( 295928 )  2025/06/02 05:52:18  
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京都 先斗町にある本店。割烹料理店のような落ち着いたたたずまい(写真提供:ゴリップ) 

 

ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る連載。第10回の後編は前編に続き、牛カツ専門店「牛カツ京都勝牛」にインバウンドが押し寄せるなぜに迫ります。 

 

■牛カツがインバウンドに人気な3つの理由 

 

 牛カツ京都勝牛(以下、京都勝牛)のコンセプトは、「牛カツを寿司、ラーメン、天ぷらに並ぶ世界のブランドとして確立していこう」だ。その狙い通り、2025年現在で世界8カ国に展開し、訪れる客は、店舗によっては9割をインバウンドが占めている。 

 

 運営元の(株)ゴリップ代表 洪大記さんは、「外国人に受け入れられているのには、3つの理由がある」と分析している。 

 

1.牛肉を使った「日本食」の新スタイル 

 海外でも日本と同様に、家庭で食べるのは豚と鶏が中心で、「牛肉はご馳走」と認識する国が多いという。だから牛カツは、インバウンドにとっても魅力に映るのだ。 

 

【画像29枚】食わず嫌いしていた日本人も「美味すぎ…」と驚く? 「京都勝牛」のメニューや中の様子 

 

 加えて、目新しさもある。「とんかつ、ラーメンは食べたことがあるけど牛カツってなんなんだ?」と店に入ってみると、トンカツとはひと味違うおいしさ。「これは日本食の新スタイルだ」と認識してファンになる人が後を絶たないそうだ。 

 

2.「京都」の強さ 

 ブランド名にも京都というキーワードを入れるなど、京都勝牛はゴリップ発祥の地である「京都」をかなり意識してブランドを作っている。京都はロンドン、ニューヨーク、パリに匹敵する「ビューティフルな街」として世界に知られており、憧れの眼差しで見られるエリアだからだ。 

 

 「国内でも京都出身です、といったら取引先の方の反応が変わったことが何度もあります。京都発祥の会社というプライドもあります」 

 

 「京都」の強みを生かすために、さまざまな工夫もしている。たとえば食材の使い方も、京の懐石や割烹をイメージして「だし」を前面に。定食の付け合わせを赤だしにしているのをはじめ、牛カツに添える調味料には、だししょうゆ、だしをベースにしたカレーつけ汁を織り交ぜた。同じく添えられている山椒塩も、京都名産の山椒にこだわっている。 

 

 

 店内も、和傘、舞妓さんの名前入りうちわを飾ったり、提灯風の照明にするなど、京の風情が感じられる空間を演出。インバウンドにはフォトスポットとしても喜ばれている。 

 

3.黒毛和牛 

 京都勝牛では黒毛和牛のメニューも選べる。黒毛和牛は海外で広く知られており、これを目当てに来日する、血統にまで詳しい人も多いのだそうだ。 

 

 その集客力は非常に高く、「黒毛和牛は日本の宝です」と洪社長は感謝を述べる。だからこそ、しっかり食肉業者と話し合い、品質に間違いのない肉を仕入れているのだ。 

 

■もともとインバウンドは意識していなかった 

 

 と、ここまでインバウンドに人気の理由を解説してもらったが、 

 

 「とはいえ、最初はインバウンドは意識していなかったんですよね」 

 

 と洪社長が意外なことを言い出した。まずは国内で牛カツを認知してもらい、そのあと海外を攻めようか……と思っていたそうだ。 

 

 ところが2014年に開店すると、日本人に認知されるのと同時に、インバウンドも押し寄せた。試しに2016年に韓国に出店をしてみたところ、大きく当たった。これに手応えを感じて、2年で韓国だけで17店舗まで展開したという。 

 

 海外戦略において、ベンチマークしているのはとんかつ店だ。アジアには多数のとんかつ店があり、宗教上の問題がない地域ではかなり愛されている。そういったエリアに牛カツは投入しやすいのだという。 

 

 そして、一度でも味わうと、「とんかつもおいしいけど牛カツもおいしい」「とんかつより牛カツのほうが好き」と、価値観が変わる人が多いそうだ。 

 

■訪れているのはインバウンドの若年層 

 

 ところで、ひと口にインバウンドといえどさまざまな国、年代がいる。京都勝牛に訪れているのはどんな層なのだろうか。洪社長は、「VIPではない若い世代で、SNS用に日本らしい、京都らしい画像を撮りたい人に刺さっている」と考えている。 

 

 たしかに現代の旅人は、印象的な風景をスマホに撮って、すぐに「ここ行ってきた」と発信したい人が多い。京都勝牛はそのニーズに応え、和傘、御膳、割烹着姿のスタッフなど、画面の中だけなら高級割烹に負けない「映え写真」を撮ることができる空間だ。 

 

 本当に割烹に行けば1万円を超えてくるところを半額以下に抑え、絶好の画角が手に入る。手軽に、「すごい店に行っている」と見せることができるのだ。 

 

