( 297793 ) 2025/06/09 06:46:01 0 00 戦闘機(画像:防衛省)
防衛省は12式能力向上型の整備に意欲的である。これは米国が採用したNSMミサイルを手本として作った亜音速型の国産対艦ミサイルだ。速力はマッハ0.8前後、1秒間に300m未満で飛行する。
これはASM-3系列の冷遇ぶりとは対照的である。こちらは先行開発した超音速対艦ミサイルであり速力はマッハ3級、1秒間に1km以上を飛ぶ高速ミサイルだが、今では開発元の防衛省も言及を避けている。
なぜ、防衛省は低速の亜音速ミサイルを珍重するのだろうか。カタログ・スペックでは高性能であるはずの超音速型に見切りをつけたのだろうか。
亜音速型でなければ問題は解決できないからだ。超音速型では解決は望めない。だから防衛省は一見して高性能のASM-3を捨てたのである。
今日の対艦ミサイルが抱える問題とは何だろうか。各国が新型対艦ミサイル整備を進めている理由は何か。
それは、突防問題である。軍艦に搭載した防空システムの自動化が進んでいる。その結果、従来型の対艦ミサイルは命中が期待できなくなった。そのため、新型軍艦側の防空システム、この場合には対艦ミサイル防御を突破するための機能、突防能力が求められている。
防衛省はこの問題について亜音速型の導入、12式能力向上型の採用で解決を図っている。超々低空飛行と高度ステルス、具体的には飛行高度を従来型最低の2.8mよりも下げる、電波反射も背景雑音以下に抑える手法である。
それにより軍艦側の迎撃は事実上不可能となる。レーダ探知は困難となり、大砲やミサイルの照準もできなくなるからだ。
これは米海軍のNSMによる解決に倣った形である。新規採用した高度1mを飛行するステルス型の亜音速対艦ミサイルである。誘導形式も電波を出さない二波長赤外線画像誘導を採用している。防衛省は先行するNSMを見た上で、外形やコンセプトをほぼコピーし、誘導機構をレーダ式に改めた12式能力向上型を構想した形である。
中国論文ではNSMを迎撃不可能の扱いにしている。解放軍火箭軍大学の雷は『火力与指揮控制』掲載論文で「突防概率約100%」つまり「迎撃不能」としている。北京航空航天大学の付の論文の問題意識でもある。『光学技術』掲載論文で噴水で軍艦の姿を隠す方法を検討しているが、その背景はNSM対策である。(*1、*2)
そして、いずれの突防手法も速力を亜音速に留めなければ実現は難しい。高度1mを飛行するには繊細な飛行制御が必要となる。ステルス性確保にも形状の自由度、とくに空気取入口の形状や配置の工夫が必要となるからだ。
だから防衛省も亜音速型の導入を進めているのである。
対して、超音速型では突防問題は解決できない。それがASM-3系が切り捨てられた理由である。
開発の趣旨は変わらない。新型軍艦の対艦ミサイル防御に対抗する。そのために突防能力を向上させた対艦ミサイルを求める考えである。
ただ、マッハ3程度の高速性能では突防を実現する見込みは立たなかった。
手動迎撃の時代なら有効であった。速度は亜音速型の4倍であり対処時間は1/4になる。そのため操作員の対応は厳しくなり複数攻撃ともなれば飽和してしまう。
だが、自動化が進んだ今日では通用しない。防空システムを全自動迎撃モードにすれば難なく迎撃できるからだ。
むしろ迎撃容易である。機械からすれば逆に与し易い。
まず見えやすい。大型であり非ステルス、しかも飛行高度は最終段階でも高めであり明瞭に捕捉追尾できる。
そしてなにより、ひと目で対艦ミサイルとわかる。マッハ3以上、高度300m以下で自艦に向けて一直線に飛んで来る目標は対艦ミサイルしかない。
だから、厄介な攻撃可否の判定が簡単になる。民間旅客機との見間違えの可能性は限りなく低い。そのため即座に迎撃目標と判断し、下流の武器システムに「攻撃はじめ」を指示できるのである。
この自動防空システムの挙動も中国論文が詳しい。例えば高・揚のベイズ推定による脅威評価検討である。(*3)
超音速対艦ミサイルでは問題は解決しない。ASM-3では突防は実現できない。だから防衛省は手仕舞いを進めているのである。
つけ加えれば、亜音速型による問題解決は実現容易でもある。
12式能力向上型のコストは従来型と変わらない。自衛隊が使っていたハープーン等と大差はなく導入負担は大した物とはならない。
おそらく単価は3億前後、炸薬量は150kg程度、本体重量は500kgから600kgのあたりだ。そのため戦闘機や軍艦にもハープーンと同じ数を搭載できる。さらには中小型ヘリコプターや軽トラからの発射も視野に入る。
なお、手本にしたNSMはさらに軽い400kgである。艦載ヘリ発射にも対応しており米海兵隊は小型トラックに2発搭載している。照準も「だいたいの方向」でよい。飛行経路や目標選択、目標艦船のどこの部位を狙うかはミサイル側が搭載データベースを用いて自動判断する。
逆に、超音速はこの点でも難がある。いずれの負担も亜音速型より大きい。特に、重量は800kgを超えるために発射手段が限られる。逆に炸薬量は推測で100kg未満であり爆発威力は小さい。
ちなみに、この比較優位は採用理由にならないことには注意が必要である。「亜音速型は超音速型よりもコスト面で優れている」から防衛省が採用するのではない。なによりも直面している突防問題を解決できるから採用する。その上でコスト面でも実現困難ではないだけの話である。
以上が防衛省が亜音速型の12式能力向上型導入を進めている理由である。そしてカタログ・スペックで優れる超音速のASM-3に見切りをつけた理由でもある。
軍事趣味の界隈は「超音速だから採用すべき」との判断に偏りがちだ。カタログ・スペックの数字しか見ず
「超音速は亜音速よりもエラい」
と思い込みやすい。
防衛省の技術部門にも似た傾向はある。「亜音速型の次は超音速」といった理系的な短慮の結果、ASM-3失敗に至った形だからだ。
だが、現実の社会はそのような判断は許容しない。問題はなにか、それは本当に問題であるのか、その問題を解決するにはどうすればよいのか、その解決法はうまくいくのか。それが問われる。「超音速だからエラい」といった甘い考えは通用しないのである。
●参考文献 *1 雷剣ほか「美国NMESIS導弾武器系統反艦作戦能力評估分析」『火力与指揮控制』49(04) 2024年,pp.150-155. *2 付健ほか「基於水幕的艦船紅外干擾策略研究」『応用光学』42(3) 2021年,pp.404-412. *3 高暁光、揚宇「基於貝葉斯網的艦艇防空威脅評估」『戦術導弾技術』2020年4期,pp.47-70.
文谷数重(軍事ライター)
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