( 285906 )  2025/04/25 06:26:30  
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警備員が来場客に土下座する動画が拡散。万博運営は、今回の事案をどう反省し、学びにするべきなのか(画像:公式サイトより) 

 

 大阪・関西万博の会場で、警備員が来場客に対して「土下座」していたとの動画が拡散され、注目をあびている。 

 

 運営側は警備員が自主的に土下座したとの認識を示しているが、SNS上では「カスタマーハラスメント(カスハラ)ではないか」といった指摘が相次いでいる。 

 

 しかし、ネットメディア編集者の筆者は「カスハラの有無」よりも、より重要な論点があると考えている。あらゆる出来事が現地から拡散される「スマホ社会」について、どこまで運営側が現状把握できていたのか。その認識の甘さが、次なる問題を招くのではないかと心配しているのだ。 

 

■土下座は「自主的」に行われたとの認識 

 

 動画は2025年4月17日16時ごろ、会場の出入り口付近で撮影されたとされる。 

 

 警備員らしき制服に身を包んだ人物が、目の前にいる男性に向けて、土下座している光景が記録されている。撮影者は遠巻きから捉えていたのか、映像は徐々にズームしていく。そして男性がなにかを大声で叫ぶと、警備員は立ち上がった。 

 

 この映像は4月21日にフジテレビで報じられ、ネット版の記事としても配信された。フジ報道では撮影者が取材に応じ、「男性が『土下座しろ』的な大きな声を発して、警備員が土下座した状況」だと説明。加えて、撮影者の横にいた別の警備員が「『これがカスハラなんだな』という話をしていた」と振り返った。 

 

 フジの記事化をきっかけに、SNS上ではさらに拡散された。そして4月22日には、J-CASTニュースが、主催者の日本国際博覧会協会(万博協会)に経緯を取材した記事が掲載される。 

 

 J-CAST記事によると、男性が警備員に会場シャトルバスの駐車場の位置を聞いたところ、警備員は正確に案内できず、別のスタッフがいる場所へと誘導した。この対応をめぐり男性が詰問し、警備員は謝罪。その後、男性は警備員からにらまれていると認識して大声を出し、警備員はみずから土下座したのだという。つまり、土下座は「自主的」に行われたとの認識だ。 

 

 

 映像を見返してみると、男性の発言は「土下座なんかせぇ(音声が不鮮明)言うてんねやろ!」と言っているように聞こえる。聞き取りづらい部分に、否定の表現が入れば、たしかに「土下座までしろとは言っていない」といったニュアンスだった可能性もある。 

 

■万博が掲げるSDGsとの整合性が問われかねない 

 

 会場レイアウトに不慣れだった点において、警備員の落ち度がまったくないとは言えない。とはいえ、より詳しいスタッフへ誘導したのは、その場でできうる最善の策だっただろう。そうした事情もあって、SNSの論調は「警備員擁護」が中心だ。 

 

 ここまで見てきたように、撮影者と万博協会の認識は少し異なる。また、拡散されている動画は、途中から撮影されたもので、音声も聞き取りにくい。「カスタマーハラスメントだ」と断定するには、これだけの証拠では不十分にも感じられる。 

 

 ただ、ひとつ間違いないのは、「警備員が土下座をした」という点だ。これについては、撮影者と万博協会が一致している情報である。たとえ男性の行為がカスハラに当たるものではなく、警備員が土下座を強要されていないのだとしても、それは「クレーム対応のマニュアルが不十分であった」ことを意味する。 

 

 いまや、カスハラに限らず、あらゆるハラスメントに対して、世間は敏感になっている。万博はその名の通り、各国から出展者も来場者もやってくる。そんな日本をアピールするための場で、もしハラスメント意識の欠如が露呈すれば、いったいどんな印象を与えるのか。 

 

 また大阪・関西万博では、SDGs(持続可能な開発目標)を全面に掲げているが、8「働きがいも経済成長も」、16「平和と公正をすべての人に」あたりとの整合性も問われかねない。 

 

 今回の件は、万博協会としては、とばっちりであろう。しかし、警備員に対する場内周知やマニュアルの徹底不足から、「万博たたき」に利用される可能性は多々ある。そう考えると、運営側のツメの甘さは否定できない。 

