( 302197 )  2025/06/25 06:52:39  
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日産 レパードJ.フェリーは伝統や威厳を主張した車種と一線を画す新高級パーソナルセダン! こんなクルマよく売ったな!! 【愛すべき日本の珍車と珍技術】

ベストカーWeb 6/24(火) 21:00 配信

https://news.yahoo.co.jp/articles/9a66881554c37195a5fb906e7cde88b256655be5

 

( 302198 )  2025/06/25 06:52:39  
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日本の自動車文化において、珍しい車両や技術が数多く存在し、これらが名車の誕生につながってきた。

その中でも、日産レパードJ.フェリーは、プレミアム・パーソナルセダンとしての存在感が際立ち、高級車に求められる個性やライフスタイルを際立たせたデザインや走行性能を持っていた。

内外装の洗練されたスタイルや高い快適性、上質な走行体験などが特徴であり、時代の最先端を行くポジショニングを目指していた。

しかし、マーケットでの成功には至らなかったものの、独自性や魅力は今でも評価され、記憶に残るクルマとして語り継がれている。

(要約)

( 302200 )  2025/06/25 06:52:39  
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 これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。 

 

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、プレミアム・パーソナルセダンとしての存在感が際立っていた、日産レパードJ.フェリーを取り上げる。 

 

 文/フォッケウルフ、写真/日産 

 

 中型車クラスに属する新たな高級パーソナルセダンとして開発された「レパードJ.フェリー」は、1990年代初頭の多様化するニーズに対応するため、従来の枠にとらわれない発想を取り入れ「乗る人のセンスを語る新しい高級車」をコンセプトに掲げて誕生した。 

 

 具体的には、高級車に求められる所有する喜びや走る楽しさはもちろん、洗練されたデザインと優雅なたたずまいによって、乗る人の個性やライフスタイルを際立たせることを目指している。 

 

 機能性と感性価値の両立を図りながら、新しい時代に相応しいパーソナルラグジュアリーを提案し、スポーティかつスタイリッシュな個性を武器に、従来の高級セダンとは一線を画す新しいポジショニングを構築して、次世代ユーザーの獲得を狙っていた。 

 

 同車の特徴のひとつに、内外装ともに上質で洗練されたスタイルを追求することで実現したエレガントな雰囲気が挙げられる。 

 

 外観は、バランスと調和(ハーモナイズ)を重視した造形にこだわった仕上げがなされ、ボディ全体を張りのあるシンプルな面構成で包み込み、一体感のある塊としての存在感が強調された。 

 

 特にフードからトランクリッドへと連なる緩やかなアーチ状のラインと、ルーフおよびドアカットラインとの統一感のある構成によって、「バランスド・アーチ・デザイン」と称する新しいスタイリングを具眼化している。 

 

 従来のスタイリッシュなセダンで採用されていたウェッジシェイプとは一線を画す、優雅で静謐なフォルムを実現し、ドアハンドルやフューエルフィラーリッドといった細部のディテールに至るまで、丸みを帯びた造形で統一し、全体のラインと調和させてスタイルの完成度を高めている。 

 

 

 車内は柔らかさと暖かさをテーマに、高級車に相応しい上質な空間づくりが追求されている。セダンに必須となる快適性にこだわっているのはもちろん、乗る人の感性に響く、質の高いくつろぎを実現した。 

 

 乗り込んですぐに目に付くインパネとセンターコンソールは、包まれ感と解放感を両立させる曲面構成を採用し、視覚的な広がりと操作系の一体感を両立。ドライバー中心にレイアウトされたコックピットも、機能美を感じさせ、設計や素材の選定に徹底した配慮がなされているのがわかる。 

 

 走りにおいても"上質な走行体験"を提供するべく、クラストップレベルの動力性能と操縦安定性、ブレーキ性能の高度なバランスを実現した。 

 

 パワートレインには、排気量4130ccのV型8気筒と2960ccのV型6気筒の2タイプを用意。いずれも自然吸気エンジンでありながらV8が270ps、V6は200psという余裕ある出力特性と高い静粛性を持ち、長距離クルージングから街乗りまで場面を問わずスムースな加速フィールを堪能できる。 

