( 307181 )  2025/07/13 06:42:50  
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図)Kolb(1984)を青山学院大学・松尾睦教授が修正 

 

 「パワハラと言われるのが怖くて部下とはなるべく距離を置いている」「部下が何を考えているのかわからない」……職場において、こんな話を聴いたことはないだろうか。働き方改革やコンプライアンス重視の風潮が強まる中、マネジャーによる部下育成は困難を極めている。本間浩輔氏によるベストセラー『増補改訂版 ヤフーの1on1』では、部下との対話の場としての1on1について実践的に解説されている。本稿では、人的資源管理の専門家である永田正樹氏に部下と上司のかかわり方について話を聞いた。 

 

● 「次は頑張ろう」と 「こうしたほうがいい」は危険 

 

 人は経験から学ぶ――この考え方に異論を挟む人はいないと思います。でも実際には、多くの経験が「やりっぱなし」になってはいないでしょうか。 

 

 たとえば、会議での発言に失敗した、部下への指示がうまく伝わらなかった。そんな経験があっても、「まあ、次は頑張ろう」と流してしまうことが多いかもしれません。 

 

 問題は、失敗の経験そのものよりも、経験を「流してしまう」ことによって、失敗の経験が言語化されず、学びに昇華しないことです。 

 

 ここで1on1が重要な役割を果たします。定期的に行う1対1の対話によって、自分の行動を振り返ってみる。それによって、経験が内省を通じて教訓へと変わる。それを支えるのが、「考えさせるコーチング」です。 

 

 管理職には、「アドバイス=指導」だと思っている人が少なくありません。でも、コーチングはあくまで部下が自ら考えることを促すプロセスです。 

 

 ある部下が、クライアントとの関係に悩んでいたとします。その部下に、「次はこうした方がいい」と伝えるのは簡単です。 

 

 でも、そこをグッとこらえて、「あの時、何が起きていたと思う?」「何がうまくいかなかった?」と問い返す。 

 

 そのやりとりが、部下の内省を深め、次の行動の質を変えていく。これこそが1on1による経験学習の支援です。 

 

 

● 「壁打ち」から「羅針盤」へ 

 

 部下側にインタビューをしてみると、1on1を「壁打ちの場」として使っている人が少なくありません。頭の中のもやもやを整理したり、考えを声に出してみることで、自分の気持ちが明確になるのです。 

 

 さらに、1on1が仕事やキャリアの「羅針盤」になることもあります。自分の進む方向がこれでいいのか、価値観と一致しているのかを確認できる、そんな場です。 

 

 「自分は5年後に海外で働きたい。そのために今、何をすべきか?」 

 

 キャリアに関する問いを部下が持ち、上司と共有できていると、日々の仕事にも筋が通ってきます。 

 

 上司も「それなら、ファシリテーション経験ができる仕事をお願いしよう」というように、仕事のアサインもしやすくなります。 

 

● まずは「感情を整える」 

 

 よく「リフレクション(内省)」という言葉が使われますが、重要なのはその「質」です。 

 

 成功した/失敗した――この結果だけを見て終わるのではなく、その時の感情・背景・行動の因果を言語化することが大事です。 

 

 リフレクションを正しく行うには、感情を沈める時間が必要です。 

 

 たとえば、上司の指示対して感情的になる部下がいたとします。少し時間を置いて、「なぜあの時あんなに怒ったのか?」と見つめ直すと、「自分の努力を認めてほしかった」「納得のいく説明がほしかった」といった部下の本音にたどり着けることがあります。 

 

 このとき上司が「そう感じたんだね」と受け止めつつ、「別の方法があるとしたら?」「他の人だったらどうしたと思う?」といった質問をすることで、過去の出来事を「意味づけし直す」ことにつながります。 

 

● 「やらされ感」が成長を止める 

 

 人は、自分の今の実力よりも少しだけ高いハードルに挑戦したとき、最も成長します。これを「ストレッチ課題」と呼びます。 

 

 でも、そのストレッチに「やらされ感」があると、ストレスで終わってしまう。 

 

 だからこそ、その前後に1on1で対話を入れる――。 

 

 「なぜ今この課題なのか」「自分はどう向き合うか」を言葉にするプロセスが必要なのです。 

 

 挑戦の経験が、自信と誇りに変わるか、ただの消耗で終わるか――その違いは、上司の関わり方で決まると言っても過言ではありません。 

 

 そして何より、リフレクションで大切なことは、「気づき」で終わってはいけないということです。 

 

 「次はこうしよう」「今度は別のやり方で試してみよう」と、行動に落とし込むところまで伴走すること。それによって、経験が単なる思い出ではなく、次のチャレンジへの「燃料」になります。 

 

 1on1を通じて、部下が経験を言語化し、意味づけし、自分の力に変えていく。そのプロセスを支えるのが、考えさせるコーチングです。 

 

 そして、それが続いていくと、「学びを日常にする」文化そのものが組織に根づいていくのです。 

 

 (本記事は、『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』に関連した書下ろし記事です) 

 

永田正樹(ながた・まさき) 

ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教/立教大学経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師/ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問。1962年生まれ。1990年ダイヤモンド社入社。2005年同社人材開発事業部部長。2015年ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役兼任。2021年北海道大学大学院経済学院現代経済経営専攻・博士課程修了。2022年より現職。博士(経営学)。専門は人的資源管理。日本労務学会賞(研究奨励賞)受賞。主な論文に「部下育成のためのリフレクション支援:成功事例失敗事例の質的分析」(『人材育成研究』第16巻1号)、「リフレクションを中心とした経験学習支援:マネジャーによる部下育成行動の質的分析」(『日本労務学会誌』第21巻6号)ほか。著書に 

 

永田正樹 

 

 

 
 

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