( 306660 )  2025/07/11 06:52:53  
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(※写真はイメージです/PIXTA) 

 

賃貸物件で死者が出た場合、その部屋は「事故物件」として借り手がつきにくくなります。そのため、貸し手としては原状回復や家賃の減額など、さまざまな対策に苦労するケースも少なくありません。都心にあるタワマンの1室を所有するオーナーは、当該物件から転落して亡くなった借主の同居人と相続人に対して損害賠償を求め提訴。裁判所はどう判断したのでしょうか。実際の判例をもとに、弁護士の北村亮典氏が解説します。 

 

【賃貸マンションオーナーからの相談】 

 

私は東京都心部に所在するタワーマンション1室を所有しています。そのマンションの1室について、賃借人2名に対して、賃料を月23万5,000円とする賃貸借契約を締結しました。 

 

ところが、その部屋の賃借人のうち1名が部屋のバルコニー(13階)から転落して死亡してしまうという事故が生じました。 

 

その後、この物件は「自殺のあった物件」として新たな賃借人を見つけるのに時間がかかり、また賃料も月23万5,000円から15万円に下げざるを得ないことになってしまいました。 

 

そこで、もう1名の賃借人と、亡くなった賃借人の相続人に対してその賠償を求めました。具体的には、新規入居者に対しては月額賃料を15万円にまで減額し、さらには空室期間の賃料相当額も得られなかったとして、合計564万円(賃料の24ヵ月分)を連帯して支払うよう請求しています。 

 

これに対して、賃借人側は、「亡くなった賃借人は自殺ではなく転落事故である」、「今回の事故はバルコニーで発生したもので、貸室内での死亡ではないので損害賠償は負わないはずだ」などと主張してこちらの請求を争っています。 

 

こちらの主張は認められるのでしょうか。 

 

【弁護士の解説】 

 

本件は、東京地方裁判所令和4年10月14日判決の事例をモチーフにしたものです。 

 

この事例は、賃貸物件における自殺が発生した場合の心理的瑕疵に関する裁判例ですが、この事例では、主に以下の点が争点となりました。 

 

1.賃借人の死因が自殺か否か 

 

監察医による死体検案書やバルコニーの構造からみて飛び降りであることが推測されましたが、賃借人側は事故死の可能性を主張したため、賃借人の死因が問題となりました。 

 

2.賃借人に「自殺をしない義務」が含まれるか(善管注意義務の範囲) 

 

一般的に賃借人には目的物を善良なる管理者の注意をもって使用収益する義務があります。これに「目的物で自殺しないこと」が含まれるか、自殺が心理的瑕疵をもたらすことを賃借人が予見すべきかが問題となりました。 

 

3.賃借人の自殺と賃貸人の損害との相当因果関係 

 

自殺が原因となって生じる賃料の減額や空室期間などの損害が、どの範囲・期間・金額まで相当因果関係に含まれるか、特に都心部の賃貸マンションであったことや、バルコニーでの飛び降り自殺と室内自殺との違いが損害の評価に影響を与えるかが問題となりました。 

 

 

以上の点について、裁判所は以下のように判断しています。 

 

1.賃借人の死因が自殺か否か 

 

裁判所は、東京都監察医が作成した死体検案書の記載にもとづき(「死因の種類:自殺」「約40メートルの高所より飛び降り」など)、賃借人は、死亡当時、うつ状態であり心療内科に入通院していたこと、及び、賃借人がバルコニーから落ちた際、本件建物のバルコニーには高さ約150cmの壁と手すりがあり、単なる転落事故としては構造上不自然と考えられることを重視し、バルコニーから飛び降り自殺したと判断しました。 

 

これに対して、賃借人側は、自殺の動機が乏しい、炊飯器のセット予約やコーチングの予約がなされていたことから偶発的な事故死の可能性が高いと反論しましたが、これを裏づける客観的証拠はないとしてその主張を退けています。 

 

2.賃借人に「自殺をしない義務」が含まれるか(善管注意義務の範囲) 

 

自殺があった建物に居住することに抵抗を感じる者が相当数存在することは公知の事実であり、賃貸人や仲介業者等は、通常、賃貸借契約の目的物である建物において過去に自殺があった場合は、新たに賃貸借契約を締結するに際して、おおむね3年間はその旨の告知をすべきであると考えられています。 

 

このようなことから、裁判所は、自殺があった建物は、「自殺のあと一定期間にわたって、その交換価値や賃料相場が下落し、所有者や賃貸人に経済的損害が生じることがあり、賃借人は当然にこのような事情を予見することができるものであるから、賃借人は善管注意義務の一環として、賃貸借の目的物である不動産において自殺しない義務を負うというべきである」と判断しました。 

