( 307191 ) 2025/07/13 06:54:06 0 00 ©GYRO_PHOTOGRAPHYイメージマート
〈「消費者が誤解している制度」「食の安全の面から見ると欠陥だらけ」元農水大臣が明かす“食品表示ルール変更”の裏側〉 から続く
猛暑による不作、農業従事者の高齢化による労働力不足、長年続いた減反政策による供給減……。さまざまな理由が指摘される“令和の米騒動”。米価格の高騰で社会が混乱に陥る現状を関係者はどのように捉えているのか。
元農水大臣の山田正彦氏による 『歪められる食の安全』 (角川新書)の一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/ 続き を読む)
◆◆◆
農林水産省は「水田活用の直接支払交付金」を22年度から見直し、交付対象を厳格化すると唐突に表明した。この交付金は、水田を活用して主食用米ではなく麦や大豆、飼料用米などを生産する農業者に「戦略作物助成金」の名目で支払われてきたものだ。減反という語のイメージが悪いためか「水田活用」としているが、要は主食米をやめて他の作物の生産をするよう促している。
具体的には田んぼ10アールあたりで麦や大豆を生産する場合は3万5000円、加工用米で2万円、飼料用米で収量に応じて5万5000〜10万5000円が支払われる(1アール=10m×10m)。
これを22年度からの5年間で一度も水張りをしない、すなわち水稲を作付けしない農地には、27年度から交付を打ち切る方針が示された。農林水産省は麦や大豆、野菜など定着性と収益性が高く、主食用米と対照的に需要もある作物への転換をさらに押し進めるためと説明したが、実際には違うと私は見ている。
実は財務省が16年の予算執行調査の結果を踏まえて、米の生産ができない農地だけでなく、米以外の生産が継続している農地を交付対象から外すべきと要求していた。
その後に直面したコロナ禍で、米からの転作により拍車がかかれば、現状の制度下のままでは交付金も膨らんでいく。やがては国の財政をも圧迫すると懸念した財務省が、水田を利活用する目的は達成された、という理由を取ってつけたのではないか。
水田活用の直接支払交付金があるからこそ、農業を続けられている農家が実は少なくない。何よりも国は半世紀ほど前から減反政策を実施し、米農家に水田の畑地化と野菜作りを誘導してきた歴史がある。水稲の作付面積は50年前の約半分となり(図1)、収穫量も減少し続けている(図2)。
さらに減反政策が17年度で終了すると、地域ごとに水田フル活用ビジョンを策定。今と違って当時は米の需要の減少が続いていたので、市場ニーズの高い他の作物生産へ切り替えてきた。それを後押ししたのが水田活用の直接支払交付金だった。
農林水産省、そして自公政権による全国の農家への裏切り行為といっても過言ではない方針転換は、国会審議の場でも厳しく問われている。
立憲民主党の山田勝彦衆議院議員は、22年2月の衆議院予算委員会で次のように訴えている。
「すでに畑作を行っている農地に、再び水張りをするなんてあり得ない。そんなことをすれば大がかりな工事が必要になるし、あまりにも馬鹿げていて、もうみんなで農業をやめるしかない、という話ばかりしている。これは私の地元、長崎の農家の方々の声です。もう限界だという現場の声、届いているのでしょうか」
しかし、答弁に立った自民党の金子原二郎農林水産大臣は、農林水産省が用意した説明を淡々と繰り返すだけだった。
多くの米農家では膨らみ続ける赤字を前にしてこのまま米作りを続けるのか、それとも廃業するのかの決断を迫られている。続けるにしても、兼業で少しでも赤字を圧縮しながら細々と継続させている。
このままでは生産者はつぶれない程度の利益を得るだけの存在、小作人のようになってしまう。大元締めとなるのはモンサント(バイエル)に代表されるグローバル種子企業だ(詳しくは拙書 『歪められる食の安全』 )。
日本の農業の構造的な欠陥が明るみに出たのが「令和の米騒動」と称され、本書を制作している25年5月現在もなお解消していない米価格の高騰だろう。
実は日本の米はもう、4年前から足りていなかった(図3)。
ロシアのウクライナへの侵攻による食料供給の不安定化、肥料などの生産コストや人件費の高騰などアナリストたちがさまざまに原因を分析している。事情があったにせよ、皆さんはこの状況をどう感じているだろうか。私は強い焦燥感を覚えている。
今回の騒動の要因は、なによりこれまで述べてきたような日本が戦後取り続けてきた米農家への冷淡な政策だろう。
米の収量の減少を社会も後押しした。1958年には慶應義塾大学教授の林髞(はやしたかし)氏が『頭脳 才能をひきだす処方箋』のなかで白米を食べることについて「子供の頭脳の働きをできなくさせる」「せめて子供の主食だけはパンにした方がよい」と記すなどしたこともあり、米離れが加速。私はまだ子どもだったが、当時の給食にパンが出ることも増えたので、そのときのことをよく覚えている。
