( 304975 ) 2025/07/05 07:06:44 0 00 奇抜で挑戦的なフォルムのテスラ「サイバートラック」。体験試乗で一番人気だった(筆者撮影)
「自分はホンダのハイブリッド車に乗ってたんだけど、6カ月前にテスラのモデル3に買い換えたばかり」
そう語るのは、30代の男性、ジョーダンさんだ。
南カリフォルニアで6月に開催されたEVの祭典イベント「Electrify Expo」で、彼はテスラの「サイバートラック」に試乗するための長い列に並んでいた。
■テスラのブースに人だかり
GM、トヨタ、ボルボやリヴィアンなどさまざまなメーカーのEV車のハンドルを握って試乗できる機会を提供するこのイベントで、最も多くの人々が並んで混雑していたのが、テスラのブースだった。
ジョーダンさんは「今すぐにではないけど、2〜3年先にはサイバートラックを買いたいから、試乗していろいろ確かめたい」と言う。
鋭角的で巨大なボディが銀色に輝くサイバートラック。その試乗風景を見ていると、設置されたコースの角を回るのに、切り返しで苦戦している人々も多かった。
日常生活で実用的ではないように見えるサイバートラックを買いたい理由は何なのか? ジョーダンさんは「見た目のかっこよさ。単純だけどそれが一番の理由」と即答した。
ガソリン車とEVの利点を併せ持つハイブリッド車を所有していた彼は、そもそもなぜテスラのモデル3に買い換えたのだろうか。
「ずっと前からフルEVに移行したいとは考えていた。最終的に自分にとって決め手になったのは、一番最初にEV市場のシェアを席巻したテスラなら、EV技術力が確かなんじゃないかと思えたから」と言う。
つまり、ハイブリッド車を買う時は、ガソリン車やハイブリッド車を得意としてきた日本車メーカーのブランド力を重視し、EV購入の場合は、「米EV市場で一番最初に成功したテスラの実績で選んだ」ということだ。
特筆すべきは、彼がモデル3を昨年12月に「中古」で、2万ドルの価格で手に入れたということ。
■中古EVが値下がり
アメリカでは中古EVであっても、購入の際には、収入や居住地によっては、税金の控除が最大4000ドルまで得られる。もしマックスの4000ドルの控除が認められた場合、価格2万ドルの中古のモデル3は、実質1万6000ドルで手に入るわけだ。
実は彼がモデル3を購入した時期は、中古EVの価格が急落しつづけた時期とぴったり重なる。
自動車専門のサーチエンジンiSeeCarsが2023年の5月から2024年の同月までに売却された1〜5年の使用歴がある220万台の中古車価格を調べたところ、2024年の2月に「初めて中古EVの平均価格が、中古ガソリン車の平均価格を下回った」ことがわかった。
その時点からさらに、中古EVの価格は下がり続けている。
ちなみに、ジョーダンさんが買った中古のテスラ・モデル3は、iSeeCarsの調査によれば、2023年5月から2024年5月で、約9000ドル、つまり24%も平均価格が下がっていた。
テレビや新聞では「中古EVのリセール・バリューがどんどん下落している反面、中古ガソリン車の価値は高いまま」と報じられたが、裏を返せば、初めてのEV購入を考える消費者にとっては、史上初めて、ガソリン車よりもEVのほうが安くて買いやすい、試しやすい時代が来たともいえる。
ジョーダンさんの父のジェフさんは、現在レクサスのガソリン車に乗っているが「息子がEVに切り替えたから、自分も考え始めた」と言う。
■レクサスからGMCへ?
レクサス所有者ならば、当然レクサスのEVを視野に入れているのかと思いきや「試乗してみたらGMCのEVが気に入った。乗り心地も良かったし」とのこと。GMCとはGM(ゼネラル・モーターズ)のトラックとSUV専門の部署で、巨大なEVピックアップトラックの「ハマー」や大型SUVが試乗では人気だった。
ブランド・ロイヤリティーの高いユーザーが多いと評判のレクサスだが、「私は次は何に買い換えようかと常に新しいものを探し続けるタイプ。それが昔から習慣なんだ」とジェフさんは言った。
息子であるジョーダンさんの自宅には今、愛車のモデル3をチャージできるテスラ専用のチャージャーが備え付けられ、充電には困らない。
では、一軒家住まいではなくアパート住まいで自宅で充電できない消費者はどうなのか?
