( 288306 ) 2025/05/04 06:08:31 0 00 就職氷河期世代等支援に関する関係閣僚会議で発言する石破茂首相(中央)、三原じゅん子共生社会担当相(右) Photo:JIJI
「農業、建設業、物流業での就労拡大」――石破政権が掲げた就職氷河期世代への支援策が、SNSを中心に「斡旋では?」「今さら何を」と猛批判を浴びています。就職氷河期問題とは何だったのか。なぜ今また注目されているのか。そして、あまり語られてこなかった政府の支援政策とその“意外な成果”とは?数字と事実に基づいて、この問題の実像を明らかにします。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
● 数字で確認する 氷河期世代の現在地
石破首相が就職氷河期世代について「農業、建設業、物流業の分野での就労拡大」を求めたというニュースが波紋を呼んでいます。4月25日に開催された就職氷河期世代の支援に向けた関係閣僚会議の初会合での話です。
SNSのX上でも今回のニュースを受けて、
「それ支援じゃなくて、場当たり的に人出不足業界への斡旋やん」 「あのさあ、就職氷河期世代って今何歳だか把握してんの?」
といった反応がタイムラインを飛び交っています。
一方で新卒社員の初任給が上昇しています。大企業の初任給は30万円台が相場ですが、いよいよ初任給40万円時代が到来するという予測もあります。その原資にまわすために中高年社員の昇給が抑えられるという話がありますが、今、中高年社員になっている世代も就職氷河期世代です。
「時代が悪かった」「時代が違う」ということではありますが、それにしても就職氷河期の再就職先は石破総理が言うような農業、建設業、物流業しかないのでしょうか…記事にまとめてみたいと思います。
まず就職氷河期世代について簡単に説明します。バブルが崩壊した1993年から2004年に就職活動を行った世代のことを氷河期世代と呼びます。この時期の就活エピソードを聞くとかなり悲惨な体験をされた方が多いようです。具体的に数字で状況を説明させていただきます。
バブル世代の大卒の就職率は80%を超えていました。それが氷河期突入で70%を割り込み、一番ひどかった2000年から2004年では50%台を記録しました。わかりやすく表現し直すと、バブル期は大学の同期20人のうち16人が社会人になったのですが、氷河期の最悪の年では同期20人のうち11人しか就職できなかったのです。
この世代は合計で1700万人だとされます。厚生労働省が用いるこの数字は2025年時点で42歳から51歳の人数の合計なので、先ほどの氷河期の定義より1年少ないのですが、この後はこの厚生労働省の1700万人という数字を用いて話をしたいと思います。
10年にわたって就職が困難だった時代が続いたことで、結果的に日本経済が成長できずに衰退したのですが、このことを政府は問題だと捉えて数々の対策を打ってきたことと、その成果が出ていることはあまり知られていません。
ある意味で、この成果のアピールをしっかりしないで「農業、建設業、物流業」といったメディアに切り取られやすい発言をするあたりが石破総理がコミュニケーション力が低いと評価される理由でしょう。政府が行ってきた施策と成果についてまとめてみます。
就職氷河期世代の正規雇用施策についての骨太方針では2020年から2022年を第一ステージ、2024年までを第二ステージとしてこれまで支援施策を打ってきました。今回話題になっている会合は、その成果を踏まえて2025年からの第三ステージの新しい施策を検討する場だということは少し覚えておいていただくと、この先の話がよくわかります。
さて、この就職氷河期の支援プログラムでは、
1. 関係者で構成する全国プラットフォームの形成 2. ハローワークに氷河期世代の専門窓口を設置 3. キャリアアップに向けたリカレント教育 4. 正社員受け入れやトライアル雇用に対する助成金
といった施策が展開されました。それで結果がどうだったのかというと、実は一定の成果が出ています。
骨太の方針では実効性を確保するために数値目標が設定されています。それによれば2019年時点で923万人だったこの世代の正規職員・従業員の数を5年後の2024年に30万人増やすことを目標にしたのです。
それで今回の会合で石破総理がおっしゃったのが、
「2019年に掲げた正規雇用者30万人増という目標に対し、正社員は(直近で)11万人」
という成果でした。このアピールを聞くと国民は、
「ああ、目標は達成できなかったんだな」
と思ってしまうわけです。
