( 306328 ) 2025/07/10 05:21:51 1 00 ラーメン二郎府中店が「食事は20分以内」というルールを通知したことで議論が巻き起こった。 |
( 306330 ) 2025/07/10 05:21:51 0 00 ラーメン二郎ってこんなにルールがあるんです
「こういう偉そうなところが“宗教みたい”と嫌われる理由なのに、なんで気付かないのかね」
「いやいや、ラーメン屋は回転率が命だし、そもそものんびりと食べるようなものじゃないだろ」
そんなふうに議論になっているのは、7月4日にラーメン二郎府中店が公式Xに投稿した次のような「お願い」からの「謝罪」騒動である。
「ラーメン二郎 府中店です。最近、極端にゆっくり食べている方が増えまして、ロット乱れたりお店としても困っています。お食事は『最大』で20分以内にお願いします。店主 SNS担当者」(出典:ラーメン二郎府中店のXアカウント@jiro_fuchu ※該当の投稿は現在削除済)
「ロット乱れるって何?」と首をかしげる人も多いだろうが、「ロット」とはラーメン二郎の店側が一度に調理できる麺の量のことだ。
ラーメン二郎では4~5杯を同時に提供することが多いので、客側はこのペースに合わせて食べ終わると、客の回転がスムーズで待ち時間も短くなる。しかし、食べるのが遅い人がいると、この提供ペースが狂ってしまう。これはジロリアン(ラーメン二郎の熱狂的ファン)の間では「ロット乱し」と呼ばれ、罪深い行為の一つとされている。
店側としてはこの「4~5杯を同時に提供する」オペレーションこそが、客が最もおいしく食べられるタイミングだという自負がある。そこで他の客のためにも、食べるのが遅い客にクギを刺したというワケだ。
これはジロリアンにとっては納得できる話かもしれないが、ラーメン二郎にそれほど思い入れのない人からすれば「なんで食べるペースまで指図されなくちゃいけないんだ」と叩く人も表れる。そんなふうに火の手が上がりはじめたところに、さらなる「燃料」が投下されてしまう。
SNSで一部ユーザーが「食べるのが遅く20分以上かかってしまうので他店を利用します」といった趣旨のコメントを寄せたことを受けて、同店がXで「どうぞどうぞ」と回答したことで「客商売としてその態度はどうなの?」と批判が殺到。
結局、ラーメン二郎府中店はこれまでの投稿を全て削除。「多方面にご迷惑と不快感をもたせてしまい、大変申し訳ありませんでした。深く反省しております」と謝罪に追い込まれてしまったのである。
さて、常日頃から顧客との関係性に頭を悩ませているビジネスパーソンの皆さんが、今回の騒動を耳にするとどう感じるだろうか。
「自分たちで納得する商品を提供してファンを大事にすること自体は悪いことではないが、メッセージの伝え方に問題があったのでは?」「ロットなんて一般人によく分からない用語を使って偉そうに指図したことは失敗」など、ネガティブなイメージを抱く人が多いのではないか。
筆者の感想はちょっと違う。確かに、SNSの対応はよろしくない。しかし、最初の「食事は20分以内」など店のルールを守ってほしいというアナウンス自体はブランド戦略として、それほど間違ってはいない。むしろ「正しい」といえる。
ラーメン二郎はいわば「客を支配する店」だからだ。
「客を支配する店」とは、客の要望に応えるわけではなく、店側が提供する商品やサービス、そしてルールを全て決める店だ。客は店側の提供するものをいただき、店が提示したルールを守りながら、店側の示す範囲で楽しむ。分かりやすいのはコロナ禍以降、普及している「会員制飲食店」だ。
最近はBounty of Life(東京都渋谷区)が運営する会員制フレンチレストラン「Provision」のようにサブスクリプション(定額制)で月に何度でも食事し放題の店も登場している。原料費や人件費の圧縮、フードロス削減の観点からも今後ますます増えていく業態だ。
