( 300083 )  2025/06/18 04:16:44  
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写真はイメージです(gettyimages) 

 

「あなたの妊娠・出産がネックとなりました」 

 

 2月、東日本にある国の地方機関で働く30代の女性は、直属の上司からそう言われ、言葉を失った。 

 

「すごくショックでした。国家公務員の組織でありながら、マタハラともとれる発言をするのかと」 

 

 女性はキャリアアップを目指して専門職の資格を取得し、2022年4月に「期間業務職員」として今の職場に採用された。期間業務職員とは、中央省庁やその地方機関で1年単位の契約で働く非正規の公務員だ。女性は、専門職としての矜持を持ち、自らの知見を生かせる業務に従事してきた。 

 

■「前例がない」 

 

 そんな中、昨年8月に妊娠が判明。翌月、直属の上司に、出産予定が今年4月であること、仕事の引き継ぎが必要であること、そして産休・育休を取得して仕事を続けたいという意思を伝えた。 

 

 国家公務員育児休業法などでは、期間業務職員も産休・育休の取得を認め、妊娠や出産を理由とする不利益な取り扱いは禁止されている。制度を知っていた女性は当然、産休・育休を取得し、契約も更新されるはずだと考えていた。しかし、上司から「前例がない」と言われた。過去に同じ職場で妊娠をした女性はいたが、いずれも契約を更新せず辞めていったと。その後も、女性が聞いても上司は「初めてのことなので」と言葉を濁すばかりだった。 

 

 年が明け、出産予定日が近づく中で改めて女性が契約更新について上司に尋ねた。すると、「4月からの更新は4月から働いていることが条件」と告げられた。「更新できない」とは言わないが、4月は出産で働けない女性に「更新できない」と言っているようなものだった。 

 

 非正規公務員は、勤務実績などが認められれば継続して働くことができる。女性が本省に問い合わせると「更新相当」との判断が示された。ところが直属の上司は、今度は新たな理由を持ち出してきた。 

 

「4月から勤務時間や曜日など勤務条件等が変わるため、公募をかける必要が出てきた。今回は『契約更新』ではなく『公募』という形になった。やる気があるなら、あなたも受ける資格があるので受けてほしい」 

 

 つまり、継続して働くには、採用試験を受けろというのである。 

 

「4月から出産でいなくなるとわかっている私が、試験を受けて受かるんですか?」 

 

 そう聞く女性に上司は、「それは組織が判断するのでわかりません」と答えた。 

 

 続いて上司の口から出たのが、冒頭の「ネック」という言葉だった。妊娠・出産の時期が契約更新のタイミングと重なったことがネックになった、と説明されたのだ。 

 

 再び働くには試験を受けるしかないと判断した女性は、臨月の体で筆記試験を受け、面接に臨んだ。3月末には採用通知を受け取り、4月中旬に無事に出産。6月中旬から育児休業に入っている。今は気持ちとして落ち着いているものの、こう話す。 

 

「来年3月に契約が更新されるかどうかわからないという不安があります」 

 

■「年度末に休む人の雇用は更新できない」 

 

 産休・育休を希望したら雇い止めに――。国や自治体が、単年度契約の非正規公務員に産休・育休を取らせず、妊娠が判明すると雇い止めとするケースが各地で起きている。 

 

 国や自治体で働く非正規公務員らでつくる団体「VOICES(ヴォイセズ)」が3月にオンラインで行った「非正規公務員妊娠・出産に関してのアンケート」では、複数の回答が寄せられた。 

 

 そのうちの一人は、地方自治体の「会計年度任用職員」として働く女性だ。会計年度任用職員は、都道府県や市区町村の役所などで働く非正規地方公務員のこと。単年度ごとの契約更新というのは、期間業務職員と変わらない。 

 

 この女性も3月の出産を控え、上司に産休・育休の取得を申し出た。すると、「年度末に休む人の雇用は更新できない」「夫に養ってもらえばいいじゃないか」などと言われ、しまいには「勤務態度に問題があったので契約更新できない」と告げられたという。 

