( 282246 )  2025/04/12 04:42:06  
00

 様々な理由から、単身で子どもを産むことを決めた女性がいる。「選択的シングルマザー(Single Mother by Choice=SMC)」と呼ばれる女性たちだ。都内に住む30代後半の女性もその1人。虐待を受けて育った経験から「自分が子を産んで幸せにできるのか」と葛藤した時期を乗り越え、社会的に自立したいま、精子提供による生殖補助医療で子を産む道を歩もうとしている。だが、そうした医療行為が「違法」になる法案が今国会に提出されている。 

 

選択的シングルマザーを検討している女性 

 

 子どものころ、母親に暴力を振るわれて育った。母親の周りにいる男性たちからは、不快な視線や言動を向けられた。不安の中で思春期を過ごした。 

 大学卒業後、親元を離れた。「幸せな家庭」への憧れは昔からあったが、虐待を受け、「不幸な家庭」しか知らない自分が子どもを幸せにできるのかと、諦めていた時期もあった。 

 でも、社会人として自立し、母親を客観視できるようになって、確執を乗り越えられていった。 

 次第に自分に対する「信頼」が生まれた。 

 

 子どもを産み、その子を幸せにすることが自分にもできるのではないか。そのことは子どもにとって悪いことではないのではないか。そして、一人の人を幸せにすることが自分の幸福にもつながるのではないか――。 

 そう考えるようになった。 

 

 結婚相談所に登録するなど、30代になって30人ほどの男性と会ったが、思春期に根ざした男性不信の影響で、相手にどう心を開けばよいか分からなかった。一方で、年齢のタイムリミットを考えた。経済的に安定した今、1人で出産をすることを決めた。 

 自分は家庭環境に恵まれなかった。その分、「生まれてきた子は絶対に幸せにする」と強く思う。 

 

 選択的シングルマザー(SMC)を情報提供などで支援する「SMCネット」主宰の高田真里さんによると、SMCを選ぶ女性には、パートナーはいるが結婚にこだわりがない人や、今はたまたまパートナーがいないが年齢を考えて1人で出産することを決めた人が多いという。少数ではあるが、男性への恐怖心があることや、他者を性的な対象にしない「アセクシャル」であるなどの事情の人もいる。 

 

 

「SMCネット」主宰の高田真里さん。選択的シングルマザーを支援している 

 

 SMCネットでは平均100人ほどの会員が情報交換をしている。高田さんもSMC当事者で、18歳になる娘がいる。相談してきた人には、本人の精神的・経済的自立や、子育てのサポート環境が整っていることが重要だと伝えている。 

 ここ最近の変化がある。これまでは、恋愛関係にあった人との性交渉で妊娠する人が多かった。しかし、「SNSを通じて信頼できる精子提供者を探した人や、海外の精子バンクから提供を受けて生殖補助医療で産む人が増えたように感じます」。 

 

第三者の精子提供による生殖補助医療のルール 

 

 しかし、単身女性に対して精子提供による生殖補助医療を行うことが、今後「違法」になりかねない可能性が出ている。今国会に提出されている「特定生殖補助医療法案」が理由だ。 

 法案は、第三者の精子・卵子を使う生殖補助医療に関するルールを初めて定めるもので、長年、この分野での立法が求められてきた。親子関係をすみやかに確定させるための別の法律との整合性をとるために、医療の対象を法律婚の夫婦に限った。このため、事実婚カップルや女性同士のカップル、そしてSMCが、精子提供による生殖補助医療を受けられなくなる。 

 

 法案の影響を受けることになる冒頭の女性は「国民が状況を理解し、議論するというプロセスが十分にないまま法律がすすんでいる」と憤る。高田さんは「法案により、SNSを通じた個人間の精子提供に流れる危険性を感じている」と言う。 

 

 海外では、単身女性が生殖補助医療を受けて子どもを産む選択肢が確立している国もある。 

 フランスでは2021年、当時のマクロン大統領が推進し、法律を改正して法律婚と事実婚の男女に限られていた対象を拡大した。女性カップルやSMCに生殖補助医療の道が開かれた。 

 国際生殖医学会(IFFS)の調査では、21年1月~4月の時点で、英国など32カ国が婚姻の有無を要件とせず単身女性も可能としている。英国の機関であるHFEAのデータによると、1999年以降、パートナーのいない女性のもとに生まれた子は1万人にのぼる。 

 

 

 ただ、精子提供による医療技術が無制限に受けられればよいということでもないと話すのは、家族社会学が専門の静岡大の白井千晶教授だ。 

 

 例えば、親になる方法として一般的に里親や特別養子縁組の制度などがあるが、いずれもなりたければなれるわけではない。第三者機関でのカウンセリングなどを通して真剣に子どもを育てたいと思っているかどうかを確認される。白井教授は、「精子提供による生殖補助医療は、生まれてくる子どもがどう感じるかということに向き合わないといけない方法」といい、里親や特別養子縁組と同様に「客観的な第三者が、親になろうとする人の考え方や動機の確認などを行う仕組みは必要」だと訴える。 

 

 親が1人になるSMCについては「かつて、『片親は欠損家族』という言葉がまかり通る時代はあった」とした上で、重要なのは、親になる意思と子育ての環境だと指摘する。「婚姻しているかどうかで、産むべき人と産むべきでない人をふるいわけすべきではない」。 

 

※この記事は朝日新聞とYahoo!ニュースとの共同連携企画です。 

 

寺田実穂子 

 

 

 
 

IMAGE