( 299795 )  2025/06/17 03:51:17  
00

「今だったらセクハラで大問題」均等法第一世代の女性たちが振り返る40年 #令和の人権

Yahoo!ニュース オリジナル 特集 6/16(月) 16:15 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/55db6cbab874c01c21105485ac5b4ed42f6ff18c

 

( 299796 )  2025/06/17 03:51:17  
00

1986年に男女雇用機会均等法が施行されてから40年が経ち、均等法第一世代の女性たちが定年に向けて動き始めている。

この40年間で、均等法は段階的に改正され、2019年にはセクシュアルハラスメント防止対策が強化された。

この期間に「働く女性」を取り巻く環境が大きく変化し、女性たちは社会の変化をどう受け止め、会社の中でどのような変化を感じてきたのかが注目される。

取材によって、均等法第一世代の女性たちの体験や意識の変化が探られている。

(要約)

( 299798 )  2025/06/17 03:51:17  
00

写真:アフロ 

 

2025年で男女雇用機会均等法成立から40年となり、1986年の施行から1990年頃までに新卒入社した均等法第一世代の女性たちが定年を迎えはじめている。均等法は段階的に改正され、直近の2019年にはセクシュアルハラスメント防止対策の強化が盛り込まれた。「働く女性」を取り巻く環境が大きく動いた40年間、彼女たちは会社の中でどのような変化を感じ、社会の変化をどのように受け止めてきたのか。(取材・文:宮島麻衣/編集:小山内彩希、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部) 

 

男女雇用機会均等法変遷の図 

 

「え、女子ですか? ほな結構です」 

 

面接担当者は、渡辺さん(仮名)を見て、開口一番こう言った。 

 

均等法が施行されて間もない1987年、四年制大学に進学する女性は少なく、就職においても短大を卒業して一般職で採用されるルートが主流だった。 

 

「関西の大学に進学したのですが、学部には男子しかいないもんですから、私への就職案内もほとんど男子と間違えて届くんですよ。面接に行くと、女子なのか!と驚かれ、断られる。じゃあ一般職ならどうかというと、ライバルは“男性社員のお嫁さん候補”として魅力的な20歳の女性たちばかり。女性の総合職採用も募集人数が少なく狭き門だったので、応募できる企業には片っ端からエントリーしました。100社は超えたと思います」(渡辺さん) 

 

その努力が実り、関西の住宅メーカーに営業として入社。 

 

「同期は全国に数百人いましたが、女性総合職はたったの4人。社内では『女子営業』と呼ばれて珍しがられていました。『すぐに辞めるだろ』なんて揶揄する先輩もいましたね。女性総合職の採用は私の代で2期目だったので、会社の設備も追いついておらず、社員研修のときは研修所に女子部屋も女子風呂もありませんでした。男子が入る前のわずかな時間をもらって、急いでお風呂を済ませていましたね」(同) 

 

新卒入社した会社は30歳手前で退職。転職を重ねたあと住宅系のベンチャー企業に25年勤め、今年、定年を迎えた。社会人生活を振り返って「働く女性の意識が最も変化したと感じたのは、新卒入社した会社での数年間」と渡辺さん。 

 

当時の気持ちをこのように振り返る。 

 

「私は就活でも、就職後も、“男性とは区別されて当然”と捉えていて、それを理不尽だと思ったこともありませんでした。『“そういうもん”だから、それを突破していかなきゃしゃあないねん!』と思っていたし、同期の女性もみんな同じように捉えていたんじゃないかな。意識が変わっていったのは、ふたつくらい下の世代からだったように思います。営業の仕事においても、男だから女だからではなく、いかに数字を上げられるかが大事だという価値観で入社してくる女性が多かったですね」(同) 

 

 

写真:Adobe Stock 

 

1985年成立時の均等法は、募集・採用、配置・昇進について、男女均等に取り扱うことは「努力義務」とされており、法律が施行されてもすぐに男女の雇用条件が平等になったわけではなかった。 

 

1989年に運輸会社に一般職採用された松本さん(仮名)は、入社時は男性は総合職、女性は一般職と、性別で完全に職種が分けられていたと言う。 

 

「仕事内容は主に、アシスタント業務、コピー、お茶出し、電話番でしたが、それについては不満などはいっさいなく、こんなことでお給料がもらえるならラクでいいなと思っていたくらい。男性と同じように働くなんて考えたこともありませんでした」(松本さん) 

 

今でこそ、結婚後に働き続ける女性は珍しくないが、1990年代は入社数年で寿退社していくのが定番ルートだった。 

 

「きれいなワンピースを職場に着てきて、指には婚約指輪がキラキラ。花束を渡され、『おめでとう!』と祝福されて送り出される……そういった光景が茶飯事で、寿退社はステータスでした。毎月2、3人は辞めていくので、会社もそれを前提に採用をしていたと思います」(同) 

 

家庭に入ることが女性にとっての理想とされた時代、飲み会においても“気が利く女性”として男性社員から気に入られることが大切だったという。 

 

「お酌や食事の取り分けはもちろん、男性がタバコをくわえるとサッとライターを取り出して火をつける女性の先輩がいたり、宴会場のカラオケでは、上司から腰に手をまわされて密着しながらデュエットをしたり。役員が女性社員の膝に手を添えているなんてことも……。今だったらセクハラで大問題になりますね」(同) 

 

女性労働者を対象に、事業主に対するセクシュアルハラスメント防止の配慮義務が盛り込まれたのは、1997年の均等法改正時のこと。松本さんも「2000年代に入った頃からさまざまな意識が変わってきたように思う」と話す。 

 

「うちの会社も2000年代初頭に職種区分が廃止されて、私も総合職になりました。育休を取ったり、子育てしながら時短勤務したりする女性が出はじめたのもこの頃です。現在は女性の海外勤務も珍しくないですし、女性の管理職・役員も15%ほどいます」(同) 

 

 

写真:アフロ 

 

均等法第一世代で、管理職まで務めた女性にも話を聞いた。 

 

山口さん(仮名)は高校時代に留学を経験。大学も帰国子女が多く、男女の差を感じずに育ったという。 

 

1990年、女性総合職として金融会社に入社。同期のうち女性総合職はわずか10人だった。 

 

「業務は男性中心にあうんの呼吸で進み、知らないうちに喫煙所で話がまとまっている。そんな仕事の進め方に圧倒されていました」(山口さん) 

 

潮目が変わったのは、入社から十数年が経った頃。1997年の均等法改正で、女性の採用比率が低い職種や職位に女性を積極的に登用するなど「男女格差の解消への積極的な措置(ポジティブ・アクション)」に取り組む事業主を国が支援することが盛り込まれ、社会的に女性活躍の機運が高まった。 

 

その影響を受け、山口さんにも、マネジメント育成研修の声がかかったのだ。 

 

「研修後、女性としては数少ない海外駐在の機会もいただき、社会がいい方向に流れていると感じましたね。その半面、下駄を履かせてもらっているような感覚もありました。キャリアの前半はずっと語学を生かした専門的な部署でしたが、駐在後は管理職を任されるようになり、経営の基礎的スキルが足りていないと実感することも。昇進して管理職として厳しい経験もしましたが、数多くの新しい機会にチャレンジし、やりがいもあり、会社に貢献できたと思います」(同) 

 

社会人人生を振り返ると同時に、時代の変化に思いを馳せる。 

 

「5年ほど前、近所でベビーカーを押している男性を見たときに、『価値観が変わったなぁ』と思いましたね。私は結婚していませんが、それは親世代から受け継いだ、“家のことはすべて女性がやるべき”という価値観を長らく持っていたからだと思います。“仕事か結婚か”の二者択一を迫られたのは、時代の中のわずかな世代特有のものなんでしょうね」(同) 

 

男女雇用機会均等法の改正ポイント(参照元:厚生労働省「Ⅲ 男女雇用機会均等法成立 35 年を迎えて」) 

 

男女雇用機会均等法成立から40年。働く女性たちの環境や意識は、どのように変化したと言えるのだろうか。 

 

昭和女子大学現代ビジネス研究所の研究員であり、定年前後の女性たちにセカンドキャリア研修を行う株式会社Next Storyの代表取締役・西村美奈子さんに見解を聞いた。 

 

 

