( 292722 ) 2025/05/21 05:51:23 0 00 2021年8月からすかいらーくグループに導入されている猫型配膳ロボット「ベラボット(BellaBot)」(写真提供:すかいらーくホールディングス)
ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る連載「外食ビジネスのハテナ特捜最前線」。第9回は、猫型配膳ロボットを導入したすかいらーくグループの「人とロボットの共存」戦略と、それに伴って生まれた意外な効果に迫ります。 すかいらーくグループ系列のファミリーレストランに入ると、猫型のロボットが行き来しているのを見かけるのが当たり前になった。
「人手不足の解消に役に立っている存在」と認識していたのだが、その実態はただの省人化ツールではないという。むしろ、「多様な人材の採用拡大」という、意外な波及効果を生み出しているそうだ。
いったいなぜそのような効果が出ているのか。すかいらーくグループに取材を申し込んだところ、文書での回答を得られた。
■猫型配膳ロボット、3000台が全国で走る
すかいらーくグループでは現在、約3000台の猫型配膳ロボット「ベラボット(BellaBot)」を約2100店舗に導入。各店舗でいうと1〜2台、広い店舗では3台が稼働している。
【画像】「しゃぶ葉」で皿を下げる猫ロボ。障害物があって動けなくなると“怒りの表情”を浮かべたり、暇になると“居眠り”することも
配膳ロボットの仕事内容は、おもに厨房からテーブルへの料理の配膳だ。同グループのしゃぶしゃぶ食べ放題の店「しゃぶ葉」では、食べ終わった皿を下げる役割も担っている。
猫型ロボットが運べる重さは最大40kgまで。裏側が全4段の棚構造になっており、各棚10kgまでのせられる。実に頼もしい存在だ。さらに驚くべきことに、配膳ロボット1台の1日あたりの平均走行距離は、4kmに達するという。多い店舗では1日に22km走行した実績もある。
この距離の長さは、フロアスタッフが1日に歩く距離の負担軽減につながっている。グループに約3000台を設置して以降、スタッフの勤務中の歩行数が42%も減少。同時に、料理を運ぶ際の腕の負担が軽減される効果も得られたそうだ。
■労働に投資しても人件費率は低下、収益アップに
しかし、すかいらーくグループのロボット導入の狙いは、単なる「従業員の負担軽減」や「省人化」だけにはとどまらない。
「ロボットを導入することで人を減らすのではなく、人とロボットとの協働により、お客様満足度と従業員の働きやすい環境づくりを実現しています」と、同グループの広報担当者は語る。
ロボットが配膳業務を担うことで生まれた時間的余裕を、接客サービスの質向上や、満足度を高めるための教育トレーニングに振り分けているのだ。
加えて、週末などのピークタイムにスタッフの労働時間を集中させることで回転率をアップ。労働に投資しても人件費率は下げ、確実に収益を生み出せるビジネスモデルを構築している。
つまり、単純な「人件費削減」ではなく、「人的投資の最適化」を図る経営戦略なのだ。
■意外な効果、シニア採用の急増
猫型ロボットの導入は、意外な効果ももたらしている。シニアスタッフの採用増加だ。
65歳以上のスタッフ雇用は、2021年と2025年4月時点を比べるとほぼ倍増。70歳以上のスタッフも3.6倍となっている。
なぜロボット導入がシニア採用につながったのか。理由は、業務負担の軽減にある
「重い料理を持ち、長距離を歩く」配膳作業は、レストラン業務の中でも身体的負担が大きい。ロボットがこの部分を担うことで、体力に自信のない高齢者でも働きやすい環境が整ったのだ。
また、ロボットが単調な配膳業務を担うことで、スタッフはより対人サービスに集中できる。
このため、長年の社会経験を持つシニア層の「人間力」が生きる場面が増えたともいえる。
一方で、障害者や外国人スタッフの採用にも良い影響が出ているそうだ。
「猫型配膳ロボットは操作しやすく、従業員にも優しいオペレーションとなっておりますので、障害のある方や外国人従業員を含め、あらゆる方が働きやすい環境づくりにつながっております」と広報担当者は説明する。
新人スタッフにとっても、覚えるべき業務が軽減されるため、フロア業務の習熟スピードがアップ。
ロボットの導入が「人材の多様化」「教育効率の向上」という、想定外の相乗効果をもたらしているのだ。
ロボット活用の成功の裏には、徹底した運用改善の取り組みもある。同グループではロボット導入の際、かつて店長経験があり、店舗オペレーションに精通した17人のインストラクターが全国の店を回り、適切な走行ルートや停止位置などを検討。
毎日の走行距離や、仕事をした回数などもすべてデータ分析することで、店ごとに問題点を発見。インストラクターによる調整を繰り返している。つまり、ゲストにとってもスタッフにとっても、利用しやすいロボットへの改善が積み重ねられているのだ。
このような改善サイクルは、ロボットそのものの進化にもつながっている。例えば、客席への「到着をお知らせする機能」は、「ロボットが来たことがわかりにくい」という顧客からの要望を受けて追加されたもの。どんどん、「かゆいところに手が届く」ロボットに近づいているのだ。
■「同僚」として受け入れられるように
では、現場で働くスタッフにとっては、ロボットはどんな存在なのだろう。当初スタッフの間では、「本当に役立つのか」という半信半疑の声もあったという。しかし現在では、「なくてはならない存在」となっているそうだ。
店舗によっては「とんかつ」「ぽち」と名前をつけるなど、親しみを持って接しているケースも多い。それもそのはず、ロボットには「マルチモーダルAI」という技術が搭載されており、自分の置かれた環境や状況を解析。それに合わせて感情を表現したり、約30種類のセリフを使い分けて、人とコミュニケーションできるのだ。
スタッフに向けても、起動時の、「ハロー! 今日も元気に、一緒に頑張ろうニャ〜」というセリフや、配膳開始時に「お料理ありがとう!」というセリフなどがプログラムされており、「共に働く仲間として親近感が持てる」という声が上がっている。
もちろん顧客にとっても、猫型ロボットは「癒やしの存在」になっている。
「愛らしい表情でおしゃべりもしてくれることから、お子様からシニアのお客様まで幅広いお客様にご支持をいただいており、ロボットに会いに来られるお客様もいらっしゃいます」と広報担当者。
季節やフェアに合わせて衣装も変わるため、リピーターのひそかな楽しみにもなっているようだ。
■「人間らしい働き方」を促進するワークモデル
確かな成功を収めている猫型ロボットの導入。すかいらーくグループでは、すでに必要なブランドへの導入は完了したという。今後は、ロボットの進化に合わせて機能の拡充を図る予定だ。
広報担当者は、「DXや人への投資を通じて、従業員一人ひとりの能力を高め、付加価値を生むことを経営の基本的な考えとしています。これからも時代とニーズに合わせたサービスを提供できるよう努めます」と回答した。
同グループのような「ロボットと人の共存」モデルは、機械化による省人化・合理化と一線を画す。むしろ「ロボットを導入するからこそ、人間にしかできない業務に集中投資できる」好例だ。
テクノロジーの導入が「人間らしい働き方」を阻害するのではなく、促進する。そんなワークモデルを示しているのではないか。
特にシニアや障害者、外国人などの「眠れる人材」を掘り起こし、活躍の場を広げている点は、人手不足に悩む多くの産業にとって示唆に富む事例だと感じた。
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笹間 聖子 :フリーライター・編集者
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