国の国別対米貿易収支】
しかし、トランプ大統領は、巨額の対米貿易黒字を抱えるドイツやアイルランドに高い税率を課すのではなく、EU加盟国に一律で20%の関税を課すことにしたようだ。
■ 欧州はグローバルマネーの受け皿になるか
相互関税措置の発表に先立つ3月12日、トランプ大統領はアイルランドのミホール・マーティン首相と会談し、同国の対米貿易黒字を強く批判していた。当時のトーンから判断すれば、米国がアイルランドやドイツに対し、他のEUの国々よりも高い税率を課す展開もあり得た。結果的に、両国はEUという枠組みに守られたようなものだ。
実際のところ、トランプ大統領がEU加盟国に対して一律に20%という相互関税を課した理由は、いわゆる「迂回輸出」による関税逃れを防ぐことにあるのだと判断される。EUに対して一律で相互関税を課せば、ドイツやアイルランドの企業が、相互関税を迂回しようと他のEUの国からモノを輸出することもなくなると踏んだのだろう。
ところで、相互関税の発表以来、ユーロの対ドル相場は円以上に堅調である。株式市場でも株安が進んでいるが、ヨーロッパの株安は米国に比べて軽い。こうしたことから、米国から逃避したマネーがEUや英国へ流入している可能性が意識されるところである。今後の状況次第であるが、こうした流れが一段と加速する展開も否定できない。
なぜなら、トランプ大統領の下で不透明感を強める米国より、EUや英国の方がまだ透明性が高いからだ。
少なくとも債券や株式の投資家の立場なら、トランプ政権が続くうちは、不透明感が強い米国への投資には慎重にならざるを得ない。半面、米国に代わる運用先を探す必要もあり、そこに透明性がまだ高いヨーロッパが選ばれる余地が生まれる。
それにトランプ政権による圧迫を受けて、ヨーロッパ各国は良くも悪くも防衛支出を積み増す必要に迫られており、そこには巨額のマネーが集中すると予想される。そうしたセクターを中心に、ヨーロッパに投資した方がまだ安全だと考える投資家が増えても不思議ではない。ヨーロッパの機関投資家なら、なおさらそう考えるかもしれない。
とはいえ、こうした流れが強まることは、これまでのグローバルなマネーの流れの「逆回転」が続くことを意味するため、EUのみならず、世界経済にとって必ずしもポジティブではない。米国自身にとっては極めてネガティブなことだが、当のトランプ大統領自身は、残念ながら、それを全く理解していないように見受けられる。
■ トランプ大統領はEUの結束を促すのか
EU27カ国の人口は約4億5000万人。うちユーロ圏に限定すれば3億5000万人程度だから、米国(約3億4000万人)とほぼ同程度である。ユーロ圏の一人当たりGDPは45000ドル程度で、80000ドルを超える米国よりは少ない。ただ、貧富の格差が大きい米国に比べると、中間層の厚さはユーロ圏の方がしっかりしていると考えられる。
このように、ヨーロッパの経済は相応に大きく、一つにまとまることができれば強いが、現実にはそううまくはいかない。今から15年前に債務危機という体制を揺るがす大きな出来事が生じても、結束を深めることができなかったのがEUである。そのEUが、トランプ大統領を目前に結束を強めることができるかというと、やはり難しいだろう。
かといって、ヨーロッパで自国優先主義が蔓延するかというと、それもまた違うのではないだろうか。ヨーロッパは小国が多く、自国だけでは市場が小さ過ぎる。それにトランプ政権は、EUに対して20%の相互関税を課したように、加盟国を一律に扱っている。これでは自分だけ抜け駆けを図ろうという国が出てきても、一蹴されてしまうはずだ。
結局、トランプ大統領という強烈な外圧の存在を前にしてもEUの結束は強まらず、かといって大きく揺らぐこともないというのが、現実のところではないだろうか。仲間が多い分、一カ国で対峙しなければならない日本に比べれば恵まれているかもしれないが、一方で利害調整が長引き、意思決定に時間がかかる体質も変わらないだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。
土田 陽介
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