ご存じの方も多いだろうが、同店には客側が問答無用で従わなければいけないルールがたくさんある。列の並び方から始まって、「コール」と呼ばれる独特なトッピングの注文方法、食べる際には私語禁止で残してはいけないなど、茶道や華道のように厳格な「作法」があるのだ。
もしそれを破ってしまうと、店員から直接注意されたり、常連客から「チッ」と舌打ちされたり、嘲笑されたりする。「寛容」や「オープン」という言葉と真逆の店内なのだ。
しかし、ジロリアンたちは、その非日常にシビれ、憧れる。
彼らはラーメンを食べるためだけに、あのような行列に並んでいるわけではない。あのラーメン屋とは思えないピリピリとした緊張感の中で、店員に聞き返されないように、スムーズにトッピングを伝える(=コールを成功させる)。横の客の様子をチラチラ気にしながら、「ロット乱し」と呼ばれる迷惑行為にならないよう、急いで麺をすすり、スープもすべて飲み干して、空のどんぶりをカウンターに上げる。
こうした一連の「儀式」をつつがなく成功させて店を出る――そのときに得られる、他のラーメン店では決して味わえない「達成感」や「解放感」を求めて訪れている人もいるのだ。
つまり、ラーメン二郎が客に提供しているものはラーメンだけではなく、「店側の厳格な管理下で、客同士も神経を使いながら黙々とうまいラーメンを平らげる」という唯一無二の「体験」なのだ。
「そんなのはお前の妄想だ、オレは純粋にニンニクマシマシが好きだから通っているだけだ」というジロリアンの皆さんの反論があるだろうが、「客を支配する店」であるラーメン二郎側は、そう考えていない。
ラーメン二郎と同じく、客側に厳密なルールを押し付けながらも、熱狂的なファンが多いのが、「のんべえの酒都」と呼ばれる東京都葛飾区・立石のもつ焼「宇ち多゛」(うちだ)である。
同店も「かばんは抱えて入店する」「既に飲んでいる人はお断り」「会話は最小限」などの厳格なルールがある。注文方法もしっかりとした決まりがあるので、客はそれに従わなくてはいけない。
そんな店主のにらみが効く緊張感ある空間で、客は黙って酒とつまみを口に運ぶのだ。少し前、店の前を通ったときに中をのぞいたら、酒を出す店とは思えない静けさと、独特の緊張感が漂っていた。
では、なぜファンたちはこんなリラックスできない店に行列してまで行くのか。食事がうまいということもさることながら、店の厳格なルールに従いながら、店主や他の客に気を遣いながら食事をする、という他の酒場では得られない「体験」が病みつきになっているのだ。
普段は取材を断っているこの店が、珍しく『東京新聞』の取材を受けた際、店主もこう語っている。
「いい年したおじさんがさ、改札を出て『あいつも同じ車両に乗っていたな』と少し速足になる。等間隔で行列に並び、窮屈な空間で行儀よく食べて飲む。ようやく抑圧から解放されて外に出るとまだ明るい。『あー気持ちいい』って、ここまでが宇ち多゛なんだ」
いかがだろうか。これはジロリアンの皆さんにもそのまま当てはまるのではないか。速足でラーメン二郎に向かって、等間隔で列に並び、緊張感漂う窮屈な空間で、ルールに従って行儀良く麺をかきこむ。ロット乱しもせず、きれいに平らげて店から出ると、達成感と解放感に包まれて「あー、気持ちいい」と感じるジロリアンは多いはずだ。
「頑固で怖そうな店主」がいる店が人気なのは、まさにこの理由からだ。確かに、その手の店はこだわりが強いので料理のクオリティーも高い。実は「店側に厳格に支配され、いつ怒られるのか分からない緊張感の中で食事をする」という「エンタメ体験」が客を引き寄せているところもあるのだ。
もちろん、そのような雰囲気が不快な人は「二度と来るか」となるが、ハマる人はどっぷりハマって「信者」になる。彼らは店に全てを支配されながら食事をすることが苦痛どころか心地良くなっているのだ。
