( 297443 )  2025/06/08 05:31:31  
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 2025年6月5日、国土交通省は日本郵便の一般貨物自動車運送事業許可について、約2500台分の取消処分を検討すると同社に通知しました。貨物輸送の安全を揺るがす事態として中野洋昌国土交通大臣は「極めて遺憾」と厳しく指摘、全国的な配送網の混乱回避を強く求めています。以下、本件の概要と原因について考察します。 

 

文:ベストカーWeb編集部、写真:AdobeStock 

 

 日本郵便は2025年4月23日、全国3188局の点呼実施状況を調査した結果、75%にあたる2391局で飲酒確認や健康状態チェックが不適切だったと国交省に報告しました。帳票偽造や後付け記録が横行し、「帳票が整っていれば遵守されているだろう」という本社・支社の性善説的管理が実態把握を妨げたと分析されています。また、一部マニュアルの誤規定も不備を固定化する要因となりました。 

 

 75%で不適切。ひどい数字です。貨物輸送の安全確認義務は、長年の事故経験に裏打ちされた物流における最重要制度であり、業界3位の日本郵便でこの「不備」が常態化していた事態は、交通社会にとって重大な危機的状況といえるでしょう。 

 

 そもそもトラック運送事業では、乗務前後および必要に応じて中間点呼を実施し、ドライバーの健康状態や酒気帯びの有無、車両の異常有無を確認することが輸送安全確保の要(かなめ)と位置付けられており、これは「貨物自動車運送事業輸送安全規則」第7条で法的に義務付けられています。 

 

 点呼を通じてドライバーの健康意識が高まり、交通事故防止に直結すると同時に、違反時には警告や車両停止、最悪の場合は事業許可取消しといった行政処分が科されます。 

 

 実際に点呼が形骸化したことで、重大事故を招いたケースもありました。2024年5月、東京都心の高速道路で多重追突死傷事故が発生した際、運行前の点呼記録には「健康状態に問題なし」と虚偽記載されていましたが、運転手は38度超の発熱状態にありました。適切に点呼が行われていれば、出庫前に体調不良が把握され、事故回避につながった可能性が高いと考えられます。 

 

 また、2025年4月には、全国の日本郵便で20件を超える酒気帯び運転が発覚。その中の一件、昨年(2024年)5月には戸塚郵便局の配達員が白ワイン酩酊で業務配達を行っていたことが分かり、また、芝郵便局でも管理職が「風邪薬のせい」と飲酒を隠して車両を運転する事案が発覚しました。 

 

 日本郵便は、2025年4月中だけで、飲酒運転が全国であわせて20件あったことを発表。もうめちゃくちゃな状況です。 

 

 今回の日本郵便の全国調査では、本社・支社ともに「帳票が整っていれば現場遵守は問題ない」と確認を帳票チェックに委ね、実態把握が甘かったことが指摘されました。ある運送会社の元社長は「適切に運行管理しなくても甚大な事故は起きないと思っていた」と述べ、安全不作為への過信が招いた悲劇を如実に物語っています。 

 

 

 今回明らかになった日本郵便の「事件」は、貨物輸送の実態が明らかになった例として厳格に対処し、再発防止に向けた重要な分析材料とすべきでしょう。 

 

 そのうえで、これは「日本郵便」という会社だけの問題だとは一概に言えない実情もあります。もちろんほとんどの運送会社は法律や条令を守って真面目に物流を支えているのは大前提として。 

 

 それは、本件にはトラックドライバーの深刻な人手不足と「物流」を支えることへの社会の関心の薄さが底流していると考えられるからです。 

 

 日本のトラック運送業は長年にわたり人手不足が深刻化しています。総務省「労働力調査」などをもとにした国土交通省の報告によれば、トラックドライバーの平均年齢は全産業平均より3〜6歳高く、65歳以上の高齢者が少ないことから、担い手の減少が加速すると警鐘が鳴らされています。 

 

 さらに、トラックドライバーの年間労働時間は全産業平均を大きく上回り、賃金も5〜10%低い水準にとどまることから、若年層の定着が困難な状況が続いています 。こうした構造的不足は、繁忙期の過重労働や点呼省略といった安全管理の形骸化を助長します。 

 

 「人手不足だから」、「忙しすぎるから」、「代わりがいないから」、「届ければいいんでしょう」といった意識が、日本郵便の「現場」に蔓延していたことが、今回の安全確認義務違反の主要因だったと考えられます。 

 

 消費者の多くは「翌日配送」「ネット注文の即時配達」を当たり前と捉え、物流の脆弱性やドライバーの過酷な実情に無関心であることが現状です。経済産業省が北海道内事業者74社を対象に実施した調査では、時間外労働規制適用に伴い「貨物輸送を断られた」経験が約1割にのぼり、規制強化が物流逼迫を一層深刻化させる可能性が示されています。 

 

 日本の物流は、需要の伸長ばかりが注目され、需給バランスの崩壊や安全確保の難しさへの理解が乏しいことも、根本的な問題といえるでしょう。 

 

 

 ドライバー不足による過重労働は、点呼や整備などの手順を省略しがちです。一方で、社会全体が物流インフラへの理解を欠くことで、企業はコスト削減や効率化の名目で安全管理投資を後回しにしやすくなります。結果として性善説の下で形骸化した点呼が重大事故や許可取消しを招き、配送網全体の信頼を損なう悪循環が生まれます。 

 

 以下、当編集部が考察した、構造的な解決に向けたロードマップを掲示します。 

 

 【ドライバー待遇改善と確保】 

賃金引き上げや労働時間短縮、働きやすい環境整備で若年層参入を促進。 

 

 【点呼のデジタル化・監視強化】 

アルコール検知器・モバイルアプリ連携によるIT点呼を全事業者へ普及。 

 

 【共同配送・物流DX推進】 

空き帰り荷のマッチングや共同プラットフォームで稼働効率を向上。 

 

 【社会的理解と啓発活動】 

消費者・荷主企業への「物流の見える化」キャンペーンで、持続可能な物流モデルへの協力を呼びかける。 

 

 ドライバー不足と物流への無関心が交錯する今こそ、事業者・行政・社会が一体となり、安全最優先の物流インフラを再構築しなければなりません。日本郵便の事例は氷山の一角です。持続可能な輸送基盤を次世代へつなぐために、私たち一人ひとりが「物流」をより身近な課題として捉える必要があります。 

 

 

 
 

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