( 283661 )  2025/04/17 06:00:54  
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大阪・関西万博の開幕に備えた予行演習「テストラン」で、入場ゲートに並ぶ来場者。行列の影響で夢洲駅でも人が滞留した=6日午前、大阪市此花区の夢洲(写真;共同通信社) 

 

 大阪・関西万博が4月13日、開幕する。約160カ国が参加し、10月13日までの184日間、大阪湾の人工島「夢洲」で開かれる国家イベントだが、準備段階では、会場建設費の増大、工事の大幅な遅れ、前売り券の販売不振など迷走が目立った。開幕直前のテストラン(予行演習)では無料招待された約10万人から賛否の声が上がったが、実際のところはどうなのか。 

 

 昨年8月刊行の検証本『大阪・関西万博「失敗」の本質』(ちくま新書)の著者らが実情を掘り下げる。第3回は、ジャーナリストの木下功氏が、防災など安全面への懸念と、それを招いた維新政治の思惑を解説する。 

 

■ 「並ばない万博」のはずが雑踏事故の懸念 

 

 真新しい地下鉄駅の構内にぎっしり人が並ぶ写真を見て、懸念を覚えた。雑踏事故が起こらなければいいが……。 

 

 大阪・関西万博の開幕を控え、4月4日から3日間開かれたテストラン(予行演習)。そこで明らかになったのは、「並ばない万博」という触れ込みを実現するのは、そう簡単ではないということだ。入場ゲートには手荷物検査の長い行列ができ、1時間以上待つ人は珍しくなかった。予約なしで入れる企業パビリオンには、3時間待ちのところもあったという。 

 

 そして、入場ゲートのすぐそばに延伸開業してまもない大阪メトロ中央線の夢洲駅。コンコースや階段は混み合い、地上へ出る階段前の広場のような空間には、入場を制限された来場者が滞留していた。長いエスカレーターは混雑時にはリスクが高まる。 

 

 『大阪・関西万博「失敗」の本質』を4人の共著者とともに上梓してから8カ月余り。同書で筆者は「万博と政治」をテーマに執筆し、中でも防災をはじめ安全問題を重視した。万博会場である夢洲が大阪湾を埋め立てて造成された人工島で、アクセスルート不足と軟弱地盤という極めて深刻な課題を持つ土地であるためだ。 

 

 大規模な国際イベントを開催するには致命的とも言える土地条件の場所を強引に会場に選んだ経緯から、政治の思惑を浮かび上がらせようと試みた。その後、防災の課題は開幕を目前にした今も解決しておらず、新たに来場者輸送という課題も浮上している。アクセスルートが少ないため、大阪メトロに過大な負荷がかかるのだ。 

 

 

■ 南海トラフ地震でも「液状化しない」想定の危うさ 

 

 同書では、2023年12月に公表された「防災基本計画」の問題点を指摘する形で、万博における防災の課題を取り上げた。 

 

 夢洲には、同じく人工島である舞洲との間に架かる「夢舞大橋」と、咲洲との間を海中で結ぶ「夢咲トンネル」という二つのアクセスルートしかない。 

 

 地震でこれらが使用できなくなり、夢洲が孤立してしまった場合を想定した避難計画の脆弱さ、夢洲は液状化しにくいという誤った前提などを筆者は指摘し、24年9月に公表される「防災実施計画」を注視していく旨を記した。だが、実際にその実施計画を確認しても、課題が解決したとは言い難い内容だった。 

 

 万博協会はピーク時の来場者数を1日22万7000人と見込んでいる。防災実施計画では、その約7割に当たる約15万人を橋と海中トンネルを使って避難させるという。夢舞大橋も夢咲トンネルも、南海トラフ巨大地震を想定した「震度6弱に対する耐震性は備えている」としているが、夢洲の液状化で車が使用できない場合や、停電で大阪メトロが動かない可能性も否定できない。 

 

