( 289906 ) 2025/05/10 06:18:19 0 00 スマホで料理を注文する飲食店が増えている。写真はイメージ(写真:Chay_Tee/Shutterstock.com)
最近、飲食店におけるいわゆる「スマホ注文」が議論を呼んでいる。来店客の間からは「なぜ私物を使わないといけないのか」「モヤモヤする」といった不満が渦巻いているが、外食産業を取り巻く人手不足という深刻な環境変化を前に、経営者からは「値段据え置きのためぜひご協力を」といった切実な声があがっている。
(鄭 孝俊:フリージャーナリスト)
■ 卓上タブレットから、客のスマホから、分かれる注文方法
確かに全国展開している大手ファミリーレストラン各社は、卓上に注文用のタブレットを設置することで人手不足とコスト抑制に努めている。
ただ、外食の中には注文用タブレットを設置せず、来店客に自身のスマホを使って注文するよう促している企業もある。
イタリアンワイン&カフェレストランのサイゼリヤをよく利用する60代の男性自営業者は「大手回転すしチェーン店やすかいらーくグループのガストでは卓上でのタブレット注文が当たり前になっていますが、サイゼリヤは自分のスマホで注文する仕組みです。店内に飛んでいるWi-Fiに繋げば通信費はかかりませんが、バッテリーの充電が減りそうで複雑な気持ちになりますね。なぜタブレットを導入しないのか、不思議でなりません」。
大手外食で対応が分かれるのはなぜなのか。
その答えを探すため、NHK大河ドラマの舞台にもなった地方都市でファミリーレストランを経営している滋野光社長(65、仮名)に直接話を聞いてみた。同氏が経営する会社では外食のほか不動産、食材搬送など手広く事業を手がけており景気の動向に敏感だ。中でも飲食店経営の問題点と展望について次のように指摘した。
「飲食店におけるタブレット注文について、不慣れな高齢者層が戸惑うのではとの懸念がありますが、高齢者は回転すしチェーンによく行くのでタブレットの扱いに意外に慣れています。当店は昨年タブレットを全面的に導入しましたが、高齢者層はサクサクと注文していますよ」
問題はやはり費用だという。
■ 配膳ロボ、問題は酒類を出すお店
「とにかくどの店も人手不足が深刻化しています。それで昨年タブレットオーダーシステムを一式導入しました。費用はタブレット1台約10万円。当店は約150席あるので関連工事も含めて全体で約600万円かかりましたが、アルバイトを雇うと年間1人あたり200万円ほどかかりますから安いものです。
省力化のためにお冷や(冷水)とおしぼりもセルフにしました。店員がお冷やを客席に運んで『いらっしゃいませ』とあいさつし注文をお伺いすることが一種の“おもてなし”のように思われていますが、夜の団体さんはお冷やを運んでも最初からビールで乾杯、というケースが多いのでお冷やは無駄になってしまいます。
お冷やをセルフにすることで店員と客席を往復する手間が1ステップも2ステップも省けます。しかもタブレット注文にすることで店員によるオーダーミスが少なくなりました。日本語がまだ不慣れな外国人スタッフの負担も軽くなります」
タブレット端末を導入することで注文業務の負担が大幅に軽減され、下膳や食器洗いなどの業務に時間を回すことが可能となる。しかも、売り上げ集計だけでなく、客が来店した時間帯と注文メニューの相関関係や、売れ筋メニューの分析など今後の商品開発に利用できるデータを収集することができるのだ。飲食店のデジタル化によってデータを収集しマーケティングに活用できるというメリットは大きい。
人手不足対策としてロボットの導入も進んでいる。大手外食チェーンのガストに行くと猫ロボットが通路を走り回り、子どもたちが大喜びなのだが…。
「私は導入に賛同できません。コスト的には1台200万円ほど。アルバイト1人雇うよりはるかに安価です。走り回る経路を覚えさせるため複雑なプログラミングが必要のようにも見えますが、通路を覚えさせるのは実は簡単で要はプログラミング通りに動けばいい。
問題は酒類を出すお店です。酔った客が動き回るロボットとぶつかって癇癪を起こし、回し蹴りを食らわす事態も想定しなくてはいけません」
配膳ロボット導入の可否については酔った客の想定外の行動まで考慮しなくてはならないようだ。
■ メニュー表は残すべきか撤去すべきか
