( 283931 )  2025/04/18 05:45:17  
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メニューにはマグロやサーモンのほか、季節のネタも並ぶ。握り以外に刺身でも提供する(撮影:尾形文繁) 

 

 回転でも高級でもない寿司の新ジャンル、“居酒屋ずし”が静かなブームだ。 

 

前編『「1貫65円〜」高コスパ”居酒屋ずし”店の正体』では、居酒屋寿司ブームを牽引する「や台ずし」の店舗を実際に訪れ、その人気の背景を探った。 

 

 後編となる今回は、や台ずしの運営会社のヨシックスホールディングス(以下、ヨシックス)に、“居酒屋ずし”人気の背景や「高コスパ」を実現する仕組みなどを聞いた。 

 

■もともとは建築会社 

 

 ヨシックスの戦略に大きく影響を与えているのが、同社のユニークな経歴だ。 

 

 創業時は飲食店に特化した建築会社で、1982年4月、持ち帰り弁当のチェーン「本家かまどや」のフランチャイズに加盟したことがきっかけで飲食業に参入。 

 

 いろんな業態にチャレンジするも軸となるブランドを見出せない中、創業者で現会長の吉岡昌成氏が「これを最後」と1998年に始めたのがお好み焼き・鉄板焼き居酒屋の「や台や押切町」だ。 

 

 これがヒットし、2店舗目で、たまたま寿司職人を雇ったため握り寿司も始めたことが、現在のや台ずしにつながっている。 

 

【写真12枚】や台ずしの料理とお店はこんな感じ。サーモンざんまい寿司5貫(1044円)。300以上ある全店舗に寿司職人がいる!  

 

 ヨシックスでは現在も280円均一の低価格居酒屋「ニパチ」「大阪の味串カツ居酒屋これや」など10ブランドを展開しているが、さまざまな業態を傘下に持つことは、結果的に功を奏している。 

 

 ヨシックス経営企画室の松岡龍司執行役員に聞くと、同社は設立以来右肩上がりで業績を伸ばしているが、これは「場所や時代によって変化するニーズに合わせ、自社内で注力する業態を変えている」ことも大きいという。 

 

 確かに、複数業態を展開し、時代の変化に柔軟に対応する例は、ほかの外食企業でも見られる(実際すかいらーくは、コロナ禍を経て、業態のバリエーションを拡大している)。 

 

 ヨシックスでいうと、リーマンショック後の不況時に人気があった「ニパチ」の例が挙げられる。 

 

 低価格だが手作り感にこだわり、店内調理によるできたての料理を提供。ピーク時には70店舗ほどまで増えていたそうだ。しかし現在は顧客のニーズの変化などを受け撤退や業態転換が相次ぎ、9店舗となっている。 

 

 

 そして、それにとって代わるようにして増えたのがや台ずしだ。現在はや台ずしの店舗数がヨシックスが運営する店舗全体の9割以上を占めており、主力事業となっている。 

 

 これに建設業というアイデンティティが掛け合わさり、同社の強みを生み出している。同社ではグループ傘下の「ヨシオカ建装」で建設事業も継続しており、自社で店舗の施工、改築などを行っている。つまり業態転換にも低コストかつスピーディに対応できるのだ。 

 

■山手線の内側には「1店舗だけ」 

 

 高コスパの理由は施工面の体制だけではない。 

 

 「初期費用、店舗運営費などのコストをできるだけ抑え、原価率に還元している」(伊達富夫常務取締役)という。ここでいう初期費用とは、前述の施工費用のほか、テナント費用なども含まれる。つまり、店舗立地は郊外駅前などを狙い、家賃を抑える戦略をとっているのだ。 

 

 例えば東京都内には43店舗あるが、山手線の内側にあるのは神田駅西口町の店舗のみだ。 

 

 ただ、店舗運営という面では寿司職人を全店に配置するなど、コストはむしろかけているように見える。この点をヨシックスに聞くと、この寿司職人の育成に工夫があるという。 

 

 寿司職人は一般的に、仕入れの際の目利きや魚の下処理など、専門性が高い職業で、一人前になるまで数年の修行が必要。言わば別格の存在で、寿司職人は寿司以外は担当しないという店もある。 

 

 筆者も「夜10時以降は寿司職人が帰ってしまうので、寿司は提供不可」という店に出くわしたことがある。時給が高いからか、なるべく労働時間を減らそうとしていたのかもしれない。 

 

 一方のや台ずしでは、経験者でなくても寿司を握れるシステムを構築。未経験から雇った場合でも、1年程度で寿司を握らせる。場数を踏んで経験値を高めさせるのだ。 

 

 「寿司専門店なら100覚えないといけないところを、50覚えればできるようにする」(伊達氏) 

 

 そうした新米職人を支えるオペレーションにも気を払っている。 

 

 例えば貝など、専門知識の必要性が高く、扱いの難しいものはメニューから外すか、あらかじめ加工したものを仕入れるといったことだ。 

 

 

■店舗運営は「徹底的にシンプル」 

 

 求められる役割も、や台ずしの寿司職人は一味違う。接客のほか、スタッフの采配もする。 

 

 基本的に1つの店舗を1人の職人+アルバイトで回すため、モバイルオーダーが全店に導入され、調理場は作業効率を考慮して設計されている。 

 

 また、どの店舗も同じ作りにし、店舗によって作業に違いが出ないようにしている。そしてオペレーションは徹底的にシンプルにし、誰でも同じパフォーマンスを出せるようにしているという。 

 

 メニューにも、客に「高コスパ」と感じさせる工夫がある。昨今の食材価格の高騰に対してはメニューの改廃を弾力的に行い、一律値上げはできるだけ回避。そしてメニュー改定を年4回行い、店舗独自のおすすめメニューは月ごとに変え、目新しさを保っている。 

 

 こうした努力の結果が、客からの「ちょうどいい店」という評価につながっているのだ。 

 

■3年内にさらに100店舗以上を展開予定 

 

 昨今の“居酒屋ずし”人気のもとを辿れば、コロナ禍も関係している。コロナ禍では外食やアルコールが制限される中、寿司や焼肉のような、食事になるもので、かつちょっとぜいたく感のあるジャンルが好調だった。そしてアルコール制限がなくなった今、お酒も、食事も両方楽しめる店の一つとして、居酒屋ずしの人気が高まっているのではないだろうか。 

 

 そんなブームを牽引する存在となったや台ずしだが、中期目標で500店舗、長期目標で3000店舗を目指すという(2025年3月末時点、382店舗)。 

 

 握り寿司は江戸時代から続く伝統食で、ハレの食事として外食文化を支えてくれているメニューだ。高級な寿司店から気軽に利用できる回転寿司まで、さまざまな形で展開されているからこそ、誰もが楽しむことができ、市場も活性化する。 

 

 さらにや台ずしのような「ちょうどいい」チェーンが伸びることで、寿司業界がより豊かになっていくのではないだろうか。 

 

圓岡 志麻 :フリーライター 

 

 

 
 

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