Next Story代表取締役の西村美奈子さん 

 

「1980年代後半〜90年代は、会社によって平等意識にかなりグラデーションがありました。私より下の世代にインタビューをしても、女性は名刺を持たせてもらえなかったとか、男性と同じ立場でも海外出張に行かせてもらえなかったとかは、珍しくなかった。現代もそうだと思いますが、制度ができて会社の上層部の意識は変わっても、それが現場に浸透するまでには時間がかかるということですよね」 

 

西村さん自身は、均等法制定前の1983年に富士通株式会社にエンジニアとして入社。「女性保護の観点から、女性の残業時間は一日2時間、週6時間までと制限されており、上司から『早く帰れ!』と追い出されていた」と、当時を振り返る。 

 

1991年には育児・介護休業法も制定されたが、80年代後半に出産を経験した西村さんは、ライフイベントのキャリアへの影響も大きかったと話す。 

 

「私は1987年に長男を出産していますが、『世の中に子どもがいても働く女性がいるって聞いてたけど、本当にいるんだね』と驚かれたものです。1990年の次男出産時には、社内制度として育休があったものの、取得すると長男が保育園を退園しなければならなかったため、仕方なく自己都合の欠勤という形で2週間の休みを取りました。のちに『その欠勤が昇進に大きく響いた』と聞かされたときは、やるせない気持ちになりました」(同) 

 

働く女性を取り巻く環境が明らかに変わったのは、2000年代に入ってからだと続ける。 

 

「2006年の均等法改正では、男性労働者も含めたセクハラ防止措置の義務化が盛り込まれました。“セクハラ”という言葉が広まり、男女差別に対する世の中の捉え方も大きく変わりました。女性側も『女だからこういうふうに扱われても仕方ない』という意識がなくなってきたのが、この頃だと思います」(同) 

 

取材を受ける西村さん 

 

ポジティブ・アクションが均等法に規定されて以降、男女格差を解消する動きも求められてきたが、依然として、管理職や役員などの要職につく女性比率は低い。 

 

女性の積極登用を含むポジティブ・アクションに対しては、「男性への逆差別」「女性に下駄を履かせている」などと指摘する声もあるが、西村さんは現状を踏まえて政府目標でもある「女性3割登用は必要」と訴える。 

 

「本来であれば、管理職は男女対等に能力を基準に選ばれることが望ましいと思いますが、女性の数が少ないままだと女性たちが声を上げることが難しく、また勇気を出して声を上げても、その声が打ち消されてしまう可能性も高いです。男女問わず多様な声が反映される職場環境をつくっていくためにも、まずは女性管理職の割合を上げることが必要ではないでしょうか」 

 

こういった課題はありつつ、「確実に世の中は女性が働き続けられる方向に進んでいる」とエールをおくる。 

 

「だれもが働き続けられる職場づくりのためには、女性自身の意識も大切です。女性のキャリア研究をしていて感じるのは、『どんな経験も最終的に何かにつながる』ということ。子育て中の女性は、タイムマネジメントやマルチタスク、リスク管理に長けているという話もあります。人生は思いもかけなかった経験が、のちのち役に立ったりするもの。だから、メンタルがキツくなったりして一度立ち止まったとしても、キャリア自体を諦めたりする必要はないんです。女性たちにはそういう意識を持って、興味のあることは小さくても行動に移してみてほしいなと思います」(同) 

 

--- 

「 

 

」はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。日常生活におけるさまざまな場面で、人権に関するこれまでの「当たり前」が変化しつつあります。新時代にフィットする考え方・意識とは。体験談や解説を通じ、ユーザーとともに考えます。 

 

 

( 299797 )  2025/06/17 03:51:17  
00

これまでのコメントから、過去数十年で女性の労働環境や社会進出には変化があり、男性と同等の待遇や機会が提供されるようになったことが指摘されています。

しかし、その中で未だにセクハラやパワハラといった問題が残り、女性が働きやすい社会に向けての取り組みが必要であるとの意見もあります。

また、女性が仕事と家庭を両立させる難しさや、現代の働き方に対する多様な意見も見受けられました。

最近の風潮や制度面の改善はあるものの、それに伴う心理的な負担や社会全体への影響、男女関係におけるバランスなどについての懸念も指摘されています。

 

 

(まとめ)

( 299799 )  2025/06/17 03:51:17  
00

=+=+=+=+= 

 

社内での待遇であったり、セクハラだったりっていうのはこの頃からすると随分改善されたのだと思う。でも、女性が営業のツール扱いされるって事は、まだ残ってしまっている思う。 

私が取引先の男性から、手を握られたり、お尻触られそうになったり、腰かくかくされながら安産型だから子供たくさん産めるねとか言われたのは、まだ十年ちょっと前。それなのに会食では必ず隣に座らされたり、出張にも同行させられたり。 

もしかしたら、フジの件でその部分にもクローズアップされて、これから改善されるんじゃないかって期待している。被害に遭われた女性の方には申し訳ないのだけれど。 

 

▲2378 ▼263 

 

=+=+=+=+= 

 

私もほぼ同世代でしたが、パワハラとかセクハラとかって認識ありませんでしたね。 

相手の会社が女性営業職だから、頭を下げたくないからお前担当しろ。 

なんて失礼な理由で営業の担当をしました。 

私の世代で、それなりの職位にいる方は、結婚せずに頑張られた女性が多いですね。 

結婚するなら辞めるということが当たり前でしたから。 

もちろん、まだまだ女性が働き続けることは大変ですが、そういう方たちの努力で今の女性が働きやすい社会になってきたと思います。 

 

▲1876 ▼108 

 

=+=+=+=+= 

 

氷河期世代ですが、4年制大学卒業して医療職に就きまして。女性が多いので育休も取れ、働き続けられてます。それでも当時の看護師は出産後8週間で院内保育に子どもを預けて、育休なしで働いてました。私は看護師ではないので1年休めました。 

上の世代は妊娠中も夜勤してたらしく、個人の体調など無視された時代だと思います。 

資格があったら強いとは思いますが、働く根性もすごいと思います。 

 

▲280 ▼29 

 

=+=+=+=+= 

 

うちの会社にもこの世代(50-60代)の女性いますが、独身が多い。むしろ独身しか残れなかったんだと思います。そして残っている女性も一歩下がっているような男性ウケの良い方。ガツガツしていない。 

働く環境も整っていなければ、会社も女性は男性社員の花嫁候補として採用され辞めないで働くという選択肢は許されなかった。 

そんな時代の専業主婦が年金3号ズルい!払え!って今更言われるのは気の毒だなと思う。 

どの時代にも悩みもあるし、良い所もあったと思う。女性はいつの時代も悩みが尽きないから、自分の選択を自信持って生きるしかない。 

 

▲2130 ▼186 

 

=+=+=+=+= 

 

私の会社は未だに昭和気質です。 

会社が女性総合職を増やすことを目標に掲げており株主からの指摘事項でもありました。 

そのため毎年、一般職から総合職へ変更することを促され、今年は自分の番がきました。 

 

しかし上辺だけの総合職で外線電話に出る、電気を付ける、ゴミ捨て、コピー用紙の補充、備品発注、ファイリングや面倒くさい仕事は全て女性の仕事。 

 

上層部の意識が変わっても現場に浸透するのはあと何十年掛かるんだろう。 

 

▲23 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

女性も男性も平等に扱うことには大賛成です。 

でも逆に今は、誰もが総合職としてバリバリ働かなければならないという、一種の強迫観念みたいなものが醸成されているのではないかと思ってしまいます。特に新卒においては。 

今だって一般職として働きたいとか。寿退社したいとか。そういう思いを持っている人もいるかもしれない。いろんな選択肢があって、それぞれを尊重し合えることが重要だと思います。 

何が何でも女性にも活躍の場を!というコールはどうなのかなと。少子化にも拍車をかけているような気がします。 

 

▲647 ▼98 

 

=+=+=+=+= 

 

1988年に就職しましたが「男と女では給料が違うからね」と普通に言われました。女子社員の平均勤続年数は2年で営業マンのお嫁さん候補を入社させているようでした。それがイヤで転職しましたが次の会社ではセクハラがすごく(当時はセクハラという言葉がちらほら出ていた)上司や同僚にセクハラですよ!と言うと「何がセクハラだ!」と逆ギレされていました。掃除もお茶汲みも女子の仕事でした。今はだいぶ違うのでしょうか。 