 

 このユニットに組み合わされるのは、変速ショックを最小限に抑え、加速時のリニアな反応と滑らかな動力伝達を両立させたフルレンジ電子制御式4速ATとなる。 

 

 足まわりはフロントにストラット式、リアにマルチリンクサスペンションを採用し、快適な乗り心地と高いコーナリング性能の両立を図っている。さらに、上位グレードのタイプXには、位相反転ディレイ制御方式のSUPER HICAS(スーパーハイキャス)を標準で装備した。 

 

 この機能によって後輪操舵による高い旋回性能と自然な車両挙動を実現し、ドライバーの操作に対して応答性の高いハンドリング特性を提供する。ほかにも走りに影響をおよぼすすべてにおいて緻密にチューニングが施され、心地よく上質なドライビング体験をあらゆる場面で味わうことができた。 

 

 レパードJ.フェリーが登場した背景には、1990年代初頭のグローバル高級車市場の潮流と、日産が目指したブランド再構築の試みが色濃く反映されていたことが挙げられる。 

 

 当時の日産は、北米市場で「インフィニティ」ブランドを立ち上げ、トヨタの「レクサス」やホンダの「アキュラ」と同様に、北米の高級車市場におけるプレゼンスの確立を急務としていた。そんな事情で開発されたレパードJ.フェリーは、国内向けの上級セダンとしてだけでなく、北米市場を意識したグローバルモデルであることが求められた。 

 

 しかし当時の日本市場においては、依然としてフォーマルな4ドアセダン=高級車という価値観が根強く、スペシャリティなイメージを前面に押し出したレパードJ.フェリーのスタイルは、既存の高級セダンユーザーとの親和性が低かった。 

 

 また、技術的な部分に意欲的な面が多かったものの、セドリックやクラウンといった安定的に売れていた車種に対して差別化が図れたとは言い難い。結果として国内市場では明確なポジショニングを確立できず、革新的であるがゆえにニッチな存在にとどまってしまったわけだ。 

 

 つまり、販売・広告・ブランド戦略が当時のマーケットやユーザーと噛み合っていなかったことが、市場での成功を阻む一因となったわけだが、これまでとはひと味違う商品としての訴求力は高く評価され、今でも長く記憶に残るクルマとなっている。 

 

 

( 302199 )  2025/06/25 06:52:39  
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この記事では、日産の車種であるJフェリーに対するさまざまな意見が述べられています。

一部のコメントでは、高級感や内装の豪華さ、走りの良さを評価する声も見られますが、尻下がりのデザインや日本市場における受け入れの難しさについて批判的な意見も多くありました。

また、日産のデザイン方針やマーケティング戦略に対する批判的な声も挙がっています。

現代の日産車に対する評価や、日本の自動車市場のトレンドについても言及されており、過去のモデルに対する懐かしい思い出や評価も含まれています。

(まとめ)

( 302201 )  2025/06/25 06:52:39  
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=+=+=+=+= 

 

3Lのオーテックバージョン乗ってました。見かけは好みが分かれますが、乗ればわかります、パーソナル、高級、スポーティー。和製ジャガー目指したんだとかいうコメントも当時の車雑誌で頻繁に目にしました。 

但し日本のマーケティングなど我関せず(Q45もですが)出したな、という当時の日産の驕りでもあったのが残念。 

その後のミニジャガー、最近のメルセデスのデザインからも先進的だったが、日本人への訴求力が今一つ弱かった感は否めません。 

あのVG エンジンの官能的な加速音、夜の室内の雰囲気、4ドアながら2人乗りが適する贅沢さ、私の思い出を育んでくれた車でした。 

 

▲119 ▼18 

 

=+=+=+=+= 

 

この車、日産のマーケティングがいかに下手かを具現化しているように感じます。 

 

当時のレパードといえばソアラの対抗馬として開発され、2ドアクーペでしたよね。当時の日産らしいちょっと攻撃的というかヤンチャなデザインで、「危ない刑事」の劇場車としても存在感を放っていました。 

