( 300793 ) 2025/06/20 06:23:17 0 00 大原農園でのコメの収穫(大原さん提供、以下同じ)
最近のコメ騒動をめぐって、政府や農協だけでなく、日本の農家についても新聞やテレビで度々紹介されている。しかし情報が断片的なこともあり、具体的な農家像が見えてこないと感じている読者も多いのではないだろうか。
「現場目線でない、政府の政策や報道に対し、多くの農家は不満を感じている」「このままでは多くの農家は離農せざるを得ない状況も起こり得る」
新潟県燕市で約200年の歴史を持つ農家「大原農園」7代目の大原伊一さんは、危機的な現状を指摘する。コメ騒動は農政の影響が大きく、その対策は消費者ばかり見ていて生産者に目が向けられていない、という。
現在のコメ騒動や日本の稲作の将来はどうなるのだろうか。ご自身の経営、農家の後継者問題、地域の農家について語っていただき、日本の農家や農村の現状に迫ってみたい。
コメ騒動は「政府の計画が地球温暖化というリスクを加味してこなかった結果」と大原さんは強調する。
需要に対するコメの供給が足りなくなったことによるコメの価格高騰。これに対し、政府は備蓄米の放出で一時的に低価格のコメを市場に供給し、農家にコメの増産を促すことで対応している。
こうしたコメの価格、いわば消費者を重視した対策に、現場の生産者からは不満が出ているようだ。大原さんは、「農業機械や資材の価格がここ数年、20%ほど上昇しているのに対し、米価は、昨年までずっと長期間低迷していた状態」と現状を指摘する。
これを裏付けるように、農林水産省の公開データによると令和6年(2024年)の農業生産資材価格は令和2年(20年)に比べ、約2割高くなっているにもかかわらず、米価は23年8月まで20年に比べ下回っていたことが分かる(図1〜2参照)。
政府は農業機械・資材を自由経済とし、コメの低価格を目指す管理経済としているが、これが農業危機を招いているのでないかと、大原さんは疑問を呈している。「5キログラム(kg)で2000 円が適正価格と信じ切っているようにしか思えません」(大原さん)。
大原さんは経営をすでに長男(伊澄氏8代目、16年〜)へと移譲しているが、いまだに現場へ出ており、農業への思いは強い。
農園はリスクを分散するために、コメ、野菜、花を組み合わせた複合経営で、それぞれ以下のような規模や販売網で経営戦略を立てている。
コメ:4.8ヘクタールのうち4.2ヘクタールが無農薬・無化学肥料栽培で、15年から残留農薬ゼロを継続。残りの0.6ヘクタールは70%減農薬・減化学肥料栽培のモチ米を契約栽培。
野菜:約1ヘクタール弱(0.6ヘクタールは借地)で里芋、ジャガイモ、サツマイモなど根菜類を中心に栽培。それらは貯蔵性があり、ネット販売、直売所、学校給食などに供給している。
花:ハウス約0.4ヘクタールでチューリップ(8万本)とオリエンタルユリ(1.1万本)の切り花を栽培。稲刈り後の期間に栽培することで、年間を通じた労働力配分を行っている。球根の高騰に対応するため自家増殖も増やしチューリップの切り花は農協(JA)に出荷している。
大原さんは、日本のコメ政策に頼らない持続可能な農業経営を追求している。コメの直売を40年前から始めており、競合相手は地元の農家ではなく、お米屋さんであり、お米屋さんを超える品質を目指している。
こうした中で始めたのが残留農薬ゼロ栽培である。15年から継続し、公的機関の検査を受けている。これにより「安全性と食味・品質の高み」を目指し、数年前から5㎏当たり3500円前後という高単価販売という付加価値を追求。当初は高すぎると言われたが、継続することで信頼を獲得し、現在は早期完売につながっている。
ただ、こうした経営戦略を練ることができている農家は地域でも一握りだという。新潟県ではコメに特化した経営が多く(8割以上)、複合経営は約1割(令和6年度新潟県の農林水産業)である。
これは積雪により冬期間の野菜栽培が困難なため、コメ単作に頼らざるを得ない地域特性がある。大原さんはハウス栽培と暖房設備への投資により、通年の花卉栽培を可能にしている。
周辺は稲作中心地帯であり、3ヘクタール以下の小規模経営が多いが、10ヘクタールを超える経営体も増加傾向にある。しかし、どちらも経営難に直面しており、少子高齢化による離農が加速している、という。
