( 294887 )  2025/05/29 06:23:50  
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巨額の退職慰労金が明らかになった日産の内田誠前社長(写真:ロイター/アフロ) 

 

 (井上 久男:ジャーナリスト) 

 

 日産自動車は27日、3月31日付で退任した内田誠社長、坂本秀行副社長、星野朝子副社長、中畔邦雄副社長の4人の元執行役に対し、計6億4600万円の「退任に伴う報酬(退職慰労金)」を支払ったことを明らかにした。この日公表した株主総会の招集通知内で記載した役員報酬に関する項目で開示した。 

 

 個別にいくら支払ったかは開示していない。有価証券報告書で個別支給額はいずれ開示されるだろうが、1人平均で1億5000万円を超える額になる。 

 

 日産は25年3月期決算で6708億円の最終赤字に転落。業績不振に伴い、7工場を閉鎖し、全社員の15%に当たる2万人の人員を削減する。また国内では18年ぶりに希望退職を実施する。 

 

 6億4600万円が、大リストラをしている企業が元役員に対して支払う退職慰労金として妥当なものか、株主や世間が大きく注目するだろう。 

 

 27日は日産が社内に対して希望退職の説明会を開いた日でもある。ある社員は「社員には条件の良くない希望退職を募りながら、これまで億単位の役員報酬を得てきた人にさらに億単位の退職慰労金を支払うことに納得がいかない」と語った。 

 

 別の社員は「退任した4人には大きな経営責任がある。会社の制度の中で支払われたものだとしても、返上するのが筋ではないか」と訴えた。 

 

 ちなみに4氏に対して過去どれくらいの役員報酬が支払われていたのかを見ると、たとえば23年度は内田氏が6億5700万円、坂本氏が1億9000万円、星野、中畔両氏がともに1億6900万円となっている。 

 

■ 実績出せなくても巨額報酬の「役員天国」 

 

 この4氏は、多額の役員報酬を得ながら、改革を先送りして、日産を経営危機に陥れた「戦犯」だと筆者は感じている。「内田氏は社長として意思決定が遅く、坂本氏は生産担当として過剰生産能力の対策を先送りし、開発担当の中畔氏は売れるクルマを出せなかった。星野氏はブランド戦略の責任者でありながら、日産車のブランド力が低下して値引きしないと売れないブランドになったことに抜本的な対策が打てなかった」と、日産元役員は指摘する。 

 

 実績を出せない役員が現役時代は高額報酬を得て、退任時にはまた高額の退職慰労金を得る実態を見ていると、日産はまさに「役員天国」と言えるだろう。 

 

 今回に限らず、日産は退任する役員に巨額の退職慰労金を払ってきた。 

 

 たとえば、23年に最高執行責任者(COO)を退任した在任期間わずか約4年のアシュワニ・グプタ氏には5億8200万円が支払われた。「内田氏と対立して退任に追い込まれたグプタ氏に対しては口止め料が加算されているのではないか」(日産幹部)と見る向きもある。 

 

 退職慰労金制度がある企業は一定の計算式に基づき、さらに競業他社への転職を一定期間禁じるなどの条件付きで支払っており、日産も同様の対応をしていると見られるが、大赤字に陥り、大規模な人員削減をしている日産の置かれた現状からすれば、巨額の退職慰労金を支払うことに対して納得感がない。 

 

 

■ 「ゴーン事件」の反省どこへ 

 

 日産は「ゴーン事件」を反省してコーポレートガバナンス強化のために、19年6月から取締役の過半数を社外取締役が占める指名委員会等設置会社に移行した。これに伴い社外取中心に構成される報酬委員会が退職慰労金を含めた役員報酬を決めることになった。社外取締役は株主など外部のステークホルダーの視点で報酬を決めるべきだが、そこが機能していないのではないか。 

 

 また、日産では旧来の執行役員制度を全廃し、副社長、専務、常務といった肩書もなくした。執行役以下55人いた執行体制は12人とし、意思決定の迅速化を図った。 

 

 専務や常務で会社に残った人は、「執行職」の肩書が与えられたものの、役員という位置づけではなくなった。しかし、「実態は、送り迎えの社用車がなくなったくらいで、報酬は全く変わっていないのはおかしい」といった不満の声が社内からは出ている。 

 

 今の日産の実態を見ていると、「会社は頭から腐る」と言わざるをえない。日産にはまだやる気のある現場社員も残っている。エスピノーサ社長が進める経営再建計画「RE:NISSAN」の成否も、いかに現場が頑張れるかにかかっているのではないか。 

 

 日産を極度の経営不振に落ち込ませた経営責任がある元役員に納得感のない巨額の退職慰労金を支払っているようでは、経営再建に向けての士気に影響するだろう。 

 

 井上 久男(いのうえ・ひさお)ジャーナリスト 

1964年生まれ。88年九州大卒業後、大手電機メーカーに入社。 92年に朝日新聞社に移り、経済記者として主に自動車や電機を担当。 2004年、朝日新聞を退社し、2005年、大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。現在はフリーの経済ジャーナリストとして自動車産業を中心とした企業取材のほか、経済安全保障の取材に力を入れている。 主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文春新書)、『自動車会社が消える日』(同)、『メイド イン ジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『中国発見えない侵略! サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)など。 

 

井上 久男 

 

 

 
 

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