 

ところがJフェリーはどうでしょうか?先代のイメージを真っ向から否定するようなコンセプトで、先代が好きな人は買い替えを控えてしまいそうなのは目に見えています。 

 

日産ってこういうモデルチェンジがとても多かったですよね。 

 

Jフェリー、徳大寺有恒さんなどの評論家にはとても評判がよかったですが、全くと言っていいほど売れませんでしたね。 

 

同じ車種のモデルチェンジで、露骨にコンセプトを変えてしまうのはどうかと思います。全く違う車種のネームで出せばよかったのにと思いました。 

 

▲65 ▼17 

 

=+=+=+=+= 

 

記事が配信されてから4時間で100件を超えるコメントがついていますが、当時不人気だったとはいえ多くの人の記憶に残るモデルだったのでしょう。 

流麗なデザインのそれまでにないパーソナルセダンで、最上級のタイプXはV8で約470万円、これにオプションで80万円もするポルトローナ・フラウ社の本革シートが用意されていたことも語り草になっていました。 

当時の自動車評論家は高く評価していて、アメリカ(インフィニティJ30、V6のみ)で人気があったとのことでしたが、アメリカ向けにも後継が出ることはありませんでした。 

アメリカでの発売は1992年に1993年モデルとしてでしたが、販売台数を見ると売れていたのは1994年までで、1996年には年間でも4桁まで落ち込んでしまいました。 

生産終了後、インフィニティのこのクラスは2001年のM45(V8の載ったY34)まで待たなければなりませんでした。 

 

▲7 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

自分がF31レパードを乗っている時にご近所さんがJ・フェリーを変われました。 

3000のL・サンルーフ付でした。 

私が2代目所有で次期レパードが4ドアセダンになるとのことでしかも尻さがりなスタイルでフロントマスクもおちょぼ口でブルーバードをデカくした感じで、当時は何じゃコレ?と思ってそのままF31に乗り継けることになりました。 

でもスタイルはあんなんだったもののバブル期開発のクルマだけに非常に高い質感を誇っています。 

オプションでポルトノーラフラウ社製の高級本革シートもありホントに豪華です。 

残念ながら当時は不人気なため、4年を経たすフルチェンジしましたが、今乗るならいいかもしれません。(交換部品の製廃がなければ) 

 

▲16 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

中古で購入ですが、4.1LのXに乗っていました。 

ハイキャスがXにしか装備されていなかった事で選びましたが結果的にV8の走りは力強く良かったです。 

シートもポルトローナでしたが、販売店の方がその辺をよく知らない方で安く買えたんですよね。 

ただ4.0Lではなく4.1Lと中途半端な排気量だったので税金が無駄に高くなってしまっていたなとは当時も思っていましたが、車自体は凄く気に入っていました。 

国内では不人気車だったのであまり見かける事が無かったのも満足できる部分でした。 

 

▲13 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

当時、アメリカ出張でよく見かけた車。西海岸でも東海岸でもアメリカの街並みに凄く映えていたので帰国後に購入、V8エンジンとハイキャスの組合せは想像以上に楽しい走りをもたらしてくれた。 

あと内装は日産車史上でもトップクラスの雰囲気を持っていたなぁ。 

 

▲112 ▼5 

 

=+=+=+=+= 

 

確かに先進的なコンセプトだったと思うが、当時の輸入車と較べ勝ち切れる程の魅力はなかったように思う。 

日産の社員はエリートゆえ理念先行となり、北米向けモデルでもインテリ層にはある程度売れると考えたのかもしれないが、令和になっても日本はアルファードが爆売れする国。 

トヨタ社員は冷静で、日本人というものを極めて理解している超エリートなんだなって改めて思うわ。 

 

▲6 ▼20 

 

=+=+=+=+= 

 

レパードという名をつけていなければひょっとしたらここまでこの珍車は叩かれ嘲られることはなかったかもしれない。 

 

ソアラほどの人気はなかったがあぶない刑事に起用されたこともあり2ドアスペシャリティとしては一定の人気を保っていたレパードがモデルチェンジであろうことか不格好な4ドア車になるとは誰も予想しておらず酷評の嵐となった。 