政策や報道がこうした現場の実情を反映していないと、多くの農家が不満を感じているという。「報道やコメンテーターの多くは農業現場をあまり知らず、統計数字だけから見えることで話をしているのではないか」と大原さんは疑問を呈する。
また、ニュースなどで取り上げられる農家は「超でかい規模の人」や「非常に少数の農家」であり、「大多数の農家はそうではない」と訴える。20年の農林業センサスデータ(図3)によると、たとえば100ヘクタール以上の経営体は2000戸弱と、全経営体(約100万経営体)の1%以下である。
大原さんは、一般農家が経営を安定させるためには、自らの農業経営から判断すると5kgあたり4000円程度が必要と考える。現在のコメの高騰は「中間流通が複雑でその過程で一部の流通業者が今までより利益を得ているかもしれないが、農家の所得向上に寄与しているように思えない。米価高騰に乗じた農業機械や肥料などの便乗値上げが予想され、離農の決断を後押しすることになるのではないか」と見ている。
この地域では、今年の秋に離農を決断する農家が増える可能性があるそうだ。
その理由として、農政の転換による増産方針により、25年産米の大幅な下落が予想されており、「米作り農業に未来がなくなるのではないか」と大原さんは心配する。
今回の状況は93年(平成5年)に発生した「平成の米騒動」と似ているようだ。図5を見ると確かに現在の卸売り価格の価格帯は93年とほぼ同額で、一時的な高騰はあったが、翌年以降の豊作によって長期的に続落していった。コメの価格は、卸売り価格に流通経費などが上乗せされ、小売価格になるため、価格推移の傾向を示している。
前回は冷夏という、一時的不作という原因が明確であったが、今回は当時と異なり、農家の急激な高齢化などで供給が需要に追い付いていないなど構造的問題がありそうだ。その一方で、大手流通グループがコメの輸入を継続する可能性が高く、「国産米と輸入米のダブつきにより、コメが大暴落するのではないだろうか?」と大原さんは危惧している。
国産米の需要は今後も一定数存在するため、品質にこだわり高単価で販売する農家と、輸入米のようにコストを下げて販売する農家に二極化すると予想される。特に都会で流通している新潟産のコシヒカリは混ざりものが多く、品質が低下していると大原さんは指摘。「混ざり物なし100%のブランド米が消費者の手に届けば、それが評価されるようになるはずだ」と、流通改革の必要性を訴えている。
大原さんからは、政府が農業の大規模化を推奨しているように見えるそうだ。しかし、大原さんは「政府が言うほど、大規模経営の環境が整っていない。価格低迷するなか、若者が農業に魅力を感じにくくなり、農業法人などが若年層を雇用しても短期間で辞めるケースが目立つのが現状」と話す。
「個人経営で100ヘクタールなどの大規模は難しく、人を雇うとその能力によって経営が大きく左右されるため、経営者としてのかじ取りは厳しいのが実情だ」(大原さん)
このような現状を注視してきた大原農園の後継者である長男の伊澄氏は田んぼを増やすことに否定的であり、規模拡大よりも現状維持で高品質のコメを供給することが肉体的にも精神的にも長続きすると考えている。つまり、若い世代は生活の質と経営の持続性を重視しているのが見てとれる。
大原さんが強調したいのは、中核となる5〜10ヘクタールの個人経営農家がコメ作りで生活できないようでは、日本の農地の60%以上を占める中山間地では、農業経営基盤が無くなるだろうという懸念だ。つまり、中間層の喪失が日本農業の危機につながると指摘する。
「平坦地でも条件不利地の放棄が散見される今、机上の理論だけで無く地に足の付いた方向を見いださないと若者参入は、増加しない」と大原さんは指摘する。
また、地域農業については、日本の農業は、集落全体で支えるシステムとなっているので離農が進むことにより、農村の維持が難しくなると危惧される。
「私の住んでいる地域の経営環境では、水田は、網の目のように細かな水路を張り巡らしている。その水路の管理は、土地所有者や受託者が自分の土地に面している水路・排水路の管理を行い、全ての水田に水が入るシステムになっている。離農者が増えれば、この管理システムが崩壊する可能性が高い。水稲作での水の確保が行えず、全ての農家の経営環境が破壊されるのではないか」と大原さんは懸念する。
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