( 297513 )  2025/06/08 06:51:33  
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日銀の利上げは日本の景気にどう影響するか(イラスト/井川泰年) 

 

 石破政権はトランプ政権の関税措置を受けて、経済支援目的の「緊急対応パッケージ」を打ち出した。ガソリン価格の引き下げ、電気・ガス料金の支援など、国内消費の強化としているが、こうした施策について「選挙対策のバラ撒きでしかない」と指摘するのは経営コンサルタントの大前研一氏。では、日本の景気をよくするには、どのような施策が求められるのか。大前氏が解説する。 

 

 * * * 

 今年1~3月期のGDP(国内総生産)は、物価変動の影響を除いた実質で昨年10~12月期より0.2%減り、1年ぶりのマイナス成長となった。GDPの半分以上を占める個人消費が物価高の影響で0.04%増と振るわなかったことが要因である。このため6月13日告示・22日投開票の東京都議選と7月の参院選を前に、野党は「消費税減税」「現金給付」の大合唱だ。 

 

 一方、自民党の森山裕幹事長は消費税減税に否定的で、石破茂政権は国内経済支援「緊急対応パッケージ」として低所得世帯への3万円給付、住宅購入の後押し、観光需要喚起、ガソリン価格の引き下げ、電気・ガス料金の支援といった国内消費の強化策を打ち出している。だが、その財源については与野党ともにあやふやで、要は選挙対策のバラ撒きでしかない。 

 

 しかし、景気を良くしたいなら答えは簡単だ。本連載で何度も書いているように、日本銀行が金利を上げればよいのである。普通の国では金利を下げれば景気が良くなるとされているが、日本の場合は逆なのだ。 

 

 日本では、1世帯あたりの平均所得金額が30年間も上がっていない一方で、個人金融資産が膨らみ続けている。日銀が発表した2024年10~12月期の資金循環統計(速報)によると、2024年12月末時点の家計の金融資産残高は2230兆円で過去最高となり、その半分は預貯金である。 

 

 もし1000兆円以上の預貯金に対して(今の定期預金金利は0.3%程度だが)昔のように5%の金利が付けば、1年の利息は50兆円になる。2024年度の消費税収入は23.8兆円と見込まれているから、消費税減税よりはるかに景気押し上げ効果が大きいのだ。 

 

 金利の上昇は富裕層ほど有利に働くが、野村総合研究所の推計によると、日本では純金融資産保有額が5000万円以上の世帯が560万世帯近くあり、総世帯数の1割強を占めている(2023年)。仮に1億円の金融資産があれば、金利5%なら年に500万円、2%でも年200万円もの“プレゼント”が中央銀行から自動的にもらえるわけで、これが消費拡大にもたらす効果は極めて大きい。 

 

 

 企業の利益から税金や配当を差し引いた「内部留保(利益剰余金)」も、2023年度末に600兆9857億円となり、初めて600兆円を超えるとともに12年連続で過去最高を更新した。したがって、企業にも利上げはプラスに働き、設備投資が拡大したり、賃上げが進んだりするだろう。 

 

 にもかかわらず、4月30日~5月1日の日銀金融政策決定会合では政策金利を据え置く(銀行間で短期資金をやり取りする金利を0.5%程度で推移するよう促す)ことを決定した。 

 

 公表された同会合の「主な意見」は、「利上げしていく方針は不変」だが、トランプ関税の展開がある程度落ち着くまでは「様子見モードを続けざるを得ない」「米国経済減速から利上げの一時休止局面となる」などというものだった。 

 

 会合後の記者会見で、日銀の植田和男総裁は「引き続き、政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」とも述べたが、朝令暮改で方針が何度も変わるトランプ関税を理由に、利上げの動きにブレーキをかけるのは大いに疑問である。 

 

 日銀の金融政策決定に関わる審議委員の1人(中村豊明委員)は、5月半ばの講演で、トランプ関税の影響が広がる中で政策金利を引き上げると消費や投資を抑制しかねないとして、追加の利上げはより慎重に検討すべきだという認識を示したそうだが、前述のように日本では利上げが消費や投資にプラスに働く側面もあるのだから、日銀は粛々と利上げすればよい。 

 

 利上げが景気刺激になるということは、金融関係者も認識している。 

 

 たとえば、元日銀理事でみずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミストの門間一夫氏は日本経済新聞(4月18日付)での寄稿「巨額政府債務の下で利上げは効くか」の中で「金利が上昇すれば(中略)まず確実に起きる現象は意図せざる景気刺激効果である」「中身が給付金であれ利払いであれ、政府から民間にお金が渡ればその分だけ人々の所得は増える」「利上げには、それがもたらす自動的な財政拡張効果により、景気や物価を刺激する面がある」「政府の利払い増による総需要押し上げ効果は、政府債務残高が巨額になった分、今は昔よりずっと大きいと考えられる」と指摘している。 

 

 

 一方、利上げすると企業の倒産が増える可能性はある。だが、倒産を抑えようとする政策が日本経済を停滞させてきた面もある。 

 

 たとえば、2009年に施行された中小企業金融円滑化法(モラトリアム法)に基づき、金融機関に対して融資の返済猶予や金利減免、返済額の減額などのリスケジュールを申請した中小企業は30万~40万社と推計されている。同法は2013年に終了したが、その後も金融庁が金融機関に実行報告を求めたため、実質的には2019年まで継続した。法的根拠を失って以降も申し込みは500万件を超え、実行率は9割を超えたという。借金をまともに返済できない中小企業が山ほどあるのだ。 

 

 しかし、長年の超低金利下でも借金まみれになった経営力のない企業は、倒産しても仕方がないだろう。 

 

 今は人手不足が深刻なので、倒産が増えれば人材の流動化も進む。リスケしなければ存続できない“ゾンビ企業”をつぶすのは「世のため人のため」であり、恐れる必要はないのだ。 

 

 また、政府は利上げすると国債の利払いが増えて財政破綻のリスクが高くなると言うが、それは承知の上で国債を発行してきたはずである。個人であれ企業であれ、借金の金利が上昇したら返済が苦しくなるのは当たり前で、その条件を受け入れて融資を受ける。政府が勝手に国債をGDPの2倍の1105兆円(2024年度末の残高見込み)も発行しておきながら、今さら利払いが大変になると騒ぐのは無責任極まりない。 

 

 そもそも日本の景気がいくら低金利でも良くならないことは、安倍晋三元首相と黒田東彦前日銀総裁が“アベクロバズーカ”で「異次元金融緩和」を2013年から10年間も続けたのに、全く景気は上向かず、経済が長期低迷したことで明らかだ。選挙対策でさらに国債を積み増して野放図に財政赤字を拡大するという愚蒙なことは、金輪際やめてもらいたい。 

 

【プロフィール】 

大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2025-26』(プレジデント社)、『新版 第4の波』(小学館新書)など著書多数。 

 

※週刊ポスト2025年6月20日号 

 

 

 
 

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