( 280936 )  2025/04/07 04:03:03  
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部屋から出てきた非正規滞在の女性=2025年2月、群馬県桐生市 

 

群馬県警に摘発されたフィリピン人男性(中央)=2025年2月、群馬県桐生市 

 

非正規滞在者摘発前に打ち合わせする群馬県警の捜査員と入管職員=2025年2月、群馬県桐生市 

 

困窮した在日ベトナム人の「駆け込み寺」大恩寺=2024年12月、埼玉県本庄市 

 

困窮したベトナム人の「駆け込み寺」大恩寺の住職ティック・タム・チーさん=2024年12月、埼玉県本庄市 

 

参拝客たちと話す大恩寺の住職ティック・タム・チーさん=2024年12月 

 

EU欧州議会の要請文書。不法移民という用語を使わず、非正規/無登録労働者と呼ぶよう求めている 

 

移住連のパンフレット 

 

 2月のある日の午前7時ごろ、群馬県桐生市は氷点下に冷え込んでいた。警察車両の中は寒くはないが、緊迫感が漂う。無線が鳴る。 

 

 「出てきた」 

 

 「ゴミ持ってる」 

 

 アパート2階の一室から、フィリピン人女性がゴミ袋を持って出てきた。階段を下りた瞬間、群馬県警の捜査員と出入国在留管理庁の職員が駆け出した。無線で報告が入る。「オーバーステイを自認しています」 

 

  女性は入管難民法に違反した疑いで摘発された。この法律では「在留期間の更新や変更をせず、期間を過ぎても日本に残留するもの」に対して罰則を科している。 

 

 同行許可をもらい、一部始終を取材する中で、もやもやとした複雑な気持ちがわいてきた。女性は近所ですれ違う善良な外国人と変わらないように見えたからだ。「在留資格を持たないだけで、犯罪者扱いしていいのだろうか?」(共同通信=赤坂知美) 

 ▽入管施設から強制送還 

 

 この日、摘発されたのはフィリピン人の男女4人。短期滞在や技能実習生として入国し、在留期限を過ぎても日本に滞在していた。他の罪はなかった。警察署での聴取後、妊婦1人を除く3人は午後には入管施設へ移送された。 

 

 逮捕された場合は勾留→起訴→裁判という流れになる。余罪がなかったり非正規の滞在期間が短かったりする場合は、逮捕令状なしの摘発を行い、任意聴取→入管施設に収容→本国へ送還という今回のような流れになる。 

 

 一方で、県警は厳しさだけではないとも強調する。「多くの外国人が法律を守って暮らしている。県や自治体と協力して多文化共生施策にも取り組んでいる」 

 ▽群馬は検挙トップクラス 

 

 全国ではどれくらいの人が送還されているのだろうか。 

 

 法務省によると2024年、入管庁が入管難民法違反で退去強制手続等を行った外国人は1万8908人。そのうち9割以上の1万7746人がオーバーステイだ。 

 

 中でも群馬県は、日本人を含めた刑法犯と特別法犯の総検挙人数に占める外国人の比率が高い。 

 

 県警によると2024年、総検挙人数の12・2%が外国人。比率の高さでは2019~2023年は全国1位、2024年は全国2位だった。検挙人数のうち約半数の232人が「非正規滞在」だった。 

 

 

 入管庁との合同摘発時の聞き取り調査によると、9割が就労目的で群馬に来て、7割が工員や農業で働いていた。 

 ▽ベトナム人の駆け込み寺を訪ねると 

 

 ここで気になった。非正規滞在者はどんな事情を抱えているのか。 

 

 困窮したベトナム人らの「駆け込み寺」として知られる埼玉県本庄市の大恩寺を訪れてみた。寺は葬式、食料配布、出産の支援などを行っている。来る人の多くが技能実習生だ。 

 

 2024年12月末は、ベトナムの旧正月に食べるちまき「バインチュン」を仕込むベトナム人たちでにぎわっていた。話を聞くと、茨城や栃木など関東近郊で働く技能実習生や飲食店経営者だった。 

 

