( 295863 )  2025/06/02 04:33:47  
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コメ発言について取材に応じる江藤拓農林水産相(5月19日、肩書は当時) 

 

「コメは買ったことがない」との発言が批判を浴び、更迭された江藤拓前農林水産相。価格高騰に苦しむ国民の気持ちを逆なでしたとの怒りが広がったが、その後の「妻に怒られた」との釈明も波紋を呼んだ。繰り返される政治家の失言。そして、言い訳に身内を持ち出すのはなぜなのか。違和感が拭えず、探ってみた。(時事ドットコム取材班デスク 水本洋子) 

 

◇江藤氏の釈明 

 

 江藤氏は5月18日、佐賀市で開かれた政治資金パーティーで「私はコメを買ったことはない。支援者の方がたくさんくださるので、売るほどある」などと発言した。 

 

 批判の高まりを受け、翌日には「受けを狙って強めに言った。妻から怒られた。『足りなくなれば買いに行っている』と言われた」と釈明。その後、石破茂首相から厳重注意を受け、発言を撤回した。国会では「宮崎ではたくさんいただくと『売るほどある』とよく言う。(地元の)宮崎弁的な言い方だった」などと答弁したが、野党による不信任決議案の提出・可決の可能性が強まり、21日に辞任に追い込まれた。 

 

◇当選重ね、国民と隔たりか 

 

 失言を理由に閣僚がポストを追われたケースは過去にもある。桜田義孝元五輪担当相は2019年4月、自民党議員のパーティーで「(東日本大震災の)復興以上に(支援する議員の方が)大事」だと発言し、即日辞任。葉梨康弘元法相も同様のパーティーで22年11月、「法相は死刑のはんこを押し、ニュースになるのはそういう時だけという地味な役職」と述べ、辞任した。 

 

 直近では国民民主党の玉木雄一郎代表が、政府備蓄米について「1年たったら動物の餌になるようなもの」と発言し、反省の意を表明した。  

 

 後を絶たない政治家の失言について、長く政治取材を続けてきた時事通信の高橋正光解説委員長は「政治家は言葉が武器。聴衆を引き付けるために笑いを取ろうとする傾向がある」とし、常に失言リスクを抱えていると指摘する。さらに「当選を重ね、閣僚や党幹部になる政治家の中には自身の注目度が高まっていることに気付かなかったり、国民の気持ちと乖離(かいり)したりする人物が一定数出てくる。過去には大きな問題にならなかった発言が今は許されないといった時代の変化についていけていない政治家もいる」とし、今後も失言はなくならないだろうと話した。 

 

◇6年前の戒め、効果なく 

 

 実は自民党は2019年の桜田氏の失言を受け「『失言』や『誤解』を防ぐには」と題するマニュアルを作成している。マニュアルでは、演説会などでの発言について「発言は『切り取られる』ことを意識」し、「タイトルに使われやすい『強めのワード』に注意」するよう要請。身内と話すような雑談口調は表現が強めになる傾向があり、「周囲の喝采に引きずられると、つい『公で言うべきではない』ことを口走る可能性がある」と警告した。 

 

 しかし、マニュアルに書かれた、やってはいけないことを、江藤氏はまさに実行してしまった格好だ。6年前の戒めはほとんど役に立たなかったと言わざるを得ない。 

 

 

日本人女性は男性に比べて多くの時間を家事に費やしている 

 

 一方、コメに関する発言を謝罪する際、江藤氏が「妻に怒られた」と説明したことへの批判も複数聞かれた。過去にも問題を起こした政治家らが同じような言葉を発しており、「またか」との印象を抱いた人は少なくないのではないか。 

 

 2021年2月に元首相の東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べ、「女性蔑視」との非難の声が上がった。 

 

 森氏は謝罪するとともに「女房にさんざん怒られた。娘にも孫娘にも叱られた」と話したという。しかし、批判はやまず、森氏は会長を辞任した。 

 

 ジェンダー問題や女性参画などに詳しい東京科学大学の治部れんげ准教授は当時、森氏の発言について「家族を持ち出す謝罪レトリック」と指摘。「社会的地位の高い人物が家庭では怒られているというギャップの構図を印象付けることで、親しみを感じさせ、失敗を許してもらいやすくするずるさがある」と分析していた。 

 

◇無意識の偏見の表れ 

 

 今回の江藤氏の発言については、どう考えるのか。改めて治部氏に聞いたところ、まず「(コメ問題の)担当大臣として、あり得ない発言」とした上で、「仕事上のミスに『妻』を持ち出すのは、そういえばしょうがないと思ってくれる『コミュニティー』と長年接してきたからではないか」との見方を示した。 

 

 治部氏はまた、江藤氏がコメは買いに行っていると妻から言われたと述べたことに着目。「妻の行動を普段から理解しようとしていないことの表れ」とし、家事の担い手としての男女間の格差が発言の背景にあると分析した。 

 

 コメを買い、食事の準備をするといった家事は「無償ケア労働」とされ、日本では男性に比べて女性が多くを担う。治部氏は、コメの価格高騰に苦労し「やりくり」しているのも知らず、支持者に軽口を言うのは、農水相として不見識なだけでなく、女性の無償ケア労働に気付かない「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」の表れだと述べた。さらに「普段その労働を軽んじていながら、都合の良い時だけ妻を持ち出すのは、ダブルスタンダードだ」と強調した。 

 

◇無償労働、女性は男性の5.5倍 

 

 無償ケア労働の男女間格差については、政府の男女共同参画白書(2020年版)が、OECD(経済協力開発機構)のデータに基づき各国の状況(15~64歳)を比較している。日本は女性が無償ケア労働に費やす時間が男性の5.5倍とOECD全体の平均(1.9倍)を大幅に上回り、白書は「無償労働が女性に偏る傾向が極端に強い」と指摘した。 

 

 一方、日本人男性については、仕事などの「有償労働時間」が総労働時間に占める割合が92%に達しており「男性の労働時間のバランスを変えてみてはどうだろうか」と提案している。 

 

 物議を醸した江藤氏の発言は、コメ問題だけでなく、家事労働を巡る男女間の格差も浮かび上がらせた。先に挙げた自民党の失言対策マニュアルは、19年の参院選への危機感が背景にあったとされる。今年も夏の参院選が目前に迫る。政治家の在り方や家事を含めた働き方について、改めて考える機会にしてはどうだろうか。 

 

 

 
 

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