( 294907 )  2025/05/29 06:50:10  
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「マムズタッチ」は2024年4月、渋谷に1号店がオープンした(筆者撮影) 

 

 2021年、外食業界はチキンバーガーで盛り上がっていた。 

 

 この年、大手外食企業はチキンバーガーの新業態を次々に出店した。鳥貴族の「トリキバーガー」に、ロイヤルホールディングスの「ラッキーロッキーチキン」、ダイニングイノベーション「ドゥーワップ」などがそうで、各社、既存業態とは別の新たな看板業態に育てるべく鳴り物入りでスタートさせた。 

 

■勃発しなかったチキンバーガー戦争 

 

 まるで足並みをそろえたかのように同じタイミングだったが、2021年といえばコロナ禍真っただ中。外食不振の中でテイクアウトやデリバリーに向くバーガー類に着目したのは自然な流れだろう。 

 

 当時は「あわやチキンバーガー戦争勃発か?」と思いきや4年が経った今、どこもうまくいってなさそうだ。 

 

【画像16枚】韓国から来た黒船「マムズタッチ」。その内観は非常に若者向け、おじさんには入りづらい…?  

 

 「トリキバーガー」は当初掲げた店舗数には遠く及ばず今年の6月からは京都の1店舗のみとなってしまう。「ラッキーロッキーチキン」も現在は代々木八幡店の1店舗のみ。いずれも大手が手掛けている割には存在感がない。 

 

 「ドゥーワップ」に至っては、現在は撤退している。日本のチキンバーガー市場はケンタッキー一強のままなのだろうか。 

 

 そんな死屍累々のチキンバーガー市場に、今、韓国からの「黒船」が勢いを増している。2024年4月、渋谷に1号店がオープンした「マムズタッチ」だ。 

 

 本稿では新興チキンバーガーブランド不振の理由についてと、その中で好調なマムズタッチの戦略を考察する。 

 

■ド派手な宣伝でやってきたチキンバーガーのその後は?  

 

 マムズタッチは韓国で人気のチキンバーガー店で、今回が日本初出店だ。本国では最多の1430店舗(2024年5月現在)を展開し「韓国No.1チキン&バーガーブランド」をうたう。 

 

 オープン当初、同店はとにかく派手な宣伝を行っていた。筆者は渋谷で仕事をしていることが多いので、街中の看板、メディア、SNS、各所でマムズタッチの名前を目にした。 

 

 一時期、渋谷の街中ではマムズタッチのテーマソングが延々と流れており「マムマムマムズタッチ♪」のキャッチーなフレーズは今も筆者の頭にこびりついている。 

 

 

 当時、筆者はこのイケイケな感じに「大丈夫か?」と思わずにいられなかった。余計なお世話だが、これだけ派手な宣伝で自らハードルを上げると「一発屋」になってしまうのではないか。 

 

 鳴り物入りでオープンしても話題になればなるほどその後の失速も早い。実際にこれまでもそうして消えていった「日本初出店」をうたう海外ブランドの飲食店は少なくなかった。 

 

 そこでオープンから1年が経った今、筆者はマムズタッチの現在を見に行った。 

 

■セットにしても1000円以下。ボリューム満点で高コスパ 

 

 筆者が訪れたのは土曜の夜8時過ぎ。客席は6〜7割がた埋まっていた。渋谷駅近くの大通り沿いという立地を考えたらもう少し埋まっていてほしい気もするが、客入りは悪くはなさそうだ。 

 

 ひとまず閑古鳥は鳴いていないことに安堵した。 

 

 オススメの「チーズサイバーガー」を注文してみた。ポテトとドリンクのセットを付けて900円だ。 

 

 バンズには分厚いチキンがはさまれており、サクサクとした衣とジューシーな鶏肉のコントラストが映える。ボリュームもあり、セットで1000円を切るのはかなりコスパがいい。商品の満足度は高く、この値段ならまた食べたい。派手な宣伝だけでなく中身も伴っていると感じた。 

 

