( 295148 )  2025/05/30 06:06:35  
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「備蓄米の放出」に着手した小泉進次郎農水大臣(写真:時事) 

 

 「コメ買ったことない」発言で辞任した江藤拓農水相の後任に、小泉進次郎元環境相が就任して、注目を集めている。期待されているのは、まさに交代劇の背景にある「慢性的なコメ不足と価格高騰」に対する抜本的な解決だ。進次郎氏自身も「コメ担当大臣」を自称して、コメを中心とした農政改革に意欲を示している。 

 

 現状では、国民の受け止めは好意的だ。その背景には、郵政民営化を推し進めた父・小泉純一郎元首相のように、大きな構造改革の担い手としての期待がある。 

 

 そんな中、さっそく打ち出されたのが「備蓄米の放出」だ。廉価で流通させることへの期待感から、現状を打開する切り札として、進次郎氏の評価が高まりつつある。 

 

 あわせてSNS上では、JA(農協)を解体して、新たな農業の姿を模索すべきだとの主張も多々見られる。多くの意見は「既得権益の打破」といった文脈から投げられているが、長年SNS世論を見てきたネットメディア編集者としては、こうしたムードは、危険もはらんでいると感じる。その理由を説明したい。 

 

■透明性が確保しづらい流通ルート 

 

 2025年5月21日に農水相に就任した進次郎氏が、最初に着手したのは「政府備蓄米の流通ルートの変更」だ。 

 

 これまでは、入札により、高い値を付けた業者が落札する流れだった。これを政府が価格を決め、入札せず、業者との随意契約によって販売する形に変更した。 

 

 随意契約のメリットとしては、価格競争にならず、なおかつ迅速に売買できる点がある。一方で、基準が比較的明確な入札に比べ、透明性が確保しづらいため、業者との癒着や汚職の温床になりかねない。 

 

 5月26日に申し込み受付を始めた随意契約は、大手小売業者向けに、2022年産のコメ20万トン、2021年産のコメ10万トンの計30万トンが対象となった。60キロあたり税込1万1556円で売り渡される。応募した事業者は27日14時時点で33社(約15万7000トン)となり、受付は一時中止となった。 

 

 これらの状況を見て、SNS上では好意的な反応が多い。一部マスコミが備蓄米を「小泉米」と呼んだことから、野党支持者を中心に批判が出つつあるが、備蓄米の随意契約そのものは受け入れられているようだ。 

 

 

■コメ問題の陰で国民年金に関する法案なども議論 

 

 江藤氏の失言はどこへやら。すでに話題は進次郎氏の一挙手一投足に移っており、石破内閣としては不幸中の幸いと言える状況だ。物価高と、かねての少子高齢化により、閉塞(へいそく)感が漂っている日本経済において、一服の清涼剤になっているのだろう。 

 

 今国会では、厚生年金の積立金を、国民年金の底上げに充てる法案なども議論されている。それはそれで重要な問題だが、世間が「天引きで目に見えにくい」社会保険料より、「毎日食べる」コメのほうに興味を持つのは当然だろう。 

 

 “備蓄米バブル”によって、相対的に政府批判が少なく見える現状で、代わって目立つのが「JA批判」だ。これまでの備蓄米入札で、ほとんどのコメを落札していたのは、ほかならぬJA全農(全国農業協同組合連合会)だった。 

 

 それでもなお、市場に出回らないイラ立ちからか、「コメ不足の元凶はJAにある」といった声は少なくない。 

 

 筆者は農業の専門家ではないので、JAの存在価値について、ここで論じるつもりはない。ただネットメディア編集者として、長年SNSのタイムラインを眺めてきた経験からすると、どことなく「この空気は危険だ」と感じるのだ。 

 

 ここ数年、とくにSNS上において、「ブラックボックス化している巨大組織を倒そう」とする雰囲気が醸成され、存在感が増している。「NHKをぶっ壊す」旋風を受けて、ガーシーこと東谷義和氏が参院議員になったのも、兵庫県知事選で斎藤元彦氏が再選したのも、いずれもSNS上で「既得権益の打破」が望まれていたからだ。 