 

 

 会計年度任用職員も、地方公務員育児休業法によって、育児休業を理由とした不利益な取り扱いは禁止されている。それなのに女性は、3月末で契約更新を打ち切られ、雇い止めとなったという。 

 

 ジャーナリストで、VOICESのアドバイザーでもある竹信三恵子さん(和光大学名誉教授)は、「期間業務職員も会計年度任用職員も、『妊娠切り』の温床となりやすい」と指摘する。ともに「単年度限りの職」という建前になっているが、実態は恒常的に必要な人材を毎年度任用し直し、都合が悪くなると「単年度で終わるはずの仕事だから」とクビにする仕組み、妊娠が判明するとこの手法で簡単に人を取り換えられる構造になっている、と指摘する。 

 

■「妊娠=自己責任」 

 

「妊娠や育児を理由にした雇い止めは違法とされているため、『勤務評価が悪かった』など別の理由にすり替えます。しかし、勤務評価は基準があいまいなので抗弁できません。そんな妊産婦排除のケースがあちこちで起きています」 

 

 背景にあるのは、「妊娠=自己責任」「夫がいるならいいだろう」といった組織内に根強く残る旧態依然とした意識だという。公務員は「雇用」ではなく、行政の要請による「任用」であるため労働契約法の対象にならず、無期転換ルール(契約期間が5年超の勤務で無期雇用になる権利)が適用されないなど、不安定な立場に置かれている。しかも、非正規の場合、紛争解決の受け皿が事実上整っておらず、泣き寝入りするしかないのが現実だ。 

 

 竹信さんは、このような妊産婦切りはまず「経済的な困窮を生む」と批判する。 

 

「夫がいるからといいますが、男性の賃金水準の低下で非正規の妻が家計の4分の1は稼ぎ出しているという調査もあります。特にシングルマザーだと、生存権に直結する深刻な影響が出ます」 

 

 そもそも、妊娠・出産中の失職は、健康保険証の返納を迫られ、産後の母子には致命的な影響をもたらす。育休も育休手当もなく、乳児を抱えての再就職活動は難しいことからキャリアが断絶される。その結果、年金にも影響し、老後の貧困リスクも高めるという。 

 

「そして、不当な雇い止めは、当事者に大きな精神的苦痛を与え、『子どもを産むことは懲罰だ』と感じさせる原因にもなります。国が推進する少子化対策に逆行するものです」 

 

 いま、財政負担の抑制や柔軟な雇用調整を目的に、非正規公務員の数は増えている。内閣人事局や総務省によると、期間業務職員は全国に約4万人(23年度)、会計年度任用職員は同約66万人(24年度)で、いずれも約8割が女性。対策は急務だ。 

 

■「2人目はどうしようかと考えてしまう」 

 

 竹信さんは、「一方的な雇い止めは人権侵害であり、国や自治体から独立した権限のある人権監視機関の設置が必要」と指摘し、こう言う。 

 

「女性が親になることを選んだら職を失うリスクにさらされることが、人権を守るべき公的機関で構造的に起き得るという社会で、安心して子どもを産む気になるでしょうか。少子化の根底にあるこの現実を、私たちは直視しなければいけません」 

 

 冒頭の女性は、「国は少子化対策を掲げているにもかかわらず、公務員に出産の不安を抱かせるような働かせ方をするのは根本的に矛盾している」と語る。 

 

 今の職場で働き続けたいという思いがある一方で、1年ごとに契約更新する働き方だと安心して働くことができないと話す。今回の妊娠中もずっと「この先どうなるんだろう」と不安を抱えながら過ごし、精神的にもつらかった。同じことを繰り返すことになるのなら2人目はどうしようかと考えてしまう、と女性は訴える。 

 

「安心して働ける環境に、正規・非正規を問わず整えていただきたいと思います」 

 

(AERA編集部・野村昌二) 

 

野村昌二 

 

 

 
 

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