現在ホンダのガソリン車に乗っているという30代のエレックさんは、「これまでEVを買った友人たちを観察してきたけど、彼らはショッピングセンターの駐車場で、買い物のついでに無料で充電している。それを見ていて自分もタダで充電できる、EVなら確実に節約できると確信した」と言う。
エレックさんがEVに移行したい最大の理由は、ガソリン代の負担が経済的にキツいからだ。
ちなみに現在ロサンゼルスでは1ガロン当たりのレギュラー・ガソリン価格が5ドルを超えるスタンドも多く、SUVやトラックの場合はタンクを満タンにすると130ドルを超える場合もざらだ。
そんな中、エレックさんは自分と同じようなアパート住まいの友人たちがEVに買い換え、ガソリン代の負担から解放された生活をしているのを見て、自分も続こうと考えた。
彼はこのエキスポで、カリフォルニアのアーバインを拠点とするEVメーカーのリヴィアンの5人乗りのSUVに試乗。「広々としていて、すごく気に入った」との感想だった。
また、エレックさんの友人のジョナサンさんは、現在ベンツのガソリン車に乗っているが、やはりSUVタイプのEVに乗り換えを検討している。「友人たちを見ていても、勤務先の駐車場でEVを無料で充電しているケースが多いし、職場にEVチャージャーがあれば、自宅になくても、何も問題はないとわかったから」と言う。
■企業が社屋にEVチャージャーを設置する時代
ちなみに車をひとり1台所有するのが当たり前の車社会のカリフォルニア州では、グーグルなどのIT大手企業の社屋には必ず複数のEVチャージャーが備え付けられており、社員が勤務中に無料で充電できる。そのためテスラなどのEVがグーグル社屋の駐車場などにはずらっと並んでいる。福利厚生の一部として、EVチャージャーが職場にない企業が優秀な人材を確保するのは、かなり難しい時代になった。
「今の政治状況を考えれば、ガソリン代はますます高騰すると思うし、将来はEVを買いたいよ」と語るのは、エンジェル・ウィズムさんだ。
奇しくもこのEVエキスポの期間中にトランプ政権はイランの核施設にミサイルを撃ち込んだ。来場者の間では「高騰する石油価格に振り回される生活から永久に脱却したい」という声も高まっていた。
ウィズムさんは現在ホンダのシビックに乗っており、彼のガールフレンドのジェイ・ガブリエルさんの愛車はスバルのクロストレックだ。
どちらもガソリン車だが、ふたりとも将来はEVの購入を目指している。今回ふたりが試乗したのはレクサスのEVでSUVタイプのRZだ。「スムーズな感じで乗り心地が良かった。すごく気に入った」とガブリエルさん。もしレクサスのRZの中古車を買う場合、税金控除額は最大4000ドルだが、ウィズムさんは「4000ドルじゃ少ないな。もっと控除してもらいたい」と言う。
ちなみに新車EVを購入する際の控除額は約7000ドルだ。新車のRZの価格が4万4000ドル台からとして、控除があっても、新車なら3万7000ドル以上払うことになる。
■ガソリン価格を気にしたくない
ちなみに、このエキスポ会場の駐車場の前では、ある男性が「イーロン・マスク率いるテスラをエキスポの展示からはずせ!」と抗議デモをしていた。彼はマスク氏が右手を高く挙げている写真をプラカードにしてマイクでひとりでデモをしていた。全米のテスラ販売店の前で起きていたデモのメッセージと重なる。
だが、エキスポ会場に一歩入ると、テスラの試乗テントの前には長蛇の列ができていた。今回筆者のインタビューに答えた全員が、テスラ所有者のジョーダンさんを含め「イーロン・マスク」の名は誰も1度も口にしなかった。
一方、トランプ政権のイランへのミサイル発射については、参加者が自由に記入できる会場内のパネルに「石油を巡っての戦争はもうこりごりだ」というメッセージがペンで複数書かれていた。
ガソリン価格の高騰から自由になりたい――という思いが、来場者のEV志向の最大の理由のひとつであることがヒシヒシと伝わってきた。
長野 美穂 :ジャーナリスト
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