 

▲883 ▼55 

 

=+=+=+=+= 

 

社内での処遇や言葉使い、人間関係など数十年前から比べれば改善されてきたし、飲み会等でのセクハラまがいの言動がなくなったことも事実かもしれません 

以前から飲み会と喫煙室は、社内人脈づくり、情報やノウハウ取得のために重要な場所として、日本では位置付けられてきました 

喫煙室で、今日、残業が終わったら行こうか、という会話が日常でした 

まさしく男性中心社会の象徴ですね 

近年、徐々にそういうことが変化してきたとは言えますが、 

夫婦共働きが当たり前になったとはいえ、今でも、平日に夕飯を家族で囲むという時に、そこにいないのはだいたいお父さんです 

 

▲721 ▼77 

 

=+=+=+=+= 

 

今日、職場で研修に来ている若い女性が、ハラスメントエピソードを聞いて、「え、それって重大案件ですよね?!」と反応しているのを見た。 

部下のいる前で課長職を激しく叱責した、というもので、パワーハラスメントに該当する。決して軽視できるものではない。 

だけど、それはかつての日常でもあった。 

かつての日常は今、異常となり「あり得ないこと」になった。 

確かにそこにあったものが、「あり得ない」ものになるわけだ。 

 

我々にとっても、当然に「あり得ない」ものであれば受け入れは容易だ。 

けど、その被害を日常として受け続けてきて、あるとき、それは「あり得ない」ものに変わる。 

 

裁判所は社会通念に沿って判断を下す。 

職場環境をめぐる通念は、それほどまでに急激に移り変わったのだろうか。 

 

均等法初期の女性たちを尊敬する。 

自分たちが耐え切った通念が移り変わることを、歓迎できる彼女らの成熟は凄い。 

 

▲675 ▼50 

 

=+=+=+=+= 

 

68歳の義母は元バリキャリ、その年代で結婚・出産後も働く女性は珍しかったそうで、必死で働きながら3人の子供を育てつつ管理職を勤めた、という苦労話を事あるごとに何十回と話しています。 

 

確かにまだ紙おむつが高い時代で布おむつを洗わなきゃいけなかったり食洗機も乾燥機もルンバもない、加えて男性は残業が当たり前でワンオペ必須の時代を駆け抜けたことを考えると、同じ話を聞かされ多少うんざりしつつも、素直に尊敬します。 

 

▲186 ▼12 

 

 

=+=+=+=+= 

 

私はちょうどバブルがはじけすぐの時期が就職活動の時だったのですが、説明会に行っても、大きな満員の会場で「あなたたちには悪いけど、今年は4大女子の採用は去年と天と地の差があります。ここから採用するとしても総合職で3、4人」と言われました。 

 

また別のところでは生理が重いか軽いか聞かれました。お客様商売なので、生理が重いと、生理中しんどそうにしたり、しんどそうな顔をしたりするので、生理が重い人は困る(いらない)と言われたところもありました。今ではそんなこと言ったら大問題ですね。 

 

▲242 ▼10 

 

=+=+=+=+= 

 

今だったら とは言うけども 

セクハラが流行語大賞を取ったのは1989年で 

認識で言えばこの10年だけでも日本は凄く変わった 

89年に大きな話題となった日本初のセクハラの裁判 

当時は被害者側へのバッシングが多く、賠償金も取れないと言われた中で 

最後まで戦い抜いて会社の責任を認めさせた女性側の功績は甚だ大きい 

そこからまた時間はかかってしまっているけど 

あの1歩が確実に今に繋がっている 

 

▲235 ▼17 

 

=+=+=+=+= 

 

女性の社会進出については、能力の高い女性にとっては選択肢も可能性も広がったと言える一方で、大多数である普通の能力の人にとっては容易ではない面もあるように思う。 

東京は日本のどの都市や街と比べても女性の社会進出が進んでいる場所だと言えると思うけれど、一方で実家を離れて上京してきた多くの女性が資本主義社会の中で1人でやっていく不安を抱えながら漂っている場所のようにも感じる。 

東京以外の場所では女性の社会進出の度合いは遅れていると思われるが、奇妙なことにそういう地方都市のほうが女性が伸び伸びと生き、好き勝手に喋りまくっておりエンパワーされているようにも見える。 

 

▲29 ▼10 

 

=+=+=+=+= 

 

女子も男子も、少なくとも自分一人は養えるほどの安定した収入を得続けること。身の回りのことは一通りできるようになって、自分の面倒は自分で見られる人になること。人生においてどんな思いがけない災難に遭っても、そのことが皆さんを守り、自由な選択肢を与えてくれる。これからの子供たちはそういう教育を受けていく。それぞれに苦労した世代の一人ひとりが作った社会だ。 

 

▲67 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

50代です。今が十分とはまだ言えないが30年前に比べて随分良くはなってきたと思います。社会の変化もあるのですがやはり人自身の意識が変わってきた事も大きいですね。30年前の若い女性と今の若い女性では環境以前に明らかに意識が違いますから。30年前は短大→事務職→数年で結婚退職なんて流れがすごく多くてむしろ当事者の女性も社会もそれをあたかも普通のこととして認識していた気がしますが今の若い女性にこの流れはほぼ意識としてないですね。 

あと現在においても日本の中で一様に同じでもないと思います。 

都会と田舎、大企業と小企業、日本の会社と外資系、会社務めと個人事業主、それぞれに女性の人権意識がそれぞれの状況の違いでも差があるような気がしています。 

 

▲161 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

女性も男性も色んな価値観や働き方があっていいし、それを認め合える社会になってほしい。 

私はアラフォーの総合職で、今はまだ未就学児がいるので、ありがたく時短制度を使ってますが、それでも本音はあと数年は仕事セーブして、落ち着いたらまた仕事に軸を置きたい。 

でもアラフィフの総合職女性達はシッターさんを使ったりしながらも仕事を頑張ってきた人達で、私のような働き方は甘い、と感じてるのが伝わってくる時があり、怖いし辛いし悲しくなります。 

もちろんそうした諸先輩方の努力や葛藤、苦しみの上に今の女性の働く環境改善があるわけだけど、だからこそ自分の代の当たり前や価値観を下の世代に押し付けてはいけないと、自戒も込めて思う今日この頃です。 

 

▲63 ▼28 

 

=+=+=+=+= 

 

35年前に就職したうちの会社は、技術職でも女性を採用していたが、配属された課については、海外出張が多い事もあってか、課長や主任が「女性は仕事が出来ないから要らない」と拒否していて、書記と事務職で女性が1名づつ居た他は、20人近い課が全員男性でした。 

他の課には、何人か技術職の女性が配属されていて、出張にも出ていたので、同期と「もう少し女性を信頼してあげるべきだよなぁ」と話していたのを思い出しました。 

 

▲14 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

年表で矢印引っ張ってても、その年にスパッと無くなったかと言ったらそんなことはない。 

 

私は2005年卒だったけど一般職採用はその後2〜3年続いていたし、女性の全員が役職に就ける様な対象になったのは4〜5年かかった。 

 

制度としてあったとしても、意識改革できたのはここ10年ほどなのでは? 