 

 最近よく見られる「オールドメディアたたき」も、その一翼を担っている。財務省を諸悪の根源として、解体すべきだと主張するムーブメントもある。これらはすべて、「可視化」や「透明化」といった大義名分のもとで行われ、人々を熱狂の渦に巻き込んでいる。 

 

 しかし、そうした空気が「善と悪」の対立構図に持ち込み、それ以外の妥協策を排除することも少なくない。JAに話を戻せば、「解体か、存続か」の2択ではなく、時代に合った形に発展的解消を試みることだってできるはずだ。 

 

 にもかかわらず、議論も十分でないままに、自らが抱いた“正解”を振りかざし、正義感だけで突っ走ると、行き着く先は明確だ。 

 

 とはいえ、対立構図に持ち込み、支持を得るという手法は、SNSの普及以前から存在していた。民主党が「政権交代」を掲げ、実現した2009年の総選挙もそうだ。そして、2005年に「抵抗勢力」へ刺客を送り、郵政選挙で圧勝した純一郎元首相も同様である。 

 

 

 進次郎氏にJA改革を期待する今回のムードも、こうした歴史と無関係ではないだろう。前提として、JAは農業者が組織した協同組合であって、父親の純一郎元首相が民営化した郵政3事業のような公的機関ではない。しかし、備蓄米入札の件に見えるように、日本の農政を実質的に担っている存在であることから、官公庁に向けるそれと同様の視線が送られている。 

 

■備蓄米の品質を試せる、手に取りやすい価格で販売 

 

 農政改革の期待を託されているのは、進次郎氏ひとりではない。今回の随意契約に申し込んだ、もしくはその予定の業者もまた、「JA以外の販路」として注目されている。 

 

 たとえば5月27日には、ファミリーマートが1キロ400円(税抜)で販売する方針だと報じられ、話題を呼んでいる。 

 

 先にも紹介したように、備蓄米は新米ではない。いくら厳重に管理していようとも、どれくらいの品質かは、実際に食べてみないとわからない。そこで「お試しパック」として、小分けで買えるとなれば、手に取りたいと思う人も少なくないだろう。 

 

 コンビニは生活に密着している存在だ。だからこそ、全容がよくわからない“農業の闇”を切り裂く、アリの一穴として期待されている。価格は、政府方針の「5キロ2000円程度」から大きく変えられないが、提供スタイルで工夫したファミマは秀逸と言えるだろう。 

 

■随意契約への参加を“宣伝ツール”にする企業も?  

 

 ファミマのケースからも、わかりやすさを重視する国民性が伝わってくるように、先の見えない物価高や世界情勢を前に、国民はインパクトの強い打開策を求めている。そこで重視されるのは、「論理的かどうか」ではなく、「物語性の有無」だ。 

 

 「困った消費者のために、安価で小分け販売する」というストーリーは、単純明快で広がりやすい。しかし、そこには落とし穴もある。意図して作られたわかりやすさには、なんらかの意図が含まれている可能性が多々ある(ファミマがそうだと言いたいわけではなく、あくまで一般論としての話だ)。 

 

 

 うがった見方をすると、小売りサイドは多少赤字が出ても、「消費者思いの店」といったイメージを作れる。随意契約への参加を“宣伝ツール”にする企業がいてもおかしくないと考えると、安易に反応しないほうがいいように感じられる。 

 

 JA解体論も同様に、いっときの感情や、聞こえのいい主張に身を委ねるのは、あまりに危険だ。そもそもなぜ、これだけ大きな存在になったのか。その理由に目を向けつつ、合理性のあるゴールを前提に、論理的に考えていかなければ、いずれワナにかかるだろう。 

 

 政治不信や世情不安は、格好の“稼ぎ時”だ。味方のふりをして、心のスキマにつけこんで、あなたを着実にカモにしていく。そんな人々は、いつの時代も必ずいる。だからこそ正義感だけで先走るのではなく、物事の本質を見極めることが重要なのだ。 

 

城戸 譲 :ネットメディア研究家・コラムニスト・炎上ウォッチャー 

 

 

 
 

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