( 284541 ) 2025/04/20 06:40:25 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
社会保障制度が充実した今、「年をとっても人に頼らず、自立して一人で暮らすべき」と考える高齢者も多いでしょう。家族に迷惑をかけないようにと気を遣うことで、疎遠になることもあります。しかし、それが思わぬ事態につながることも。今回は、松井さん(仮名・81歳)の事例をもとに、高齢者が老後に家族とどのような関係性を築けばよいか、FPの三原由紀氏が解説します。
「娘には迷惑をかけたくない」それが、松井綾子さん(仮名・81歳)の口癖でした。
綾子さんは55年間、専業主婦として夫や家族を支え、10年にわたって義両親の介護も一人で担ってきました。認知症が進行した姑の世話では、一日中目が離せない時期もありました。介護保険制度もなかった当時、綾子さんは「家族のために尽くす」ことが当たり前だと信じてきたのです。
5年前、夫に先立たれてからは一人暮らし。千葉県の古い団地で、月15万円の年金と貯蓄300万円を頼りに生活していました。「なんとかなる」と思っていたものの、予想以上の物価上昇と、持病の高血圧と糖尿病の薬代が重くのしかかります。
かつては毎日の楽しみだった新聞も解約し、趣味の園芸教室も「交通費がもったいない」と諦め、食事も一日二食に。けれど、東京都内に暮らすひとり娘の麻里さん(55歳)には、生活苦のことを一切伝えていませんでした。
「娘にも家族やその生活があるから」「老後は自分でなんとかするべき」そう思って我慢を続けた結果、ある冬の朝、光熱費を節約しすぎたことが原因で低体温症になり、綾子さんは自宅で倒れてしまいます。麻里さんが異変に気づいたのは、何度かけても電話がつながらなかったからです。
急いで実家に駆けつけ、玄関のカギを開けると、リビングの床に倒れている母の姿を発見。救急車を呼び、病院に運び込んだあと、病室で麻里さんが泣きながらいったのです。
「お母さん……間違ってたよ。もっと頼ってほしかった。」
綾子さんのように「子どもに迷惑をかけたくない」と思う高齢者は少なくありません。ダスキンが実施した「親のいま」に関する親子2世代の意識調査(2022年)でも、親世代の97.8%が「子どもの負担にはなりたくない」と回答しています。背景には、長男が家督を継いで同居し、高齢になった親の世話をするといった家制度の廃止や価値観の変化があります。
公的年金や介護保険などの社会保障制度の整備もあり、「老後は自分の責任」と考えている人が増えているのでしょう。しかし、「頼らない老後」には大きなリスクが潜んでいます。病気の発見が遅れたり、孤独や事故につながったりする危険があるのです。
綾子さんも「他にもっと困っている人がいる」と、民生委員の訪問を何度も断っていました。麻里さんも毎週電話をしてはいたものの、母の「元気よ」という言葉を信じ、本当の生活実態に気づけなかったと悔やみました。
内閣府の調査では、80歳以上の34.3%が「孤独を感じている」と回答。2024年、65歳以上の独居高齢者の自宅死亡者数は5万人を超えたことが警察庁より発表されています。
退院後、綾子さんは麻里さんと話し合いを重ね、「困ったときには遠慮なく頼る」「週に一度の電話と月1回の訪問を欠かさない」ことを約束しました。また、地域包括支援センターに相談し、見守りや食事支援サービスを活用するようになりました。
「頼らないことにこだわりすぎて、かえって迷惑をかけていたかもしれません。いまは“つながっている”と感じられる毎日がうれしいんです」と綾子さんは語ります。
ファイナンシャルプランナーとしても「頼らない」ことがリスクになることをお伝えしたいところです。生活保護や介護サービス、見守り支援など、公的支援は“遠慮なく使うべき制度”です。家族との対話も、老後資金と同じく大切な“資産”なのです。具体的に意識しておきたい4つのポイントを挙げておきます
(1)定期的な家族との連絡体制の構築 家族と「毎週〇曜日に電話」「月に一度は訪問」など具体的な約束をしておくことで、異変に早く気づくことができます。最近では高齢者向けの見守りアプリなども充実しています。
(2)地域の見守りネットワークの活用 自治体の見守りサービスや民生委員の訪問を拒まず活用しましょう。また、ご近所との日常的な挨拶や会話も大切な見守りになります。自治体によっては独居高齢者向けの緊急通報システムも無料で利用できる場合があります。
(3)経済状況の正直な開示 家族に経済状況を隠さず伝えておくことで、必要な支援を適切なタイミングで受けられます。特に医療費や介護費用は想定よりかさむことが多いため、早めの相談が重要です。
(4)必要に応じた公的支援の活用 生活保護だけでなく、介護保険や高齢者向け給付金、医療費助成など様々な公的支援があります。「自分はまだ大丈夫」と思わず、地域包括支援センターや社会福祉協議会に相談してみましょう。
現在、綾子さんは麻里さんとの定期連絡を続けながら、地域のシニアが集う合唱サロンに参加。年末の第九の発表会が、いまの目標だと笑います。
子どもに負担をかけたくない。その気持ちは尊いものです。しかし、命や生活を犠牲にするほどの我慢は、誰のためにもなりません。老後に本当に必要なのは、「迷惑をかけない努力」ではなく、「支え合って生きる」選択をすることではないでしょうか。
三原 由紀 プレ定年専門FP®
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