 

■万博への後ろ向きな声を増幅したSNS 

 

 そもそも大阪・関西万博には、当初から逆風が吹いていた。主催サイドは、2020東京オリンピック・パラリンピックとともに、戦後から復興した「高度経済成長期の活気をふたたび」と期待を込めたと考えられる。 

 

 

 しかし両者が前回開催された50年以上前と、今はまったく事情が異なる。「今の日本が誘致して、どれだけの意味があるのか」「そんな資金があるなら、社会福祉に回してくれ」といった後ろ向きな声は、開催決定から数年来、ずっと言われ続けていた。 

 

 それを増幅したのがSNSだ。いつしか「オリパラ・万博は、公然とたたいていい」というムードが形成されていた。加えて、国家予算がつぎ込まれていることから、「関わっている人物は、すべて“公僕”だ」「税金を払っている我々は、主張する権利がある」といった風潮も生まれているように感じられる。 

 

 冒頭の動画に戻れば、もし男性にカスハラ要素があるとすれば、こうした「たたいてナンボ」の価値観と背中合わせだと言えるだろう。 

 

 SNSは「大金をつぎ込んでまで開く意味はあるのか」といった疑念を発散する場としても機能する。開幕間際まで「会場準備の遅れ」が批判の的となっていた。直前リハーサルとして行われた「テストラン」でも、その混雑ぶりがバッシングとともに拡散されている。 

 

 テストランは本来、バグ出し(ソフトウェアの不具合を発見する作業)であり、その内容は万博協会へとフィードバックするものだ。しかし、それでは改善されないと感じたのか、第三者が気軽に読めるSNSへ投稿する参加者が続出。不具合が可視化されたことで、「直前まで準備不足だ」との印象を、さらに強める結果になってしまった。 

 

■カスハラの有無より重要なこと 

 

 このように「どのようにSNSで拡散されるか」は、イベントそのものの印象に直結する。とくに先述の事情から、目の敵にする人が多い万博なら、なおのこと気をつかっていなければならない。 

 

 思えば、前回の愛知万博(愛・地球博)が開催された2005年は、iPhoneの誕生以前であり、まだスマートフォン時代ではなかった。つまり大阪・関西万博は、「スマホ時代に突入して、初めての国内開催万博」となる。 

 

 

 これから10月中旬までの会期中、会場内ではあらゆるトラブルが起こるだろう。そしてそれは、今回のように「SNS上でさらされる」ことが前提となる。今回のようなスタッフと来場者のケースもあれば、来場者同士でもありうる。場合によっては、パビリオンを出展する国や地域を巻き込んだ、国際問題に発展するおそれすらある。 

 

 今回の一件で、カスハラの有無より重要だと感じるのは、開催に向けて、どれだけ「発生しうるリスク」をイメージトレーニングしてきたかではないか。実際に起きて、初めて検討するとなれば、後手後手の対応となり、準備不足と一貫性のなさが露呈してしまう。 

 

 実際に主催サイドは、日本共産党の機関紙「赤旗」による取材をめぐり、当初は拒否の姿勢を見せていたが、後に条件付きで許可している。態度を二転三転することで、より世間からのイメージが悪化することを、どれだけ予想できていたのだろうか。 

 

■「先進国」としての姿勢が問われている 

 

 「土下座動画」は、氷山の一角にすぎない。撮影や拡散により可視化されていないだけで、他にも起きている可能性は否定できない。同様の事例が起きたとき、「あのときしっかり向き合っていれば」とならないためにも、早急に「スタッフ保護」の再発防止策を打ち出す必要があるだろう。 

 

 繰り返すようだが、このイベントは「万国博覧会」だ。世界中から人や技術を集める場であると同時に、開催国を発信する場でもある。ここで適切な対応を取らない限り、世界に「日本はハラスメント大国だ」とのメッセージを与えかねない。 

 

 「男性がカスハラだったか」は、あくまで細部の話でしかない。重要なのは「ハラスメントの有無を問わず、来場者やスタッフを守る姿勢」を示せるかだ。日本が「先進国」としての姿勢を見せるために、まだ挽回の余地は残っている。 

 

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城戸 譲 :ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー 

 

 

 
 

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