( 301290 )  2025/06/22 04:45:00  
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大川原化工機の大川原正明社長 筆者撮影 

 

 6月20日昼過ぎ、横浜市都筑区の機械メーカー「大川原化工機」の前に、警視庁の鎌田徹郎副総監と検察庁の森博英公安部長が相次いで現れた。2人とも同じような紺色の背広姿に、鎌田副総監は黒のネクタイ、森公安部長はストライプ柄のネクタイ姿。居並ぶ報道カメラにわき目もふらず、建物に消えていった。 

 

「大川原化工機」の大川原正明社長(76)らは2020年3月、「生物兵器に転用できる噴霧乾燥機を中国と韓国に不正に輸出した」として外国為替および外国貿易法違反容疑で逮捕され、長期勾留を受けていた。同社の元顧問・相嶋静夫氏は拘留中に癌が悪化し、保釈請求を何度も却下されたことで入院が遅れ、2021年2月に72歳で亡くなった。 

 

 しかし同年9月、同社は捜査や逮捕が捏造による冤罪であるとして警視庁(東京都)と東京地検(国)を相手に国賠請求訴訟を起こし、一審、二審とも勝訴。東京都と国が上告を断念したことで判決が確定している。 

 

 この裁判では、東京地裁での一審に捜査に関わった現役の刑事2人が証人尋問に答え、捜査を「まあ、捏造です」「捜査幹部がマイナス証拠を取りあげない」と告白。東京高裁での二審でも別の刑事が「日本の安全を考えるうえでも全くない。決定権を持つ人の欲だ」と証言するなど異例の展開が繰り広げられ、事実上の捏造を認める判決が下されている。 

 

 この事件を起訴した東京地検も2021年7月に起訴を取り消すなど、警察・検察への信頼が失墜していた。 

 

 その謝罪として警視庁のナンバーツーである副総監と、東京地検公安部のトップが「大川原化工機」を訪れたのだ。しかしその謝罪の現場で、またしても驚きの事態が起きた。 

 

「大川原化工機」の大川原社長と元取締役の島田順司さん(72)らと向き合った鎌田副総監は硬い表情で立ち上がると、眉に力を入れて何度もまばたきしながら静かな口調でこう話した。 

 

「大川原様、山本様、亡くなられた相嶋様、およびそのご家族様、そして社員のみなさまに対して、多大なご心労、ご負担をおかけしたことを深くおわび申し上げます。まことに申し訳ありませんでした」 

 

 顔つきは神妙で30秒ほどにわたって頭を下げたが、目の前にいる島田氏の名前を「山本様」と間違えている。 

 

 

 さらに、続いて謝罪に立った森公安部長は亡くなった相嶋さんの名が出てこず、手元のメモに目を落とす始末。さらに会社名を「大川原化工機『工業』」と間違えた。 

 

 その場面を多くの社員が固唾を呑んで見守っていたが、1人が元取締役の名前を間違え、もう1人は会社の名前を間違えたことに空気がザワついた。 

 

「山本ってうちにいないよね。島田さんのことだよね、ありえないね……」 

 

 その後はメディアに対する謝罪会見が開かれたが質問は禁止され、会社側と東京地検・警視庁が検証のために行った40分ほどの協議も非公開だった。 

 

 協議後、黒塗りの車に乗り込もうとしたところで報道陣の記者の1人に「島田さんの名前を間違えたようですが」と質問された鎌田副総監は「えっ、そうでしたか。初めて知りました」と答えた。 

 

 筆者が「本当に今初めて知ったんですか?」と尋ねても「はい」と二度答えるだけ。「すぐに検察の人(森公安部長)が島田様と言ったのだから気づくのではないですか」と質問を重ねたが、おつきの職員に「個別の質問には答えられません」とガードされて無言で車中に消えていった。 

 

 その時点では、島田元取締役や大川原社長はまだ会社に残っていた。戻って「先ほどはお名前を間違ってしまいました」と謝罪することも可能だったはずだが、それもしなかった。 

 

 社名を言い間違えた森公安部長も帰り際に指摘されたが、「失礼しました」と答えるのみだった。 

 

 この日の謝罪現場には、21年になくなった相嶋さんの遺族は現れなかった。「現時点で謝罪は受けられない」という理由で、真相解明のための質問を込めた要望書を同社顧問弁護士の高田剛氏に託していた。 

 

 鎌田副総監と森公安部長が去った後、大川原社長は名前を覚えていなかったことに怒る素振りは見せず「あれが精いっぱいの謝罪だったのでは」と微笑んでいた。社名を間違えられたことについても「うちの社名はよく間違えられるので」と流した。 

 

 

 名前を間違えられた島田元取締役も、「おや、山本さんになっちゃった」とぼそっと口にし、「間違えたことより、二度とこのようなことがないように」と淡々としていた。 

 

 島田氏はこれまでも、個人を非難する言葉をほとんど口にしてこなかった。自らの取り調べで調書に話してもいないことを書かれたり、逮捕直後の弁解録取(被疑者が言い分を述べた記録)を破棄されるなど、直接的な被害を被った捜査担当の警部補(現警部)についても「個人を悪く言うつもりはない。組織としてこんなことが起きないようにしてほしい」と語るにとどめている。 

 

 この日、組織のトップ級幹部が謝罪に現れたことについても「ここまでわざわざ来ていただいてありがたい」と話している。 

 

 歴史的な捏造・冤罪に加えて謝罪の場面でさえ誠実さを疑われる失態をおかした警視庁と東京地検。信頼回復の道は遠い。 

 

粟野 仁雄 

 

 

 
 

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