( 306920 )  2025/07/12 06:47:55  
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飲食店のクラファンで5000万円を超えるプロジェクトは非常にまれ(写真:「Makuake」のホームページより) 

 

 ここ数年、飲食業界では、クラウドファンディング(クラファン)を積極的に活用しながら新店舗をオープンさせる飲食店が増えている。 

 

 クラファンとは、実現したい目標やアイデアを公開し、賛同者から資金を募る仕組み。日本では2010年頃からサービスを提供する企業が増え、コロナ禍でその存在感が一気に向上した。 

 

 当時は「応援消費」という文脈で活用され、運転資金に当てられるケースが目立った。しかし現在、クラファンの活用を進めている飲食店の狙いは、運転資金の確保ではない。ファン作りやブランディングなど、コロナ禍以降に顕在化した課題に対応するために使うケースが増えている。 

 

■「Makuake」で歴代1位の5313万円を集める 

 

 そうした汎用的な活用で、大きな成功を収めているのがHuman Qreateという会社だ。同社は、2023年2月に東京・赤坂にオープンした焼き肉店「八面六秘」で4097万円、2024年3月に東京・新橋にオープンした「鮨処 一石三鳥」で5313万円という驚きの金額を集めた。 

 

 いずれも応援購入サービスの「Makuake」で募集を行っており、「鮨処 一石三鳥」の金額は同サイトの飲食店のプロジェクトで歴代1位の記録となっている。 

 

 同社の看板ブランドは「一石三鳥」だ。このブランド名には、食事とサービス、そして新たな価値の3つを一度に感じてもらえる店にしたいという思いが込められている。現在、焼き鳥をはじめ、焼き肉、すしなどの業態を展開しており、2020年10月に創業してからわずか4年で14店舗まで拡大した。 

 

 しかし、同社はクラファンで集めた資金で出店をしているわけではない。その狙いについて、同社の米田拓史社長は次のように話す。 

 

 「当社の経営で力を入れている点は、お客様と従業員と会社の3者を結ぶ三角形の最大化です。飲食業界では、お客様を大切にするあまり、従業員が犠牲になることが多くありました。その原因を探っていくと、飲食店の利益率の低さにたどりつきます。どんなに繁盛しているお店でも利益率が2〜3%というケースもありますが、それでは従業員の待遇を向上させることができません。実際、ほかの業界と比べて十分な報酬をあげることができず、優秀な人材を呼び込めていないのが現実です。当社は、そうした状況を変えて、飲食を夢の持てる業界にしたいと考えています。その手段の1つとして、クラファンを活用しています」 

 

 

■クラファンがもたらす資金調達以外の恩恵 

 

 一般的に飲食店の経費はFLRコストが70%を占めている。Fはfood(原材料費)で、Lはlabor(人件費)、Rはrent(家賃)だ。 

 

 しかし近年、原材料費の高騰などの影響を受け、その指標が通用しなくなっている。加えて、コストが高騰した結果、利益が圧迫され、それが待遇向上の障壁になるなど、悪循環に陥っている飲食店も目立つ。 

 

 そうした状況の中、同社が展開している店舗の半分近くは利益率が35%を超えており、その好調さを反映して月収が70万円を超える店長が何人もいる。それができるのは一石三鳥がブランドのコンセプトどおり、“新たな価値”を提供しているからにほかならない。 

 

 内装が顕著な例だろう。「鮨処 一石三鳥」の内装は、和を基調にしたスタイリッシュな空間で、カウンター席から職人の仕事ぶりを間近で見られるライブ感が売りだ。客はそこで過ごすことに価値を感じるのはもちろん、その味にも魅了されて心をつかまれる。その結果、1万5000円という客単価をリーズナブルに感じるとともに、同店のファンになっていく。 

 

 それを支えているのが、職人の技だ。職人にとって、高級店と比べても遜色のない同社の店舗の内装は、憧れのステージといっても過言ではない。加えて、成果に応じて高い給与をもらえることもあり、ミシュランガイド掲載店出身のシェフをはじめ、レベルの高い人材が自然とそろう。それがさらに付加価値を向上させ、多くの店の中から選ばれる店づくりにつながっている。 

 

 ただ内装を造り込むには、多額の資金が必要だ。飲食店にとって、いわば先行投資になるが、オープン後、ある程度集客できる見込みがないとなかなかできない。同社の場合、1店舗当たり5000万円近くかけて内装工事をすることもあるので、なおさらだ。 

 

 それを乗り越えて、力強い先行投資ができるのは、ファンをしっかりと獲得できているからだ。そのファンを獲得するため、クラファンの存在は欠かせない。 

 

 「クラファンは多くの写真や動画を使いながら、かなりの文量で情報を発信できます。通常のグルメサイトでは発信できない情報も発信できるため、潜在的な支援者の興味もひきつけることが可能です。当社の場合、自分たちのスタンスを示したうえで、なぜHuman Qreateという会社があるかを説明し、プロジェクトを行う理由や、購入後のメリットなどを伝えています。当社では2店舗目の出店からクラファンを活用しているので、応援した先がどんどん成長していくことを楽しんでくれている人も多いです」(米田社長) 