 

ちなみに今の中古車相場は 

あぶない刑事モデル200-400万 

Jフェリー70ー90万 

残念ながらJフェリーが再評価されているということはないようだ。 

 

▲38 ▼15 

 

=+=+=+=+= 

 

ちょうどこの時期のフォードのトーラスも似たような感じだったし、デザイナーのセンスを疑うくらい今でもかっこいいとは思えない。 

実家もこの時のブルーバードのセダンだったけどグレードも一番下のパワーウィンドウもない、後部座席にセンターアームレストもなくて当時クラスメイトでやたら車に詳しいやつにも茶化されて惨めだった。次に買い替えたのが初代デミオのマイナーチェンジ後で車格的には下だったけど嬉しかったのはあった。 

 

▲5 ▼11 

 

=+=+=+=+= 

 

当時のアメリカのトレンドが反映された佳作。よくジャガー風みたいに言われるけど違う。これは、GMのビュイックから始まった流れである。またそれまで2ドアだった車種がモデルチェンジで4ドアになるのも、アメリカ市場の任意保険料の高騰を受けてのトレンドだった。 

 

▲30 ▼8 

 

 

=+=+=+=+= 

 

レパードの名を冠せなければ、まだよかったのにな。 

国内にはY32セドグロがあったのだから、やはりそれのクーペ版で出せばブランドは保てていたのかも。 

 

この時期、日産やトヨタは米国マーケを意識していたので、30ソアラもグリルレスの丸っこいデザインはあまり国内では受け入れられなかったのだけど、クーペボディは貫いた。 

 

J.フェリーは4ドアになっちゃったし、どうしても当時は尻下がりのデザインは受け入れがたかった・・・今思えばリアウィンドウのラインとリアデッキのラインの傾斜が極端に変わっているのと、トランクルームが小さく見えるデザインが損をした感じ。 

 

どうしても4ドアにするなら、昨今のセダンクーペのように、ルーフラインからリアエンドまで段付きなく滑らかに下がるデザインだったらまだマシだったのかな。 

 

▲8 ▼11 

 

=+=+=+=+= 

 

エクステリアが奇抜すぎたが、内装は凄く凝っていて好きでしたね。 

ココンインストが上質だったたし、足踏式のパーキングブレーキがサイレント構造だったので、これも上質感があった。 

 

▲9 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

Jフェリー。憧れもあったし欲しかったな。当時の国内販売車両では見馴れないデザインが、自分には刺さったかなぁ。でも社会人数年目の安月給では高値の花だったのを思い出した。日本車離れした内装材の厚みやシートマテリアルの豪華さ、今も憧れは忘れない。 

 

▲13 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

日産は以前にも、尻下がりのデザインで失敗した410ブルーバードがありました。 

 

日本人にはこの尻下がりのデザインは受け入れられないってのがありました。 

 

トヨタの9代目クラウンで尻下がりのデザインで登場させましたが、やはり不評でのちに当時の運輸省も難色をした、大規模マイナーチェンジをして売り上げ回復を目指したけど、時既に遅しで売り上げ回復はできませんでした。 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

この車、搭載エンジンに V8が設定されてたことからもインフィニティブランド立ち上げの頃で、後半にあるようにグローバル戦略車だったからエクステリアデザインが NDIの息が掛かったモノだった。 

だから、なんかちょっと分からない気持ち悪いぬるっとした造形で、なんと言ってもアメリカ人大好きな、日本人大嫌いな垂れ尻デザインになったのが致命的。 

しかも、日本の自動車市場のジンクスとして、車名にアルファベットを入れる…特に "J"だそうな…とコケるというのも重なった、と。 

 

初代レパードの尖ったラグジュアリーな感じ、2代目の質実剛健そうな印象の外観からアレで、”あ~ぁ、ソアラに張り合う土俵から下りちゃったのね…。”というのが第一印象だったですよ。 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

当時は日産レパードが人気でソアラと肩を並べる程の人気車種で、今でも乗りたい車の一つですが、フルモデルチェンジでレパードjフェリーが販売されて、レパードに乗りたいと思っていた若者が、レパードjフェリーを見て誰が乗りたいと思うだろうか? 

