( 296443 ) 2025/06/04 06:23:16 0 00 いろいろな思いを抱えながら、日本という異国で暮らす(写真:筆者撮影)この記事の画像を見る(◯枚)
日本で暮らす在留外国人は376.9万人となり(2024年末現在)、過去最高を記録した。 しかし、増え続ける「外国人の隣人」に、誤解や不安を抱いている人もまだいるのが実情だ。そこで本連載では、さまざまな事情で母国を離れ日本で生活する人に話を聞き、それぞれの暮らしの実際に迫る。 第2回は、前編「最初のバイトはヤマト」ベトナム留学生のリアルに引き続き、東京の大学に通うベトナム人留学生2人にお話を聞いた。
■もしあと週2時間多く働けたら…
ベトナム人の留学生はよほど裕福な家庭の子でもなければ、日本では誰かと一緒に住むのが普通なのだとか。もちろん家賃を少しでも安く上げるためだ。日本語学校が持つ格安の寮という人も多い。
リンさんは「彼氏と別れたばかりの友達と」マンションで暮らす。ハさんはシェアハウスだ。
「敷金や礼金がいらないし、冷蔵庫とかの家具もあるから買わなくていいし、電気代やwifiが無料のところもあるんですよ」
そうして少しでも節約し、アルバイトで生活費を稼いで学校に通う。昔の日本の苦学生のようだ。
留学生アルバイトに週28時間の制限がなければ、もう少し余裕のある暮らしができるのに、とリンさんは言う。
「もしあと週2時間多く働けたら、1カ月で8時間、1万円くらい増える。だいぶ違います」
本連載では、さまざまな事情で母国を離れ日本で生活する方を対象に、取材にご協力いただける方を募集しています。ご協力いただける方はこちらのフォームからご応募ください。
「でも、そしたら税金が増えるよ……」
ハさんがぼやく。アルバイトの彼女たちも当たり前だが、収入に応じた税金や各種保険を支払っている。もし払わなかったら在留資格の更新に支障が出る。週28時間を超えて働いていることが発覚しても同様だ。日本には学びに来ているのであって、留学生は働くことが本分ではないという国のタテマエは最もだろう。だからアルバイトできる時間に制限を設けてある。
一方で、厚生労働省が発表している外国人労働者数の統計では、「留学生」もカウントされているのである。この国の政府は留学生を「労働者」とみなしているのだから、もう少し緩和してもいいのではないかとも思うのだ。
外国人が社会を支えている状況についてどう思うのか、2人に聞いてみた。するとリンさんが口を開いた。
「ありがたいです。本当にありがたいと思う。まだ日本語がそれほどわからないときでも採用してもらったこともあるし、職場の日本人から差別されたこともない」
人手不足だから外国人でも働く場所があることに感謝しつつも「でも」とリンさんは続ける。
「もしなにか間違ったことをしてしまったら、ちゃんと教えてほしい」
ミスをはっきり指摘せずに黙ったまま、イライラを抱えてそれを態度に出す人もいる。日本人の悪いクセだ。そうではなく、すぐにその場で指摘してくれたほうが、お互い気分よく働ける。
■VYSA(在日ベトナム青年学生協会)の交流
バイトと勉学で忙しい毎日を送る彼女たちだが、日本での青春もめいっぱい楽しんでいる。
大学も年齢も違うリンさんとハさんは、ある活動を通じて知り合った。それがVYSA(在日ベトナム青年学生協会)だ。
2001年、日本に住むベトナム人の若者や留学生の支援や交流を目的に設立された団体で、ベトナム大使館もバックアップしている。日本各地に支部があり、イベントの開催、日本人の学生たちとの交流、チャリティなどの活動を行う。
リンさんは文化スポーツ部の副部長として、ベトナム人たちが参加するバドミントン大会の運営をしたり、いまや各地で開かれるようになったベトナムフェスティバルのダンスチームを率いたり。
ハさんはメディア部で、得意のデザインを生かしてVYSAが主催するイベントのポスター作製やSNSの運用などを担う。
VYSAに参加した理由は、ふたりとも人の縁を広めるためだ。
リンさんは「日本人との交流にも興味があるし、日本に住んでいるいろんなベトナム人とも知り合いたい」と話し、ハさんは「VYSAには日本の大学院に通っているような、すごく優秀なベトナム人も参加しています。そういう人たちからいろんなことを勉強したいと思って」と言う。
■新宿のナンパは怖い
「そういえば、ナンパされたことがあります」
