( 292162 ) 2025/05/19 05:25:35 0 00 日産自動車のイバン・エスピノーサ社長 Photo:JIJI
日産とトヨタ、両社が「EV電池工場新設の計画見直し」を相次いで発表。中国勢のEV(電気自動車)やプラグインハイブリッド車が急成長する市場で、日本の自動車メーカーの開発の遅れを露呈する形となりました。もはや待ったなしの状況の中で、日産には「プライドは傷つくかもしれないが、日本経済のためにトヨタとやるべきこと」が残されていました。ライバル関係にある2社が手を組むことになりますが…ホンダと統合破談した日産にはやはり難しいのでしょうか。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
連載『今週もナナメに考えた 鈴木貴博』をフォローすると最新記事がメールでお届けできるので、読み逃しがなくなります。 ● トヨタとホンダで大きく異なる 「トランプ関税の分析結果」
中国のEVとプラグインハイブリッド車が世界市場を席巻しはじめている最中に、日産とトヨタが相次いで国内でのEV電池工場計画を見直すことを発表しました。
トヨタは佐藤恒治社長が就任時に発表していた2026年の新エネ車(EVとPHV)の世界販売目標150万台についても修正する方針を明らかにしています。
計画が見直されるのはどちらも福岡県に新設される予定だった工場で、日産は北九州市に1533億円で計画していた工場建設について断念することを発表しました。一方でトヨタは苅田町に次世代電池の建設用地を取得していましたが、建設計画を当面延期する方針を固めたそうです。
自動車業界にいったい何が起きているのでしょうか?これから日本の自動車産業はどうなるのでしょうか?解説してみたいと思います。
これらの動きはひとことで言えば両社の企業戦略に起因します。とりわけ関係するのが短期戦略で、そのきっかけとなったのがトランプ関税です。
ちょうど今週、自動車各社の決算が出揃いました。決算会見でもとりわけ注目されたのは直近の決算ではなく、トランプ関税を織り込んだ2026年3月期の各社の見通しです。この見通しが各社で大きく分かれていました。
日産とマツダが不確実性の高さから見通しの発表を見送った一方で、トヨタ、ホンダ、スズキ、マツダはいずれも大きな営業減益となる見通しを発表しました。注目されるのはその減益幅です。
4社の中で営業利益の減益率が最も小さいのはトヨタ。営業利益3兆8000億円と前年比で▲20.8%の減益を予想。減益率が最も大きいのはホンダで▲58.8%の大幅減益予想を発表しています。
実はこの発表をよく読むと、トヨタとホンダの減益率の違いはトランプリスクの織り込み方の違いであることが判明しています。
具体的には他の自動車各社が為替レートを1ドル=145円と想定する一方で、ホンダはトランプリスクの要因でもある円高を織り込んで135円で設定しています。ホンダの場合、米ドルレートが1円動くと営業利益が100億円動きますから、この要因だけで他社よりも1000億円営業利益を固めに見積もっています。
またホンダは年間の関税の影響額を6500億円と計算しています。一方でトヨタの予想では1800億円となっていて、これはすでに発動した関税による4月と5月分の影響額を計算したものだということです。
実はアメリカのGMも関税による追加コストを6000億〜7000億円程度と見込んでいます。アナリストの間ではホンダやGMに準じて計算すれば関税問題が解決しなかった場合のトヨタの年間影響額は12カ月分、つまり公表額の6倍でもおかしくないという話です。
トヨタの関税影響額の想定を上記の前提で増やし、ホンダの為替影響額から営業利益を逆に1000億円増やして計算するとどうでしょう。トヨタの営業利益は前年比▲55%、ホンダは▲51%と見通しの数字はほぼ同じ水準になります。
つまり、前提を揃えたら各社の影響は大差ないのです。トランプ関税が強行されれば▲50%台の減益、そこにトランプが望むような1ドル=135円クラスの円高ドル安が加われば▲60%前後の営業減益が生じてもおかしくない、というリスクを自動車各社は抱えているのです。
連載『今週もナナメに考えた 鈴木貴博』をフォローすると最新記事がメールでお届けできるので、読み逃しがなくなります。 ただ、トヨタの営業利益予想がトランプ関税を「2カ月分」しか考慮していない点は、別の意味で注目です。というのも、トヨタは自動車業界で最高のインテリジェンス、つまり情報収集能力を持っているからです。