 15万人が夢洲に孤立した場合はどうするか。同計画では地震発生後の緊急的な滞在場所である「一時滞在施設」として、万博会場内の催事施設、休憩所、パビリオン、大屋根リングなどを挙げるのみにとどまっている。 

 

 会場外への避難では「舞洲及び咲洲において、一時滞在施設として利用可能な建物を確保する」方針だが、問題になるのが液状化だ。防災基本計画では、「夢洲では(中略)会場の大部分は液状化が起こらない」想定になっている。 

 

 しかし、万博会場に隣接するIR(カジノを中心とする統合型リゾート施設)の事業者がボーリング調査した結果、液状化の可能性が高いとして対策工事を実施している事実がある。道路一本隔てただけのIR予定地は液状化するが、万博会場はしないというのは理屈に合わない。液状化の可能性が高いことを前提に対策を講じるべきだろう。 

 

 

■ メトロに過大な負担…2〜3分ごと発車でも混雑率140% 

 

 アクセスルート不足が引き起こすもう一つの課題が、来場者の交通手段だ。 

 

 2024年12月、万博協会は「来場者輸送具体方針」の第5版(最終版)を公表した。先述したピーク時来場者数22万7000人が利用する交通手段を、大阪メトロ中央線13万3000人(58.6%)、主要駅や空港から会場へ直行するシャトルバス・中長距離直行バス2万6000人(11.4%)、自家用車・団体バス・タクシー6万8000人(30%)と計画している。 

 

 大阪メトロ中央線での来場が約6割を占める想定だが、その負担は第3版から第5版へと改訂された1年ほどの間に9000人も増えた。逆に、駅・空港からのシャトルバスなどは3万5000人から9000人減り、バスの減少分を大阪メトロが補う形になった。 

 

 これに対応するため、大阪メトロはピーク時の1時間当たりの運行本数を24本に増発。2〜3分ごとに発車させるダイヤを組んだが、それでも混雑率は140%に達すると見込まれており、「駅ホームにおける安全・円滑な誘導、2〜3分間隔の定時運行に課題が生じるため、混雑率を抑制する必要がある」と指摘されている。 

 

 バス輸送を減らしたことについて、大阪市の横山英幸市長は24年12月の記者会見で「バスですから、運転される方の確保の課題」と運転手不足を挙げたうえで、メトロの負担増加については「詳細までは報告を受けていないが、市内(のメトロ乗客)がパンク状況になるという話ではない。(会期の)終盤に向けてさらに人が増える想定になった時に、どのようにしていくのか検討しながら混雑緩和を目指したい」という認識を示した。 

 

 災害や事故が起こった場合の交通機関の対策はどう定められているか。 

 

 鉄道や道路が事故や風水害・地震等で通行止めになるリスクに対し、「来場者や事業者・管理者との間で情報収集・提供すべき内容や、代替となる輸送手段・経路の選択等について、関係機関との役割分担を明確にしたタイムラインを策定するとともに、関係機関とも共有する」という方針だが、「代替となる輸送手段・経路」をどう確保するかという根本的な対策には触れていない。 

 

 

■ 候補になかった夢洲が「松井試案」で急浮上 

 

 以上見てきたように、防災でも、平時の輸送でも、夢洲のリスクは大きく、その解決方法はきちんと示されていない。では、なぜここまで問題の多い土地が万博会場に選ばれたのか。 

 

 先行したのはIR誘致である。大阪府知事だった橋下徹氏が最初に公の場でカジノ構想に言及したのは2009年9月。大阪府・市と経済界との会合で、橋下氏が府庁移転を目指していた咲洲の超高層ビルWTCの周辺にカジノを誘致したいと訴えたが、大阪市や財界側が難色を示し、具体的な動きにはつながらなかった。 

 

 ところが、11年11月に橋下氏が大阪市長、松井一郎氏が府知事と維新創設者のコンビになると、構想が動き始める。大阪府・市は14年4月に「IR立地基本コンセプト案」をまとめ、候補地を夢洲に決定した。 