人気車種を一気に販売不振にさせた日産レパードjフェリーが、今の日産が経営不振になった始まりの様な気がする! 

 

▲18 ▼15 

 

=+=+=+=+= 

 

3Lの本革仕様乗っていました。 

当時オーナーズクラブが有って箱根のオフ会に行ったのが思い出。60万円オプションのポルトローナフラウ革仕様車も居ました。 

記事は真逆で北米向けのお裾分けで売っていただけで、日本で本気で売ろうとはしていませんでした。 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

当時の北米ではこんな感じの河原の石ころみたいなフォルムがトレンドだった。 

オーバルデザインのフォードトーラスとかね。 

 

本来の生息域から遠く離れた日本に迷い込んでしまったがために、不当にヘンテコリン扱いされたのは少し可哀想ではある。 

 

▲9 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

2代目シーマと言いこのJフェリーと言い当時の日産はイギリスに 

被れいていたんだな 

和製ドイツ車が氾濫していたので確かに新鮮ではあった 

特にレザーシートの内装色は日本車離れしていて良かったな 

ただ見た目はアメリカ人が考えたジャガーって感じでアグレッシブ過ぎた 

日本では日産店で売られてたがブルーバードに乗ってきたユーザーには 

ちょっと理解出来なかっただろう 

 

▲10 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

レパードと頭に付かなければもっと評価されたかも知れませんね。 

数ヶ月前に見かけましたが、当時酷いと思っていた尻下がりがかっこよく見えた。 

今となってはナローな感じボディーもカッコ良かった。 

 

▲46 ▼7 

 

 

=+=+=+=+= 

 

販売している当時に乗ったことがある。セドリックに比べて後席の頭周りが狭くて圧迫感があった。特によくないのがトランクで容量で比較したら半分程度しかない。やっばり尻下りデザインはダメと感じた。 

 

▲33 ▼25 

 

=+=+=+=+= 

 

デザインは正直、素晴らしいと思ってます。しかし、 

この頃は日本のマーケットも成熟していませんでしたよ。 

尻下がりは全く受けませんでした。※U13SSSも然り 

(今もかもしれませんが) 

なので結論はそのマーケットで売れる車が、悲しいかな正解と思います。 

(自身のセンスとは異なりますが) 

 

▲15 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

初代レパードは4ドアと2ドアの先進的な2つのボディタイプで売り出し評論家たちの評判も上々だったが、結果はソアラに惨敗。2代目はソアラに倣って2ドア一本で勝負したがこれもダメ。そもそもトヨタっぽいクルマを日産が真似てもトヨタに敵うわけがなかった。その意味で市場評価を顧みない情感に訴えるJフェリーはトヨタには作れない日産らしいクルマだったと言える。 

 

▲3 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

ニッサンは古くは2代目ブルーバードから今日まで時折この尻下がりのデザインの車を出す。尻下がセールス的に成功例は少ないのに余程好きなのでしょうね。 

個人的には嫌いじゃないけど、日本では尻上がりのデザインが人気がありますからね。 

 

▲15 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

内装の仕立てや色使いは 

2代目シーマよりは良かったと 

思った。 

やはり、尻下がりのセダンは 

日本ではウケないと言う事を 

露呈した。 

前の年に登場した、U13ブルーバード 

SSS・EEX(4ドアセダン)も同様に。 

 

▲45 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

椅子というか、シートにこだわりを持っていた感じの宣伝だったのを覚えている。一度、どういうシートか乗ってみたかった。 

熟年のカップル向けのクルマかなって印象だった。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

今見たら悪くないかなと思うのだけど、出た当時は 

なんじゃこりゃ感が満載だったかと 

たぶん当時のユーザーがレパードに期待したのは 

これじゃなかったと思うし、格下のブルーバード 

のARXのお面にSSSのお尻を組み合わせて整えた 

ようなスタイルにも見えるので、それでセド・グロ 

の車格というのも受け入れられないかと 

早い話が独りよがりで、ユーザーの望むものなんて 

考えていやしない 

今も昔も変わらない、いかにも日産らしい 

 

▲26 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

好きな車種でした、 

クラウンやセドリックみたいな妙な威圧感が無い、優しく上品なフロント、 

高級感を主張し過ぎないセンスの良い内装、 

「助手席に美しい妻を乗せてます」でしたか? 