 

また、本件は、本件賃貸借契約の目的物である貸室内の自殺ではなく、建物からの飛び降り自殺の事案であったことからガイドラインで明確な告知義務が定められているものではないものの、 

 

「過去に自殺があった建物であるという評価がされることについては変わりがなく、賃貸人や仲介業者等は、賃借人からの責任追及を避けるためには、賃貸借契約の目的物である建物からの飛び降り自殺があったことも同様に説明をせざるを得ないといえる」とも述べています。 

 

これに対して、賃借人側は、自殺は人生の終末として事故死と区別なく扱うべきだ、うつ状態による責任阻却を認めるべきだなどの主張を展開しましたが、裁判所はこれを独自の見解として退け、賃貸人に落ち度がないのに損害を被るのは正義・公平の観点から容認できないと述べています。 

 

 

3.賃借人の自殺と賃貸人の損害との相当因果関係 

 

本件では、賃借人の自殺と賃貸人の損害との相当因果関係、および具体的な損害額の算定が問題となりました。 

 

賃貸人側は、以下の2点を損害として主張しました。 

 

(1)新たな賃貸借契約が締結されるまでの間の空室期間6ヵ月分の全額(23万5,000円×6ヵ月=141万円) 

 

(2)新賃貸借契約の賃貸期間である4年間については、新賃料との差額((23万5,000円-15万円)×48ヵ月=408万円)の損害 

 

■上記(1)の損害について 

 

これに対し、裁判所はまず上記(1)については以下のように判断し、3ヵ月分のみを損害と認めました。 

 

「原告が賃借人募集を開始したのは本件賃貸借契約が終了してから約1ヵ月が経過した令和2年10月末であり、本件自殺の有無にかかわらず原状回復工事期間中に新賃借人が入居することは考えられないことからすれば、上記1ヵ月の空室期間は本件自殺とのあいだに相当因果関係があるとはいえない(なお、本件自殺の態様に照らし、通常よりも長期間の原状回復工事を要したとは考えられない)」 

 

「また、一般に、入居希望者が現れてから実際に賃貸借契約を締結して入居するまでは一定期間を要するものであり、特に、新年度の4月から入居することを希望する者は、前年度の2月頃に物件探しをして物件を決め、4月1日からを契約期間として契約することが多いこと(公知の事実)からすれば、令和3年2月中旬頃に新賃借人が現れてから同年4月1日から入居するまでの間の約1ヵ月半の空室期間についても、本件自殺とのあいだに相当因果関係があるとはいえない」 

 

「そして、本件建物が利便性の高い地域に存在するマンションであり空室率は低いものであったことを考慮しても、通常、一定程度の賃借人募集期間は必要であるから、本件自殺と相当因果関係のある空室期間は3ヵ月とするのが相当であり、次のとおり70万5,000円が損害額である」 

 

■上記(2)の損害について 

 

次に、上記(2)の点について、以下のように述べて、3年間30%の減収が見込まれ、それが損害になると認めました。 

 

「本件建物の従前賃料は月額23万5,000円であり、これは相場に照らして相当なものであったこと、本件建物は利便性の高い地域に存在するマンションであり空室率は低いものであったこと、亡Aが死亡したのは本件建物内ではなく、賃借人の心理的抵抗感は本件建物内で死亡した場合に比べれば低いと考えられること、 

 

本件建物は東京都心部のタワーマンションの1室であり近隣との人間関係は希薄であると考えられること、原告から依頼を受けた仲介業者は従前賃料から30%を減額した月額賃料16万4,500円で募集をしていたことなどの事情を総合考慮し、新たな賃貸借契約が締結された令和3年4月分から、本件自殺の3年後である令和5年8月分までの29ヵ月分の賃料について、従前賃料額の3割の範囲に限り相当因果関係を認める」 

 

以上の判断の結果として、賃貸人の損害は、空室期間の損害70万5,000円と減額分204万4,500円を合計して274万9,500円が相当因果関係のある損害であると結論づけられました。 

 

本件は、飛び降り自殺という形態や都心部の大規模マンションという事情を踏まえ、損害期間や減額率に上限を設けた点において、参考になる事案といえるでしょう。 

 

※この記事は、2025年2月19日時点の情報に基づいて書かれています(2025年6月24日再監修済)。 

 

北村 亮典 

大江・田中・大宅法律事務所 

弁護士 

 

 

 
 

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