もし逆に為替が動かず、関税も撤廃されたとすれば、自動車各社の今期の見通しはトヨタが想定する▲20%台の営業減益で済むでしょうから、これは自動車各社にとっては朗報です。
さて、そこで日産について考えてみましょう。前期の決算は営業利益が697億円とわずかに黒字でしたが、最終損益は▲6708億円の赤字決算となりました。
日産はトランプ関税の影響について何も対策を講じない場合の今期の影響額が▲4500億円と試算しています。つまり、このままだと営業赤字に陥りますし最終損失も巨額なものとなるでしょう。
経営陣としてはそれを当然避けなければいけません。これが日産の新社長が2万人規模の人員削減と国内外の7つの工場の閉鎖を発表した背景です。
日産の場合は前経営陣が中期計画を実行できなかったことが凋落の大きな要因です。現実問題としてゴーン体制末期で膨らんでしまった過剰な生産キャパシティを縮小することは必須です。新体制では社長もCFOも外国人に交代したことで、おそらく数値計画について前経営陣よりも厳格に実行していくことでしょう。
今回話題になった北九州でのEV電池工場建設計画は、今年1月に福岡県および北九州市と立地協定を結んだばかりで、経産省からも557億円の助成金を受け取る予定だったのです。それをわずか3カ月で撤回することになったのも、新体制でのリストラの影響です。会見では、「当時の経営判断が間違っていた」と明言されました。
ところで日産が計画していたのはコストが低いリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP電池)の生産工場でした。このLFP電池はBYDが搭載していて、従来の電池に比べてコストを3割減らせるといわれていたものです。
BYDが軽自動車を日本市場に投入する中で、サクラやリーフに自前のLFP電池を搭載していくことでそれを迎え撃つ日産の計画も断念せざるを得ない状況に追い込まれた形で、これは今後大きな影響を及ぼしそうです。
一方のトヨタによる苅田町のEV電池工場の建設計画延期のニュースは少し、日産とは事情が異なります。
トヨタが建設しようとしているのは次世代の主流と目される全固体電池の工場です。この技術は業界の未来を変える技術であることには違いがないのですが、予測としては2030年代の主力技術であって、即戦力ではありません。
トヨタは建設時期を遅らせると見られていますが、そこからすぐに考えられることは今期の経費の節約です。
トランプ関税の利益への影響は▲21%程度と見積もる一方で、今期はあらゆるリスクを排除しようと、いわゆるトヨタ流の「乾いたぞうきんをさらに絞る」施策が行われるはずです。苅田町の話もその一環だと理解すれば、わかりやすいのではないでしょうか。
ただ電池に関して言えば、もっとも重要なニュースがあります。トヨタが今期(2026年3月期)の新エネ車の世界販売計画を下方修正するというニュースです。前期(2025年3月期)におけるトヨタのEVとPHVの合計販売台数は約31万台でした。トヨタはそれを今期は約52万台に増やす販売見通しを発表しています。
これとおなじペースで翌年も増やすという単純計算をすると2026年の新エネ車の世界販売台数は約90万台弱になるペースで、やはりこのままでは150万台の以前の計画は大幅に下方修正されそうです。これを佐藤社長は、「実需のペースが変われば基準も変えていくもの」と語っていますが、懸念は残ります。
そもそも佐藤社長が就任時に150万台計画をぶち上げた際の一番の批判は、それだけの新エネ車を販売するだけの電池の調達計画が立たないだろうということでした。新エネ車の計画見直しには、確かにヨーロッパでの新エネ車需要のブレーキも関係しますが、タイやインドネシアでのEV需要の急増については電池供給に関して何らかの対処が必要です。
● 日産はトヨタ、両社に利する大胆提言!でも、 ホンダと統合破談してるようじゃ無理か…
実はトヨタのグローバル戦略に関してはあまりメディアで強調されない懸念材料があります。日本市場での利益依存が大きすぎるのです。
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