乗り心地の良いシートは 

さすが日産と思った車でした。 

 

▲33 ▼9 

 

=+=+=+=+= 

 

この頃の日産デザインは迷走していてその中でも最高に迷走してた車。本当かどうか分からないが噂によるとデザイン決定会議でデザイナーの本命A案、対抗の少しデザインの劣るB案、トンデモデザインのC案を用意して役員連中が決めるらしく、通常当たり前にA案が選ばれるのが日産の役員はB案を選んでたらしい。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

なんかの雑誌にZ32のマニュアル積んでドリフト車に仕上げたJフェリーが載ってた。ローダウンとホイールは変えてたが見た目はノーマル。本革シートのドリ車。なかなか格好良かった。 

 

▲0 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

>国内向けの上級セダンとしてだけでなく 

元々、インフィニティブランド向けで国内投入は予定してませんでしたよ。レパードがF31で廃止になる事で国内の営業からレパードのブランド存続の声が多く出たため急遽、インフィニティJ30を レパードJ.フェリーとして投入決定した次第。 

車の出来は良かったようですがU13ブルSSSとともにタレ尻デザインで売れませんでしたね。 

 

▲1 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

たしか、歴代の日産車で、1番売れなかったのが、Jフェリーだった気がします… 

納得な気もするけど、今見ると、中々魅力的にも見えます。 

逆に、今世の中を走っているくるまで、魅力的な車両は、残念ながら無いと感じてしまいます…… 

 

▲45 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

同じ4.1リッターV8を積んだ2代目シーマをドライブした事が有りますが踏んだそばからドンッと来る加速が強烈過ぎて自分で具合悪くなったのが懐かしい。 

 

▲2 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

よく売ったな!!ではなく良く発売したな 

というくらい珍車というか迷車だった 

この時代は全メーカーというくらい採算度外視の様々な車を作っていたのが懐かしい 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

昔ハイドロ組んでロードスターのワイヤーホイール履かせたJフェリーのカスタムカーを見た事あるけど、個性ありありでめっちゃ唯一無二のカスタムだなぁって思った。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

とにかく過去の頃のU13とレパードはNDIのデザインが日本人には最高合わなかったですね。 

どちらのモデル旧モデルがヒットしまくって保守的にいくかと思いきや新たな価値を求めていたのか、消費者には全く理解できませんでした。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

>走りに影響をおよぼすすべてにおいて緻密にチューニング・・ 

>心地よく上質なドライビング体験をあらゆる場面で味わうことができた 

 

国産の「ねこ脚」と言われてましたね。 

日本では全然ウケなかったけど、アメリカではそこそこ売れたんだよね!? 

 

▲10 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

私は発売時に若くてお金が無くって買えなかったけど 

英国車風でカッコいいな...と当時クラウンやシーマ 

アコードインスパイアなんかに乗っていた周りの叔父たちに 

勧めたけど、皆に「カッコ悪い」と言われ... 

友人にも言われて....ちょっとガッカリした思い出が.....。 

 

▲12 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

日本においては未だに時代が追い付けてない。確かフラウの革を使った仕様のもあったはず。定期的に欲しくなって中古車サイト眺めてます。 

 

▲16 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

コマーシャルの 

低めの男性の声で 

「ジェイフェリ~ィ」。 

 

価格と共に大人の車に見えてた。 

 

ブルーバードにしろプレセアにしろ 

こんなメタリックで、角がとれた感じのが流行だったね。 

 

▲0 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

積載性を求めたりの野暮な声に潰された車。ゴルフバッグがいくつ入らないと駄目とか後席が窮屈とかね。マツダの初代センティアも同じ目に遭っている。 

 

