( 299548 ) 2025/06/16 04:16:28 0 00 石破茂自民党総裁は9日、夏の参院選で「2040年に名目GDP1000兆円」と「平均所得を現在から5割以上上昇させること」を1番目の公約に掲げるよう党幹部に指示した Photo:JIJI
自民党が参院選に向けて発表した「名目GDP1000兆円」と「現金給付」という派手な公約。一見すると景気のよさそうな数字に、“おっ”と心が動いた方も少なくないかもしれません。けれども、よく考えてみると、どこか腑に落ちない……そんな違和感を覚えた人も多いはず。実は、この公約は国民の生活苦を根本から解決するどころか、むしろ国を危険に陥れかねない政策だったのです。そこには「どうせ国民はわからない」という自民党や官僚たちの不誠実な考えが透けて見えます。国民の皆さん、ナメられてますよ。(百年コンサルティングチーフエコノミスト 鈴木貴博)
連載『今週もナナメに考えた 鈴木貴博』をフォローすると最新記事がメールでお届けできるので、読み逃しがなくなります。 ● 「名目GDP1000兆円」「現金給付」 公約に隠された“不誠実なホンネ”
6月9日、石破茂首相は「2040年に日本の名目GDPを1000兆円に引き上げる目標」を参議院選の1番目の公約として盛り込むように自民党幹部に指示をしました。
先に経済の専門家としての視点での結論を申しあげますと、国のトップが掲げる経済目標としてははなはだ不適切な目標です。同時に決して達成不可能な目標ではないのです。このパラドックスについて解説したいと思います。
わが国の2024年度の名目GDPは約617兆円です。これが2040年に1000兆円になるということは、16年間でGDPが1.6倍になることを意味します。もう少しわかりやすい数字で示すと、これからの16年間、毎年の名目GDPが年率3.1%で成長すれば目標は達成できます。
「日本経済がほとんど成長していないのに、そんなことが達成可能なのか?」
普通はそう思うはずです。
ただ自民党の公約にはふたつのトリックがあります。
ひとつめのトリックは日本のインフレ目標が2%だということです(ふたつめのトリックの話はずっと後に出てきますのでお楽しみに)。名目GDPというのはインフレーションを調整しない数字です。
たとえば2024年度の経済成長率は0.8%でした(内閣府)。しかし、インフレのせいで名目GDPは前年比3.7%も増えています。このように経済が成長しなくてもインフレがおきると名目GDPは増えるのです。
日本経済がどれだけ発展するかは、本来であれば実質GDPの成長率で計ります。そこで政府目標のように毎年2%のインフレが16年続いたとして、自民党公約の1000兆円が実質GDPとしてはいくらになるのかを計算してみましょう。
計算結果は729兆円です。物価が1.4倍になるので、実質GDPは1.2倍になるだけで現在の1.6倍に相当する名目GDP目標が達成できるのです。これは、16年間で年率1.0%の経済成長をすれば到達できる数字です。
自民党の公約がどのような前提で組み立てられているかはわかりません。ですが、日銀も政府も年2%のインフレが定着することを目標として動いていますから、石破首相の公約が実質的には年率1.0%の経済成長を前提に組み立てられているだろうという推測は論理的です。
しかし、しかしこれからの16年間、年率1.0%で経済を成長させ続けることなどできるのでしょうか?
