( 286451 )  2025/04/27 05:28:12  
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米価高騰が続く現状を謝罪した江藤拓農林水産相、国民の怒りは収まらない…… Photo:JIJI 

 

● 米価は下がると「嘘」を連発 農水省が守りたかったもの 

 

 ひとつ嘘をつくと、それを誤魔化すために新たな嘘をつかなくてはいけない。そうやってその場しのぎの嘘を積み重ねていくうちに「自滅」する――。 

 

 今の農林水産省は、まさしくそんなドツボにハマりつつあるのではないか。 

 

 「新米が出回れば問題は解決する」「コメは足りているけれど投機筋が買い占めている」「備蓄米を放出すれば価格は落ち着く」……。昨年夏から農水省が続けてきた「その場しのぎの適当な言い逃れ」に国民の怒りが爆発して、4月22日にはついに江藤拓大臣が謝罪に追い込まれた。 

 

 「備蓄米を出しても店頭価格が下がらない。責任を重く感じている。申し訳ないと思っている」 

 

 ネットやSNSでは「頭を下げるんじゃなく、価格を下げろ」とボロカスだ。さて、このように窮地に追い込まれた農水省を見て、国民の多くが首を傾げるのは長年、コメ行政に携わってきたエリート官僚たちが、なぜこんなしょうもない、その場しのぎの言い訳を繰り返すのかということではないか。 

 

 一部の専門家らによれば、これはまさしく冒頭で述べた「嘘」のせいだと言う。 

 

 昨年夏から続くコメ不足やコメ高騰の元凶は「減反政策」にある。しかし、これを50年以上も続けて莫大な税金を投じてきた農水省としてはそれだけは絶対に認められない。そこで「コメは足りている」という白々しい「嘘」をつき、それを誤魔化すためにまた苦しい言い訳を重ねているというのだ。 

 

 確かに、この50年に及ぶ「減反政策」の歩みを振り返れば、そういう話も納得だ。 

 

 これまで日本政府は「コメ農家を守れ」と莫大な税金を投入して減反政策を続けてきた。コメをつくりすぎると価格がだぶつく。そこでエリート官僚たちの需給予測に基づいてコメの生産を調整し、価格安定化を図ったのだ。コメを大量生産する農家は「国賊」と罵られ、田んぼはどんどん売り飛ばされた。 

 

 減反政策は2018年に廃止されたと思っている人も多いが、実はそれ以降も、農水省は主食用米の全国生産量の「目安」を示しており、コメから転作する農家に補助金まで出して、主食用米の生産量を絞ってきた。 

 

 では、そんな「減反政策」を50年以上続けて日本のコメ農家はどうなったかというと、補助金なしで1人で立つこともできぬほど衰弱した。会社員をやりながらコメをつくる「兼業コメ農家」が増加した結果、日本産のコメの国際競争力は地に落ちた。世界では牛肉や小麦など自国の主要農産物を戦略的な輸出物資とするのが常だが、日本のコメ輸出量は約4万5000トン(2024年)。タイの2024年のコメ輸出量は約995万トンだ。 

 

 なぜこんなに差がついたのか。外国人観光客が海鮮丼や寿司を爆食いしているように、日本産のコメがタイ産のコメに比べて不味いなんてわけではなく、減反政策がコメ農家の「世界で勝負する気力」を奪ったのだ。 

 

 大規模農業や輸出に挑戦するコメ農家を冷遇し、コメづくりを控えるコメ農家に補助金をばら撒いた。つまり、多額の税金を費やして「頑張らないほうが得をする」という方向に日本のコメ農家を誘導した。よく「コメ農家は時給10円」と言われるが、そういう状態を招いたのは、コメ農家を補助金漬けにしてしまったからなのだ。 

 

 さて、そんな「減反政策の失敗」を農水省は立場的に絶対に認めることができない。そこでこの窮地を脱するため、「備蓄米を放出すれば解決です」と言い出したわけだが、大臣が謝罪したように酷い有様だ。 

 

 農水省によると、1回目の放出分14万トンのうち先月末までに小売店に届いたのはわずか426トンというように「焼け石に水」なのだ。 

 

 

 これは放出備蓄米の9割を落札したJAのせいだという主張が巷に溢れている。JAはコメの価格が下がると販売手数料が減りビジネス的にはおいしくないので、「出し渋っているのでは?」と勘ぐられているのだ。 

 

 もちろん、JA側は否定して流通に時間がかかっているだけだと説明しているが、これから仮にJA以外の卸売業者が落札できたり、流通がスムーズになったとしても、コメの価格がすぐに安くなることはないだろう。 

 

 今回の備蓄米放出に「買い戻し制度」という奇妙なルールが設けられているからだ。 

 

 これは放出したコメを来年の新米収穫時に国が買い戻すというものだ。つまり、今回行われていることは「備蓄米放出」ではなく、正確には「国がコメを一時的に借した」とも言える。 

 

 つまり、これは来年の新米収穫時に「消えるコメ」なのだ。いくら21万トンが市場に行き届いたところで、卸売業者の頭の中には「どうせ来年はまたこれだけのコメが不足するんだな」という考えがあるので、品薄に備えてコメを手元にストックすることは避けられない。つまり、コメの取引価格が急に下がるということはないのだ。 

 

 そこで一部では「輸入米」が唱えられている。トランプ関税をめぐる交渉でも輸入米受け入れ拡大が検討されているという報道もあるが、もしこれを実行したら「減反政策にマジメに従ってきた農家」や、自民党の票田であるJAを完全に裏切ることになる。石破政権にそんな決断ができるとは思えない。 