 イートインのみならず、デリバリーやテイクアウトの需要もありそうだ。実際にテイクアウトで購入している客を見かけたし、店前には同店からデリバリーの注文が入るのを待機する配達員、いわゆる「鳴り待ち」がいた。 

 

■年内30店舗の急速出店を予定 

 

 筆者が訪れた際はぼちぼちの客入りだったが、同店が今年4月に配信したプレスリリースによると、累計来店者数は約70万人、1日平均来店数は約1900人、年間売り上げは約5億円を達成したと誇らしげだ。派手な宣伝で失速も早いのでは……は筆者の完全なる杞憂だったようだ。 

 

 マムズタッチでは今後も積極的な展開を予定しているという。同プレスリリースによると年内に30店舗もの出店を見込んでいるとのことで少なくとも他のチキンバーガーのように1〜2店舗で終わってしまうことはなさそうだ。 

 

 派手な宣伝といい、今後の展開計画といい、潤沢な資金力をもって日本での展開に挑んでいるのがわかる。それだけ韓国では力のあるブランドなのだろう。 

 

 「マムズタッチ」が今のところ好調なのはなぜなのか?  他のチキンバーガーとの違いは何なのか?  派手な宣伝のおかげか、コスパの高い商品力か、さまざまな要因があるが、筆者は同ブランドの明確なターゲット戦略にあると見ている。 

 

 

 マムズタッチはターゲットを明確に「若者」、10代〜20代の若年層に定めているのが見て取れる。 

 

 店内はカラフルなネオンが飾られ、30代半ばの筆者には少しまぶしい。オレンジ色を基調としたポップなデザインは落ちつきというよりもワクワク感を演出しているように感じる。実際に客層は20代が中心だった。 

 

 若者に刺さる店づくりを行い、その世代の中でしっかりと話題をつくっているようだ。筆者のような、そこから外れた人間にはその話題が届かず「本当にはやっているの?」なんて疑念を持ってしまうのだ。 

 

 1号店がある渋谷は若者の街。次に出店するのは、やはり若者の街である原宿だという。さらなる候補地は下北沢、新宿、池袋だという。新宿、池袋はターミナル駅としてマーケット全体が大きい街だが、そこに下北沢が並んでくるのは、明らかに若者を意識しているのだろう。 

 

 ただし、今度の出店計画を見るにマムズタッチは若者向けの店としてとどまるつもりはなさそうだ。まずは若者の中でブランドの地位を確立し、そこから他の世代へ波及させていくのではないか。 

 

■「TikTok式」で全世代に波及?  

 

 若者を起点に全世代に広がっていった商品やサービスは多い。TikTokなんかはまさにそうで、黎明期は「女子高生がダンスしているSNS」と言われていたものの、今では中高年も見るようになっている。 

 

 最初は若者の中で話題になり、やがて若者のトレンドを体験したい上の層が興味を持ち、徐々に波及していく。アーリーアダプターの若者は離れつつも、全世代に浸透していく流れだ。 

 

 マムズタッチは今のところは若者の街を中心に出店を進めるようだが、これがうまくいけば郊外やビジネス街など、異なる層の立地にも展開していきそうだ。実際に、横浜、川崎、埼玉といった東京近郊エリアでは、小型のフランチャイズ店舗での展開を予定しているという。 

 

 一方で、他のチキンバーガーブランドの多くは最初からターゲットを小さな子どもから高齢者まで、老若男女、幅広くとってスタートしていた。全国に多くの店舗を展開する大手だからこそ「ターゲットを狭める」という発想は出にくかったのかもしれない。そのため誰のための店なのかがぼやっとしてしまい、思うような展開ができていなかったのではないか。 

 

 難攻不落と思われた日本のチキンバーガー市場に、緻密なターゲット戦略で着々と攻め入るマムズタッチ。「韓国No.1チキン&バーガーブランド」の名に恥じない展開を期待したい。 

 

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大関 まなみ :フードスタジアム編集長/飲食トレンドを発信する人 

 

 

 
 

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