 

 一方の万博について、松井知事が大阪誘致を表明したのは同年8月。大阪維新の会府議団との意見交換会で「東京五輪の後にやりたい」とし、翌9月の府議会本会議で「日本、大阪の成長の起爆剤になる」と提唱した。 

 

 ただ、15年8月の大阪府・市と有識者による誘致構想検討会が会場候補地に挙げた6カ所の中に、夢洲は入っていなかった。 

 

 万博開催地として夢洲が急浮上したのは16年6月。有識者、大阪府・市、経済界で構成する基本構想検討会議の第1回に、松井知事名で提出された文書「『2025日本万国博覧会』〜人類の健康・長寿への挑戦〜基本構想試案」によってだ。 

 

 文書の冒頭では、〈あくまでも現段階における私の試案である〉と留保しながらも、内容は完全に夢洲での開催が前提になっており、その後の議論は「松井試案」をベースに進んでいった。 

 

■ 不透明な意思決定プロセス、問われる維新の政治責任 

 

 鶴の一声で夢洲を開催地としたわけだが、その理由と経緯について松井氏は今年2月に読売新聞で、4月には朝日新聞で以下のように語っている。 

 

 「ベイエリアの発展は、大阪の成長には絶対に必要だ。だから夢洲を入れるよう、菅さん(菅義偉官房長官・当時)にお願いした」 

 

 「IRとともに大阪のベイエリアを世界に発信していくための一つのイベントとして、万博は最適だと考えた」 

 

 夢洲を正式に決めたのは有識者らの部会だが、その議論も「松井試案」の追認に過ぎない。部会は3回開かれ、2回目までは別の候補地を押す者もいて結論が出なかったにもかかわらず、3回目では冒頭から夢洲開催が前提となっていた。出席していた有識者に聞いても、経緯が曖昧だ。いつ、どこで、誰が夢洲を会場に決めたのか。最も大事な部分の意思決定プロセスが不透明なのだ。 

 

 ただ、IRの誘致先が夢洲でなければ、万博の夢洲開催は非常に困難だったことは推測できる。大阪メトロは、たった半年間のイベントのために夢洲まで延伸するわけにはいかなかったはずだ。一方でIRの収益の8割はカジノによるもので、IRのために巨額のインフラ整備費を使うことには大阪府民の拒否感が強い。 

 

 22年7月、IR誘致の是非を問う住民投票条例案が大阪府議会に提出されている。同条例案を提出するには府民の50分の1の署名が必要だが、その法定数を大きく上回る19万2773筆の有効署名を市民団体が集めた。住民投票は府議会で否決されたものの、府民のIRに対する拒否感が可視化された出来事だった。 

 

 万博協会は公益社団法人であり、情報公開請求の対象になっていない。詳細な議事録を残しているワーキンググループもあるが、ほとんどは概要程度で、誰がいつ、どういう発言をしたのかを知る検証作業は困難だ。 

 

 大阪の政治・行政の状況をみると、大阪維新の会が11年11月から大阪府と大阪市の首長を出し続け、23年4月から府・市両議会の過半数を押さえている。吉村洋文知事や横山市長の提案を大阪維新の会が単独で可決できる盤石の態勢であり、議会のチェック機能が働かない。そんな状況だからこそ、巨額の税金を投入している事業を検証できる仕組みが必要だろう。 

 

 橋下氏のカジノ構想に端を発し、松井氏の「独断」で夢洲開催が決まった大阪・関西万博。政治の思惑先行で開かれるメガイベントが、大きな事故や災害に見舞われたとすれば、その責任はどこにあるのだろうか。 

 

 【ほかの回を読む】 

[1回目]万博は太閤秀吉に学ぶべきだった 難工事でパビリオン揃わず、メタンガスまで発生した夢洲の悪条件 

[2回目]電通依存のツケを払う万博、頼みの吉本興業も背を向け「もはやどこかの地方博」との声 

 

木下 功 

 

 

 
 

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