その瀬戸際の人は、制度なんてあってもない様な境遇だったり、その中でどうにか踏ん張ってきた世代。 

 

過渡期に入るまでの世代はかなり苦境を強いられているのは事実。 

 

▲86 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

働きたい女性が男性と同じように働きキャリアを築いて稼げるようになっていくのはとても素晴らしいこと。 

ただ、最近の風潮を見ると、働かないと生きていけない状況に追い込み労働力として使いたい、という経済界の都合も見えている気がしてならない。 

多様性といいながら働くことを強制しているように感じる。 

というのはやはり女性は体力や月のものがあり、メンタル的にもキツイ所もあるけど、男性と常に同じラインで競わされ、評価されて仕事をし続けないと生きていけないのは可哀想に見えることもある。 

 

▲133 ▼34 

 

=+=+=+=+= 

 

大手に勤めてますが、ハラスメント研修があります。 

異性に対して「既婚ですか?」や「お子さんは?」や「飲みに行きませんか?」などの会話は全てハラスメント対象となり、もう完全に口を聞くな状態です。職場はコミュニケーションが一切無くなりました。全て職場長を通しての間接的な会話だけになり、これじゃあ若い子は交際に発展することも無く少子化は一層進むでしょうね...。 

 

▲112 ▼18 

 

 

=+=+=+=+= 

 

男性と同じように働きたい女性にとってはいい社会になったと思いますが、女性の社会進出に連動して出生率は下がりましたね。 

 

確かに育休等の制度や意識や金銭的な補助は厚くなったと思いますが、職場の女性を見ていると、産休・育休で1年半~2年休んで時短で復帰した直後に妊娠したとしても第2子は2年違いです。 

 

なので、自身のキャリア(差別は受けなくても、経験や機会が減るのは仕方なや周りへの影響を考えて子供1人と決めている人が増えました。 

 

寿退社が王道の頃は、子供は生んで当然(それが幸せ)で、2~3人を理想としていて実際にそれが実現しやすい世の中だったことは事実です。 

 

もう後戻りはできないし、女性が男と同じように仕事できることもわかってしまった。どうしたもんでしょうかね?(人間は、成熟社会となって種としては衰退の方向に向かっているのかもしれません) 

 

▲80 ▼20 

 

=+=+=+=+= 

 

記事の方は結局結婚育児はされていない。 

そういう時代だったのだろうけど、あれから30年たった今の若い女性でも「家庭と仕事の両立」をきちんとやって充実した幸せな人生を歩む、というロールモデルはまだ見たことないんだよね。 

今ですら、1歳になる前から保育園、小学生でも学童、と結局はキャリアか子供かどちらか選ばざるを得ない状況には変わりない。昔に比べたら選べるだけ良いのかもしれないけど、幸せそうな人はあまりいないような気もする。 

 

▲86 ▼9 

 

=+=+=+=+= 

 

少し前までは、男性の上司から男性の部下へも、彼女はいるか?と聞いたり、飲みに無理に付き合わされたり、セクハラ・パワハラまがいのことは割とあったように思えます。 

 

彼女がいる、いない、どちらを答えても、深く色々と聞いてくるので、ホント嫌でした。 

 

そう思えば、昔に比べて誰に対してもソフトになったのかな、と思います。 

女性に優しい社会は、男性にも優しい社会であると思います。 

 

▲111 ▼17 

 

=+=+=+=+= 

 

氷河期世代、数少ない総合職から社会人人生を歩み始めました。 

同じかそれ以上の仕事をしても、昇進は男性同期に追いつかず,目立つことをすれば生意気と評価を落とされ,会社が苦しいときに出された施策が女性社員の昇進停止でした。転職しても男性の思想はそんなに変わらないので、一人せっせと刀を研いでいたら数年前に役員に抜擢されました。女だから下駄を履かせたとか散々なことを言われる事がありますが、もう怖いものが無いので鼻息で吹き飛ばしています。と、自分を振り返ってみました。 

 

▲19 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

制度だけできても、今の社会はまだ女性が働くということに対応できてないことが多いように感じます。 

女性が出産のため休みに入る、男性も含めて育休に入る、それを想定した職場の人員数ではないと感じます。だからどうしても一人分以上の仕事が組織にふりかかる。それをふりかかると思うことが認識がアップデートされていないということかもですが、予め余裕ある人員採用されていたら、負担とも感じないだろうになぁと。 

おめでたいことだけど、人がいなくなるのはきつい。 

 

▲21 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

今はダイバーシティの概念が定着し、年収や待遇などの男女での格差は改善された。 

我が社でも女性の管理職が増え、それに違和感を全く感じなくなっている。 

良いことだと思うが、一方でこの影響で少子化が進んでいるという指摘もある。 

女性は結婚したら家庭に入って子育てをする、というかつては当たり前だった風習が、今は少なくなっているから。 

父親が育休を取得して子育ての手助けをする制度も増えてはいるが、なかなか育休は取りづらい面もあるのも事実。 

これはもう時代の流れだし、今後少子化が改善される可能性は薄いだろう。 

 

▲34 ▼16 

 

=+=+=+=+= 

 

5年前に定年退職した会社は40歳で転職した女性下着開発の会社の企画室、入社してすぐに新商品開発担当になったけどデザイナーも上司も50代の男性、部署の中で平均的な体型が私しかいなく(痩せていたり太っていたり)開発会議は皆の前でなんども下着になっていたし、普通に触りながら修正したりしたいた。お尻やバスト触られるなは当り前で、今では完全なパワハラ。でも発売したら売上凄くてボーナス3桁だった。なので我慢した。 

 

▲63 ▼24 

 

=+=+=+=+= 

 

昔は確かに良く無いことがたくさんありました。 

ただ、現代では何もかも全否定され、ハラスメント扱いされてしまいがちですが、意識形成の中で大事なことも一緒くたに否定になってることもあると思います。 

それ故に生きにくい世の中になっていることも事実だと思います。今の10代、20代の子に平成や昭和の方が楽だったんだょということに触れさせてあげたいなと思うことは多々あります。今は便利にはなりましたが可哀想だなと感じます。 

 

▲54 ▼49 

 

=+=+=+=+= 

 

ハラスメント確かに良くない事だと思います。 

 

良くも悪くも、基準が自分にあるので、 

他者はどうすることもできない…そのような時代だったと感じます。 

変わりたければ自分を変えなさいと、啓発活動でよくレクチャー受けましたね 

 

時は移り現在は、基準が他者にあるので、 

相手が受け取ったらそのように解釈される… 

変わらないなら違いを受け入れなさいと、 

メンタルヘルス不調を訴える人が増えましたね。 

 

昔よりも個人として他者を意識する、生きずらい時代だと感じます。 

 

▲10 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

この40年で「働く女性」の立場は本当に大きく変わりましたね。それ自体は喜ばしいことだと思いますし、先陣を切って道を切り拓いた方々の努力には敬意を払いたいです。 

 

ただ最近は、働く女性全般が無条件に持ち上げられる風潮もあって、「働かない女性」や「職場での責任を負わない選択」をしている人まで、同じように評価されがちな空気も正直感じます。一方で男性には、「ここまでやって当たり前」とか「稼ぎ手として当然」といった無言の圧がまだまだ残っていて、ちょっとバランスが悪いようにも見える。 

 

性別に関係なく、働き方や家庭での役割分担はもっと多様であっていいし、その評価もフラットにしていく必要があると思います。 

 

▲39 ▼7 

 

 

=+=+=+=+= 

 

これよりずいぶん後のいわゆる氷河期世代だけど、採用試験の会場で「今の時代、募集要項には書けないから書いてませんけど、女性を採用することはありませんので!」と会社側の説明者が言っていたのをハッキリ覚えています。(けっこう大手のマスコミ系広告会社) 

もちろん交通費も出ない時代、女子学生達がそのまま肩を落としながら帰っていくのを見るのは何とも言えない気持ちでしたが、何百倍という倍率が当たり前の就職活動でしたので深く考える余裕もなく、少し競争率が下がってホッとしたのを覚えています。結局落ちましたけど。 

 

▲86 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

今50代半ばですが、バブル期に某メーカーに中途入社しました。世界で通用するブランドメーカーでしたが、女子は短大卒まで、初任給は男女で明確な差が有った時代でした。 

給与体系見直しが何度か有り、男女の給与差が無くなり4大卒の女性も入社、仕事も男女関係無く担当を持って出張も…と、色々移り変わりを見てきました。 

ただ、そういう働き方まではしたくない女性も一定数はおり、海外出張指示が出て泣いてる女性も居ました。 

多様性と一括りにするのは簡単ですが、ビジネスを進めていく事にドコまで指示出来るのか、難しい時代になったなぁ〜とも思います。 

 

▲8 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

女性の働き方は大分改善した様に見えるが、所得が増えてないので、根本的改善というよりは、表面的改善に見える。しかし、確実に女性が活躍する場は増えており、男性も気を使う事で環境は幾分改善している様に見える。問題は女性へのハラスメントを恐れ、男性へのハラスメントや負担は増えてる様に感じる。年配の男性上司にしたら、それくらいしかやり様がないのかもしれないが、本質は男女関係なく活躍する環境を造る事で、言いづらい相手に言うべき事を言わず、言い安い弱い相手に負担を押し付ける風潮は変わらない。それは同時に、女性社員が発揮したい能力を阻害している様にも感じる。 

