( 293852 )  2025/05/25 06:26:48  
00

(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

「老後資金に不安はない。でも、胸にぽっかり空いたこの穴は埋まらない――」。資産1億円を築いた68歳男性が抱える“想定外の後悔”。人生をかけてお金を貯め続けた結果、何が残ったのでしょうか。FPの三原由紀氏が、ある一人の男性のケースから「人生とお金のバランス」の考え方を解説します。 

 

東京都在住・加藤誠さん(仮名・68歳)は、中小企業に勤めるごく普通のサラリーマンでした。 年収は50代で500万円台。大手企業勤めの学生時代の同級生たちに比べれば、決して高いとはいえない収入でした。そのため将来への不安は常につきまとい、「とにかく老後に困らないように」と、30代後半から本格的に節約と“財テク”に励むようになりました。 

 

「飲み会は月1回、昼食は手作り弁当。休日は図書館で投資本を読んで過ごしました。当時はまだYouTubeもなかったので、地道に勉強会に通いながら学んで…投資は、ある意味、自分の“ライフワーク”のようなものでした」 

 

投資スタイルは、いわば“堅実派”。投資初期には、勧められるままに購入した債券で痛い目に遭ったことも。少し回り道もしましたが、高配当株を中心に買い集め、配当金が貯まったら買い増す投資法に落ち着きました。大きな勝負はしない代わりに、少しずつ着実に資産を増やしていきました。 

 

そうして60歳の定年時点での総資産は約7,000万円。65歳になるまでは、再雇用で働きながら投資を継続。コロナショック時に買い増しをしたことも結果的には吉と出て、現在の総資産は1億円を突破。年間の配当収入は300万円、夫婦2人分の年金は240万円と、生活に困る要素はまったくありません。 

 

「おかげで、何の不安もない。正直、お金の面では“勝った”と思っていますよ」そう語る加藤さんですが、どこか表情は曇っています。 

 

「でも、最近ふと思うんです。……これで、よかったのかって」 

 

定年後の加藤さんは、ある意味“理想の老後生活”を送っています。朝はゆっくり起き、ネット証券の口座を確認。配当金が積み上がっているのを見るのが日課です。 

 

「でも、何もしてないんですよね。時間はある。でも、何をしていいのか分からない」 

 

定年後、思い立ってゴルフを始めようとしたこともありました。しかし、一緒に回る仲間がいません。妻は友人との交流や趣味のサークルで忙しく、「一緒にどこか行こう」と声をかけても「また今度ね」と軽く流される。娘もすでに独立し、連絡は月に一度あるかないか。 

 

「結局、家でひとりぼっち。ネットで投資ニュースを見て、証券口座の残高を眺めて、『よし、順調だ』と自分に言い聞かせる。でも、心のどこかが空っぽなんです」 

 

そう語る加藤さんは、「使っていれば得られたかもしれない時間」の存在を痛感しています。 旅行も、人との交流も、「貯めてから」「老後に回そう」と思っていたことの多くが、いまでは“やろうにもできない”状態になってしまっているのです。 

 

 

加藤さんのように、“資産はあるのに使えない”という高齢者は決して少数派ではありません。内閣府『令和6年 年次経済財政報告 』では、高齢者が金融資産を取り崩さずに保有し続ける背景として、「長生きリスクへの備え」や「遺産として子どもに残したい」という心理が紹介されています。 

 

実際、かなり高齢になっても、資産の多くは手つかずで残ることが多いのです。つまり「何かあったら怖いから」「まだ使う時期じゃない」と思っているうちに、時間が過ぎてしまう――のではないでしょうか。 

 

「お金が貯まったら、ゆっくり旅行に行こう」「いつか仲間と趣味を楽しみたい」そう思っていても、その“いつか”が来た時には、体力や人間関係がついてこないこともあるのです。 

 

加藤さんの人生が間違っていたとは思いません。節約と投資の努力は素晴らしく、結果として経済的に自立した老後を手に入れたことは、決して簡単なことではありません。 

 

ですが、FPとして一つ伝えたいのは、「お金は、人生を楽しむための手段」であるという視点です。老後のお金には「安心のために残すお金」と「楽しむために使うお金」が必要です。配当金や年金など、定期的に得られる収入がある人は、その範囲内で「経験を買う」ことをぜひ意識してほしいと思います。 

 

たとえば、月5万円までは“自分を楽しませる予算”として旅行や趣味に使う、友人との交流にあてる。そうした「小さな使い方の工夫」で、生活に彩りが戻ることがあります。 

 

加藤さんも、今からでも遅くありません。資産はすでに十分。あとは“お金の使い方”を少し変えるだけで、「満たされない老後」は、「充実したセカンドライフ」に変わる可能性があるのです。 

 

特に60代は、“使うことに意味がある最後の黄金期”ともいえます。70代以降は体力や健康面の衰えが顕著になり、外出や旅行といったアクティブな行動は徐々に難しくなってきます。 

 

もちろん個人差はありますが、健康寿命(心身ともに自立し、健康的に生活できる期間)は、男性72.57年、女性75.45年(令和4年 厚生労働省データより )というのも意識しておきたいところです。 

 

「使える時に、使っておく」 「楽しいと思えることには時間とお金をかける」 これが、後悔のない老後をつくる重要なキーワードです。資産1億円はすばらしい成果ですが、それは「使ってこそ意味がある資源」。 加藤さんのように、いまからでも「人生を味わう」視点に切り替えることは可能です。 

 

彼も今、「ずっとやりたかった旅」を少しずつ計画し始めているそうです。 

 

「正直、まだ怖いですよ。でも、人生の残り時間は減っていく一方だから。お金を眺めて満足していた自分から、ちょっとずつ変わってみようかなと思っています」 

 

 

 

【参考】 

 

内閣府「令和6年 年次経済財政報告」 

https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je24/pdf/p030001.pdf  

 

厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」 

https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001363069.pdf  

 

三原 由紀 

プレ定年専門FP® 

 

 

 
 

IMAGE