( 306145 )  2025/07/09 07:58:17  
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次の参院選やその後の総選挙で、政権交代が起きる可能性は排除できません(写真:heisj/PIXTA) 

 

2025年1月にアメリカ大統領に就任したトランプは関税引き上げ、カナダ合併などの提案・政策をぶち上げている。佐藤優元外務省主任分析官はそのふるまいを「皇帝」に準え、舛添要一元東京都知事は「ヒトラーやスターリンの手法と同じ」と言う。 

20世紀は「独裁者の時代」と呼ばれ、人種主義はホロコーストなどの悲劇をもたらした。それらは二度の世界大戦を経て、過去の遺物となったはずだった。それがなぜ近年よみがえってきたのか。 

 

時代の転換期を迎え、日本はどうすべきか。新著『21世紀の独裁』から一部を抜粋・編集しお届けする。 

 

■石丸現象をどう見るか──舛添 

 

 次の参院選やその後の総選挙で、立憲民主党をはじめとする野党勢力が今よりも強くなった時、そしてSNSによる小党分立が加速した時、自公に代わる新たな連立政権を模索する時代が来るのではないか。そんな予感がします。連立の組み換え、そして政権交代が起きる可能性は排除できません。 

 

 また、SNSを駆使した政治活動という論点で想起するのは、石丸伸二さんです。彼は広島県安芸高田市長を辞して、東京都知事選(2024年7月7日投開票)に出馬し、165万8363票を獲得しました。56人の候補者が乱立したなかで、蓮舫さん(元・民進党代表)を上回り、現職の小池百合子さんに次いで第2位になったことは周知のとおりです。 

 

 石丸さんは市長時代から、ネット上の動画配信などSNSによる発信を積極的に展開して支持を集め、その議会とやりあう劇場型の舌鋒や、都知事選で彼の選挙カーを取り囲む群衆の模様は“石丸現象”とまで呼ばれました。 

 

 そうした勢いからか、2025年1月には「再生の道」という地域政党の設立を発表し、次の都議会議員選挙に42人の候補者を立てるということで、注目の的です。 

 

 (編集部注:本稿の内容は書籍刊行時点です。2025年6月22日に投開票された東京都議選では、「再生の道」からは42人が立候補しましたが、全員が落選し、議席の獲得はなりませんでした。) 

 

 

 佐藤さんが言われるように、SNSというツールは使い方次第で選挙での集票を後押しします。同時に、クラウドファンディングの時代ですから政治資金も集めやすくなる。 

 

 なぜこうした“現象”が出来したのでしょうか。 

 

 私は、昔の里山のあるような村落共同体が消えたからだと考えています。人間がアトム化(原子化)されて孤立し、他者との関係性が希薄になった現代において、都会に住む人々は、どうすれば自分たちの共同体(コミュニティ)を形成できるか思いあぐねている。そこをSNSがとらえた。 

 

 たとえば「ネットを見ていたら、石丸というおもしろい若手政治家が出てきた。銀行員出身で、議会と喧嘩して田舎の年寄り議員を論破しているぞ。今日、渋谷のハチ公前に石丸が来るそうだから、行ってみよう。 

 

 そして石丸の演説をスマホでライブ配信しよう」と、動画がネット上にアップされると、コメント欄に「石丸伸二の街頭演説は良かったよ」「次はどこでやるのですか」などと書き込まれ、一気に拡散します。ここに共同体意識が生まれるのです。つまり、SNSが昔の村落共同体の役割を果たすようになったのです。 

 

 ただし、ネットの力だけで選挙運動ができるわけではありません。私は1999年から政治活動をして、2010年四月には、「新党改革(旧・改革クラブ)」という政党を立ち上げました。その経験から言えるのは、地方でも全国でも実際に組織を作って活動するには多大な困難がともなうことです。 

 

 まず立候補したら、選挙事務所を構えなければなりません。次に選管(選挙管理委員会)の事務局に行って、選挙事務所の標札、腕章、個人演説会用立札など、いわゆる「選挙の7つ道具」を交付してもらう必要があります。そして街宣活動のために、ワンボックスやミニバンをレンタルします。それには供託金をはじめ、資金も人手もかかるわけです。 

 

■無所属と政党公認では格段の差がある 

 

 私は1999年の東京都知事選(4月11日投開票)に無所属で出馬しましたが、選挙ポスターは仲間がボランティアで貼ってくれました。しかし伊豆諸島にポツンとある掲示板まで、船に乗って貼りに行くほどの動員力はなかった。 

 

 ところが、2001年に自民党から国政に立候補した時には(第19回参議院議員通常選挙。7月29日投開票)、自民党の各支部がわずか半日で全部やってくれました。このように、無所属と政党公認では格段の差がある。選挙運動全般をカバーできるような組織づくりは、それほど難しいということです。 