 

 

 同社では会員制度を運用しているが、現在、会員数は2万人を突破した。新店舗オープンの際は、会員にも告知を行っており、実際に来店する人も多い。また、焼き肉、すし、焼き鳥と多様な業態を幅広い価格帯で展開しているので、ニーズによって同社のブランドを使い分ける人もいる。こうしたファンの存在が同社の躍進を支えているのは間違いない。 

 

■米田社長があえて「殿様」を演じたワケ 

 

 クラファンの成功を語るうえで、米田社長の存在は無視できない。同氏は1991年生まれの33歳。インスタグラムも運用しており、現在2万4000人のフォロワーがいて、月間のビュー数は少ないときでも100万回に及ぶ。 

 

 SNSはもちろん、メディアに登場するときも破天荒でナルシスティックなイメージを発信しているが、それもすべて戦略にすぎない。その狙いについて、米田社長はこのように話す。 

 

 「メディアについていうと、これだけの情報があふれているので、何か工夫をしないとその他の情報に埋もれてしまうでしょう。私自身が広告塔としての役割を果たすからには、多くの人の目を引きつけなければなりません。そこで破天荒さやナルシスティックなイメージを売りにし、当社への興味を喚起しています。『江戸料理 一石三鳥』をオープンさせるときに行ったクラファンでは殿様の格好をして、馬に乗ったこともありますが、結果として1800万円を超える資金を集められました」 

 

■インスタが生む「いい店」を作れる好循環 

 

 インスタの運用には、別の狙いもある。それがリクルートだ。 

 

 現在、飲食業界をはじめ、多くの業界が人手不足に苦しんでいる。そのため業界の垣根を越えた人材の獲得競争が起きており、会社を成長させるには飲食業界以外からも人材を獲得しなければならない。 

 

 そうした背景を踏まえて、米田社長のインスタグラムでは、通常の飲食企業の社長からはイメージできないスタイリッシュさを演出するとともに、成功哲学なども発信。それを通して、「自分も頑張ろう」や「ここでは働いてみたい」という気持ちを醸成している。 

 

 

 「面接に来た人の多くが、その企業や社長のSNSアカウントを調べていて、その内容を入社の決め手にするケースも多いです。現在、売り手市場ということもあり、求職者は2、3社の中から、どの会社にするべきかを決めています。当社では、私がインスタの運用に注力しだしてから、採用予定者のうち90%は当社を選んでもらえるようになりました。採用の辞退もほとんどないため、人手に悩まずに経営ができています」 

 

 同社は4年で14店舗を出店させ、急成長を遂げてきた。しかし、無理に出店をしてきたわけではない。ファンがいるから出店ができ、人手が確保できているからこそ、いい店が作れるという好循環が生まれているのだ。 

 

 現在でこそ、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続ける同社だが、創業してすぐの頃は大きな挫折も経験した。 

 

 会社を設立した当時、米田社長は店に泊まり込んで、一心不乱に仕事に打ち込んだ。しかし、手元に残るのは、わずかなお金しかない。利益率が数%の、典型的な飲食店の運営方法を採っていたのだ。 

 

 創業した2021年春頃は、まだまだコロナ禍の影響が強い時期だった。実際、同年4月には、いわゆる第4波の影響で、3回目の緊急事態宣言が発出されている。 

 

 そうした影響もあり、同社も最初は運転資金を集めるため、クラファンの活用を思いつく。しかし、それが大きな転換点となる。当時の状況について、米田社長はこう話す。 

 

 「このとき、クラファンを活用するために一度立ち止まったことが、その後の会社の成長につながっています。当時、クラファンをしようと思い立ったものの、何を書いたらいいのかまったくわかりませんでした。莫大な文章量も今ならすんなりと作成ができますが、当時はお手上げ状態だったのも事実です。しかし、何も書けないことで逆に、何のためにビジネスをして、どんなお店を展開していきたいのかを考え直すきっかけになりました。そのうえで、どのように表現をすれば、多くの人の支持を集めることができるかを組み立てて、クラファンの活用を始め、想像以上の成果を残せました。その意味で、それを活用してよかったことは、資金のスムーズな調達よりも、原点に立ち返って自分たちの進むべき方向性や強みを再認識できたことだといってもいいでしょう」 

 

■挫折から見いだしたクラファン活用術 

 

 多くの飲食店がクラファンを行ったが、自店の存続を目的としたものが多かった。その中で、同社のクラファンのページは、次店の出店も予感させるようなストーリー性のある内容だったからこそ、多くの人の目に触れ、同社の躍進を支えるファンも獲得できた。 

 

 そのファンと切り開いてきた道は、今、世界へ続いている。同社が展開する焼き肉、すし、焼き鳥といった業態はインバウンドの人気も高く、日によっては海外の人だけで埋まることも珍しくない。Human Qreateの躍進はこれからが本番かもしれない。 

 

三輪 大輔 :フードジャーナリスト 

 

 

 
 

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