 ベトナム人の住職ティック・タム・チーさん(47)は、新型コロナウイルス禍の頃を振り返る。 

 

 「コロナ禍では、突然解雇されて仕事を失い、帰国するお金もなくて困った人たちが寺にたくさん来ました。本堂にあふれかえるほど。今は落ち着きました」 

 

 コロナ禍の2020年以降、チーさんはメディアを通じて支援を呼びかけ、これまでに約6万人分の食料や物資を配布した。東京など他のシェルター3カ所を含めると2068人を保護した。 

 ▽やむを得ずオーバーステイに 

 

 寺には現在も、流産や実習先でのいじめなど、さまざまな事情で相談に訪れる人が絶えない。チーさんは数日前に保護した20代女性のエピソードを語ってくれた。 

 

 女性は2022年に技能実習生として来日。埼玉県の工場で働いていた2024年、プレス機に手を挟む労災事故で片手を失った。女性は工場から突然解雇を言い渡され「会社の責任ではない」と治療費や慰謝料は支払われなかったという。 

 

 女性は来日する際、ベトナムの仲介業者に膨大な手数料を支払い借金がある。在留期限は2024年12月で切れた。ベトナムには8歳の子どもが暮らすが、借金のためかチーさんに「帰りたくない」とこぼしたという。 

 

 非正規滞在は犯罪だろうか。尋ねると、チーさんは少し考えてから答えた。 

 

 

 「もちろんニュースで見るようなベトナム人の窃盗や強盗は犯罪で、同胞として恥ずかしい。ただ、やむを得ない事情でオーバーステイになってしまう人がいる。今の日本の法律では難しいですが、もう一度彼らにチャンスをあげてほしい」 

 ▽「不法」か「非正規」か 

 

 海外では、正規の在留資格を持たないことは、傷害や窃盗などと同じ「犯罪」には入らないという認識が広がる。移民労働者の人権に配慮し、「不法」という表現を見直す動きがある。 

 

 1975年、国連総会はこんな決議をした。国連機関や関連専門機関の公文書で「不法」ではなく「無登録(non-documented)」や「非正規(irregular)」と呼ぶよう求める決議だ。 

 

 EU欧州議会は2009年、EU諸機関と加盟国に対し「不法移民」という用語の使用をやめ、「非正規」あるいは「無登録」を使用するよう要請した。AP通信も「不法移民」は不正確だとして、言葉の使用を禁止している。 

 ▽共同通信の記事は 

 

 日本はどうか。「不法滞在」を「非正規滞在」と呼ぶ動きは進んでいない。共同通信の配信記事を検索可能な1984年までさかのぼり、検証してみた。共同通信では冒頭で紹介したようなオーバーステイのケースを報道する際には、容疑名を「入管難民法違反(不法残留)」と表記する原則がある。 

 

 「不法滞在」または「不法移民」という言葉を含む記事はこれまでに5千本以上配信され、2024年の555本が最多だった。 

 

 一方、「非正規滞在」または「非正規移民」の使用は少なく、最多だった2023年は29本。「不法滞在」や「不法移民」の記事数よりも、どの年も少なかった。 

 

 2023年、NPO法人「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」は、在留資格のない移民や難民を「不法」と表現しないよう呼びかけるキャンペーンを実施した。 

 

 「移住連」運営委員で東京大学の高谷幸准教授(社会学)は指摘する。 

 

 「在留資格がない状態を違法性と結びつける『不法』という言葉自体が問題だ。ネガティブな印象を与え、移民や難民の実態を見えにくくしている」 

 ▽移民、難民への偏見あおる「不法」 

 

 取材を通して、やむを得ない事情で在留資格を持たない人もいると分かった。しかし、SNS上で「不法滞在」と検索すると、「犯罪者はさっさと強制送還しろ」「日本から出て行け」など、ヘイトスピーチや罵詈雑言が並ぶ。 

 

 在留資格がない人を「不法」と扱う法制度や社会。「不法滞在」「不法移民」という言葉が、日本に住む移民や難民に対する偏見や差別を助長しているのではないか。 

 

 

 
 

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