( 307391 ) 2025/07/14 06:10:09 0 00 2024年7月、最高値をマークした日経平均株価 Photo:PIXTA
近年、日経平均株価は3〜4万円台の高値をキープし、一時はバブル期に記録した最高値も更新した。その一方で、米をはじめとする様々な物価高もあって、庶民の生活は厳しいまま。なぜ、株価は高いのに、庶民にはその恩恵が届いていないのか。第一生命経済研究所済調査部主任エコノミスト・藤代宏一氏の新刊『株高不況 株価は高いのに生活が厳しい本当の理由』(青春出版社刊)から、抜粋して紹介します。
● 景気回復の実感に乏しい株高
2024年3月に日経平均株価は4万円の大台に乗せ、同年7月には最高値を更新、現在も高値を維持しています。もっとも、街角からは「景気が良くないのに株価ばかり上がっている」という声が多く聞かれました。
一方、筆者を含む多くの専門家は「株価上昇は実体を伴っている。バブルではない」という解説をしました。いったいどちらが正しいのでしょうか。
日常的に経済指標に囲まれている筆者のような特殊な立場からすれば、「現在の株価は企業収益に対して適正と言える範囲内であり、1989年のバブル期との違いは明白」と比較的強い根拠を持って株価上昇の背景を整理することができましたが、そうでない方からすれば、景気回復の実感に乏しい中で進む株高に違和感を覚えたと思われます。
日経平均株価が4万円に迫った1989年当時、筆者はまだ小学生だったため、当時の実情を知る由もないのですが、会社の先輩などから、日本人は競うように贅沢をしていたと聞いています。それに対して現在は、そうした雰囲気をほとんど感じません。むしろ、食料品やガソリン価格の上昇をどう乗り切ったらいいかなど、生活防衛的な話題に囲まれている印象です。
新NISAをきっかけに投資家の層が広がったことで、株高の恩恵を享受できた人も多かったと思いますが、そうした個人投資家もごく一部の例外を除けば、派手な生活に距離を置いているのではないでしょうか。日本全体で見れば、ここ数年の株高を冷めた目で見ている人が多いというのが実情だと思います。
人々が直面する景気は主観的なものです。勤め先の会社の業績や身近なモノの値段、あるいは報道などによって大きな影響を受けます。したがって、その評価に正解も不正解もありません。景気が悪いと言えば、それまでです。
とはいえ、経済分析をするにあたっては客観的な基準が求められます。そこで経済指標の出番です。
● 家計の景況感は良好?
早速、消費者の景況感を示す経済指標を見てみましょう。まず紹介するのは日本銀行が作成している「生活意識に関するアンケート調査」です(図表1)。回答者は全国の満20歳以上の個人で、有効回答者数は2000人を超える規模。グラフ中の「現在」は1年前と比べて景気がどのように変化したと思うか、「1年後」は現在と比べて景気がどのように変化すると思うかをそれぞれ質問したものです。
これを見る限り、株高が顕著になった2022〜2024年にかけて、人々の景況感はほとんど改善していません。また今後の景気が上向くとの期待も限定的で、高揚感に乏しい結果となっています。ちなみに2021年に一時的に「1年後の景況感」が上昇したのは、当時はコロナ禍の真っ只中でしたから、「もうこれ以上悪くなりようがない」という特殊要因的な動きと判断されます。当時、本当の意味で消費者心理が明るくなった訳ではありません。
なお、グラフの最新値は2025年2月6日〜3月4日に実施された調査です(公表は2025年4月11日)。お米の値段が跳ね上がり、生鮮野菜も高騰し、食費の負担が増していた時期にあたります。このデータから得られる一つの結論として「景気が良くなった実感がないのに株価が上がった」というのは否定しようのない事実です。
同様の結論は、内閣府が集計する「消費者態度指数」、あるいは「景気ウォッチャー」など各種アンケート調査の結果からも導き出されます。
このように消費者の景況感が冴えないのをよそに、企業の景況感を示す経済指標はすこぶる良好な水準にあります。
● 日銀短観から見えてくる実態
そこで最も代表的な企業景況感を示す指標である日銀短観に目を向けると、大企業の景況感は、製造業にやや停滞感が認められているものの、非製造業は1990年代前半に比肩する値となっています。
非製造業で景況感の良さが目立つのは、いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)に関連した業種(情報通信、事業所サービス)やインバウンド関連(宿泊・飲食、対個人サービス)、そして建設と不動産です。
こうした良好な景況感は、大企業に限った話ではないかと思われがちですが、中堅、中小企業を含んだ全規模ベースで見ても大きな違いはありません(図表2)。少し意外かもしれませんが、中小企業の景況感は大企業と同様、非製造業の景況感を示す指数が1990年代前半と同程度の水準にあり、はっきりと改善しています。
「中小企業は余裕がない」「人手不足が深刻で倒産が増加している」などという情報が多いものの、日銀短観を見る限り、中小企業の経営状態は改善傾向にあると言えます。
想像と違う結果の経済統計を見ると、条件反射的に「実態を反映していない」「統計が歪んでいる」などという反応を示したくなるのは理解できますが、日銀短観の回答者である企業が自ら景況感が「良い」と答えているのですから、これは事実として認識しておく必要があります。
● 企業が価格決定力を取り戻した結果……
「株高不況」とも言うべき状況を紐解く上で、消費者の景況感が冴えない一方、企業景況感は良好という事実は重要です。
企業の景況感が良い理由として、インフレも挙げられます。ここ数年の物価上昇によって消費者の生活実感は厳しい一方、企業は値上げによって収益確保に成功しており、採算改善を伴った企業収益の拡大が実現しています。
これまで日本企業は、原材料価格の上昇などコスト増に直面すると、人件費を削ってでも値上げを回避し、価格競争力を維持する戦略を取ってきた節がありました。値上げに敏感な消費者が離れてしまうことを恐れ、採算を犠牲にしてきた格好です。
しかしながら、企業はここ数年のインフレでそうした価格競争力重視の戦略に見切りをつけ、値上げを敢行し、採算重視の姿勢に舵を切りました。「値上げで企業が潤い、消費者が割を食っている」という批判はありますが、企業は生き残りをかけて、長年躊躇していた値上げを英断したのです。
これはデフレ下で失われた企業の価格決定力が蘇ったことを意味します。実際、日銀短観の調査項目である「企業の物価見通し」は顕著な変化が観察されています。
2025年3月調査によれば、企業が予想する1年後の(日本の)物価上昇率は+2.5%、それに対して(自社製品・サービスの)販売価格見通しは+2.9%となっています(図表3)。
コロナ期以前は、販売価格が物価見通しを下回る、つまり日本の物価上昇率以下に自社の販売価格を抑え、価格競争力を高めようとする戦略が透けて見えましたが、今やそうした思考様式は葬り去られたようです。ここから判断すると、値上げはしばらく続きそうです。
藤代宏一
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