 

▲26 ▼9 

 

=+=+=+=+= 

 

就活当時、モヤモヤしたのを覚えています。これまで男子と同じように勉強し進学してきたのにこの差はなんだ?と感じました。説明会にも参加させてもらえないことが多かった記憶です。就活時点ですでに男女分けられていて、余程ガッツのある子がいれば採ろうという雰囲気は充分感じました。 

自分は結局幼稚で認識が甘く、総合職になどなれっこなかった。もっと頑張ればよかったと後悔する部分もあれば、一般職でも十分にやり甲斐があったと感じる部分もあります。 

 

▲71 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

均等法以前に4年制大学(共学)を卒業した60代後半女性です。「大卒女子は門前払い‥」とありますが、私たちの時代には門前にも立てなかった。男子の多い大学だったので求人は全くなく、教員になるかコネで決めるかというところでした。結局、個人的に取った資格を生かした仕事につきました。 

当時の四大卒の女性で主婦として生きた方もたくさん知っています。その方たちは地域でいろいろな役割を担い、今ほど子育てや介護の仕組みが整っていなかった社会を支えていました。過渡期にあった時代の女性についても評価されることがあっていいと思います。 

 

▲15 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

記事で言う職場や仕事上の事もそうだけれど、日常のすべてで男尊女卑は当たり前の時代だった。 

歌謡曲一つとってもその歌詞は女が男に媚びるような内容ばかりで、女性歌手も本心は別としても売れればば良いという感じで歌っていた。 

最近懐メロブームで懐かしい歌手がテレビに出ているが、男の私からしても「よくぞこんな男尊女卑の歌詞の歌が流行ったものだ」と思う。 

それもこれも複数の孫娘ができてそろそろ思春期を迎える歳になったからかもしれない。 

 

▲59 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

私も仕事柄,女性の従業員が多かった職場です。 

逆に言うと,女性がいないと仕事が回らなかった。 

だから,職場内では男性女性といった特に性別でどうのこうのといった特別な意識はありませんでした。また食事会や飲み会などの場合にも,必ず女性も誘っており,これがごく普通の時代でした。 

今はセクハラとかの問題があることから,当時よりは窮屈かも知れませんが,当時は社内恋愛も多く,出会いの場でもありました。 

むしろ当時問題だったのはパワハラです。 

これは言葉では表現できない程にひどかった。 

だから,今でも鮮明に覚えている事は,壮絶なパワハラです。 

 

▲25 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

86年に大手建材メーカーの地方出張所に一般事務で入社しました。 

女子社員は定時より20分くらい早く出勤して、当番制で事務所の掃除、お茶汲み、新聞の準備(営業などの男性社員が読む用)がありました。昼は、給食屋さんへ返却するお弁当箱を洗うのも女子社員でした。 

女性同僚が4人いましたが、一番年上の人が25歳。そのすぐ下が24歳で、私が入社した時点で寿退社することが決まっていて、6月くらいに退職しました。後の人は23歳かな。 

本社に27歳の人がいましたが、既にお局と呼ばれていました。40年前ってこんな時代です。 

 

▲15 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

入社までは総合職は狭き門で、たくさん落とされたし 

 入ってからは男性よりも一般職や派遣のおばさんからのいじめが凄すぎて、嘘の悪口を上司に言われて呼び出されるとか、よく何年かいたなと思います。 

 

 今は大学も少子化なのに定員が変わらないので当時からすると各高校から10-20倍の合格者数が出ていると聞きました。 

 

 過ごしやすいバブル世代のようでいいなと思いますが、残業規制もあり、若者が会社で成長しにくいとも聞きます。平和なのはいいですが、 

 ジョブスなど一流の起業家は、残業関係なく頑張って成果を出していることから、会社員はその給料と勤務時間の中にしかおさまらない存在となりつつあると思います。  

 給料やスキルが身に付く仕組み、追加ボーナスなどの成果制度もあるといいと思います。反面できない人は左遷もありと思います。 

 

▲9 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

雇用機会均等法が本領発揮しだしたのは2000年くらいが境なのかなと思います。 

私は男性ですが、その少し後に就職活動をしていて「女性がよかったんだよなぁ」なんて言葉をたくさん頂き、たくさん落とされました。 

性別を限定しての求人がいけないのはわかりますが、その法律のおかげで雇用する側もされる側も無駄な時間と労力でしかないのですよね。 

 

▲15 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

職場のセクハラ問題は表面的には改善されてきている一方で、富裕層の人権意識は変わらない現実もあるんですよね。権力者ほど報復されにくいと考えて違法行為を抑制するインセンティブが弱まります。カネにものを言わせて法廷外で解決しようがありますし。統計には表れないし、多くの人の身近には存在しないけど酷い事例が沢山あります。 

 

そういう人が色んな業界やら界隈やらの上層部に居座っている限りはなかなか変えにくい部分も出てきます。それが職場でも改善が頭打ちになる大きな原因です。金持ちだけ逃げ切る社会ではなしに、わるーい経営者や投資家や政治家などがしっかり責任をとる社会にしていかねばなりません。 

 

▲31 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

40年を振り返ってみると、その中では女性の社会進出が進み総合職や管理職も増えたように思います。他方で、世界での平等のランキングは下位から数えた方が早く、まだまだ世界の常識からすれば、日本は遅れているのでは無いかと思います。とは言え、確かに男性も育児に参加するようになっているのは感じますし、女性の管理職も増えて前進していますので、賃金面での格差の是正も含めて、更に前に進めて頂きたいと思います。 

 

▲87 ▼76 

 

=+=+=+=+= 

 

昔のことを今の価値観で評価しても仕方がない面があるが・・・。 

 

均等法ができて、「総合職」と「一般職」といった区別ができた。 

そうしないと「同じ扱い・同じ待遇」にしないといけないので、「男性と総合職(超難関大の女性も含む)」「普通の女性は一般職」としたわけだ。 

「男女で差を設けている」のではなく、「職種で差を設けている」という仕組みにして、「均等法逃れ」をしていたわけだ。 

 

ただ、最近はさすがに変わってきたように見える。 

公務員なんかは、「総合職は男性、一般職は女性」なんてことはないようだし、民間企業でもそのようになってきたところも少なくない。 

 

▲18 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

新卒で入社した会社の部署に87年、88年、89年、90年の各年に入社したいずれも女性の先輩がいたけど、みんないわゆる「キャリアウーマン」とか肩肘張った感じではなく、ナチュラルにデキる人たちで圧倒されたものだ。結婚→出産という人生の大きな転機でそれぞれ退職せざるを得なかったのはさぞ残念だったに違いないと今でも思う時がある。 

 

▲22 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

女性は総じて真面目なので賢い人も多い。例を上げればここ数年医者になる人が多く逆に男に水増し点を入れて女性の入学を阻止しようとした大学があったことを覚えているだろうか。つまり、まず女性が医者を席巻して最も強い団体である日本医師会を牛耳れば女性差別は立ち所になくだろう。私は女性は政治家や単なるサラリーマンより慈母愛のある医者が向いている気がする。ちなみに医師会は官僚より手強いぞ。だって医者って東大理3類卒等の以下頂点に立つ秀才がたくさんいるからね。 

 

▲2 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

先輩達のおかげで、私は働けてるといつも思ってます。私も10年前に今の職場に就職しましたが、女性は私だけで、男性と同じように仕事がしたいと思ってましたが性別を理由に外されらことが多く悔しい思いばかりをしてきました。でも今は辞めずに続けて良かったって思えるぐらい環境は変わりましたね。 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

ハラスメントや多様性の昨今、確かに高級取りなペアなど勝組もいますが、世間的には1人では世帯を養うのは難しい、そこで女性の地位向上というか機会均等になり今や働く女性の待遇は40年前とはかなり変わりました、産休育休取得は普通になり雇用は継続、収入も補填され職場復帰するのが当たり前になりましたが、近年の少子化に男子の給与減少と女性の職場進出は大きな影を落としている、ペアで2人の子供を出産しないと現状の出生数を維持できないので3人以上出産しなければ出生数は減るが、3人以上出産育児するペアは会社にとっては戦力にならない。今後の労働力確保や社会保障の次案はでるのだろうか。 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

