( 287836 ) 2025/05/02 06:56:20 0 00 世界的な肥料危機の救世主は「ウンコ」
化学肥料のほとんどを輸入に頼っている日本。そのうえ、中国がリン酸の禁輸に動き、ウクライナ危機でロシアからの肥料輸入が途絶えるなど、世界的にも肥料不足が懸念されている。そこで肥料の代わりになる貴重な資源として、ウンコの活用が脚光を浴びているというのだが……。
『ウンコノミクス』 (インターナショナル新書)より、一部を抜粋・再構成してお届けする。
化学肥料の国際価格が値上がりしたことで、食料安全保障の観点から国産化を進めたり、需要を満たすために増産したりする国が出てきた。
国産化に舵を切ったのがインドだ。同国は、中国に次ぐ世界第二の化学肥料消費国で、2022年時点で世界の肥料の16.1パーセントを使っていたが、輸入頼みを改め、自給率を高めようとしている。代表的な窒素肥料である尿素を増産すべく、大規模な工場を建設するなどして、ここ数年、肥料の輸入量を大きく減らしている。
リン酸に関して、ノルウェーで大規模な鉱床が発見されたとのニュースが2023年に世界を駆け巡った。今後50年の世界の需要を満たせるリン鉱石が埋蔵されていると報じられている。
ただし、経済的、技術的に果たして実際に採掘できるかどうか不明で、糠喜びはできない。肥料業界の関係者に聞いても、「眉唾」とか「期待薄」との冷めた見方が多い。
リン鉱石は、重金属のカドミウムを含んでいたり、放射能を帯びていたりすることが多い。採掘に適した品質でなければ、どれほど埋蔵量があっても用をなさない。リン酸の製造自体が環境負荷になるとして世界的に避けられる流れにある。このことも逆風となる。過剰な期待は禁物なのだ。
世界各国がさまざまな対策を講じるなか、日本は何ができるのか。選択肢の一つに、肥料の調達先の多元化がある。これは、JA全農が長年掲げてきた課題でもある。
「多元化という意味では、ずっと取り組んではいるんですけども」と谷山さん(JA全農耕種資材部肥料原料課長の谷山英一郎さん)。
だが、リン安の輸入元は、米中とモロッコの三カ国で9割を占める。なかでも中国が7割と、依然として最も多い。
他にも生産国はあるものの、日本のメーカーが要求する品質をクリアできる国は限られる。
「価格の面でも、やっぱり中国は近くて価格競争力があって品質もいいという、条件がそろっている。中国が輸出を再開すると商社が買い付け、我々も当然そこに対抗しないといけないので、ある程度買わざるを得ない。代替となりそうな地域がなかなか見つからないという状況です」(谷山さん)
支持率が低迷した末に不承不承、2024年10月に退任した岸田文雄前首相。政治家としての評価は芳しくない。そうではあるが、ウンコの活用においては、時代を画する政策を打ち出した。それが、「国内肥料資源の利用拡大」だ。
2022年9月に開かれた政府の食料安定供給・農林水産業基盤強化本部の会合で、岸田首相(当時)は野村哲郎農林水産大臣(同)に対し、次のように指示した。
「下水道事業を所管する国土交通省等と連携して、下水汚泥・堆肥等の未利用資源の利用拡大により、グリーン化を推進しつつ、肥料の国産化・安定供給を図ること」
人や家畜の糞尿を肥料の国産化に生かせと号令をかけたわけだ。これを受け、国交省は下水汚泥の用途として、肥料化を最優先とする方針を掲げた。
同年12月には、2030年までに家畜排泄物由来の堆肥と下水汚泥資源の肥料としての使用量を倍増し、リンベースの肥料の使用量に占める国内資源の割合を40パーセントまで高めるとの目標が示される(図1)。
これは「食料安全保障強化政策大綱」に盛り込まれ、閣議決定された。2023年10月には、農水省が汚泥を肥料に使いやすくしようと後述する新たな肥料の規格を作った。
鶴の一声で、ウンコを取り巻く雰囲気が大きく変わった。決断力のなさを批判された岸田前首相。だが、ウンコの肥料利用に関しては、決める力を発揮していた。このことは、もっと評価されていい。
下水汚泥の発生量は、年間で235万トン(2022年度、国交省調べ)に上る。肥料の三要素の一つであるリン酸が豊富に含まれ、その量は12万トン近くになると見積もられている。
これだけのリン酸が含まれる肥料の原料を輸入しようとすると、今の国際相場なら100億円を優に超える。
国交省は2023年度、下水処理場を対象とした分析調査を行った。その結果を、上下水道企画課企画専門官の末久正樹さんが説明する。
「脱水汚泥などにリン酸が平均で4、5パーセント含まれていました」
脱水汚泥は下水汚泥の水分を絞ったものを指す。下水汚泥に肥料の原料にするのに堪えるだけのリン酸が含まれていると改めて確認できたわけだ。
ところが、肥料などとして使われる下水汚泥は、全体の14パーセントに当たる32万トンにとどまる。全国に約2200カ所ある下水処理場の多くは、下水汚泥を廃棄物として処理業者に引き取ってもらっている。
「地域によって上下しますが、基本的にトン当たり1万円から2万円程度の処分費がかかります」(末久さん)
処理場によって下水汚泥の形状が違うので単純に計算できないが、下水汚泥の処分に年間、数千億円を超える公費が投じられていることになる。なお、下水汚泥の相当量はセメントや下水管といった建設資材としてリサイクルされている。
とはいえ、下水汚泥は建設資材に向くわけではない。リンを豊富に含むため、混ぜ過ぎるとコンクリートやセメントが固まりにくく、強度不足に陥りやすくなる。使える資源に処分費を払い、しかも86パーセントが肥料にされないというのは、実にもったいない。
文/山口亮子 サムネイル/Shutterstock
---------- 山口亮子(やまぐち りょうこ)
ジャーナリスト。愛媛県出身。2010年京都大学文学部卒業。2013年中国・北京大学歴史学系大学院修了。時事通信社を経てフリーになり、農業や中国について執筆。著書に『日本一の農業県はどこか―農業の通信簿―』、共著に『誰が農業を殺すのか』(共に新潮社)、『人口減少時代の農業と食』(筑摩書房)などがある。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手がける ----------
山口亮子
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