「バカじゃないの? 厳しいルールに服従することが楽しいわけないだろ」と冷笑する人も多いだろうが、実は日本にはこうした傾向を持つ人が一定数いる。他人にあれこれ指示してもらったほうが自分で何かを決めなくていいから気楽でいい、という「指示待ち人間」なのだ。
さまざまな調査で日本のビジネスパーソンには「指示待ち人間」が多いという結果が出ている。例えば、社員研修や組織開発などを手掛けるリ・カレント(東京都新宿区)が2021年に公表した「若手意識調査」によれば、若手の中で仕事をする際に「まずは何事も上司・先輩の指示のもとで動く」(11.3%)、「失敗しないよう基本的には周囲や上司に確認しながら業務を行う」(30.9%)と回答した人は合わせて42.2%にも達している。
そんな「指示待ち人間」からすれば、ラーメン二郎はそれほど苦痛な場ではない。店の「指示」通りにきれいに並び、店の「指示」通りに注文をして、店の「指示」通りの食べ方をして去っていく。これらが体に叩きこまれてしまえば自分の頭であれこれ考えて動く必要がないので、一般的なラーメン店よりも快適かもしれない。
実際、ラーメン二郎が「指示待ち人間のユートピア」と化していることを象徴するような「出来事」がちょっと前にあった。2024年5月、ラーメン二郎 新宿歌舞伎町店で火災があったのだが、それを報じたテレビの映像の中で、煙が出ている店内でラーメンを食べ続けている客のシーンが流れて大きな話題になったのである。
ネットやSNSでは、「正常性バイアス」(明らかにおかしい状況でも大丈夫だと思ってしまう心理的特性)という声が多数上がったが、実はこれはそういう難しい話ではなく、ラーメン二郎と客の関係を考えれば当然の結果だ。
ここまで繰り返し述べたように、ラーメン二郎の客は店の「指示」に忠実に従わなくてはいけない。そのルールが守れない者は迷惑をかけていると出禁になるのだ。つまり、店内が煙に包まれて「おかしいな?」と思っても、店員の「指示」がない限り、逃げようとしないのだ。
実際、この画像を見てみると、ラーメンを食べている客のカウンターの向こうには店員がいる。つまり「避難」の指示をしていないから、客も逃げる必要はないと判断して、ラーメンをすすり続けていた可能性が高い。
店員が「早く逃げてください」と指示しているにもかかわらず、「まだ大丈夫だろ」とラーメンをすすり続けているのならば、確かに「正常性バイアス」のなせる技だが、そういう話ではないのだ。
このような話をすると、店の対応を批判しているように聞こえるかもしれないが、筆者が指摘したいのはそこではない。
近くで火の手が上がっているにもかかわらず、店からの「指示」があるまで動かない客というのは、ラーメン二郎に対する「ブランド・ロイヤルティ(顧客がブランドに対して持つ愛着や忠誠心)」が尋常ではないほど高い、ということが言いたいのだ。
「客を支配する」と聞くと、何やら悪どいイメージを抱くかもしれない。しかし、過去に本連載でも紹介した「カルトマーケティング」のように、海外では宗教の信者のような熱狂的なファンをいかに獲得するのかという課題に、世界的ブランド企業も本気で取り組んでいるのだ。
これから消費者が激減していく日本市場では、マス層を取りにいくことは難しい。となると、世の中に広く受け入れられなくとも、一部の“熱狂的な信者”だけを獲得する「カルトマーケティング」の需要は増えていくだろう。
今、外食や小売ビジネスの現場では、「オレは客だぞ」と店員に高圧的な態度で嫌がらせをするカスハラ客が問題になっているが、これも店側が「お客さまは神様」などと甘やかしてきた結果だという意見もある。
一歩でも店に入った以上、店側のルールに従わなくてはいけない。それが守れない者を他の客のためにも出ていってもらう。このような「客を支配する店」であれば、カスハラを未然に防ぐこともできる。ビジネスパーソンが、ラーメン二郎とジロリアンの関係から学ぶことは多い。
(窪田順生)
ITmedia ビジネスオンライン
|
![]() |