( 296393 )  2025/06/04 05:23:17  
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就任早々「5kg2000円」を「6月上旬」とぶち上げた小泉進次郎農水相、「米価はどうせ上がる」と批判する人が知らない「真の狙い」とは? Photo:JIJI 

 

● 意味がわかるとゾッとする 「5kg2000円」の本当の狙い 

 

 小泉進次郎農林水産大臣が就任早々ぶちまけた「6月上旬に5kg2000円で備蓄米を店頭に並べたい」がとりあえず実現できる見込みだ。 

 

 JAなど従来の流通経路をすっ飛ばして、イオン、楽天、ドン・キホーテなど流通・小売業者と直接、随意契約を締結したことによって、大臣の発言通りに販売する業者もいる。例えば、アイリスオーヤマは6月2日からネット通販やホームセンターで、5kg2160円の販売を目指しているという。 

 

 しかし、これくらいで「進次郎、やるじゃん!」と褒めるほど日本国民は甘くない。7月に参議院選挙が控えているということもあり、「選挙前の人気取り」という批判も相次ぎ、やることなすこと叩かれている状況だ。 

 

 ただ、個人的には今回の政策はそれほど悪い手ではなかったと思っている。間接的ではあるが、全国民に「コメの価格が高いのってやっぱり減反政策のせいなんだな」という認識を広めて、農政改革を前に進めることができるからだ。 

 

 これからしばらくしてスーパーやホームセンターに2000円台の備蓄米が並ぶだろう。しかし、それらが売り切れてしまえば、その後の米価格は今の5kgあたり4000〜5000円は変わらない。専門家の中には数年続くのではないかという人もいる。 

 

 これはなぜかというと、国内のコメの生産体制がなにも変わっていないから。つまり、減反政策こそが「元凶」であることに尽きる。 

 

 小泉大臣が派手に動けば動くほど、こういう現実に注目が集まる。そうなれば、「やっぱり根本的な原因に手をつけるしかない」という世論に後押しされる形で、政府としても「減反政策廃止」に踏み切ることができるというわけだ。 

 

 そういう政治的な思惑があるのではないかと筆者が感じる理由は、「小泉進次郎農水大臣」を仕掛けた人物が、かつて「減反政策廃止」を掲げたが農水族の反発でねじ伏せられた過去があるからだ。 

 

 もうお分かりだろう、石破茂首相だ。 

 

 

 首相が農政改革派だというのは有名だが、実はそこでターゲットに選んだのが「減反政策廃止」だということはあまり知られていない。 

 

 2008年12月28日、麻生太郎首相(当時)から農水大臣に任命された石破氏はマスコミ記者に対して、「農業の持続可能性が失われている原因の一つは生産調整」として、減反の廃止を検討すると言い出したのである。 

 

 令和日本の感覚ではしごくまっとうな検討だが、当時は自民党農水族がすさまじい勢いで反発した。 

 

 実は2007年度、減反の価格維持効果が薄まってきたということで国の関与を弱めて、農家側が実際の生産量を決めるように政策転換した。しかし、これによって過剰生産に陥り米価が下落。これに怒ったJAの反発を招き、同年の参院選で自民党はボロ負けしてしまうのだ。 

 

 その結果、どうなるかというと「反動」で事態が悪化した。2008年産米からは「いや、やっぱ減反っすよね」と言わんばかりに自民主導で国や自治体が減反に関与するようになったのだ。 

 

 そんな流れで新任の石破大臣が「廃止」を言い出したわけだ。自民党農水族からすれば、「おいおい、あいつなんもわかってないからちょっとシメてやるか」と潰しにかかるのは当然だろう。 

 

 そのあたりの内幕は、石破大臣を支えた元農水官僚の高木勇樹氏が「読売新聞」の「時代の証言者」(2014年2月18日・19日)という連載企画の中で赤裸々に明かしている。 

 

 それによれば、石破氏から「5年後、10年後を見据えた政策を打ち出す。例えば、減反政策だ」と切り出された高木氏は、かねてから親しかった与謝野薫経済財政担当相(2009年当時)の協力を得て、経済財政諮問会議が公表する「骨太の方針」の中に、「農政抜本改革の断行」というタイトルで、以下のような文章を入れるように水面下で画策をする。 

 

 「今の米政策は経営発展の意欲を削いでいる」 

「生産調整(減反)実施を要件とする補助金体系を来年度から抜本的に改める」 

 

 経済財政諮問会議の民間議員らに「提言」してもらったことを大義名分に「抵抗勢力」をつぶしていくというのは、小泉政権の郵政改革でも用いられた定番の手法なのだ。 

 

 

 しかし、これらの文面はサクッと闇に葬られる。高木氏が与謝野経済財政担当相から呼ばれて、大臣室に行くと、与謝野氏は「悪かった」と頭を下げたという。 

 

 《真偽は分かりませんが、最後は党の大物議員が官邸に「これでは選挙に勝てない」と談判し、ひっくり返したといううわさを耳にしました。今から思えば党に比べ官邸の力が弱かったということでしょう》(読売新聞2014年2月19日) 