こういう問題って、時代時代でどんどんアップデートされていくものなんだと思う。 

歴史的にみても、やはり性別がある以上、力や権力の強い男性優位で、女性は男性のご機嫌伺いに使われてきている。 

仕方ないで片づけるのは良くないけど、そういう仕組みだし、その時その時代に生きた人は、今ほどの違和感を抱いていなかったのも事実。 

きっと10年後、20年後には今では普通にあることがNGになっている。 

そういうもんなんだと思う。 

 

▲61 ▼24 

 

=+=+=+=+= 

 

今振り返ってみると、90年代は「メチャクチャ」だったと思う。 

 

「労働時間制限」や、「コンプライアンス」などの概念は全くなく、グラビアイドルが昼間から熱湯風呂に入っていたし、ゴールデンタイムの番組も、セクハラ・パワハラまがいのもので、今では絶対放送出来ない内容ばかりだった。 

 

甲子園では誰もが連日連投していたし、「水を飲むとバテる」などと、熱中症に対する理解も乏しかった。また、教育では、教師の体罰も当たり前、就職氷河期のため所謂「ブラック」労働も正当化されていた時代。 

 

今の管理職から見れば、昨今の若い世代は軟弱に思えるかもしれないが、労働環境としては、昔のより今の方が遥かに良いと思う。 

 

勿論、努力や向上心がないのはいけないが、時代に合わせた働き方が重要だと思う。 

 

身体を壊しては元も子もないし、一度壊れた身体は中々元通りには戻らないのだから。 

 

▲74 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

80年代の職場は、男性は煙草吸い放題だった。大手企業でも女性の総合職は殆どいなかった。一般職の女性は朝の始業開始前お茶汲みで職場の社員全員のお茶を出していた。ワゴンにお茶を置いて机を回って運んでいた。もう少し年配の人に聞くと60年代、部長は朝新聞を読んで、女性社員に自分の肩を叩かせたていたそうだ。その頃は、恐らく殆どの女性が結婚したら専業主婦だった。女性が大学に行きたいと親に言ったら、結婚相手が見つからないからと反対をしていた。社会が変わり、意識も当然変わる。過去を振り返るとその違いが明確である。 

 

▲11 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

男の意見です 

昔から男女関係ない総合職のある会社に勤めててたけど 

女性は責任のあるきつい仕事を避け総合職を薦めても 

わざと一般職になる傾向は今でもあると思います 

または総合職だけど一般職でもできる仕事をしている人がほとんど 

 

残念ながら家計を支えるのは男性という女性の概念は今でも変わっていないと思う 

 

▲35 ▼38 

 

=+=+=+=+= 

 

自分は1988年高卒でとある大企業の工場に就職しました 

野球中継などでよく会社の名前が出ていますが 

 

工場は埼玉の片田舎にあったので古い考えの上司が多く自分が子供を産む2年くらい前に産休が1年とれるようになったのですが同期も先輩も2つしたくらいの後輩もみんな結婚して子供産んだ時に辞めてしまいました 

辞めざる得なかったのですが 

 

同じくらいで2人残ってるのは何を言われても耐えた人達です 

 

本当に今思うとパワハラセクハラですよね 

でもそれがバブルがはじける前後だったんです 

自分たちは田舎にいたから東京のOLじゃなかったので特にバブルの恩恵も受けていませんしね 

上司は景気良かったみたいでよく飲みに連れて行ってくれましたけどチークダンスとか踊れないし嫌だったな 

 

でも楽しかった気もするな 

 

▲12 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

男女の平等については、日本はまだまだ道半ばだと思う。最近では男女平等を言われすぎて女性に過大な負担も生じている。 

男女では体格差もあるし、生理や出産、授乳など女性だけに負荷がかかる体の変化もある。本当の意味での男女平等とは何なのか。男も育休とれば、それが平等ということになるか?考えるべき課題が残されているように思う。 

 

▲95 ▼47 

 

=+=+=+=+= 

 

50代ですが、初めて勤めた会社は、女子社員だけ、始業30分前から事務所の掃除をする「掃除当番」、朝と午後の始業開始15分前に給湯室に行って全員のお茶を準備して配る「お茶当番」、昼休みに電話や来客の対応をしながら昼食を取る「昼当番」があって、だいたい週3日はどれかの当番がある感じで、全部無償奉仕でした。 

飲み会はほぼ強制参加で、お酌もタバコの火をつけるのもやらされましたね… 

タイミングが遅れると「気が利かない」「そんなんじゃ嫁の貰い手がない」等言われて。 

カラオケのデュエットも肩組まれるのもやらされました。 

最低最悪だったのは、酔った上司が「お前処女だろ!キスもした事ないだろ!俺が教えてやる!」と言い出して、周りも「やれやれ〜」みたいになって押さえつけられてしまい、必死で顔を逸らしたので口は免れたけど頬にキスされたことですね… 

当時はこんなのが全然珍しくない世の中だったんですよね… 

 

▲42 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

男女雇用機会均等法が施行されたときは「24時間働けますか?」などという歌がテレビで流れていたころ。仕事はハードだがその分高給を稼げ、家族を養うのには十分だった時代。それから女性の社会進出とともにバブル崩壊からの失われた20年で多くの男性の高給は失われ、結婚しても2馬力でないとそれなりの生活は送れなくなった。均等法がなくても高給を稼ぐのは難しくなっていたかもしれないが、男性一人の力で家族を持ち養うのが難しくなったことは果たして女性の求めたことだったのだろうか。 

 

▲4 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

バブル崩壊後入社であの時代を生きた男です。 

確かに、今考えればおかしなことだらけ。 

ただ、皆距離は今より近かった。 

女性にとっては近くいるしかなかったですかね。 

ただ、今の時代素晴らしい時代になってますか? 

確かにまだまだ女性進出は未達ですが、 

自らの首を絞めてはいませんか? 

私が逆の立場になれるならいつでも仕事など 

辞めて家庭に入りますよ。人それぞれで 

あることを分かりもしないラインを引きたがる。 

あらためてききましょう、三十年後の日本は 

正しいと言える国になるでしょうか? 

なるわけがないですよね。 

 

▲13 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

この件に限らないけど、今の価値観で過去の価値観や行動を叩くのは違うと思う。そのときでも良くなかったことでも、そのときは許される価値観でその時代の人たちは生きてきて、その中で良くないことが少しずつ改善していって今の価値観に続いているんだから 

 

特にここ20-30年は技術の発達も相まって価値観の変化が短期間で劇的だからちょっと前のことでもおかしいように見えるけど、そのときの行動を反省して活かすべきではあるけど叩くべきではないと思う 

 

▲10 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

ハラスメントがダメなのはわかるけど、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」といった40年前の考え方のほうが、少子化対策や家庭平和のためには良かったのにね。女性の社会進出を否定するつもりはないが、全てにおいて男女平等にするよりも、子育て中の女性は育児に専念することにして、手がかからなくなってから再就職しやすくなるよう環境整備したほうが良いよね。 

 

▲26 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

セクハラかどうかは 

「された方」の匙加減一つだからね。 

自分にとって相手が「どういう位置か?」によって 

会話一つ行動一つがセクハラにもなりスキンシップにもなるし。 

これは昭和だろうが令和だろうが基本は変わらないでしょ。 

最近は相手との距離感や言葉遣いを 

当たり障り無い範囲で行っているからであって 

それが今時点での正解なんだろうね。 

その代わり希薄さは否めないけど 

人との会話が苦手な人も多くなっているみたいだし 

今ぐらいが丁度いいのかも。 

 

▲2 ▼9 

 

=+=+=+=+= 

 

今日ちょうど母の履歴を聞く機会がありまして、仕事は腰掛けが当たり前、家政科や洋裁学校が好まれた時代ですね。 

おかげで厚生年金が無くて今困っていますよ。 

 

私も結婚出産ごとにキャリア断絶してしまったので、子どもには手に職つけた方が有利と教えたいと思います。 

 

▲94 ▼7 

 

 

=+=+=+=+= 

 