そして米の消費量は着実に減っていった(図4)。
2000年代にその傾きが緩やかになったとはいえ、減少傾向は今なお続いている。起きるべくして起きたのが今回の米価格の高騰だと私は考えている。
それにしても価格の値上がりはすさまじい(図5)。
2年前の価格から2倍を超えてしまっている。当然、家計を直撃し、総務省が発表した24年のエンゲル係数は28.3%と1981年以来、43年ぶりの高水準に達した。米価格の高騰が影響しているのは疑うべくもない。
このグラフを見て思い出した方もいるかもしれないが、24年の夏にも一時、米が品薄になった。
ただこのときは新米が出回る季節まであと少しで、農水省も「新米が出回れば価格は落ちつく」との見立てだったが、その後も価格の上昇は止まらなかった。連日ワイドショーなどで取り上げられるようになり、備蓄米が放出、それでも効果は微々たるものであり、25年5月には失言もあって農水大臣が更迭(こうてつ)されるまでになった。
日本は米の輸入に関しては1kgあたり341円と高関税をかけており、主食として食べる米はほとんどが国産だ。WTOとの協定に基づき、市場の一部は開放しているが、輸入米は米粉や醤油などの加工用や飼料用がほとんどで、原産国はアメリカ、タイ、オーストラリアなどだ。
それが価格高騰下では外国産米の方が安くなり、大手スーパーではカリフォルニア産の「カルローズ」が販売されるなど、主食として食卓に上るようになった。「安くてありがたい」と好意的な受け止めも見られる。このままではさらに国産離れに拍車がかかってしまうのではないだろうか。
遺伝子組み換えの種子と「ラウンドアップ」という農薬をセットにして販売し、世界の種子市場を席捲しようとしているモンサント(現在はバイエル)というグローバル種子企業がある。
アメリカやヨーロッパではラウンドアップの使用でがんになったとする市民からの訴えが相次いでおり、数万件を超える訴訟を起こされ、和解金は1兆円超と報道されている(BBC2020年6月25日ほか)。
苦境に立たされているはずのバイエルだが、起死回生のプランの矛先の一つが日本なのだと思わされる出来事があった。
24年1月にスイスのダボスで世界経済フォーラム(ダボス会議)が行われた。この会議は、非営利団体である世界経済フォーラムが毎年スイスのダボスで開催しているもので、世界中から政治家、実業家が集まる。理事には竹中平蔵氏やアル・ゴア氏が名を連ね、日本代表(代行)は、みずほ証券などを経た本田希里子氏である。24年はデジタル大臣である河野太郎氏やサントリーホールディングス社長の新浪剛史氏などが参加した。
この会議で驚くような発言が飛び出したことを、東京大学の鈴木宣弘教授がレポートしている。
「アジアのほとんど地域では未だに水田に水をためる耕作が行われている。水田稲作は温室効果ガス、メタンの発生源だ。メタンは二酸化炭素(CO2)の何倍も有害だ」(バイエル社CEO)
「農業や漁業は『エコサイド』とみなすべきだ」(ある環境団体)
この発言をすんなり聞き流せる人はどのくらいいるだろうか。エコサイドとは「大量虐殺」を意味するジェノサイドにかけた言葉で、生態系や環境を破壊する重大犯罪のことだ。水田そのものが環境を破壊しているかのような発言に、私は激しい憤りを覚えた。
バイエルは日本でラウンドアップという農薬と自社が開発した種子をセットで売り込みたいという野望がある。そこをアシストしたのが自公政権だった。種子法が廃止され、農業競争力強化支援法が制定され、種苗法が改定された。食品表示のルール変更もその流れの中に位置づけられる。
鈴木教授は「ビル・ゲイツ氏ら、プライベートジェット機でダボス入りして温室効果ガス排出を大きく増加させている人たち」と批判しているが、まったくその通りだと思う。
立憲民主党の野間健衆議院議員は24年3月の農林水産委員会で、ダボス会議で日本の水田がやり玉に挙げられた件について、坂本哲志農林水産大臣に見解を求めた。しかし、返ってきたのは玉虫色の答弁だった。
「水田はしっかり守ってまいります。その一方で、生産力の向上と持続性、この両立を図ってまいります。あわせて、環境負荷の低減への努力、これもやはり世界に対してアピールをしていきたいというふうに思っております」
実際、国は日本の水稲農家をやめさせるために予算を組んでいる。23年には補正予算で750億円も計上して、水田をやめた人にお金を出すと言っているのだ。私の前著のタイトルは『売り渡される食の安全』だが、食の安全どころか、日本の食の根幹である米農業そのものを売り渡そうとしている。
山田 正彦/Webオリジナル(外部転載)
|
![]() |