▲13 ▼2 

 

=+=+=+=+= 

 

2ドア高級スペシャリティーカーだったレパードが、急にコレに変わって??だった。しかも尻下がりのスタイルが大不評。思えばこのJフェリーから、99年日産の没落が始まった気がする。 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

内装はメッチャ良かった。テールのヘニョっとした尻窄み感は皆が大不評。筐体の使い回し感はあるがテールだけなんとかして欲しかった。 

 

▲2 ▼8 

 

=+=+=+=+= 

 

レパードはあぶデカ前のモデルから私的にカッコいい車でした。突然大福になったね、あれはショッキング、ブルーバードもね。何があったの 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

どうも日本では『尻下がり』のデザインはダメだ 

特にサルーンでは人気が無い 

 

デ・トマソ ドーヴィルやジャガーXJ(初期)なんか堪らないですけどね 

 

瀬川昌治と言う映画監督がJフェリーに乗っていて『通な人だな』と思った 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

二度ある事は三度あり!!当時の日産は尻下がりデザインを連発をやらかした。日産のフラッグシップサルーンだったFY32シーマから始まり、続いてU13ブルーバードセダン(SSS/EEXシリーズ)、そしてあまつさえあぶ刑事レパード後継のJフェリーと失敗作続きでここから日産の凋落が始まったのはご存知の通り!! 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

四角くて大きく見えるクルマが人気な日本にはJフェリーは早すぎたのだろ。徳大寺も「このクルマが売れたら日本人もたいしたものだ」と雑誌にコメントしてたなぁ。 

 

▲40 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

真剣に欲しいと思いました。ただ金がなかった。お尻下がりのデザインが素晴らしい。ただアルミホイールはいまひとつ。 

 

▲23 ▼15 

 

=+=+=+=+= 

 

「美しい妻と、一緒です」 

キャッチコピーが凄すぎた 

 

当時の日産は直線基調から 

曲面多めのデザインにしてきた 

B14やU13やS14やR33等々…で 

やらかした事に気付いたらしく 

B15やU14やS15やR34等々 

直線基調に戻したけど以下略 

 

▲17 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

Jフェリーって元々は北米専用機として開発したけど、ディーラーのラインナップの関係から国内でも売ることになり、名前も次期モデルがなく空いてたレパードになった、、、じゃなかった?? 

 

▲25 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

以前、中古車屋の社長と話してた時 

Jフェリーの話になって 

私「腐ってもレパードだから乗ると良いんでしょ?」 

社長「ううううううんんんん・・・」 

って感じだった 

日産の終わりの始まりって感じ? 

 

トヨタは人が欲しがる車を作る 

日産は自分たちが造りたい車を作る 

その結果が・・・ 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

S14前期とか当時酷評された日産車も今見ると意外と良かったりするんだよね。 

ただR33前期やC34は今見ても無いけど。 

 

▲7 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

まぁよくあの「タレ尻」カーをこれだけ 

褒め称えた文章が書けると感心する。 

たしか北米のデザイン部門のを全面採用した 

と記憶してるが、日産の斜陽はこの車から 

始まった。 

 

▲28 ▼35 

 

=+=+=+=+= 

 

プレセアとかサニーNXクーペとか、ぬるっとしたアメリカ受けするのがポツポツあったな日産 

プレジデントのグリル無しもその空気感あったか 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

昭和生まれだが、過去に一度も遭遇したこと無いおクルマ。 

あまりに貴重なので、欲しいとか乗りたいと思う事さえ、烏滸がましいと感じる。 

ニッサンの終わりの始まり的なおクルマ。 

 

▲8 ▼25 

 

=+=+=+=+= 

 

F31の後だったから、余計に抵抗感あったと思う。他の方もおっしゃっているが、「レパード」と付けなければ結果は違ったと思う。 

 

▲9 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

この車が当時の日本人に受け入れられていたかどうかは販売台数が如実に示しています。それ以上の説明や擁護の言葉には何の意味もありません。 

 

▲4 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

デザインに関しては北米受けを狙ったので日本人受けが悪かった 

ただ、Jフェリーと言う名前はカッコ良いと思っていました 

 