 そのような客層が訪れているであろう証拠もある。11時開店が基本だった営業時間を、インバウンドの流れがある立地は10時半開店にしたところ、売り上げが10〜15%伸びたのだ。 

 

 

 インバウンドのVIPはたいていラグジュアリーホテルに泊まっており、朝ご飯はブッフェが付いているが、若者たちはドミトリーやゲストハウスなど素泊まりが中心だ。だから朝その時間に訪れるインバウンドは、この若年層が中心だと推測している。 

 

 一方、国内客で多いのは、「自分へのご褒美で食べる」需要だ。 

 

 牛肉がどんどん高騰する今、価格的に「日常食」にはなりえないが、「家族でおでかけして、ちょっと背伸びした高いものを味わいたい日」など、ハレの日需要のシーンで受け入れられているのだ。 

 

■徒歩圏内の「超近隣店」が成立する理由 

 

 現在、国内に64店舗展開する京都勝牛。実は、そのうち9店舗が京都市内、それも半径2キロ以内に集中している。一番近い店は200m離れていない、目と鼻の距離だ。「近い場所に店をつくらない」飲食チェーンのセオリーからすれば驚きである。 

 

 「あんな近くでよう全部行列しますなあ」と京都いけずをいわれることもあるそうだが、「京都の街を知り尽くしていれば簡単なことです。あと3店舗くらいは出店できますよ」と洪社長は涼しい顔だ。 

 

 なぜなら、よく「碁盤の目」と称される京都の街は、縦、横、それぞれの筋で歩く目的地がまったく違う。ビジネス、観光、買い物……たとえ隣の筋であったとしても、そこにいる人の目的は異なるのだ。 

 

 京都で生まれ育った洪社長は、それを身にしみて理解している。だからこそ集中出店でも異なる人の流れをつくり、行列にできる。 

 

 京都にはまだまだポテンシャルを感じているそうで、2025年4月には、京都・嵐山にも新店がオープンしている。 

 

■インバウンド向け、国内向けは業態から分ける 

 

 立地が集中する京都の店舗に訪れる客は、9割がインバウンドだ。偶然ではない。インバウンド立地の店に関しては、はっきりと「インバウンドを狙った」戦略をとっている。 

 

 「インバウンドと日本の客向けの店、どちらかです。共存はありえません。インバウンドと国内客では食に対する価値感が違うからです。選択と集中。思いきってインバウンドに特化する。それぐらいの覚悟で業態を変える必要があります」 

 

 

 1杯2000円のラーメンで満足する人と、それを高いと感じる人の違いは大きい。中途半端なスタンスだと客も迷ってしまう。日本人向けの店で、「インバウンドもとりたい」戦略が見えたら、「いやらしい」と感じて日本人客も離れてしまう。 

 

 それなら、ラーメン1杯2000円と、1杯1000円の店を分けたほうがいい。そして、それぞれの単価に合わせて、満足度と付加価値も変えるそうだ。 

 

 実際、京都勝牛は立地ごと、エリアごとでメニューを分けており、その種類は10数パターンに及ぶ。参考にしたのは、航空券やホテル料金と同じ考え方だ。繁忙期は高く、閑散期は安く。立地によってもメニュー価格を変えている。 

 

 たとえば、インバウンドなど1人4000円近く使う客が多い京都市内や空港などは、高品質で高単価なメニューを増やした「観光立地メニュー」に。外国語が堪能なスタッフも配置している。 

 

 他方、ご近所の人が普段着で訪れるようなフードコートは、気軽に食べられる価格設定に。客単価は半額以下に抑えている。 

 

 フードコートについてはこれまで、「揚げものは時間がかかるため相性が悪い」という定説もあったが、牛カツはとんかつと違って揚げ時間が60秒〜120秒なので相性がいいそうだ。 

 

 また、休前日や休日にファミリーが多く訪れる立地では、「牛カツと和定食」という派生ブランドも。牛カツに加え、豚の角煮や生姜焼き定食、唐揚げ、肉うどんなどをラインナップし、子ども連れが受け入れやすい構成にしている。 

 

 そして、こうしてブランドを分けてはいるが、「店の名前を分ける」ことはあえてしない。 

 

 「全部ひっくるめての京都勝牛。どの店でも『牛カツを味わう』という体験価値は同じですから、店名を変える必要はない。立地が違えば客層も違う。それに合わせてメニューを調整しているだけです」と洪社長は話す。 

 

 ちなみに、営業時間も店により少しずつ変えている。標準は、11時から22時だ。基本は定食店なので飲んで絡む人、長居する客も少ない。そのため、22時以降に残業が発生することはほぼなく、深夜手当も不要。人件費の面でも効率的なブランドなのだ。 

 

■海外はVIPの“一国一城制”に 

 

 現在韓国、台湾、カナダ、香港、タイ、インドネシア、フィリピン、シンガポールの8カ国にある、海外店舗の経営はどうしているのだろうか。 

 

 

 
 

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