それを考えるために、逆に過去16年間の経済成長がどうだったのかを見てみましょう。ここからは国際比較のため暦年で数字を分析します。
2008年から2024年までの日本の経済成長率は年率0.4%でした。ということなら、過去と比べて2.5倍ぐらい高い経済成長目標を達成できなければ、自民党の公約は絵に描いた餅で終わります。
「そうは言っても2009年にはリーマンショックが起きているし、2020年からはコロナ禍で経済が停滞しているから、この時期を引き合いに出すのはフェアとはいえないんじゃないのか?」
というご意見もあるかもしれません。
そこで同じ16年間に他の先進国がどうだったのかを見てみましょう。それぞれ自国通貨で計算した実質GDPの成長率を比べると、アメリカは2008年から2024年にかけて年率2.1%で成長しています。リーマンもコロナもアメリカにとってはそんなの関係ねぇという成長ぶりです。
G7の他の比較しやすい国でみると、同じ16年でイギリスが年率1.2%、フランスが0.9%です。要するにこういったまともな先進国並の経済成長が実現できれば自民党の掲げる公約は達成できます。できないことではない気がしてきますよね。
その他のG7を全部挙げるとカナダが1.7%、イタリアが1.8%、ドイツに至っては3.2%ですから、政治家がちゃんと国を運営すれば年平均で1.0%は逆にとても低い目標にすら見えてきます。
さて、日本は過去16年間で年率0.4%とG7の中で最低の経済成長率だったと申し上げましたが、実はこの16年間を3つの期間に分けてみると日本で起きたことがさらにはっきりと理解できます。
まず最初の4年間。麻生内閣が倒れ、民主党政権が誕生した期間の実質経済成長率は年率で▲0.1%でした。ここはリーマンショックに加えて福島原発がメルトダウンして計画停電が実施されたような時期でしたから、結果としてマイナス成長になったのも不思議ではないですね。
ところが、そこから日本経済が反転するのが2013年から17年にかけての5年間。これが日銀の異次元緩和にともなうアベノミクスの成功期なのですが、この5年間の年平均成長率は年率でなんと1.3%となかなかの数字をはじき出しているのです。
一方でアベノミクスのご利益は5年で行き詰まります。第4次安倍内閣が誕生し、菅内閣、岸田内閣、そして石破内閣へとつながるその後の7年間の日本経済の経済成長率は年率平均で0.2%へと落ち込みます。消費税が10%に上がり、食品を中心にインフレが加速して、日本政府の借金である国債の発行残高が1000兆円まで膨れ上がった時代です。
そのようにこれまでの16年間を振り返ったとして、自民党はいったいどうやってこれからの16年間で、アベノミクス級の経済成長を継続的に実現しようと言うのでしょうか?公約は守れるのでしょうか?
ちょっとだけ話が脱線しますが、SNS上では石破首相が国会で「当選したからといって公約をその通りに実行するもんではない」と発言したというニュースをよく見かけます。本当にそんなことを言ったのかと思って調べてみると、発言を切り取ったフェイクだということがわかりました。
石破首相が発言したことは、総裁選で公約した石破首相の公約だからといって自民党が「すべて我が党はこれでやる」ということにはならないということでした。総裁選には9人の候補が出ていて、それぞれ違う政策を主張していました。自民党という党はそういう議論を取り上げる仕組みがある党なのだという意味の発言でした。
一方で同じロジックで受け取れば、総裁選でイチ候補の立場で掲げた政策と、参院選で自民党の公約として掲げる政策は重みがまったく違います。党の公約ですから選挙後にはその政策を党として守る必要があります。
「とはいえ政治家は公約なんて守らないよね。公約がぜんぶ守られていたら今頃もっといい国民生活になっていたはずだよな」
まあそう受け取るオトナの読者が多いのではないかと思います。
さて、公約は守られるのか守られないのか?ここからは、はなはだ野暮は話をさせていただくのですが、この政策、実は日本政府は簡単に実現できる目標なのかもしれないのです。ここで冒頭にお話ししたふたつ目のトリックの話をさせていただきます。
自民党の掲げる「名目GDPを2040年に1000兆円へ」という目標は、日本のインフレがこれから先に激化したら経済が成長しなくても自動的に実現するのです。
さきほど申し上げたように、足元の2024年は日本の経済成長率は0.8%でした。しかし、食品中心にインフレが進んだことで名目GDPは年率3.0%で増えました。
今年に入ってからコメの価格は昨年の倍に高騰しています。ガソリンや電気代もあいかわらず高いし、円安もピーク時よりはよくなったとはいえ1ドル=145円近辺と高止まりしています。
こんな状況が続いたとしたらどうでしょう?これから2040年までの16年間、年率3.1%のインフレが続いたとして計算すると、経済がまったく成長しなくても日本のGDPは1000兆円を達成します。
ですから一見無謀な公約に見えますが、官邸を仕切る高級官僚から見れば、この公約はたやすく達成できる目標なのです。達成できそうになければ国債を増発したり、政府支出を増やして放漫財政で国を運営させればいつでも目標に到達できます。
こうして石破首相が引退して回顧録を出版する頃には、
「私が掲げた自民党の目標、GDP1000兆円は達成されました」
と書くことができるわけですが、それはいいことかというとそうではないのです。
これが私が冒頭に「国のトップが掲げる経済目標としては、はなはだ不適切な目標です」と述べた理由です。大企業の経営者はこういった目標設定は当然やってはいけないことだとわかっています。社員が目標を達成しようとした結果、会社の利益を棄損するような行動をとってしまう可能性があるからです。ではなぜ政治家はわざわざ国を危うくするような目標を打ち出すのでしょうか?
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