▲4 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

私個人の感覚だけどこの車が発表された時レパードの終焉とこの機を境に日産の衰退が始まったと思っている。 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

ワクワクする車がいっぱいあった時代でしたね。懐かしいです。戻れるならもどりたいな 

 

▲0 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

昔のニッサンはカッコいい車たくさん出した。 

今は魅力的な車作らないんだよなぁ。 

そこに戻れば良いのに。 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

ブルーバード410、U13SSS系同様尻下がりのデザイン。 

それでいて高額だし、ちょっと無理だったわ。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

この車を見た時は「衝撃的」でした。変な車を出してきたな と。多分 誰が見ても「変な車」としか思わなかったでしょう。 

 

▲14 ▼7 

 

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日産鬼門のケツ下がりデザイン、ブルで2回も失敗してるのにまた出してきた、そして失敗の繰り返し懲りない日産が今日に続く。 

 

▲3 ▼2 

 

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NDI作品。 

 

その販売実績の多寡。 

 

高低差著しく個性派が揃う光景を顕わし候。 

 

▲0 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

名前がレパードじゃなければある程度は売れたかも。レパードがコレじゃ恥ずかしくて乗れない。 

 

▲16 ▼16 

 

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この車の良さがまだわからんのか 

わからんやつには理解されなくても良いけど、馬鹿にするのは違うだろ? 

 

▲25 ▼9 

 

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尻下がりが不評でしたね。 

冠をレパードにしたことで、更に不評になったかと。 

 

▲1 ▼0 

 

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フラウのシート。現存していたらチョーお宝。 

 

▲6 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

当時尻が下がったのがアメリカで流行った、そのまんま真似して発売に呆れたw 当然日本では不評。 

 

▲14 ▼12 

 

 

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U13ブルーバードのARXのフロントにSSSのリアをくっつけたクルマ。 

 

▲3 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

このクルマの出現から日産の衰退が始まったと今でも思う。コレ何台売れたの? 

 

▲0 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

株主総会が大モメな日に、尻下がりの車の紹介なんて、なんと皮肉なこと。 

 

▲16 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

実は、プラモデルもある(゚д゚)! 

 

▲14 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

シーマより インフィニティQ45よりJフェリが好き 

 

▲4 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

かの徳大寺氏が絶賛してたよね 

わかる人には分かるクルマ 

 

▲15 ▼4 

 

=+=+=+=+= 

 

何故かアジアの古代魚を連想させるフォルムやった 

 

▲4 ▼4 

 

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あぶ刑事のレパードの後継がコレで一気に冷めたね 

 

▲11 ▼9 

 

=+=+=+=+= 

 

尻下りのデザインは日本では売れない 

 

▲1 ▼0 

 

=+=+=+=+= 

 

徳さん激推し車 

 

▲6 ▼0 

 

 

=+=+=+=+= 

 

こんな車よく売ったな 今のラインナップが全部それ 

 

▲2 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

現車をを見かけたことが一度もありませんでした。 

 

▲1 ▼1 

 

=+=+=+=+= 

 

日本人には早すぎただけ。 

 

▲15 ▼4 

 

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この頃から日産のデザインがおかしくなった 

 

▲4 ▼6 

 

=+=+=+=+= 

 

尻垂れブルーバードの教訓が全く活かされてない。 

 

▲3 ▼3 

 

=+=+=+=+= 

 

デザインは大好き 

 

▲25 ▼14 

 

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性能云々よりカッコ悪かった 

 

▲7 ▼7 

 

=+=+=+=+= 

 

要らんなぁ!やっぱり車はまず見た目! 

 

▲6 ▼11 

 

=+=+=+=+= 

 

当時、買う人の気がしれない車だったわ。 

 

▲9 ▼16 

 

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やはりあのタレ尻が駄目だったんでしょうね。 

同時期に同じくタレ尻だったブルーバードも売れていなかったからね。 

(これ投稿しようとしたらAIにタレ尻が引っ掛かった。(笑)) 

 

▲6 ▼1 

 

 

 
 

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