( 288271 ) 2025/05/04 05:27:19 0 00 (※写真はイメージです/PIXTA)
負動産の処分には高額な費用がかかる場合があります。寄付も難しく、放置すれば将来の負担になります。早めの対策が重要ですが、道のりは平坦ではありません。フリーライター・高殿円氏の著書、『私の実家が売れません!』(エクスナレッジ)より、負動産の処分に奮闘する家族の葛藤をみていきましょう。
ただでいいからもらってほしい。人は“負動産”を前にして必ずこう考えることでしょう。例に漏れず我々もそう思いました。
「そうだ、市に寄付しよう」
市の暴挙によって無価値になった祖父の家を市に寄付するなんて、孔明の罠としか思えません。が、しかしそうするしかない。我々は、もう、この家を一刻も早く手放したいのだ!! この接道義務を満たしていない再建地不可物件、地獄の“負動産”を。
孔明の罠 予期外かつ巧妙な罠など、疑心暗鬼を誘う仕掛けを指す。「孔明」は諸葛孔明で、台詞は横山光輝のマンガ『三国志』で用いられた。
もともとこの家に一番愛着があり、ただで手放すことに難色を示していた伯父は、それ以降も市に接道義務に違反しているのは市のせいなのだからどうにかしてほしいと何度も掛け合ったようです。が、
「無理ですね」
「そんな……」
絶望する伯父。いや、伯父も父も何も悪いことしていないのに。
じゃあせめて市に寄付するので無料で引き取ってほしいと訴えても、
「寄付は受け付けていません」
日本よ、これが日本の公的機関だよ。私がもしありあまる財力を有し(以下略)、時間さえあれば議員さんを紹介してもらい、あらゆる権力のコネで外堀を埋めてから交渉ぐらいしただろうがここはなにせ地の利がない知らん土地! 私自身にもなんの愛着もない。(実際息子である父もそうらしい)。そこまで自分の信用リソースを割いてまでやりたくない。
というわけで、寄付も断られた地獄の負動産。どうするどうなる。どうしよう。
「そうだ。売れないなら、貸せばいいじゃん」
安易な人間の安易な考えのように思えますが、実際どうやっても手放せないならせめて運用するしかありません。
運用! すなわち賃貸に出すこと。1ヵ月1万でも2万でもいい。固定資産税ぶんだけでも入ってくれば、売れない地獄の再建築不可物件でもどうにかなる。……かもしれない。そうだ運用しよう。いまはやりの負動産投資だ。この家が売れないのはもう事実なんだから。
運用! すなわち賃貸に出すこと 賃貸として所有している物件を貸し出し、家賃収入を得て不動産運用をすること。
しかし賃貸に出すには、まず残置物の撤去が必須です。なにせ家の中は15年前で時を止めており、父と伯父の家なのに真ん中の伯父の遺物であふれかえっています。
残置物の撤去 賃貸として貸し出す際には、実家内に設置された家具や家電などを片付けたり捨てたりしておく必要がある。
また、真ん中の伯父は救急搬送されてそのまま入院し亡くなったため、家の中は生活していたときのまま。簡単にいうと灰皿はそのまま、流しの排水溝の中は腐った生ゴミが乾いてプラスチックごと変形していたし(おええ)、エアコンは茶色い昭和のクーラー。ホームセンターで売っているような二段のハンガーラックにはクリーニングから戻ってきたままのシャツやスーツがずらり。
もちろん奥行きのある巨大な箪笥にも服がぎっしり。寒冷地でもないのに引き出しにはセーターがぎゅうぎゅうのパンパンに詰められていて、樟脳の臭いまで乾いてる。
兄ちゃん、なんで昭和の家は、服が多いのん? なんでなんでしょうねあれ。服は高いから、大事に長く着るのが習慣だっそれとも無駄に箪笥があるから保管してしまえた? おそらく祖母の婚礼箪笥の中もだれのものかわからない衣類で気が遠くなるありさまです。
とにかく残置物の四分の三は伯父と顔も知らないおば(?)の服でした。私に気力があればメルでカリして小銭を稼ぐぐらいのことはできたかもしれません。なにしろデザインが昭和。クラブの支配人をしていたらしい伯父の服はなんかもう見るからにバブリーで、演劇関係者や音楽関係の友人に声をかければもしかしたら欲しい人がいたかも。おばの服も同様でした。
メルでカリして 個人間でものの売買ができるフリマアプリ「メルカリ」に出品して売ること。中古品なども多く出品されており、思わぬ高値が付くことも。
https://jp.mercari.com/
しかし、そんな時間はない! かくなる上はアウトソーシング。
出でよ令和の光スマートフォン。ぐぐれば一発、いくつも出てくる便利屋案内。たすけてだれか。こうなったらすぐにメル凸だ。
メル凸 いきなりメールを送り付けること。「凸(とつ)る」は「突撃する」の略。
それからなんとか時間を作って、片付け屋さんに見積もりに来てもらいました。まあこのとおりのゴミ屋敷。足の踏み場もないありさまですから、それなりにするとは覚悟していた。しかし……。
「仏壇がありますね」