 

 

 石丸さんの新党は今のところ、東京都の地域政党ということですが、仮に全国組織化して国政に進出し、たとえば札幌支部を開設したら、そこでの日常活動をどう維持するのか。 

 

 また政党が大きくなれば、地方の要望事項も聞かなければなりませんから、SNSではない古い形での政治活動もせざるを得ない。さらに有権者のさまざまなディマンド(要求)に応えるには、官僚機構を動かす必要に迫られるケースもあります。逆に言えば、そうしなければ、全国政党にまで拡大・発展することはないわけです。 

 

 この先、石丸さんの新党「再生の道」がどう変容していくのかは予測できません。また彼自身、都知事選での公職選挙法違反(買収)の疑いで、市民団体(2025年2月10日)や大学教授(同2月25日)から東京地検に告発されました。 

 

 それでも、彼の公式チャンネルである「石丸伸二のまるチャンネル」には35万人が登録し、Xのフォロワーは57万人を超えています(2025年5月現在)。石丸現象が潰えたわけではありません。 

 

 「トゥルー・ビリーバー(true believer)」という概念があります。「忠実な信者」や「狂信者」などと訳されますが、わかりやすく言うと、科学的・客観的根拠のないことでも、それを真実だと思い込む人たちのことです。 

 

 私はその要素を、石丸さんや参政党の支持者に見る思いがします。また、石丸現象には大衆のニヒリズムを感じます。 

 

■ニヒリズムの影──佐藤 

 

 石丸さんが話題をさらった2024年の都知事選では、AIエンジニアにして起業家・SF作家でもある、当時33歳の安野貴博さんが15万4638票を獲得しましたね。これは候補者56人中、田母神俊雄さん(元・航空幕僚長)に次いで、5位の数字です。 

 

 東京大学工学部出身の安野さんは「デジタル民主主義」を唱え、選挙戦でも「AIあんの」という自分のアバター(分身)をユーチューブに登場させて、有権者とのQ&Aに24時間対応し、しかもその質問事項を分析して政策提言に反映するなど、他者が真似できないAI技術を駆使しました。 

 

 これを、メディアは「令和のダ・ヴィンチが描く選挙の未来」などと好意的に取り上げています。 

 

 確かに、安野さんは優秀な人なのでしょう。しかし、知的な立てつけは単純にできています。彼の言う「デジタル民主主義」とは、18世紀の啓蒙主義だと思うのです。 

 

 

 要するに旧来の権威や因習を否定し、人間の理性に光を当てて蒙(無知)を啓く(教え導く)という思想です。その意味で、私は「知的な立てつけが単純」と評したわけです。 

 

 安野さんが自身のグループを中心にして都知事選に臨んだのに対し、石丸さんの陣営では著名な財界人が支援したことが目を引きました。 

 

■「石丸はいい」とさまざまな著名人が推した 

 

 ドトールコーヒーチェーン創業者の鳥羽博道さんが後援会長に就いたのをはじめ、貸会議室運営で国内最大手企業であるティーケーピー社長の河野貴輝さんや、第二電電(DDI。現・KDDIの前身)を京セラの稲盛和夫さんとともに立ち上げた千本倖生さんらが、石丸さんの応援団に名を連ねました。 

 

 千本さんは第二電電を退社後、慶應義塾大学ビジネススクールの教授を経て、そのあとも携帯電話事業のイー・アクセス、イー・モバイル(のちのワイモバイル)を創業するなど連続起業家として名を馳せるいっぽう、公益財団法人(千本財団)を設立して留学生に経済的援助を行なう篤志家の顔も持ちます。 

 

 そんな面々が「石丸はいい」と本気で推したのです。 

 

 こうした著名人による支援と、本人およびネット民のSNSがあって、石丸さんに165万票をもたらしたのでしょう。しかし私は、そこにニヒリズムの影を感じます。 

 

 トゥルー・ビリーバーはもとより、ビリーブ(信じる)していない人たちまでも、なんとなくおもしろがって蝟集した。民主主義としては、すこし粗野な形だと思います。 

 

 その嚆矢は、立花孝志さんの「NHKから国民を守る党(以下、N国党)」になるでしょう。有権者は当初、立花さんが「NHKをぶっ壊ーす!」と叫ぶ動画をまるで漫画のように見ていましたが、次第に求心力が高まってきた。同党は2019年の参院選(第二五回参議院議員通常選挙。7月21日投開票)で国政政党になりました。 

 

 しかしその後、党名変更や内部分裂を繰り返し、現在に至っています。なお、立花さんのユーチューブ公式チャンネルの登録者数は76万人を超えています(2025年5月現在)。 

 

舛添 要一 :政治家/佐藤 優 :作家・元外務省主任分析官 

 

 

 
 

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