 

 では、輸入米もダメ、備蓄米放出もダメとなると、普通に考えれば残された道は「減反政策の廃止」しかない。 

 

 これまで見てきたように日本のコメ農家が疲弊し、コメ価格が高騰していることの問題を辿っていくとは「減反政策」に辿り着く。なので、この政策を180度転換すればいい、という結論になるのは当然だろう。 

 

● どう考えても「減反廃止」なのに 農水省は絶対にやらない 

 

 つまり、コメの増産に力を入れる専業農家、大規模農業法人などを手厚い補助金で支え、国をあげてコメの増産に取り組み、輸出も拡大していくのである。 

 

 秋田県で減反政策に反対して「秋田の恥さらし」「闇米屋」などバッシングを受けた経験のある、大潟村あきたこまち生産者協会代表の涌井徹氏も、このように提言している。 

 

 

 「日本の農業がいま成り立たなくなろうとしているわけよね。いまこそ大量に大増産して余計なものは輸出していく。そして国内の需給は安定させていく」(ABS秋田放送 2月20日) 

 

 ただ、そんな政策の転換が簡単にできないというのが「変わらない国・日本」だ。最大のネックは、これまで減反政策にマジメに従い、生産量を落としてきた「兼業農家」をどうすべきか、ということだ。 

 

 「稼げる農家を手厚く支える」という意味では、サラリーマンをしながらコメをつくるこれらの人々は除外されてしまう。しかし、これまで補助金でどうにか生産を維持してきたので、それを打ち切られてしまったら「離農」するしかない。 

 

 兼業農家票に支えられる自民党にこうした改革は決してできない。また、JAにとっても認められない。「農業+サラリーマン収入」という兼業農家の家計安定化によって成長したJAバンクの個人預金は、96兆円(2024年3月)となっている。 

 

 こういうもろもろの「利権構造」を踏まえると、兼業農家へのバラマキも継続するしかない。つまり、もし日本が減反政策をやめて、コメの大増産に踏み切ると、これまでの減反政策に費やしていた補助金に追加する形でさらに莫大な補助金がかかってしまう。 

 

 いわゆる「国の借金」が1200兆円を突破し、社会保障も137兆円とGDPの3割にまで膨張しているこの国で「コメ農家へのバラマキ倍増」を押し通すのは至難の技だ。 

 

 そういう「霞ヶ関の事情」を前にすれば、農水省としては「現状維持」しかない。つまり、「50年に及ぶ減反政策の大失敗」だということは本人たちも自覚があるのだが、今更それを認めても補助金のバラマキを打ち切ることなどできない。つまり、叩かれるだけで何も変わらないのだ。だったら「コメは足りてます」と壊れたラジオのように繰り返し、これまで続けてきた減反政策をのらりくらりと続けていくしかない。詰将棋で言えば完全に「詰み」の状態なのだ。 

 

 これが昨年夏から、農水省がその場しのぎの言い訳を繰り返している問題の根っこにある「病」だ。 

 

 

 この「詰み」という状態は、実は日本のあらゆる政策に当てはまる。代表は中小企業政策だ。 

 

 ご存じのように日本企業数の99.7%は中小企業が占めている。しかも、その約6割は社員が数名という小規模事業者だ。日本の労働生産性がOECD加盟38カ国中29位と低く、平均賃金が低いのは、中小企業の労働生産性と賃金が低いからだと指摘されている。だから、日本経済を上向かせるには、中小企業の生産性向上が必要不可欠ということを専門家も提言し、政府も認めてきた。 

 

 というわけで、成長する中小企業を積極的に国が支えていこうとなっているのだが、これがなかなかうまくいかない。一方で「成長しない中小企業も潰れないようにこれまでのように支えるべき」という声が多いからだ。 

 

 これまで50年近く、日本では「中小企業は国の宝」ということで、成長をしていなくても潰れそうな中小企業は補助金や優遇策などで支えてきた。そういう保護政策をいきなり打ち切るのは酷ではないかというのである。 

 

 成長する中小企業をどんどん応援したいが、成長しない中小企業の倒産を防ぐことも「平等」に力を注がなければいけない、となると結局、財源も限られているので、どちらも中途半端なままだ。だから、日本の中小企業の生産性はいつまでも向上しない。 

 

 この「詰み」状態はコメ政策も同じだ。今回のコメ高騰によってさまざまな問題が浮き彫りになってきて、国民の多くも「50年以上続いた減反政策」に何かしらの問題があると薄々勘づいてきた。 

 

 しかし、「50年以上続いた」ということは裏を返せば、この減反政策によって50年以上恩恵を受けてきた人々がいるということだ。減反政策によって家計を維持して、子ども育て上げて、老後の蓄えをしている人々が無数にいる。 

 

 そういう政策を簡単に「問題があるから転換だ」とはならない。特に政治家は選挙があるので票を減らす利権には手をつけられない。ああでもないこうでもないと論争をしても結局、稼げる農家も、稼げない農家もどちらも補助金を差し上げましょう、という「玉虫色の決着」に落ち着くはずだ。 

 

 よく「日本は変わらない」と言われる。そのことについては政治家が悪い、霞ヶ関官僚が悪い、と目の敵にされることが多い。だが、実は彼らがどうこうという以前に、我々国民の中にも「変わりたくない」を望む人たちがたくさんいるからでもあるのだ。 

 

 (ノンフィクションライター 窪田順生) 

 

窪田順生 

 

 

 
 

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