「そうですね、でかいのが」
ウワサには聞いて知っていたが、仏壇を処分するためには“仏壇じまい”が必要、つまり仏壇屋さんに来て貰わねばならず、お値段は10万からだという。
「じゅ、10万!?」
「仏壇処理だけに10万!?」
いっそ、とち狂った私が般若心経唱えながらマキタのチェーンソーで破壊してやろうかと動転するぐらいにお高い。
マキタのチェーンソー 世界のシェア第2位を誇る総合電動工具メーカー「マキタ」のチェーンソーのこと。本格工具メーカーとして、性能に定評があり、家庭用として掃除機なども普及している。
「仏壇が大きいんで」
「ああ、そうですよね。うう、仏壇がでかいつらい。実家の仏壇って何でこんなにでかいんだ」
でかいのは仏壇だけではない。なんせ平成初期から時を止めている家。もっといえば、真ん中の伯父は家がないくらい貧乏だったので、生活用品は祖父が使っていたものをそのまま利用していたらしく、家電もぜんぶ昭和。冷蔵庫はナショナル。でかい。洗濯機はサンヨー、二層式。電気代をもりもり食う給湯ポットは象印。なんで三つもあるんだ。いや象印はすばらしいメーカーでいまもご健在ですが。
ナショナル/サンヨー 今はもうない家電メーカー。
窓に乱暴に打ち付けられた柱にとってつけた死んだ給湯器。茶色くて巨大なエアコン。四方八方ヤニをすいまくっている人の肺の色みたいな土壁。ふよふよしている畳の間。独特の昭和の臭いを放つ謎のビニール製キッチンの床。なんでオレンジ色が基調なの?昭和なの?(昭和です)。死に絶えた習慣おばあちゃんの三面鏡。暴力的な奥行きの和箪笥!それらすべて片付けるための費用は、
「80万です」
ご丁寧にお帰りいただいた。はい次の業者。
「うーん、50万ですかね」
ここから数社と話し合ってみたのだが、どんなに頑張っても40万円以下にはならなかった。というのも、あまりにもゴミの数が多すぎること。二階の和箪笥を階段で下ろすのが難しいため破砕しなければならないこと。家電はリサイクルセンターに持っていけないくらい昭和なので、完全に処理費が別途かかること。そしてゴミの量が多すぎて一日では終わらないため。
40万。なかなかの金額である。ゼロ円でも売れないし寄付もできないボロ屋に40万かける意味があるのか。それくらいなら、これから固定資産税を払って放置したほうがましではないのか。
「もうだめだ」
ここにきて完全に伯父はやる気を失っていた。おそらく40万円の処分費の半額を出してくれと言ってもなんだかんだとはぐらかされて逃げられる雰囲気だった。まあ気持ちはわかる。だって賃貸に出そうとすると、それだけでは済まない。水道も直さないといけないし、ガスは新しい給湯器設置だけで20万。風呂や排水の見直しや電気工事。もちろん雨漏りがないかどうかの点検などなど、100万近くかかるかも。そうなってくると、もうこのままなかったことにしたい、そう考えても仕方のないことだ。
100万近くかかるかも 一般的に賃貸前のリフォームでは約100万円以上が相場。本書ではゴミ処理40万円、水道修理費推定1〜5万円、ガス給湯器設置20万円、雨漏り点検(目視)の相場は3万円以上、もし発覚して排水管工事が発生すると40〜60万円。ゆうに100万円を超えてくることがわかる。
だが、伯父はそれでいい。ひどい言いようだが父も伯父も死ねば終わりだ。しかし地獄には終わりはない。負動産は相続される。うちの場合は母が、そして伯父の家はおばが相続することになる。
そしておばも母も同年代だから、コロナでぽっくりいってしまうかもしれない。そのとき地獄の負動産を相続するのは私と妹、そしていとこだ。ここで断ち切らねばならないのだ。なんとしても……などというかっこつけても1円にもならないので、私はもてる労働力を投資することにした。すなわちうちの家人と息子である。出でよ若者、労働力様。
「祖父の家を片付けます。協力してください」
一番のパワーは人力だ。私は完璧な計画を立てた。まず一日でこの家のゴミを片付ける。私、父、母、家人、息子で家中に散らかるゴミ類をなんとか片してしまうのだ。まずはそこからだ。
アマゾンで購入したシゲマツ(重松製作所)使い捨て式N95マスクはすぐに届いた。防塵マスクってすごい。朝九時。水も出ない、トイレもない、もちろん電気も暖房もない祖父の家の片付けがはじまった。なにせ電気がないので、日が暮れる前に作業を終えねばならない。しかし、人間というものはいったん時間があいてしまうと、もういっか、という気分になってしまう生き物である。
すべての問題解決の鍵は人間のメンタルだ。つまり今回の片付けの問題は継続性にある。片付き、変化を視認できれば人はなんとかし続けようとするもの。なんとしてもここで片付けに進歩を見出し、実際、片付けねばならない。
「やるんだ、破壊するんだあの昭和を」
高殿円
高殿 円
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