一方でタブレット導入は海外からの観光客を呼び込むうえでかっこうの利器となる。都内の大手回転寿司チェーンでは、カウンター席とテーブル席に注文用タブレットをくまなく配置。表示される言語は英語、スペイン語、繁体字中国語(主に台湾)、簡体字中国語(主に中国大陸)、韓国語など。これで外国人もすし職人や配膳スタッフと会話することなく、スムーズに注文することが可能となった。傍から見ていて味気ない気もするが、少なくとも注文の仕方が分からずオロオロする外国人客の可哀そうな姿を見ることはなくなった。
このように大手回転すしチェーンの店内風景は変貌を遂げたのだが、日本人客からは意外にもこんな不満の声が上がっている。
それは店によってタブレット端末の導入でメニュー表が撤去されてしまったこと。画面が10インチほどのタブレットでは料理の全体像がよくわからず美味しそうに見えない、というのだ。
これについて滋野社長はこう話す。
「タブレット端末の導入が進んでいるガストや、スマホ注文のサイゼリヤでも、メニュー表はしっかり残していますよね。メニューの料理がバラエティーに富んでいる場合、客にとってはゆっくり選ぶ時間が必要ですから、メニュー表は必要だと思います。
例えばハンバーグですと、上にチーズがのっかっていたり、パイナップルの輪切りがのっかっていたり。カラー写真があれば美味しさが格段に伝わり注文に繋がります。一方、すし店の場合、茶わん蒸しや海鮮サラダなどもありますが、ほとんどは皿に乗った1貫か2貫のすしなのでタブレットで十分ではないでしょうか」
維持と撤去。企業個別の判断により卓上のメニュー表への対応は分かれているが、実際かなりのコストがかかっている。
■ 超人手不足と食材の高騰をどう乗り切るか
「フルカラーの大型メニュー表を大量にそろえられるのは体力のある大手です。当店ではカラーメニュー30部で約100万円のコストがかかりました。商談が成立するとカメラマンがやってきてメニューを撮影しそれから製本します。メニュー表の耐用期間は1年ほどでしょうか。現状、メニュー表は売り上げを伸ばす重要なアイテムなので導入していますが、将来的にはタブレットに一本化するかもしれません」
超人手不足と食材の高騰など外食産業を取り巻く経営環境が厳しさを増す中、滋野社長が描く今後の経営のカギはトータルコストの問題だという。
「タブレット注文は便利ですが、実は来店客が不注意で床に落として破損させてしまうケースがあります。業務用端末は家電量販店や通販で売っているものとは異なり1台あたり10万円もしますから破損は極めて痛い。弁償させるわけにもいかないので、店側が泣き寝入りするしかありません。
そこで当店でもタブレットを徐々に減らし、来店客の私物であるスマホ注文に切り替えようと思っています。メニュー価格を現状維持するためにはさらなるコストカットがどうしても必要なのです」
長らく来店客による手書きオーダーを続けてきたサイゼリヤは、2024年8月にセルフレジの導入を全店舗で完了し、スマホによるモバイルオーダーを拡大中。年内にスマホオーダーに完全移行する目標を立てている。
来店客の私物を利用するとなれば、接続フリーWi-Fiの店内整備や全席電源コンセントの配置など、客への配慮は不可欠のはず。それでも、店内のコンセントを客に使わせない外食店も多いため「なぜ客に負担を強いるのか」との批判がくすぶるのも無理はない。
■ 経営維持と価格抑制、現実的な選択肢にどう理解を得るか
それでも滋野社長は「Wi-Fiを店内3か所に整備するだけでも数十万円の工事費が必要ですし、維持費もかかります。メニューの味を落とさないで値段の据え置きを続けるためにはお客様の理解がぜひとも必要です」と訴える。
結局のところ、スマホ注文やセルフ化は飲食店の経営維持と価格抑制のための現実的な選択肢だ。とはいえ、消費者側もその背景を理解しつつ、企業側に最低限の通信環境や電源確保などの配慮を求めるべきだろう。
急速に進むデジタル化の波のなかで注文方法の多様化が進む日本の飲食業界。スマホ注文、タブレット注文、従来型の対面注文など客層や立地に応じた柔軟な対応こそが、今後のサービス向上のカギとなるに違いない。
鄭 孝俊
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