実はこの結果、厚生労働省の目標設定にそもそも定義ミスがあったと私は捉えています。氷河期世代の大半は40代なのですが、この世代は社員から役員に登用される人数が多い世代です。日本の制度では役員になると社員ではなくなるので、統計上社員の数は減ります。
ですから正社員増の目標としては2019年の正社員923万人ではなく、正社員および役員975万人がその後、どれだけ増えたかを計算すべきでした。
実際はこの数字だと直近では31万人増えているそうですから、目標は実質的に達成されたわけです。このあたりのアピールが石破総理は下手で、同じようなことを説明しているにもかかわらず、目標設定のミスを語らないせいで関係ない数字をふたつ足して別の成果をアピールしているような誤解を受けてしまいます。
では次に、この31万人が十分なのかどうかを考えてみます。
実は就職氷河期世代の正社員率は彼らが20代の当時はバブル世代と比較してあきらかに低かったのですが、その後、中途採用が増え、時代的にも第二新卒や30代社員の雇用の機会が生まれていったことで、彼らが40代に入った段階では男女ともにバブル世代と氷河期世代の正社員率は同水準に改善されています。つまり過去25年間の政府の施策は着実に成果は上げてきたのです。
先ほどの正社員および役員の975万人に、自営業と自ら進んで非正規を選んでいる労働者を加えると合計で1443万人になります。これは就職氷河期世代の85%です。この残りの人口の中に、不本意ながら非正規労働をしている層と政府が「ひきこもり」と考えている層が入ります。
実はこの不本意非正規労働者と非労働力人口が過去5年間で39万人減ったのです。その反対に直近で正規労働者と役員の合計が31万人増えているのですから、関係者はやれることをすべてきちんとやって、数字を積み上げて、成果をきちんと出してきたのは間違いないでしょう。
そのうえでこの先の第三ステージの議論を、石破総理がリーダーとなる関係閣僚会議の場でスタートさせたというのが冒頭のニュースでした。
課題としては、それでもまだ就職氷河期世代には不本意ながら非正規労働についている層が合計で37万人存在します。ここをどうするのかがこれから第三ステージで議論されることになります。
● これ以上、どんな仕事を 用意できると言うのか?
そこで読者の皆さんにも考えていただきたいのですが、過去25年間政府が支援を続けてきて、就職あっせんに雇用補助金、そしてリスキリング機会を与えてきて、直近の過去5年でも31万人の正社員・役員を純増させてきて、それで残された37万人にあとどのような雇用を用意できるかです。
第一・第二ステージで先に機会を手にしてきた31万人と違い、第三ステージでは40代半ばに到達した段階で残されたわずかな椅子を取り合うことになります。普通に考えれば、比較的楽にキャッチアップできるホワイトカラーの求人はほぼなくなっていると考えるべきでしょう。
そこで厚生労働省としては業種ごとのきめ細かな就職支援に力を入れます。少し古いですが令和5年のリストをみると、観光業、自動車整備業、建設業、造船業、船員、農林水産業といった業種があがっています。令和7年にはこれに物流業が加わったということでしょうか。人がとれずに困っている業界であるほど、これまで正社員経験がない人材でも雇用して、再教育に投資をして、補助金を活用しながら育成してくれる可能性があります。
関係各庁にはぜひそのことを理解したうえで、残る37万人の雇用機会を生み出してほしいということが、氷河期世代を支援する厚生労働省の意図だったのではないでしょうか。
問題は、それをストレートな形で口にする石破総理のコミュニケーション能力だと思います。総理の口から「就職氷河期世代を農業、建設業、物流業の分野で就労拡大」という言葉が出るから、そこが切り取られて報道されてしまいます。
この件を担当する三原じゅん子特命大臣はその点をわきまえてきちんと口をつぐんでいました。こういった細部は官僚同士で折衝させればいいことをご理解されているのです。
就職氷河期の問題は、わが国の社会問題としてとても大きなものです。大きな問題であるがゆえに過去20年間、官僚はその対策に力をいれてきました。その成果が出ていることをきちんとアピールしたうえで、さらにこの先の第三ステージでは難易度が上がるけれども、そこに取り組むというのが今回の会合の目的でした。
それを考えると、
「もうちょっとうまくアピールできないものかな?リーダーなんだし」
と石破総理の能力不足に不満を感じてしまうわけです。政府がきちんと成果を出しているものを、そのようにアピールできないのはトップ失格ではないでしょうか。イチ有権者としての感想です。
鈴木貴博
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