女性が職場での発言力によりますが、お客様が来店の際のお茶出しを拒否し出しました。 

仕方ないので男性である私がお茶をいれて出すようになりました。 

お客様からは時代ですね、と労われました。 

 

しかし、女性が多い部署の電球が切れて、交換しないといけないとき、彼女達は女性だから高いところの作業はできないし、男の仕事だと主張する女性がいました。 

 

大した事例ではありませんが、権利を主張するならばやる事はやってもらいたい、できない事は協力するが、女性がやった方が望ましい事はやってもらいたいとガツンといったら彼女たちも考えたようで、お茶出しをやってくれるようになりました。 

 

男女同権は当たり前ですが、それぞれ得意不得意を補えるのがいいと思っています。 

 

▲56 ▼52 

 

=+=+=+=+= 

 

3、40年前であってもきちんとした職場では極端な女性への蔑視や差別は戒められていたと思う。常識ある人の集まりならば、弱い立場へのいたわり、権限を持つがゆえの責任感は、強く求められた。それは働く女性に対しても、また女性自身の意識でも同様。ある種の道徳観、倫理観で性差は補い合っていたと思う。ただしそんな良い環境は少数派には違いなかった。劇的に改善されたのは90年代後半から。個人がパソコンをあてがわれ、他人に頼らずともいろんな立場の意見や法令、事例を容易に引けるようになった。世間の視野が広まり、それが記事にある女性の職場環境の向上につながっていったように思う。 

 

▲3 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

均等法導入からまだ40年、2006年改正からほぼ20年。男女とも意識が変わった人ばかりじゃない。子どもの頃から学校で均等法に慣れてきた世代でも、家庭では古い価値観で育っている人も多かった。40年で女性の役割差別も職業差別も減っているけれど、管理職への忌避意識は逆に強くなってそう。 

 

相手が不快に感じるハラスメント行為も、相手が喜んでいると勘違いする人は減ったが自分の満足のためにやる人はまだまだいる。同性にはしない行為なのに異性にはする、例えば容姿を褒めてもハラスメントになるんですよね。老人には会話の切っ掛けが持てなくなっていると感じるけれど。 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

昭和の教育を受けている世代なので、今の若者とは社外で会わないようにしてます。社内でも仕事以外の会話はしないようにしている。 

彼等のためには良くないこととわかていても、自分の身の安全を考えれば当然とも言えると思います。 

 

▲16 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

就職したのは2000年代以降ですが、 

酒の場で腰に手を回される、膝に手を置く、酌をするとか普通にありましたね 

 

気持ち悪くて勢いよく席を立つと 

あとで先輩(女性)にトイレで怒られました 

感じ悪いことするんじゃない、と。 

 

今はさすがに怒られはしないけど、セクハラは見聞きします 

酌はほんとになくなったなと思いますが、 

セクハラは全然なくならない 

 

▲50 ▼14 

 

=+=+=+=+= 

 

本当 私は教員でしたが 初任の時に めちゃくちゃ厳しいイヤミな学年主任にあたりました。日頃は厳しいくせに飲み会になると、席を立って前を通るときにお尻を触られました。毎回 すごく嫌でした。セクハラは時効がないと聞きます。本当に訴えてやりたいぐらいです。40年以上前の話ですけどね。 

他にも喫煙者は 妊婦がいるのに 会議中 タバコをスパスパ。今はいい世の中になったと思います。 

 

▲22 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

今の世の中のがグローバル・スタンダードに近づきつつあり、平等だと言うのも理解できる。しかし、当時の世の中は専業主婦の割合が高かった事もあってか出生率も高かった。 

いつの間にか、共稼ぎが当たり前の世の中になりましたが、一部のパワーカップル除いてはそれ程裕福な暮らしにも見えない。(20代後半では合わせて700万程)環境もほんの少しはマシにはなりましたが、子供育てながら夫婦で働くのは相当キツイ。当時の生活もまんざらではないのでしょうね。日本がまだ金持っていた時代。。現に20代で勤労女性の43%は主婦を望んでいるとの事。もう、戻れないんでしょうね。(パワハラ、セクハラは断固否定しますが) 

 

▲2 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

当時はトレンディドラマでも、女性が遅くとも30歳までには結婚退職すること前提の話になってました。 

そこが視聴者から共感できるからなのでしょう。 

実社会でもそこをゴールとする人は周りでも多かった。 

その後社会は停滞し、男性だけの稼ぎでは暮らせない人が多くなり、女性は不利な条件でも稼がなくては生活が立ち行かなくなった。男性の稼ぎだけ暮らすには世の中は高学歴でないと難しくなったが、人は昔より長生きするようになった。 

なので子育て世代はここ30年程、苦境に立たされているが、先に定年になった世代からは理解されない。 

そこが問題なのだと思います。 

 

▲16 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

私の90歳の祖母は高卒後、地区センターで60歳まで働いていました。祖母は気が強すぎて、男性からのセクハラとかそういう意識も認識も気にしたことがないくらい気が強かったそうです。(祖母の気が強すぎるところが逆に部下や同僚のハラスメントになったと思うが) 

逆に母は、専門学校卒業後、受付業務をしていたが、結婚と共に、寿退社して専業主婦になった。 

私が思うことは、職種も関係すると思うが、祖母はすぐに思ったことをハッキリと強く言うので、定年までいられたと思うし、母は上司からの命令など素直に受け入れるので、退社したと思う。 

 

▲7 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

私の母(現在60代)が20代の時に行った職場の慰安旅行の写真を見せてもらったことがあるんですが、旅館でおっさんに密着されお酌させられてる、見本のようなセクハラ写真でしたw 

 

母は正直な人なのでめちゃくちゃ気持ち悪がっていて、その瞬間がしっかり写真に収められていました。笑 

母の世代はそういうこと真っ只中で、女性としては今よりもうんと生きづらかったはずです。 

でもSNSもないし「そういうものだから」という風潮の中でただみんな黙って、裏で愚痴りあって、そうやって乗り越えてたんだと思います。 

 

令和の現代ってお金は当たり前にないんだけど、コンプライアンスもきっちりしているし、女性の立場もあるし、出産や子育てに対する支援もしっかりあって、もしかして母達の時代よりとても暮らしやすいのかな、って思ったりもします。 

でもまぁ、とはいえお金はもっとないとまじで困りますが。 

 

▲23 ▼2 

 

 

=+=+=+=+= 

 

みんなが言ってる事はごもっともだと思う。 

それ故になんでもありの世の中になってきてる気もする。 

セクハラ、モラハラ、パワハラは現在では言った者勝ち感も強い。 

暴力暴言は当然処罰されるのは当たり前だか制度そのものをきっちり管理、運営しないと濡れ衣で冤罪をも生む。 

正当性のある訴えなのかどうかもしっかり判断が必要。 

 

▲8 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

私は、平成元年入社の地方公務員です。 

 

18歳で入ったので、高卒最年少組での採用でしたが、同年齢なら男女での給料の格差がなかったのは覚えてます。 

(ハッキリ覚えていますが手取りは8万5千円) 

当時は、消費税も3%でガソリンは安く、物価も今の半分ぐらいの値段でした。 

 

地方公務員ゆえに、あからさまなセクハラはありませんでしたが、忘年会シーズンになるとよくオジサン方に呼ばれました。 

 

職場では、今みたいに「女性も割り勘」などはありません(同期との飲み会は当然割り勘)でしたが、毎回カラオケスナックでオジサンとデュエットとかチークダンスをさせられたものです。 

 

それが当然だと思っていました。 

今の若い方は、職場の飲み会も行かないらしいですね。 

選べる自由はあっていい。 

 

私の感想は、手取りが増えても「生活は今の方が苦しい」です。 

石破内閣よ、改悪ばかりするなら何もせんでくれ… 

 

▲13 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

この手の話は、大きい企業は通じるけど、中小零細は今も同じだよ。 

 

中小ほど利益出ないし、零細は当てにしてる人間が突然休んでしまったら死活問題。 

 

働く会社で待遇は今もちがうし、そこまで理解して就職しないと、ずっとこの話つづくよね 

 

大きい会社は学歴ないと入れないし、コンプライアンスは大きい会社か、利益がめちゃくちゃでてるベンチャーだけ。 

 

利益も出てないのにハラスメント言ってる会社は存続難しいよね。 

 

