( 299093 )  2025/06/14 05:59:26  
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ある日突然襲い掛かった網膜剥離の症状を事細かに聞いた(柿島氏<左>の写真は本人提供、窪田氏の写真は撮影:梅谷 秀司) 

 

「近視になってもメガネをかければいい」と思っている人は少なくないが、実は近視は将来的に失明につながる眼疾患の発症リスクを高める、危険な疾患なのである。しかし、身近に眼疾患の経験者がいなければ、その実感が湧かない人がほとんどではないだろうか。 

『近視は病気です』の著者であり、近視の予防を呼びかける眼科医である窪田良氏の対談企画。今回は、NHK Eテレで放映されたアニメのテーマソングの作曲者としても知られる、シンガーソングライターの柿島伸次さんをお招きし、幼少期に近視になり、50代で網膜剥離を発症したリアルな体験談を語っていただいた。 

 

第1回は、「突然視野が欠けた」という網膜剥離の症状や、「地獄のようだった」と振り返る術後の大変さをお聞きした。 

 

■近視によって中高年で引きこされる網膜剥離 

 

 窪田:柿島さんはNHK Eテレ「はなかっぱ」のテーマソングや、YouTubeで視聴回数が1100万回を超える「スイヘイリーベ 〜魔法の呪文〜」などの作曲編曲、シンガーソングライターとして知られていますが、その一方で、網膜剥離の経験者としてブログで発信をされていますよね。 

 

 実は、柿島さんのようにもともと近視があると、50代を過ぎてから眼疾患を発症する可能性が高くなることが分かっているんです。 

 

 柿島:私自身、網膜剥離になるまで、近視が関わっているとは知りませんでした。近視以外は、これまで特に目の病気にかかったことはなかったので、急に網膜剥離になった時にはびっくりして……。 

 

 窪田:症状が出たのは、いつ頃ですか?  

 

 柿島:2年前、57歳の時でした。ある日、ウォーキングをしていると、突然目の中で「何かが剥がれた」という感覚がしたんです。何度も目薬をさしましたが、違和感は変わらず。 

 

 両目で見ると分からなかったのですが、片目ずつ見てみると、目の内側がバームクーヘンのような扇形に欠けているのが分かりました。明らかにそこだけ視野が欠けていて。 

 

 窪田:網膜剥離の症状の1つ、視野欠損ですね。ほかに、目の端に小さな虫が飛んでいるような影が見える飛蚊症や、視野の中心や端がキラキラして見える光視症などがあります。 

 

 柿島:これは大変だ! と思って、次の日、近くのクリニックに行ったら、網膜剥離だと診断されました。すぐに大きな病院を紹介され、そこで「手術をしましょう」と。その間も、目の中の扇形はどんどん大きくなっていき、色も赤く変化していきました。 

 

 

■網膜剥離は治療が遅れると失明の可能性も 

 

 窪田:すぐに病院に行かれたのはよかったです。もし剥離が黄斑部に達すると失明してしまうので。黄斑部とは網膜の一部で、視力に影響する重要な部分です。柿島さんのように目の異常を感じたら、すぐに病院に行くことが大事です。 

 

 柿島:私も、医師から「もし黄斑部に達していたら、ほぼ見えなくなっていましたよ」と言われて、怖かったです。あとちょっとのところで間に合って、本当によかったなと。 

 

 その時、強度の近視が強いと、網膜剥離になるリスクが高まるという話を聞いたのですが、本当ですか?  

 

 窪田:本当です。近視になると、将来的に網膜剥離や緑内障など、失明につながる疾患になる可能性が高まります。私が子どもたちの近視対策を啓発しているのも、そうした疾患になるのを少しでも防ぎたいと思っているから。特に強度の近視があると、50代を過ぎてから目の疾患にかかりやすくなるのです。 

 

 柿島:実際に自分が網膜剥離になってみて、いかに目が大切かを実感しました。今なら窪田先生がおっしゃる、近視予防の重要性がとてもよく分かります。 

 

 網膜剥離の手術自体は1時間くらいで終わったのですが、その後が本当に大変で……。 

 

 窪田:どんなことが大変でしたか?  