 

 さて、こういう農水族とJAに「惨敗」した苦い経験のある石破首相としては正攻法で「農政改革」を打ち出したところで結局、党内の農水族から激しい反発が寄せられ骨抜きにされることは痛いほどわかっている。 

 

 ましてや、自民党幹事長の森山裕氏は「農水族のドン」。この人の支援があったからこそ、石破氏は首相になれたところもある。正面衝突は避けたい。 

 

 そうなると残された方法は「世論戦」を仕掛けるしかあるまい。 

 

 派手なパフォーマンスで「米の価格を下げるには、減反政策を完全廃止させるしかない」という世論を盛り上げて、農政改革の背中を押してもらうのだ。 

 

 農水族とはいえ、JAの票だけで国会にいるわけではない。選挙に落ちればタダの人なので、圧倒的な世論の前では、党内の改革派と敵対するわけにもいかず沈黙せざるを得ない。 

 

 この「世論戦」の先兵として白羽の矢が立ったのが、小泉進次郎氏ではないのか。 

 

● 弱者ぶる農協に敗北を喫した 安倍・菅・石破3首相の悲願 

 

 今も朝から晩まで小泉大臣の一挙手一投足が注目されているように、発信力は永田町の中でもピカイチだ。しかも、この人も石破首相と同じく、党農林部会長時代、JAと農水族に「惨敗」をした過去がある。農水大臣にすれば「因縁の対決」ということで、マスコミの注目は高まる。 

 

 そこに加えて、「代理戦争」的な面もあるので、JAや農水族が反発すればするほど盛り上がる。というのも、小泉氏の総裁選を支持して、後見人的な立場である菅義偉元首相も自身が秋田の農家出身で、父親が農協と対立して独自路線を突き進んでいた方だったということもあり、農協を明確に「敵」と位置付けている。 

 

 ダイヤモンド・オンラインでは、安倍政権が、減反の見直し、農家の規模拡大や土地の集約、若手の新規参入を促す仕組みづくりなどの本格的な検討を開始した際の「抵抗勢力」をこう振り返っている。 

 

 

予想通り、農協を含む農業団体は減反の見直しなどの政策転換に強く反対した。農家や農業団体は自民党の支持基盤であり、選挙区に多く農家を抱える候補者もこうした改革には慎重な姿勢を取る傾向がある。また、農協は組織力を使って政府の農政改革に影響を及ぼしてきた。これらが農政改革を大胆に進められない理由でもあったのだ。(ダイヤモンド・オンライン 2023年11月23日) 

 そんな菅氏は「小泉さんにぴったりだ」と小泉大臣を応援しているとニュースになっていた。筆者もそう思う。といっても、改革派だからとかではなく、良くも悪くも世論の注目を集められるところが「ぴったり」なのだ。 

 

 よく言われるが、日本の農政は、農水省、自民党農水族、そしてJAといういわゆる「農政トライアングル」がガッチリとハンドリングしている。かっこいい響きでなんとなく誤魔化されてしまうが、要するにゴリゴリの「農水ムラ」という利権構造があるということだ。 

 

 原子力ムラでもなんでもそうだが、ムラの中にいる人というのは「いや、我々にはそんな力はありません」とか「農協に価格統制などできるわけがない」とかやたら弱者ぶるのだが、「選挙支援」という政治家がひれ伏す絶大なパワーがあって、それを用いて政策にも影響力を発揮してきたという動かし難い事実がある。 

 

 そんな強力な「ムラ社会」を破壊するには、政治家個人の政治力やら、党内の根回しなどではどうしても限界がある。というより、合議を重んじる日本では、ドラスティックな改革などほぼほぼ不可能だ。「変わらない」ではなく、政治システムとして「変えられない」のである。 

 

 昨年の「令和の米騒動」からの江藤拓農水大臣の言動や、最近のJA幹部たちの「米は高くない」というよう発言からもわかるように、「ムラ社会」にどっぷりと頭まで浸かっている人たちというのは基本的に、「ムラの人」さえが喜んでくれればいいので、「ムラの外の人」が死のうが生きようが興味がない。世間ズレした失言を繰り返すのもこれが理由だ。 

 

 こういう「ムラ社会」を変えるには、「世の中は皆さんを中心に回っているわけじゃないんですよ」ということを粘り強く伝えてわかってもらうしかない。それができるのは圧倒的多数の声、つまりは世論である。 

 

 小泉純一郎、安倍晋三など長期政権の政治家というのは、うまく「敵」をつくって世論を盛り上げることができた。だから、良い悪いは別にしてさまざまな「ムラ社会」にメスを入れることができたのだ。 

 

 ただ、こういうことができる政治家はだいぶ少なくなった。果たして、小泉大臣は世論をバッグに「農政ムラ」に切り込んで、石破首相や菅元首相の雪辱を晴らすことができるのか。注目したい。 

 

 (ノンフィクションライター 窪田順生) 

 

窪田順生 

 

 

 
 

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