中小、零細ほど女性に期待してる人多いのが実態だけどね。 

 

同じ尺度では無いと思うなー 

 

▲6 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

過去にするには近い記憶だし、未だに改善が十分とは言えない。医学部入試不正など記憶に新しい事件もある。 

無論、女性の安全性と公平性が徐々に確保されつつある現代からは、男性への差別や問題も改善されていくべきであり、社会や雇用の改革はまだまだ始まったばかりだという認識でいる。 

 

▲20 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

17年前、主人とは社内婚でした。「結婚したら辞めろ」が暗黙のルールでしたが、スルーしていたらある日「いつ辞めるの?」って聞かれました。入籍の前日に退職日となりました。人生の生き方を他人に決められて悔しいですし、主人曰くいまだにその風潮があって女性社員が退職に追い込まれてるそうです。人権は、一会社員にとっても大事なものだと上層部は理解していただきたい。 

 

▲11 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

男女平等はそのとおりなんだけど、その名のもとに女性が苦労している面もある。まず、共働きじゃないと生活できない。企業の給料体系的にも専業主婦は難しい。女性全員がバリバリ働くことを望んでいるわけじゃないけど、平等目指すならそんなこと言わず頑張るしかないですね、、 

 

▲9 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

男女雇用機会均等法ね、、、 

この法律も時代の要請だったのかもしれないが、雇用のパイは変わらないのに女性の社会進出が進んでしまい、仕事に就けない男性が増えてしまった。 

現実問題女性は仕事なくても結婚できるが、逆はそうはいかない。この法律が少子化を助長してしまった側面がある。 

何かを変えるなら、弊害も予測し対策をしておく必要がある。 

 

▲33 ▼49 

 

=+=+=+=+= 

 

まぁ四十年前は昭和で平成令和と来たけど昭和と言うのは良くも悪くもめちゃくちゃなことが通用した時代何せその当時の上司はいわゆる戦争世代で苦難な時代を経験してるからそりゃ生き方や考え方に癖はあると思う… 

それでいて頑固な人も多いから。 

何せ明日生きれるか死ぬか食うか食われない毎日過ごしてるから仕事の厳しさも戦争の苦労に比べてら大したことないと思うからね… 

それ比べたらまだまだ今はブラック企業あるけどずいぶんましな時代になってきたと思う。 

 

▲7 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

昔は男の目で見てもちょっと酷いな、と思う様なことさえ、何ら問題視されないということが多かった。そういう時代は今なら絶対にアウトということを女性さえ笑って済ませていた。考えてみれば変な時代だったが、逆に今は冤罪が凄く増えているというのももうひとつの時代の変化だと思う。 

 

▲5 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

女性に対してはセクハラと言って、記事になるけど、男性上司や先輩からの男性社員へのパワハラもどきは、もっと多かったが、面白くも無いので記事になりません。 

男性社員は、そうしたパワハラ上司や先輩に関わらないようにするのが、長くサラリーマンを続ける秘訣のようでもありました。(もちろん私のような場合だけかと思います。) 

女性だけが苦労したとの風潮は、私にとっては少し私のような男性社員もかまって欲しいと思ってしまいます。 

 

▲12 ▼2 

 

 

=+=+=+=+= 

 

個人的には、優秀で仕事ができる女性を積極的に支援してキャリアアップの機会を提供することが多かった。だからこそ結婚で辞められたり、海外赴任や地方赴任を涙ながらに拒否されたときは辛かった。 

 

今は昔よりさらに優秀な女性が増えたけれど、そのかわり未婚者が増えてしまった。 

 

なかなかうまくは行かない。 

 

▲48 ▼12 

 

=+=+=+=+= 

 

60歳定年まで、あと3年切りました。 

会社では差し障りのない程度の会話と何も興味を示さない姿勢と飲み会への不参加の徹底。 

女性社員とは、あり過ぎる距離感を保ち 

若手社員への指導育成は優しく厳しい事は一切禁句にして目立つ行動は避け若手社員にすら敬語調です 

 

毎日、変な緊張の連続です 

でも仮に何か問題起こした時は自己責任と言われてる会社を最後まで波風立てずに終えるにはこれくらいの気構えがないと懲戒解雇なんて事態になったら退職金と年金が吹っ飛びかねません 

我慢がまんの連続です 

 

▲21 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

私が20代の頃は、転職の面接時に、子供出来たら辞めるよね?え、子供は作らずバリバリ働きたい?でも、出来たらそんなこと言ってられないでしょ。と、平気で言われた時代でした。  

何で面接で、私のキャリアやスキルよりも、子供云々の話に時間を割いているのだろう…と、何度もバカバカしく思いました。 

 

今は、結婚も出産も自由に選択出来て、多様性も、産休も認められ、労働管理やパワハラやセクハラに厳しい世の中になり、女性は働きやすいと思います。 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

私の会社は外資系で日本人は曖昧な面があるので!とハラスメント講習が度々行われています。 

ただ日本人講師が講習をすると、それもハラスメントですよって注意される場面もあるほどです。 

口に出して「ハラスメントです」と言えない場合のためにハラスメントカードと言うのが配られてます。 

日本人同士だと普通と思ってても、アメリカ人からしたらアウトですってこともあり 

まだまだ遅れてるんだと認識させられてます。 

 

▲16 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

セクハラって聞いたら性的な接触や強要なイメージが先行するけど、決めつけで仕事与えられないとか、女性だから出来ないとかそういうのも多かった。 

 

今は女性ばかりの現場も多くなったのかもしれないが、昔は男性ばかりの職場が多く、そういう所には女性は遅れをとるからお呼びじゃないみたいな感じが多かった。 

 

今、氷河期世代は犠牲になってきたと話題になってるけど、その中でも女性は更に被害にあってると思うよ。 

 

▲12 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

女性の社会進出が当たり前で男女雇用機会均等法が施行されても必ずしも平等にはならないし、ハラスメントは無くなりません。 

私は男性の多い建築関係の事務職で働いてましたが、50代男性のセクハラは周囲が注意をしても直りませんでした。え?これがセクハラ?ぐらいでした。労基などに言おうかと思ったけど、その人が言った音声がないと厳しいとのことでした。 

少なからず上の世代は、男性は外で働いて女性は家を守る、女性は性的対象、女性は出産があると男性並みに出世は無理など……。 

どうやろうと肉体的な差もあるので100%平等は無くならないと思う。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

自分は男性の会社員です。 

30年ほど前に、年下の事務社員の女性に襲われそうになりました。拒否したら、手を噛まれ、何故か化膿しました。 

その後の話では、かなり年下の男性と結婚し子をもうけたと聞いた。多分、襲われたのだろうと、ニランデでいます。 

しかし、めでたしめでたしと思う。 

そんなこともあります。 

 

▲7 ▼8 

 

=+=+=+=+= 

 

昭和生まれ、育ちです。なんとなーく違和感を持ちながらも和を乱さないように、職場の宴会での酌、二次会でのチークダンスなどなどひととおりこなしてきた。(職場だけでなく地域社会においても、親戚の集まりとかでかいがいしく働いた。) 

その違和感を持つということが人権意識として正しかったのだなと今は思える。当時にそれは違うでしょ!と言う勇気があれば‥、もっと女性の地位は早くに上がっていっただろうか、今もセクハラで苦しんでいる 

女性たちがいるのは私たち世代の責任?かなとちょっと思うこの頃です。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

昔は昔で、その時々の考え方や風潮があったわけです。 

今の基準で考えてどうたらこうたら言うのはナンセンス。 

 

女性の社会進出が進んで喜んでる人もいれば、自分は主婦をやっていたかったから昔の方がよかったと思っている人もいます。 

今は本当に自由なのか? 

考え方は人それぞれです。 

 

▲4 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

産休育休で抜ける人間がいること自体は仕方のないことで理解はできるが、代わりに仕事をしてくれる人への待遇を良くしない限りいつまでもハラスメントはなくならないと思うよ。 

 

例えば教員の世界なら、産休育休で抜ける人が出たときに慌てて臨時を探すのではなくて普段から余裕を持って正規の人員を用意しておいて直ちに内部で何とかする体制を構築しておけやと。 

 

▲12 ▼2 

 

 

 
 

IMAGE