 

 柿島:手術が終ってから、目を下に向けておくために、ずっとうつむいていないといけなかったんです。起きている時も寝ている時も、うつぶせの状態で。それが2週間続いたのは、地獄のようでした。 

 

 窪田:網膜剥離の手術では目の中にガスを注入して行うので、それを抜くために下を向いている必要があるんです。長時間、うつぶせ状態を維持しないといけないので、患者さんにとっては大きな負担ですよね。 

 

 柿島:入院中はうつ伏せ用の枕がありましたが、退院してからは自分でU字型のクッションを買ってきて、なんとかその体勢をとっていました。でも、やはり夜はよく眠れなくなってしまって。しかたなく、普段は飲まない睡眠導入剤を使っていました。 

 

 それと、手術の後はものの見え方が変わりました。歪みがひどくなってしまったんです。 

 

■ものが歪んで見える状態が1年続いた 

 

 窪田:術後は一時的に見えにくくなることがあります。歪んで見えるのも症状の1つです。 

 

 

 柿島:私の場合、しばらく人の顔が凹んで見えました。そうすると誰の顔かも分からなくて。「これがずっと続くのか」と思うと、激しく気分が落ち込んだ時期もありました。 

 

 ほかにも、四角いものの角が欠けて見えてしまう。例えばレンガの壁を見ると、その1つひとつが凹んで見えるから、ものすごく気持ち悪くて……。 

 

 窪田:ものが歪んで見えるのは、手術直後でまだ網膜が十分にピンと張っていなかったのかもしれないですね。網膜が少したわんでしまっていたというか。ちなみに、その症状は今もありますか?  

 

 柿島:いいえ、今はないです。でも、1年くらいは続きましたね。歪みがひどい時は、ピアノの鍵盤がぐにゃぐにゃに曲がって見えましたし、ギターの弦も、電灯の紐なんかも途中で曲がって見えました。見るものすべてがそんな感じなので、目をつぶって対処するしかないのがつらかったです。これから自分はどうなっちゃうんだろう、と心配になりました。 

 

 窪田:回復されて本当によかったです。見えないのもつらいですが、変な形に見えてしまうのも、違った意味で精神的に大きな負担になりますよね。視力が悪い以上に、日常生活での困難があります。 

 

■手術中に「目を動かせない」つらさ 

 

 柿島:それと、術後のうつ伏せ状態も大変でしたが、手術中に動けないこともつらかったです。局所麻酔だったので、動くなと言われてもどうしても動いてしまう。窪田先生にお聞きしたかったのですが、目の手術は全身麻酔ではできないのでしょうか?  

 

 窪田:以前は全身麻酔でやっていたこともありますが、最近では患者さんの体への負担を考えて、局所麻酔で行うことがほとんどです。手術時間が短縮されたので、局所麻酔でもできるようになったのです。ただ、柿島さんがおっしゃるように、たしかに患者さんの中には動けないことが苦痛に感じる方もいらっしゃいます。 

 

 手術中に「顔を動かさないでくださいね」と言ったら、「分かりました」と言って大きく頷かれたこともあります(笑)。そのくらい無意識に動いてしまいますよね。特に高齢の患者さんにとっては大変だと思います。ただ、私たち医師も、その状態での手術に慣れていますので、多少動いても問題なく対応できるようにトレーニングしています。 

 

 柿島:そうなんですね。止まっていなければならないことに、恐怖を感じてしまって……。 

 

 窪田:そういう患者さんもいらっしゃいますね。緊張状態が強いと、目の中のプレッシャーが上がるので、危険があります。どうしても無理な場合は、医師に相談してみてください。局所麻酔に比べて入院期間は長くなりますが、対応してもらえるはずです。 

 

次回は、幼少期の目のケガが大人になってからどんな影響を及ぼすのか、柿島さんのお話を伺いながら解説していきます。 

 

 (構成:安藤梢) 

 

柿島 伸次 :シンガーソングライター/窪田 良 :医師、医学博士、窪田製薬ホールディングスCEO 

 

 

 
 

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