唐突にハさんが言い出した。新宿に行くとよく声をかけられるのだと聞いて、リンさんが察する。
「それはたぶん、ナンパじゃないんじゃないかな……」
新宿には夜の世界に引きずり込もうとする男たちがたくさんいるんだから注意をしなさいと、どこかとぼけたところのあるハさんを僕とリンさんとで説諭する。だが当のリンさんもナンパ経験者だった。
「お姉さんお姉さん、電話番号教えてって、どこまでもついてくるの。だから私、Sorry,I can't speak Japaneseって日本語わからないフリしたんだけど、その人もEnglish OK! とか言ってがんばるんです。怖すぎて走って逃げてきました」
女性にしかわからない苦労は、ベトナム人も日本人も同じようだ。
■「またグエンか」という日本人の声も、よく知っている
日本語力がアップするにしたがって、アルバイトもより専門的なものになっていく。JLPT(日本語能力試験)で上位のN1、N2にもなれば、通訳や翻訳のアルバイトも舞い込むようになる。そうすれば時給もグンと上がる。リンさんは大学1年時にすでにN1を取得している。これ、とっても難しい試験なのだ。日本人の僕も受かる自信はない。
「でも、勉強して合格したら、コンビニや飲食店で働くよりずっといい給料になるからがんばってって、いつも後輩に言ってるんです」
ハさんは日本人にベトナム語を教えたり、免税店で通訳をしたり。リンさんは技能実習生が来日直後に受講する日本語教室で教師を務める。
「みんなベトナムである程度は勉強してくるから筆記試験はできるんですが、コミュニケーションに慣れていない人が多いですね」
その技能実習生による犯罪が、昨今どうしても目立つ。盗難、ケンカ、バクチ、無免許運転……職場から失踪し、不法就労者となって、割りはいいがリスクも高い「闇バイト」に手を出す人も多い。
法務省の「犯罪白書」によれば、2023年に外国人が被疑者となった事件1万7463件のうち37.9%がベトナム人で、中国の18.9%を大きく引き離す。しかしその大半は不法就労、オーバーステイといった出稼ぎ目的のものか、窃盗など比較的重くはない罪状だ。
しかし外国人による犯罪は報道されやすい傾向にあるし、それもセンセーショナルにあおり立てるものが多いから、どうしたって日本人の肌感覚では「またベトナム人か」となる。
「またグエンか、って言われると……」
リンさんの声は悲しげだ。日本のルールやマナーをしっかり守り、日本語をこれだけ使いこなせるようになるまで学び、日本に溶け込もうと努力している彼女たちも一緒くたにされてしまう。ベトナム人に多い名前「グエン」が、一部の日本人の間でまるで蔑称のように使われている現状を、リンさんたちもよく知っている。
「確かにベトナム人には悪いことをする人もいます。でも、そうなった背景も考えてほしいって思うんです。私の知り合いの実習生は給料が手取りで10万円って言ってました。悪い送り出し機関にだまされて、契約書には手取り15万円って書いてあったのに実際に日本に来てみたらもらったのは半分だけでショックを受けたって話も聞いたことがあります」
日本には出稼ぎに来たのだ。家族に仕送りをしなくてはならないというプレッシャーがあるところに、悪い話があれば飛びついてしまう。そんな人もいる。
だからベトナム人は住む部屋も、ビジネスを始めようとしてもオフィスや店舗も借りにくい。
「それも私たちベトナム人のせいです。しょうがないですね」
リンさんは申し訳なさそうに言う。
■日本でもっと学び、経験を積みたい
そういう悩みもあるけれど、ふたりはこの先も日本でがんばろうと決めている。リンさんは就職が決まったばかりだ。
「円安になったし、帰ろうかどうしようか迷ったこともあります。でも、いまベトナムに帰ってもなにもできないと思うんです。同級生はもう就職していて、差をつけられている。負けるじゃないですか。私、負けるの大嫌いですから、それなら日本で働いてもっと経験を積んで知識を増やしたい」
次のステップに進めるだけの自信やスキルを身につけるまでは、日本で仕事をしたいのだそうだ。
ハさんはまだ進路を決めかねている。実はデザイン系の専門学校を出たあとは、中国語の勉強をしているのだ。漢字を学んだことがきっかけだ。それに「漢字のイメージがデザインにも役立つ」のだという。
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